One Day 8================
一九九△年九月×日
(日記はここで途切れている)
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銃の魔人はずっと、笑っていた。
デンジはそれを殺した。
それはアキだったのに。
でもアキのためだった。
ああそんなの言い訳にならない。
いつだって現実が一番残酷だ。
よく知ってたよもう知りたくなかった。
ああ何も考えたくない。
アキから、温度が失われていく。
いのちが、失われていく。
自身にどっとかかる重みだけを受け止めながら、デンジは虚な目で空を見つめていた。
晩夏の空は晴れ渡り、まるでアキの瞳みたいな美しい色をしている。
地には血みどろの現実が広がっているのが、皮肉だと思った。
アキの亡骸を何度抱き締めても、それはもう冷たかった。
デンジは涙も零せない。
ただ震える声で言った。
もう誰も聞いていないのに。
「アキ…アキ。戻ってこいよ。酷くされても、全然平気だよ。なあ……すきになってくれなくていいよ……。優しくしてくれなくていいよ……。」
返事はない。
わかっている。
『アキ』はいなくなってしまったのだ。
「アキ………………すきだよ。」
ほろりと零れ落ちた言葉に、デンジは目を見開いた。
そうだ、せめて――――好きだと言いたかった。
言えばよかった。
好きだって、アキに言えば良かった。
アキに触れたい。
アキに触れられたい。
アキ。
「アキ……!!」
がばりとデンジは起き上がった。
背中にはびっしょりと汗をかいている。
夢。
夢だ。
頻繁に見る夢。
ぺたぺたとベッドを触った。
ここがどこか確認する。
ナユタはいない。
ここは今の家。
ここは――アキの家。
今は二〇二×年。
ここは、生まれ変わったアキの家だ。
「ハァッ…………ハァッ……」
片手で顔を覆う。指の隙間から、ぼたぼたと水滴が零れた。涙なのか汗なのか、それすらもわからない。
ヴヴヴヴヴ!ヴヴヴヴヴ!
突然鳴り響いたバイブ音に、デンジはびくんと身体を震わせた。あの夢を見た直後は、いつだって気が動転しているのだ。
音の方を恐々と見れば、アキに買い与えられたスマホがテーブルの上で振動していた。いつもは滅多に音を鳴らさないそれ。
そっとスマホの画面をタップすると、知らない番号が表示された。なんだか嫌な予感がする。デンジは冷たい汗が背中に流れ落ちるのを感じながら、電話を取った。
「……もし、もし?」
「あっ!もしもし!?ええと……デンジ君、でいいのかな?早川の家に住んでるっていう……」
「あ、ハイ、そうだけど」
全く知らない男の切羽詰まったような声。その声が確かに『早川』と言ったので、デンジは耳をそば立てた。
「あの、アキに何かあった…?」
「そうなんだよ!早川が君の番号を、緊急連絡先にしていたから……」
男は一度言葉を切ってから、デンジを震撼させる言葉を伝えてきた。
「早川が、交通事故に遭ったんだ」
♦︎♢♦︎
デンジは駆けた。
アキから緊急用にといつも持たされている一万円札を握りしめて、タクシーに乗り込んだ。電話口で聞いた病院の住所を何とか運転手に伝え、震える手を握り込んで身体を小さくする。
「アキ……。アキ……!」
電話の男によれば、アキの容態は詳しくわからないとのことだった。それでも緊急の電話が流れてきたくらいだ、大きな事故には違いない。
もし、またアキがいなくなったら。
きっともうデンジは生きていけない。
「アキ…………」
こんな時なのに何故だろう。
今回のアキの、やわらかな表情ばかり思い出す。
――今度こそ、好きだって言えば良かった。
前にもこれで後悔したのに、どうして今になって思い出すんだよ。
日記に書かなかったから、忘れてたんだ。
俺はやっぱ最低の馬鹿だ。
――アキ、無事でいてくれよ。
なあ、俺のことすきになってほしい。
もっと優しくされたいんだ。
アキの恋人になりたいんだ。
目からははらはらと涙が零れ落ちた。デンジがやっと流せるようになった涙。アキのお陰で、また流せるようになった涙だ。
――アキにまた触れたい。
――アキにまた触れて欲しいよ。
祈るように手をきつく握りしめて耐えていると、間もなくタクシーは到着した。
運転手にお金を押し付けて、デンジは一も二もなく駆け出す。
身元を伝えて、案内された番号の部屋に向かった。
アキはまだ死んでいない。
手術中でもなかった。
その事実に心底ほっとしたけれど、アキの姿をこの目で確認するまでは安心できない。
ごうごうと音を立てる心臓をぎゅっと押さえながら、デンジはエレベーターに揺られた。今世はここにポチタもいない。アキがいなくなったら、デンジはほんとうの独りぼっちなのだ。
「――――アキ!!」
そうして勢いよく開けた病室の中に、デンジは晩夏の美しい青色を見つけた。