Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    moricocchi

    @moricocchi

    ほぼ展示用/卍🎍受け

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    moricocchi

    ☆quiet follow

    🍯🎍ワンドロ
    第3回『食事』『二人の時間』
    2022/10/09 22:00〜23:00
    『食事/二人の時間』
    ※14巻軸

    🍯🎍第3回『食事/二人の時間』 ぐつぐつと音を立てて具材が煮込まれる。焦げないように掻き回しては、鍋の中をじっと見つめた。味見をして、塩胡椒で味を調えて。最後にもう一煮立ちすれば完成。手間暇をかけて作った、透き通った黄金色のコンソメスープ。
     焦げつかないようにぐるぐると鍋の中身を掻き回して、渦巻く波紋を見つめていれば、くだらないことを考える。
     これに睡眠薬でもなんでも入れてしまえば、手放さなくていいのではないか。誰にも見つからない場所で、俺だけが知る場所で、何一つ不自由のない生活を。怖がらないで、怯えないで、穏やかな一日が過ごせるように。
     そこまで考えて、そんなこと無理に決まってると自嘲する。できないように、シンプルな料理を選んだ。俺が悪さをしないように、細く繋がれた最後の糸を俺自身で切らないように──。
     食事とは、人の健康を作る大切な要素であると同時に毒にもなり得る。健康を作り上げるのも食事であるし、健康を害するのもまた食事だ。幼い妹達にメシを食わすため毎食作っていたのは他でもない自分だから、それをよく知っている。
     ならば、食事を作る者もまた料理に対して誠実でならないといけない。手作りの食事を食わすということは、そういうことだ。
     目の前で出された何気ない食事も、作る者次第では何が入っているか。無味無臭の毒薬だって、探せばいくらでも手に入れられるクソッタレな世の中だ。疑い出したらキリがない。安全であるか毒であるか、作り手側に全て委ねられるってことだ。
     だから食す側もまた作り手側に身を任せねばいけない。それを信用、信頼と取るのかは自由だ。少なくとも俺はそう思ってる。そうだと思わせて欲しい。

     出来上がったコンソメスープを器によそい、二人分の食器を持って食卓に向かう。食卓なんてかっこいいこと言うけど、実際は居間にあるローテーブルだ。ダイニングなんてものはないし、狭い台所で振り向けばすぐ側が居間の間取り。つまるところ俺の実家だ。
     待ちぼうけしていた相手の前に、器を一つ置く。ビクッと肩を持ち上げたことに気づかないふりをした。そのまま台所に戻って用意していたサラダとパンを持ってくれば、食事はできあがる。緊張している相手の向かい側に座った。
    「誘っておいて待たせてごめんな。さて、食おうぜ」
     成人男性が食うにはいくらか足りない量であり素っ気ないものであるが、仕方がない。シンプルな物の方が相手もいくらか緊張を解いてくれるかもと期待した。
     手を合わせて「いただきます」と告げれば、控えめながら相手も続けてくれたので、まずは一安心。直ぐに手をつけることはなかったけれど、俺は自分の食事を進めた。
     カチャカチャと一人分の食器を奏でる音だけが狭い室内に響き渡る。会話はない。それを居心地悪く思ったのだろう、おずおずと口を開いてくれた。
    「め、珍しいですね、三ツ谷くんが俺を家に招くなんて」
    「お袋達は今日出掛けててさ、ついでに外で食ってくるっつーから、一人で食うのも味気ねぇし」
     付き合わせてワリィな、とそう続ければ、相手はそれを否定するように首を振る。例えそれが社交辞令であっても、俺には救いだった。
     手をつけていないスープからはまだ湯気が立っている。彼奴はじっとそれを見つめた。スプーンを手に取る。スープを掬った。それがゆっくりと口元に運ばれていくのを、俺はスープを掬うふりして見つめる。心臓の音がやけに煩い。
     掬ったスープは溢すことなく口の中へと運ばれた。その瞬間、まるで蕾から花が咲いたように顔が綻んだ。ふわりと自然に花ひらく様は美しく、何よりも愛おしい。
     俺が守らねばと思った。だから俺は決めた。その覚悟は間違いではなかった。証明された。その笑顔を俺は──。
     少なからず緊張が和らいだのか、それ以降は止まることなく食事を続けた。変わらず会話はなかった。時折、「あの……」と声をかけられたが、口をぱくぱくしては閉じ、その先を告げることはなかった。それでもいい。その先の言葉を、話したいことは分かっていたけれど、せめてこの時間だけはこのままで──。

     大した量はなかったから、食事は直ぐに終わった。片付けぐらいはと申してくれたのを俺は断って、夜遅くなるからと帰るように勧める。あんなクソみてぇな時間に集会してた奴らが何を言うんだと思う。あの時間に比べたらまだまだ健全な時間だ。人は多いし、終電だってまだ余裕である。それでも、こんな狭い室内でこれ以上二人っきりではこいつを疲労させてしまうから。東卍を出て行くと決めたこいつには酷なことだから、そろそろ俺の我儘から解放しなければ。
    「今日はありがとうございました」
    「俺も、今日は楽しかった。気をつけて」
     本当は家に、せめて駅まで送ってやりたかった。それを抑えて、玄関で見送る。
     振り返った背中に思わず手を伸ばしてしまいたかった。俺を置いていくなと、その背中に縋ってしまいたかった。でも、それはダメだ。ダメなんだ。
    「ありがとう、タケミっち」
     意図して呼ばなかった名前を、無情に閉じられた扉へ向けた──。

     家に呼んだ。迎えには行っていない。
     来ないかもと思った。そんなこと臆病な彼奴はきっとできないと知ってる癖に。
     俺の作った食事を食べてくれた。顔を綻ばせてくれた。
     たったそれだけのことかもしれない。それでも、そのたったそれだけのことを支えに、この先俺は生きていく。
     俺と彼奴の時間がこの先交わることがないと、俺は知っている。
     交わらせてはいけないと、俺は知っている。
     知っているから、分かっているから、だから背中を見送るのだ。手放すことを選んだ。
     俺は彼奴の笑顔を守りたい。心を守りたい。守らせて欲しい。

     俺のたった一つの意地のはなし。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    recommended works