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    rvxiang(フラン)

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    rvxiang(フラン)

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    政府直轄清掃課 い―二五九部隊(鬼典)

    以前の短文から修正・加筆
    政府刀の😈💀が社宅で同棲している設定

    「仕事だ、起きろ」


     男の声と共に、自らの腹の上に何かが放り投げこまれる。その衝撃を毛布越しに感じて身じろげば、小さすぎるということはないが、大きすぎるということもないベッドの柵に足が触れた。金属のひんやりとした感触が、爪先から指先まで伝わってくる。
     どうやら、もう朝が来たらしい。部屋には窓こそないが、時間によって管理された照明器具が薄らぼんやりと、東雲のように点灯している。まぶたを通した人工の光は水晶体を通して、脳裏まで痛烈に刺さってきた。 

    「……頭が痛い」

     そうぼやけば、薄目越しでも立っている男の不機嫌さが見えてくる。どれだけ呑んだんだという怒りが、口にしなくても伝わってくるようであった。

     昨夜、外出許可の手続きを経たついでに、大典太は行きつけの呑み屋で酒を引っ掛ける気でいた。一振だけの呑みは刀によっては敬遠する者も居るが、大典太自身は特に気にはしない性質である。ただ、昨夜はカウンターに座っているところを馴染みの長光に捕まってしまったのが運の尽きだった。軽く引っ掛けるどころか深夜に及ぶまで永遠と古ぼけた掛け軸の話をされ、二振の帰り道は月の明かりさえ夜闇と共に消えていたような気がする。
     そう、酒である。骨董の話と共に注がれたのは何だったか。ビールとポン酒、ウィスキー。そう数えるように思い返して小声で呟けば、「ただのチャンポンだ、早く起きろ」と不機嫌に返された。ここ半年近く組んでいる相手だが、鬼丸という男は自業自得という点で容赦が無いことは身に沁みるほど知っている。ここで粘ってみても仕方がないと早々に観念して、己の腹の上に陣取っていた電子端末へとおもむろに手を伸ばし、親指でスリープ状態を解除した。

     画面に照らされている調書の内容は至極、簡潔なものだった。
     調査対象は山城国に拠点を置く本丸。割り振られた番号は七五ニ八。二週間前、転移装置の遡行空間にて出陣していた短刀の一振が帰路で消失。装置の不具合を疑い、修理願と遺失物の届出を申請しようとしていたが、六日前に予備の装置を利用したもう一振の脇差が往路にて消失したとの報告だ。
     双方ともに不幸な事故かと思われたが、脇差が消失した際には装置の側に先の短刀の、血痕が大量に付着した装身具が落ちていた。また、それには獣のものと思われる引っ掻き傷も共にあった。
     政府調査部はこの物証から該当本丸の遡行空間に巣食う妖物の仕業と判断、転移装置並びに遡行空間の清掃として政府刀の派遣が決裁された、とのこと。

     回りくどくもなく、鈍痛が鳴り響く頭には辛うじて馴染みやすい文章だ。下記にある調査者名を見れば、山姥切との押印がある。どっちの山姥切だと尋ねれば、本歌の方だと頭上から答えが降ってくる。なるほど、この役所的な締め方は事務仕事が得意そうな者の芸当だ。
     調書をフリックすれば、横から派遣のための認証手続書が出てくる。時刻はヒトマルマルマル、場所は八十九番ゲート。

    「使えるのか」
    「使えないのは八十五番だ」

     主語の一つも言っていないのに、ベッドの側で仁王立ちをしていた鬼丸はゲートの話だと直ぐに察していた。
     先日、男の旧知である髭切が各本丸に飛ぶための転移ゲートを故障させていたのは記憶にも新しい。髭切という個体は総じて機械音痴な者が多いが、ゲートを破壊した二九〇番代の髭切は特に輪をかけた音痴だった。以前、呑みの席で本刃と話をしたことがあるが、政府から貸与される端末のロック解除でさえ、仕事の相棒である弟にさせていたことを今でもはっきりと覚えている。
     そういえば、昨夕の外出許可の手続きの際に例の髭切を見たなとついでに思い出す。どこかに行くのだろうか、確か伴をしていた弟が二振分のトランクケースを抱えていた。状況を察するに休暇をとっての遠出だろう。大典太自身は呑むこと以外に出歩かない身なので、あの二振がどこに行くかなんて想像はできないが。
     ただ、現在進行形でひび割れそうな脳内には、休暇と遠出、旅行の文字が浮かび上がり、口にしては泥水の下に沈んでいく。出来れば自分も、今日を有給休暇にしたい。そんな切実な思いだ。

    「御託はいい」

     朝餉が冷めるぞ、と捨て台詞を吐かれ、横扉の電子的な開閉音が聞こえてきた。要らないとも言えずに、ベッドの中で慢性的な痛みが続く額を大典太はただ抑えた。

     取り敢えず足先を布団から出して、今日の仕事が早急に終わることを祈る。そして、鼻先だけは美味しそうな手作りの卵焼きの香りを探す旅に出たのだった。






    「二五九だ」

     鬼丸がそう部隊名を告げれば、窓枠の向こうから日に焼けていない手が地を這う蛇のように伸びてくる。持っていた端末をいつも通りにその手に渡せば、相手はそれを当たり前のように受け取り、白い腕は受付口の内側へと吸い込まれた。窓枠の内側には、その手の持ち主である一振の男がいる。波のような黒髪を持つ若い付喪神は、その蛇を思わせる目を黒縁の眼鏡ごしに細めた。

