Special Day「カエデ、結婚…するか」
それは突然花道の口から放たれた。
20代最後の年のオフシーズンに入る前日。
閑静な住宅街に購入した2人の家のウッドデッキのソファーでビールを飲みつつ、花道特製のおつまみを味わっている最中突然にだ。
アメリカバスケ界の狭き門をくぐりどうにかプロチームとの契約に漕ぎ着けたのが数年前。
入れ替わりの激しい弱肉強食のプロの世界で数年間その地位を守り続けている。
同じ頃に渡米してきた宮城や沢北もチームは違えどまだまだ現役。
高校時代から付き合っている花道と流川だが、流川が渡米してから花道が渡米するまでに2年程の遠距離を経験している。
花道の留学先は沢北と同じ大学。
基本2人部屋の大学の寮で、たまたま相部屋を免れていた沢北の部屋に「同じ日本人だから」という理由で押し込められた花道はそこからの2年間沢北とルームメイトだった。
先にアメリカで生活していた沢北とその後渡米した宮城が仲良くなった関係で、花道も沢北と連絡を取り合っていたので2人は渡米前から既に仲が良かった。
そして元々距離が近い2人なのでその仲の良さに流川はヤキモキしたものだ。
流川が大学を卒業するのと同時に花道の大学近くに部屋を借り花道を呼び寄せた。
自分が所属するチームの本拠地からは少し遠くなるが、勉強とバスケで忙しい学生の花道に比べればまだ自分の方が時間に余裕がある。
通うのが少し大変にはなるが、それより何より花道と一緒に住む事の方が流川にとっては優先度が高かった。
学生用のアパートでそれほどキレイなところではなかったが、それでも2人で一緒に住めることが何より嬉しかった。
それからお互いプロリーグ入りを果たし生活拠点もバラバラになったが同棲は続けていた。
会えるのはオフの時だけであったが、それでも戻る家と愛しい人がそこにいてくれるというのはとても幸せなことだ。
キャリアを積むごとに住む場所も徐々にランクアップしていったわけだが、このまま一緒に住むならこの際家を購入しようということになったのが2年前。
プロのスポーツ選手が住むには少しこじんまりしているが広い庭にバスケットゴールがついているところがお気に入り。
室内もナチュラルな造りでなんというか、とても花道らしい部屋。
そんな室内の雰囲気に合わせて揃えたこれまたナチュラルなデザインの家具類も気持ちを優しくしてくれるし、疲れて帰ってきた時などはとても落ち着く。
一番こだわって購入したキングサイズのベッドは体のことも考えていいマットレスにした。
そのおかげで寝心地は最高だし、ちょっと激しいセックスをしても花道の負担が軽減した…らしい。
プロバスケット選手ともなればセキュリティー面もチームから厳しく言われるため、場所もしっかり選んで治安の良い高級住宅街と呼ばれる丘の上の住宅地に居を構えた。
それで、である。
これまで節目節目で流川から何度かプロポーズをしていたのだが今まで「イエス」をもらったことがなかった。
それが急に、今、花道からプロポーズされたのである。
「する!」
そんなの当たり前と即答。
「つーか結婚だぞ、カエデ。真剣に考えろ。オレは結婚したら離婚なんてしてやんねーぞ」
「オレだって離婚しねーし、何があっても花のこと手放す気なんてねぇ。それにずっとおまえと結婚したかった。毎回断ってたのはてめぇだろーが」
「それは…なかなか決心がつかなかった、から」
「は?」
「もちろんカエデのことはスキだけどよ…結婚だぞ?なんか色々余計なこと考えちまって…」
花道は天真爛漫に見えて実のところかなり繊細。
人生の一大事、殊恋愛事に関してはとても慎重になる。
同棲する時でさえ一悶着あったくらいだ。
