それはまるで、熟れた果物を靴底で踏み潰したような、興奮にも似た不思議な感情だった。空腹を満たすために口に含んだそれが、たとえ甘く柔らかい果実だったとしても、果肉に食い込んだ細かな砂利は、不快さを引き連れて口の中を蹂躙する。
「ふむ。ゴリルド君の拳でも破壊できない扉となれば、これは無理ゲーというわけだな。理解理解」
「わけだな、じゃねえんだよ! 諦めんなクソ砂!」
銀の光沢があるごく一般的なドアノブを、ロナルドは力任せに引いた。どんなに体を仰け反らせても、ガチャガチャと音を立てながら捻っても、扉はびくともしなかった。殴って蹴って、体当たりをしても、こちらの体力が消耗するばかりである。
「よくもまあ、犯人は私達を閉じ込めようだなんて思ったな」
息を切らすロナルドの頭上に視線を寄越す。
「〝オワタ式○○しないと出られない部屋〟……って、ネーミングからして、私が居る前提で造られた部屋ってことだろう」
そう言って、マントを翻しながら、ドラルクはベッドに腰掛けた。スマホのスリープを解除するも、電波ピクトの横には圏外の二文字が表示されている。
「電波も入らないし、出ようにも私はそのドアノブにも触れられないんだ」
ドラルクはRPGのお決まりにならって、既に部屋の隅々まで探索をしていた。上下左右三六〇度、奥行きを見失ってしまいそうなくらいに真っ白な空間に、ご丁寧に額に入れられて掲げられた〝オワタ式○○しないと出られない部屋〟の文字。よく目を凝らしてみると、○○の部分を四角く囲むように溝が入っている。おそらくそこは、お題に切り替わるのだろう。今のところ、何をしたらいいかもわからないので、ドアをガチャガチャやってみたりしているのだが、進展はなかった。
『あ、あーあー。ゴホン。あれ、聞こえてる? マイク入ってる? 入ってな、……入ってるわ。あーあー。ご機嫌よう、退治人ロナルド、吸血鬼ドラルクよ!』
突然、ボイスチェンジャーで変えられた音声が部屋の中に響き渡った。
「誰だ!」
『私か? フフッ、名乗る程の者ではない。強いて言うなら、吸血鬼ドラルクの……いや、ドラドラちゃんねるの大ファン、と言うのが正しいかな』
「おや、畏怖民だったとは」
「あ? じゃあなんだ、テメーのせいってことか」
「なんでそうなる」
早速握り拳を構えたロナルドを手で制しながら、ドラルクは声の主に問い掛けた。
「私の大ファンなら握手でもサインでもしてやれるが、わざわざこんな部屋に囲うなんて、のっぴきならない事情があるんだな?」
『そうだ! 貴様、先日の生配信で、私を垢BANしただろう!』
「垢BAN? したっけ?」
『し・た・ん・だ』
ドラルクはうーんと長考し、顔を上げる。
「ごめん、覚えてない」
『何だと貴様ァ!』
「なあ、俺ココに要る? 俺だけでも良いから出してくれよ」
『私は垢BANされた腹いせに貴様らを閉じ込め、ありとあらゆる嫌がらせをしてやろうと、遠路はるばる新横浜まで来たのだ!』
「何だと」
「やっぱお前のせいじゃねえかクソ砂ァ!」
ロナルドの拳がドラルクの背中を掠め、ドラルクはたちまち砂になった。
『フッフッフ。この○○しないと出られない部屋は通常の○○しないと出られない部屋とは違うのだ。与えられる三つの試練を乗り越えれば貴様らはそこの扉から外へ出られる。しかーし! 一度死ねば最初からやり直し、つまり、〝オワタ式〟の○○しないと出られない部屋なのである!』
「何ーッ」
「オ、オワタ式? っつーのは、なんだ、つまりこいつが死んだらやり直しのクソゲーってことか」
『そういう事だ! 吸血鬼ドラルクはどんな事でも死んでしまうクソザコ吸血鬼だというのは、ドラドラちゃんねるを視聴していれば誰しもが知っている! その性質を利用したクソゲーを、身を持って体験するがいい! ハーッハッハ』
高らかな笑い声ののち、音声はプツリと消えた。