01
クリスマスケーキを手作りしようと言う話になった。
乙女かというツッコミはなしにして虎杖の探究心とか単にクリスマス当日に二人して暇になったとか色々理由はあるがとにかくクリスマスケーキを作る目的で俺と虎杖はイブの深夜に台所に立っていた。
「伏黒、食べていいよ」
それがどうしてこうなった。ふかふかの身体にふわふわの生クリームを乗せた虎杖がテーブルの上に寝転がってる。
ふかふか+ふわふわの誘惑が俺の理性をぐらぐらと揺する。いや、なんで…とかでも…とか口が言葉にならない言葉を生成する。生クリームはスポンジの上に塗るものであってオマエに塗るもんじゃないだろ、とかクリームから色々出てんぞ。とか思考が纏まらない。纏まらないし、なんか美味そうだし食べていいなら食いたい。
「食わんの?」
そしてこの追い討ち。
「くそ、オマエマジで最初からこのつもりだったな」
「バレた?」
歯を見せて笑う虎杖がクソ可愛くてしんどい。生クリームを乗せた虎杖の肌は見るだけで胸焼けがしそうな甘さを香らせている。けどそれでも惹かれる。抗えない誘惑に生クリームまみれになる覚悟を決めて顔を寄せると、次には俺は容赦なく俺の頭を抱えた虎杖の腕とふかふかの身体にサンドされる具になった。
02
クリスマスケーキどれにする?オマエはどれがいいんだ。これ美味そう。じゃあそれ二つ買うぞ。
任務終わり補助監督の送迎の途中下ろしてもらったケーキ屋で、店のほとんどのケーキが買われてしまった中ぽつんと残るふたつのチョコレートケーキを箱に詰めてもらって伏黒と並んで寮に帰った。
俺の部屋でコンビニの安いけど上手いチキンと、ラーメン、お菓子、子供用のキャラクターの包みに包まれたシャンメリーを並べたらささやかなクリスマスパーティーの始まりだ。
釘崎も誘ったけど真希さんと女子だけのクリスマス会を過ごすからと迷いなく断られた。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス」
俺の浮き足立った声に遅れて続く伏黒の声は穏やかだ。隣合って座る伏黒の肩にシャンメリーの入ったグラスを掲げた時にごちんと肩がぶつけたが、伏黒は気にした風もない。伏黒は一見近寄り難いようでそうでも無い。仲良くなった今と変わらず最初から俺を許してくれていた気がする。
わざと暗くした明かりの中で、雰囲気作りのために置いた間接照明が暖かい光を放つ。伏黒がシャンメリーを一口あおってから触れた肩を少し寄せてきた。
「食わねえのか」
「食う食う」
任務終わりでそれなりに腹も減っている。二人して乾杯が済むなり簡易に整えた料理を味わう。ジューシーな肉の合間にサラダを食べる俺の横で伏黒はパスタを黙々と食べている。
ナポリタンの黄色いパプリカを無言でぺいって脇に避けてるの可愛いすぎん?
「食わんなら頂戴」
俺が口を開けると伏黒は緩慢な所作でパプリカ入のパスタの束を俺に差し出した。口を閉じて口を動かすとすっと逃げていくフォーク。目で追うと伏黒がじっと俺を見てる。
「美味い」
咀嚼して笑いかけると、そうか…とぶっきらぼうに答えながらも爛々とする瞳が少しむず痒い。こいつ俺の事めちゃくちゃ好きじゃんって否応なしに思い知らされる。クールに見せて案外分かりやすい伏黒のことが俺も大好きだ。
03
寒いから買った。そう言って部屋に連れてこられた俺は伏黒と一緒に炬燵に入った。観たかった映画を観ているうちに気付いたら寝ていたようだ。覚醒の狭間で寝落ちていたことに気づきうつらうつらと目を開けると、寝る前は確かに炬燵の角を挟んだ右側にいたはずの伏黒の頭のウニが視界を占領していた。
「いや、ビックリすんじゃん」
ふさふさの伏黒の頭を思わずかき混ぜてから笑ってしまうと伏黒がうーとかむーとか言いながら髪で俺の頬をザクザクしてくる。
「擽ってえよっ、伏黒ぉ〜」
「あつい」
話聞いてる?
って言いながらぎゅうぎゅうホールド決めてくるのなんなん!?