    「今日は本庁勤務ではなかったのかい」
    「今朝方に任務が入った。直行だ」
    「成程」

     会話の相手である南海太郎朝尊は慣れた手付きで、鬼丸の端末を読込器にかざした。すると、短い電子音と共に黒い管狐が現れ、朝尊の背後に広がる部屋の奥へと駆け出していく。奥にある無数の木棚の中から該当する鍵を探しに行ったのだ。最新式なのか旧式なのかが、はっきりとしない光景は既に日常と化している。
     管狐が該当の鍵を咥えてきて、それを朝尊が受け取り、自分に手渡すのがこの後のおおよその流れだ。それをいつものように待とうと、窓口の前で会話もなくたたずんでいれば、朝の空気に似つかわしくない声音が自身の背後から聞こえてきた。

    「やあ、ご機嫌麗しゅう」

     大仰な言い方で廊下の向こうから見知った刀がやってくる。鬼丸の顔見知りの中でも程々に長い付き合いのうちに入る刀は、小脇に通い箱を抱えながら、満面の笑みでこちらに向かってきた。

    「何の用だ」
    「何って、どう見ても仕事だろうに」

     「間に合ってよかった」と言いながら目の前の男、大般若長光は抱え込んでいた通い箱を下ろし、その中から手探りで一つのビニール袋を探り出す。透けている袋の中には、上半分を何者かによって切り裂かれ、下半分は黒ずんだ血に塗れている、無残な姿と成り果てた紐飾りがあった。

    「お前さんがこれから行く本丸の、例の遺留品だ。検分は済んだから返しといてくれ」

     原型のなくなった紐飾りを押し付けられた鬼丸は不服そうな顔を全面に出していたが、それをわざわざ気にするような性分を大般若は持ち合わせていない。大般若という男はそういった意味で、人付き合いならぬ刀付き合いのうまい太刀であった。

    「おや、そういえば白梅の君は」

     あの後は無事に帰れたのかい、と大般若の言葉が続く。白梅という単語にとんと聞き覚えはなかったが、状況から察するに同じ部隊の大典太光世のことだろう。そして、目の前の男は大典太の早朝の苦悩を作り出した元凶であった。

    「八十九番の前で待たせている」

     昨夜のせいでは朝方は使い物にならなくなったからなと伝えれば、自分と似た銀糸の髪は笑う度に揺れた。

    「悪かったと伝えてくれ。昨日は良い画(え)を手に入れてな、俺の奢りの祝い酒だったのさ」

     抱える位置が気になるのか、箱を持ち直して男は半月を思わせる目を更に細めた。

    「それとも謝罪すべきは大典太ではなく、お前さんかな」
    「何を」

     言っていると口を開きかけるが、大般若は意味ありげに薄い唇の両端を上げた。にたりとした表情を前にして、鬼丸は食い合う獣たちのように相手の様相を伺う。鯉口を切らんばかり空気が一瞬流れながらも、すぐに大般若は元通りの顔となった。

    「それよりも聞いてくれ、俺が手に入れた美しい『羅浮仙』の話を。官庁街の裏手の骨董屋で手に入れたのさ。俺も退職したら、今までの給金と退職金で優雅に骨董屋でも開きたいものだね。それで掛け軸だが、なんとこれが明代のかの有名な」
    「生憎、僕は技術には興味があっても芸術の分野はさっぱりでね。ほら、八十九番の鍵だよ。この前みたいに機器に不調があるようならば、逐一報告してくれたまえ」

     今しがた管狐が咥えてきた鍵を朝尊は窓越しに渡してくる。場の空気を読むことも知らない刀だ。ただ、今回ばかりはそれに軽く礼を言って窓口を後にしようとすれば、大般若の浮かれた声が背後から聞こえてくる。それに気づかないフリをして、燻った思いを抱えたまま、鬼丸はその場を去ることにした。

    「大典太に"よろしく"と伝えといてくれ」




    「鍵は」
    「もらえた」

     八十九番の転送ゲートの前には、大典太が静かに立っていた。今朝方、白さを通り越して青白かった顔は健康とは言い難いがマシと言えるまで回復している。遅かったなと愚痴のように言われれば、大般若に捕まったと手元のビニール袋を顔前までちらつかせることとなった。

    「遺留品だ」
    「見ればわかる」

     形見は返してやらねばなと、大典太は小さな袋を受け取る。釈然としない紫檀の目が手のひらに収まる物を見つめている。水膜に映る感情は憐れみか哀しみか。ただ、その目を見ていると、先程の焦熱の猛火のような思いが心地よい泥の中へと埋もれていく気がした。
     
    「……今度はおれも連れていけ」

     供にありたいと思ってしまったのは、いつの日からか。そう鬼丸が言えば、大典太は目を大きく見開いた。まるで両者の間に流れる時が止まったかのように思えて、鬼丸はその言葉を口から出したことに後悔をした。深い意味はないと唇を開きかければ、「なんだ」と相手が先に自らの否定の言葉をふさぐ。

    「あんたもタダ酒が飲みたかったのか」
    「ちがう」

     そういう意味じゃないと伝えようとするも、隻角の太刀は押し黙った。二日酔いの余韻を脳内に残す男に何を言ったって無駄なのだ。

     冷蔵庫には朝方に作った卵焼きがまだ残っている。今夜の夕飯はこの男の口に焦げた端切れを突っ込もうと考えて、鬼丸は転送ゲートの小さな横穴に鍵をさしたのだった。
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