流川としては好きな者同士一緒にいることの何が悪いんだ?一緒にいたいと思うのが当たり前だろと単純明快な思考回路なのだが、花道はアメリカにいてすらなお世間体や一緒に住んでお互いの嫌なところが目について別れるなんてことになったら、とかそういうマイナスなことを一番に考えてしまう性分。
結局「一緒に住もうが住まなかろうが嫌なところなんて遅かれ早かれ目につくわけだし、それに耐えられるかどうかだろ」との流川のごもっともな一言とオフェンス力に渋々同棲を受け入れる運びとなった。
「8年近く一緒に住んできたわけじゃん。で、思ったんだよ。オレはこれからもずっとカエデと一緒にいてーなって。ずっと一緒にいてーって想いは高校の時から変わんねーんだけど、カエデとなら一生一緒にいられるっていう自信つーか確信?ができた」
「やっとかよ、どあほう」
「うるせーな、カエデと違って繊細なんだよ」
お互い憎まれ口を叩きながらも幸せそうな笑顔。
「じゃーさっそく明日指輪見に行こうぜ」
「ん」
「あともう1つやりてーことあんだけど…カエデさえOKなら」
翌日前々から目をつけていたジュエリーショップでマリッジリングをオーダーした。
リングの内側の対角にルビーとサファイアが埋め込まれた特注のリング。
どうしようか悩みに悩んだが「大切な記念だから」と言うことでイニシャルも彫ってもらう事にした。
「すげー恥ずいな」
と花道は顔を赤らめていたがこれもまた時が経てば良い想い出になるだろう。
出来上がりは1ヶ月後だというのでそれまで指輪はおあずけ。
そしてもう1つ花道がしたかったこと。
「カエデの背番号11をタトゥーでここにいれてーんだ。一生消えねーように」
そういって自分の左耳の後ろ辺りを指でなぞる。
「だから…」
「オレもいれる。おめーの数字」
ジュエリーショップを後にしてチームメイトが紹介してくれたタトゥースタジオへ。
彼がいれていたタトゥーのデザインがすごく素敵だったので色々相談に乗ってもらっていた。
彫師はなんと日本人。
スタジオでデザインの打ち合わせをして絵を起こしてもらう。
同じアイデンティティーを持つからなのか、起こしてもらった下絵は自分達のイメージ通りで最高に素敵だった。
大きさを調節した下絵をタトゥーをいれる場所に転写する。
それを鏡で見た花道が
「なんか…いいな」
と嬉しそうに微笑んだ。
「ん、すげーいい」
花道も流川も試合中はアクセサリーを外したいタイプ。
それがたとえ結婚指輪だとしても試合中はお互い外すだろう。
だから花道は試合中でもお互いを感じられるよう何か体に残したかったし、その想いは流川も同じだった。
2人ともこれがファーストタトゥー。
痛みに強い花道は難なく終わったが、流川は花道の手をぎゅうぎゅう握りながら痛みからくる怒りをアンガーマネージメント。
それを見て爆笑する花道。
休憩を挟みつつ、2人でざっと3時間くらいで彫り終わった。
彫りたてのため今は赤くなって少し腫れているがこの大きさなら数日で赤みと腫れは引くそう。
傷が治るまでの数日間はワセリン等で保湿をする、痒くてもかかない、等の基本的な説明を受け日本でいうところのボラギノールを処方された。
痔の薬は保湿もでき痒みも抑えてくれるから一石二鳥なんだとか。
10日程経つと痒みも引いて瘡蓋も治った。
黒一色で彫ってもらったのだが色はまだ毒々しい艶のある黒。
色も日が経てば少しずつ落ち着いて肌に馴染んでくると彫師が言っていた。
タトゥーが安定してからはその場所がお互いのキスの定位置になった。
何かといえばそこにキス。
お互いにとって大切で愛おしい数字だからこそ、そこに口付けしたくなる。
「骨にも刻みてー」
と花道に刻まれた自分のナンバーにキスしながら流川が言う。
「骨には刻めねーだろ、さすがに」
と笑う花道。
でもその気持ちわからなくもない。
幸せなセックスをした後の甘い時間の最中などにはよくそんなことを考えていることがある。
自分の全細胞を流川楓で埋め尽くしたいと。