「暑いなら離れれば良いのに…」
俺は自分でそう口にして、次には想像して嫌だなって思ってしまった面倒臭い思考は見ない振りをしたし、伏黒も聞こえないふりをした。
04
好きだと言ったら、好きだと返してくれるのだろうか。
愛してると言ったら愛してると返してくれるのだろうか。
その身体を抱きしめたら同じだけの力で抱き締め返してくれるのだろうか。
顔を寄せたら笑い掛けて、そして…
「伏黒」
寒さに身を縮ませて目を閉じるうち、軽く思考の沼に沈んでいたようだ。軽く寝ていたのかもしれない。
隣に座って同じく新田さんの迎えを待つ虎杖の声で覚醒した俺は身を動かそうとして、そこでハッと気づいた。
「なに、してんだ…?」
「え、ハグ?こんな所で寝てたら寒いかなって思って」
「どういう理由だよ」
横からガチリ腕を回して肩ぐらいの位置からこちらを見上げる虎杖が歯を見せて笑う。
悪戯が成功して喜ぶ子供みたいだ。
軽く息を抜き自分の口から漏れる息が空に飛散して行くのを追う。なんの我慢をしいられているのか分からない。
抱き寄せて、良いのだろうか。
分からない。
少し身体の向きを変え虎杖の腰に腕を回して抱き寄せれば、なにかが変わってしまいそうで怖い。けれど同じだけ変えてしまいたい自分もいて。
「伏黒、あったかい?」
「……ああ、暖かい」
暖かすぎて、どうしたって離したくない。
05
重い。
覚醒してすぐ、始めに理解したのは自分の上に何かが乗っていたこと。
冬の寒さを凌ぐために潜り込んだ布団越し、寝る直前までスマホを見ていた為にうつ伏せになった状態で寝ていた自分の背中の上にずしりとした重さがある。
未知の奇襲に普通なら慌てたり混乱したりもすべきなのだろうが、虎杖は上に乗っている重さに確信を持ちながら声を掛けた。
「伏黒…?何してんの?」
返事は無い。しかばねのようだ。
心無しボサボサになった髪を軽く手櫛ですいてやるとしかばねもとい伏黒がムクリと顔だけ起こして顔を見せた。酷い顔だ。虎杖が寝るまで一昨日から伏黒は任務で留守にしていた。終わってからそのままここに来たのだろうか。
「なんかあったん?」
頬を撫でる。伏黒は首を左右に振りまた再び虎杖の上の重しになることに徹するようだ。
背中越しにとくとくと音がする。少し早い鼓動からも伏黒の様子がいつもと違うことが分かる。
「大丈夫だよ、伏黒。おいで」
何が大丈夫なのか虎杖にも分からないが、伏黒が何を求めてるのかは分かった。伏黒の下でずりずりと身体の向きを変え腕を広げて腕の中に呼ぶとすぐに伏黒がやってくる。
抱いた腕の中で強ばる身体が徐々に解けて、次第に同じ鼓動が混じり合う感覚。
とくとく、と規則正しく鳴るお互いの心音だけを聞いていると瞼が重くなる。
しがみつくように抱き締められた身体に伏黒からの執着を感じながら眠気に従う。ここに居るよ。ここに居たい。
06
不意に唇同士が重なる。次にはどちらからとも無く離れた唇がまた重なる。
教室でするのは初めてだな。と伏せた瞼の下で虎杖は思った。
夕日の中でお互いの輪郭も曖昧なまま確かに繋がる唇同士に吊られて指先を絡める。伏黒の長い指が先の任務で傷を負った虎杖の中指の第二関節を撫でる。
絆創膏越しに小さな傷をじっとりと撫でる指。優しい手つきだが、薄暗い感情を感じて虎杖はぞくりとした。
「……ン」
唇を軽く吸われ次には合わせから侵入してきた粘膜を受け入れながら怖いもの見たさで虎杖は薄く瞼を開いて、次には自分の好奇心を後悔した。
机を挟んだ向こう側にいる伏黒の切れ長の瞳が虎杖を静かに見据えていた。その瞳に映るのは怒りであり、
「他の奴に傷なんか作らされてるんじゃねえよ」
嫉妬でもあるように感じた。
……自分がつけるのは良いのだろうか。
虎杖は疑問を感じ掛けて口にしかけたが、そのまま口を噤んだ。
もし、もし肯定されたら伏黒からの傷を自分が心待ちにしてしまいそうで怖くなったからだ。
07
「伏黒おはよ」
「おはよう…」
虎杖が歯を磨いていると起きてきた伏黒が殆ど眼を閉じたまま虎杖の隣に立った。
まだ寝てるのか歯磨き粉を歯磨きの持ち手につけて磨いている。
口を濯ぎながら思わず吹き出しそうになって虎杖は慌てた。
「ちょ、伏黒、それ逆!逆になってるから」
「ン…」
慌てて歯磨き粉を取り上げた虎杖にも構わずうとうと船を漕ぐ伏黒はいっそ大物か。
「しょうがないなー」
口に出しながらも、全然しょうが無さそうじゃない顔で虎杖は伏黒の歯磨きを一度水で濯いでから伏黒の口を開けさせた。
「ほら、あーんして」
しゃかしゃか。歯を磨きながら逆らわずにあーと口を開ける伏黒。オマエはそれでいいのか!?
