🍯🎍第5回『喧嘩』 「うっわ…………」
思わず引いた。引いてしまった。引くだろ。引くわ。引く。
俺が引くんじゃねぇよ。こいつと同じ格好だわ。それでも引いてしまったんだから仕方がない。
はたから見れば俺もこう見られていたのだろうか。理性の効かない獣ほど厄介なものはねぇな。
フーフーと荒い息をした三ツ谷がそこにいた。
調子が悪りぃとか息を整えるだとかそういうのじゃない。獣だ。獣の息遣い。獲物を追い込み、その獲物を狩り、蹂躙する。三ツ谷の周囲は、こいつに挑んだのであろう本日の抗争相手が転がっていた。
ひとりふたりではない。そこそこ大きいチームだったから、兵隊の数もそこそこいた。結構な数の人数が痛みを訴え、あるいは気を失っている。そのど真ん中にこいつはいた。
そりゃこんな三ツ谷、千冬とタケミっちが見たら慌てて駆け込んでくるはずだわ。
二人が慌てて駆け込んでくるものだからよっぽどやべぇ奴がいたのかと思えば、確かにそこにいた。一番やべぇのがそこにいた。
流石に何発か大きいのはもらったのだろう。特攻服はボロボロ、額からも鼻からも血を垂れ流している。それでもこいつはただそこにいた。息を荒くして立っていた。いや語弊だ。ただそこに立っているだけではない。
「三ツ谷」
声をかける。反応はない。俺は溜息を吐いた。
「三ツ谷ッ」
今度は先ほどより強い声。これで反応しなかったら気を失わせてでも止めるしかねぇ。そうなると面倒なんだよな、こいつ。
俺だってこいつの姿と変わらない。同じ格好って言ったろ。相手チームにはそこそこ強ぇのもいた。何発かもらったからそこそこダメージだってある。けどこいつより厄介な奴じゃねぇ。こうなったこいつとぶつかるなら、腕一本犠牲にしねぇとか。腕一本で済めば安いのか……?
だが俺の思考は杞憂に終わる。ゆるゆると反応した三ツ谷はこちらに振り返り、俺の姿を認識した。目に光が戻る。俺はもう一度溜め息を吐いた。
「よぉ、ドラケン。お疲れ」
「お疲れじゃねぇよバーカ。千冬とタケミっちが泣きついてきてんだわ」
「後でフォロー入れとくよ」
そう言いながら、今の今まで髪を鷲掴みにしていた野郎を投げ捨てる。野郎の髪を鷲掴みしたまま喧嘩のど真ん中に突っ立ってたとか引くわ。マジで引く。
俺がどう思っているのか、こいつはどうでもいいんだろう。まずテメェの歩く道に転がる奴らなんか視界に入っていない。こいつがこちらに向かって歩いてくる。踏んでいく度に呻き声が上がった。
前にこの光景見たことあるな、やったことあるわ。三ツ谷で自分の行動を見つめる日がくると思わなかった。今日は自分の行動を改める日なのか。変わらねぇけど。
あれだけ荒い息をしていた三ツ谷は、何もなかったとばかりな顔をしている。
「で、理由は?」
「クソが彼奴に手ェ出したから」
なるほど、納得した。そういうことなら俺も存分にやったから人のこと言えねぇわ。
この抗争は、うちのメンバーが相手チームから手を出されたことで始まった。リンチに近い形で。それがタケミっちだった。正確には、壱番隊の下っ端が襲われているところを隊長であるタケミっちが庇った。偶々近くにいた俺らが、偶々助けを呼びに行こうとしていた下っ端に会ったことで、偶々ことなきを得た。仲間に手を出されて黙っていられるほどいい子ちゃんの俺らじゃねぇ。そうして抗争が始まった。
三ツ谷の周囲に転がってる奴ら、どっかで見たことある顔の奴らと思えば、タケミっちを襲った奴らじゃねぇか。こいつは御礼参りをしていた。
あーあぁ、可哀想に。よりによって三ツ谷の子猫に手を出し、よりによって三ツ谷に目をつけられたのか。よりによって。可哀想に。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえって言うのになァ。