結婚報告はお互いのチームのSNSで行った。
いつものユニフォームに身を包んで両チームメイトに囲まれて幸せそうな顔の花道といつもと変わらない顔の流川の画像がアップされた。
もう1枚は流川が花道のほっぺにキスしている画像、そして最後に結婚式の時に撮った花道、宮城、沢北が泣き笑いしている横で珍しく流川が軽く微笑んでいる画像。
コメント欄は各国からの祝福のメッセージで溢れ返った。
日本に住む近しい人達には婚姻登録をしたその日に報告を済ませ、懐かしい面々からお祝いの言葉がたくさん送られてきた。
高校時代からの2人の親友である清田からは「やっとかよっ!」というメッセージと共に高1の2人がいがみ合っている国体の時の懐かしい画像が添付されていた。
そして指輪が届いてから行った小さな結婚式には身内と言っても過言ではない人達が参列してくれた。
流川の両親と安西夫婦をはじめアメリカ在住の宮城と沢北、桜木軍団、赤木兄妹、木暮、三井、安田、石井、桑田、佐々岡、アヤコがアメリカまで2人をお祝いに来てくれた。
派手ではないが小さくて静かで歴史のある地元の教会。
教会の前を通りがかった地元の人も「おめでとう!」と声をかけてくれてとてもアットホームで素敵な結婚式だった。
沢北は大泣きして「流川、花を不幸にしたらオレが絶対絶対許さないからなっ!」と彼氏面で結婚を喜んでくれたし、そんな沢北の大泣きにつられて三井と石井も号泣。
そんな雰囲気にのまれて実は宮城も隠れて少し泣いていたことを花道と流川は知っている。
そしてそんなみんなからのプレゼントとしてもらったのが大きなパネルにした高1の時のIHの写真。
最後のゴールを決めた後花道と流川が初めてタッチをした、ある意味歴史的瞬間の写真だ。
当時記事にはならなかったがすごくいい写真だからと彦一の姉が彦一を通して湘北のメンバーに届けてくれた写真の中の1枚。
「彦一くんにお願いして引き伸ばしてもらったんだよ」
と桑田。
「2人の寝室に飾るには最高の写真だろ」
とヤス。
そんな湘北チームを横目に
「これ見ると未だに苦しくなる…」
と苦悶の表情を浮かべる沢北。
みんなからの素敵なプレゼントはしっかりと2人の寝室に飾られている。
チームを通しての結婚報告から数週間後、たまたま2人揃って出場したバスケのイベントでインタビュアーから
「カエデとハナはパートナーになったんだろ?おめでとう!そういえばシーズン中にはなかったけどこのタトゥーは何か意味があるのかい?お互いの背番号だよね」
という質問を受けた。
確かにこの数字は2人の背番号であることに間違いはないのだが、そもそも2人が出会った当初から共に過ごしてきた大切な数字。
2人にとってはただの『背番号』の『数字』ではないのだ。
「オレ達にとってとても大事な数字」
と流川が花道を見ながら答える。
「オレらが出会った時から2人の間にあってこれからもずっと共にあり続ける、オレたちにとってはとても運命的な数字なんだぜ!」
と花道。
「それは大切にしなくちゃだね!君たちの結婚に幸あれ!」
2人で「サンキュー!」と言って肩を組んでカメラに手を振った。
その時の映像がたまたま今日のニュースで流れていたので2人で一緒に観ている。
「花うれしそう」
流川が花道の肩に頭を置きながら言う。
「カエデはオレのもんだってのを隠さなくていいのがなんか、うん、すげーうれしかった…かも」
自分の肩に置かれた楓の頭にキスを落とす。
もう何年もこうやって過ごしてきたけど『結婚』という1つの人生のステップを踏んで、心の中で何かが少し変わったような気がする。
今までよりももっと深く深くお互いを愛しているという気持ちが強くなった。
「やっと家族になれたんだな、花」
「ん」
オレンジ色の優しい光が包み込む部屋で2人は唇を重ね何度目かの永遠を誓った。