虎杖は心の奥で盛大に突っ込んだが当然答えてくれる誰かは居なかった。
08
たまの休み。虎杖と同じく伏黒も任務が無いようで映画でも行くかという流れになった。(釘崎も誘ったが即座に断られた)
そろそろ劇場上映も終わるという映画の端の席で左右には誰もおらず、劇場にもぽつぽつと人の頭が見えるだけのほぼ貸切の空間。虎杖と伏黒は並んでスクリーンの光を浴びる。
ふかふかの背もたれに背中を預け、五感全てを物語に投資できるこの二時間弱が虎杖は好きだった。
「……!」
だった。と言うからには過去形である。
擦り、と肘掛に掛けた虎杖の手の甲にこそばゆい感覚が起きる。
伏黒の親指が虎杖の手の甲の浮き出た血管を撫でている。中央のぷくりと浮き出た筋から指の付け根、そこから枝分かれした青い線。
「……、」
虎杖の大きな瞳がスクリーンから逸らされ隣を見る。ほとんど同じ高さにある伏黒の瞳はとうにスクリーンから虎杖にあり、ゆったりと瞼を持ち上げるだけで良かった。
触れるか触れないかのソフトなタッチから突然押し込むような動きを入れて。ぎゅ、と掌を包む。
そのまま絡んだ指先は虎杖の意志だ。
映画を観ろよという突っ込みはなしにして欲しい。
「いたどり」
低い低音が虎杖にだけ聞こえる声を耳許で囁く。触れ合う肩に視線を下ろして視線を逃がしても、顎を持ち上げられてはもう虎杖はこの熱視線から逃れる術を知らないのだ。
09
「伏黒はさ、生まれ変わったら何したい?」
「オマエと一緒がいい」
間入れずに帰ってきた返事に虎杖は思わず言葉を無くした。
聞いておいて帰ってこない返答に読んでいた本から顔を上げて訝しげに伏黒が虎杖を見る。
「オマエと一緒がi」
「いや、聞こえてない訳じゃないから!」
恥ずかしげもなく反復しようとする伏黒の口を虎杖は思わず塞ぐ。当然じとりと睨まれる。
「もっとこう、あるじゃん?将来の夢とか、こうなりたい容姿とかさ」
虎杖の問いかけに少しだけ、ほんの少しだけ伏黒は視線を空に遊ばせ考えるような仕草をした。少しの譲歩だ。
「……オマエと一緒がいい。来世でも諦めて俺のそばにいろ」
当然のように返ってきた返答はやはりブレないそれで、応…と答えた虎杖は泣きそうな顔で笑っていた。
10
「上がった」
「いやビショビショすぎん?」
風呂から上がってきたほかほかの恋人ビショビショ頭に虎杖は思わず突っ込んだ。
言われて伏黒はがしがしとタオルで適当に水気を拭う。ボタボタとその辺に水気が飛んだ。
「ふは、伏黒おいで〜」
見かねた虎杖がベッドの上でドライヤーを手に伏黒を手招く。そばに寄ってきた伏黒は大人しく虎杖の前に背を向けて座った。
ドライヤーから吹く風が伏黒の黒髪を揺らす。時折虎杖の掌が髪をかき混ぜて水気を飛ばすようにかき上げ撫でた。
髪を触られる心地良さに瞼を閉じつつ伏黒は背を丸める。
「おし、終わり」
ドライヤーを消して乾くのを待つうちうとうとしだした伏黒の肩を虎杖がぽんっと叩いた。ハッと飛び起きたらしい伏黒の様子が手に取るように分かる。
「疲れてんの?」
虎杖が聞くと違うと首を振り、後ろを向いたままずりずりと身体を倒してくる。
乾いたばかりの黒髪が行き着いた虎杖の膝上に合点が行ったとばかりに虎杖は瞬きを多くした。
「甘えたいん!?」
「……悪いか」
おっかなびっくり半分疑問系になった虎杖の言葉は当たっていた。
罰が悪そうに小声で呻くように声を出した伏黒の口を虎杖が上から塞ぐ。
「ン…」
唇同士が瞬間熱を持つように熱くなる。下から頬を撫でてくる伏黒の掌が虎杖の顎を軽く引いて、ゆったりと舌を侵入させてきた。
軽く絡ませて、唾液を貰う。もっともっと欲しい。
急かすように動く甘えたがりの舌を軽く甘噛みして極上の甘やかし上手が蕩けるような笑みを浮かべた。
「大好きだよ、伏黒」