寂雷が獄とSMプレイを検証する話「…今なんつった?」
「うん。"加被虐的性嗜好"を検証したいんだけど手伝ってくれないか」
俺は椅子の背もたれに寄りかかり大きな溜息をついた。
こいつがとんでもないことを言い出すのは何も今に始まったことではない。
寂雷は利発そうな、そう、黙っていれば学会で演説でもしてるんじゃないかという風貌をしているから騙される奴が多い。
"加被虐的性嗜好"――まともそうに聞こえるが要は"SMプレイ"だ。
今「ふーんなるほど」なんて呑気なことを思った奴。俺には嫌いなもんが2つある。 1つ、突拍子もないことを言う奴。2つ、面倒事に巻き込まれることだ。
「断る!」
立ち上がろうとした俺の肩を寂雷が慌てて押さえる。
「待ってよ獄!私はただ患者を助けたいんだ」
「それがどう患者の為になるんだ順を追って説明しろ!」
「すまない、理由を話してなかったね」
寂雷はいつものようにすっと背筋を伸ばすと、手元のノートに鉛筆で図を示しながら解説を始めた。
自覚はないかもしれないがもう少し恥じらえ。これが演劇の課題なら間違いなく0点だ。
「私の患者に依存症を発症している人がいてね、カウンセリングしたところどうやらプライベートでSMにのめり込んでいるらしいんだ。
そういった『行為』が要因となって依存症を発症しているのか、それとも『相手そのもの』に原因があるのか私にはわからなくてね…」
「で、ヤってみたくなったと」
「語弊があるね。あくまで検証だよ」
「同じことだろう。念の為確認するが、つまり"そういうプレイについての原因と結果をハッキリさせたいから実験台になれ"って言ってるんだよな?」
「さすが獄!理解が早いね!」
――頭が痛くなってきた。
「……。で、その相手が何で俺なんだ?」
「それは…」
口ごもる寂雷。まぁ、言いたいことはなんとなく分かる。
こんなお堅い理由だのシチュエーションだの説明されたところで一般人にはまず理解してもらえないだろう。
鵜呑みにしたところで相手は天下のイルドック様だ。
浮いた噂でメンバーに迷惑を掛けたくもなければ、一名医が一般人にそんなプレイを施したとなれば職にも関わるだろう。――まぁ、あくまで凡人にこいつの趣向に耐えうる奴がいればの話だが。
「獄ならいろいろ知りえた仲だろう?身体の成長過程だって能力だって知り尽くしてる。
なにより遠慮がないのがいいんだ。私を相手にすると大抵の人は萎縮して正確な検証データが導き出せないからね」
誰かこのアホを正気に戻す薬を作ってくれ。金なら出す。
俺はもう一度デカい溜息をついた。
「やっぱり断る」
「どうして…!」
「どうしてもこうしてもねぇよ。何が悲しくて30半ば過ぎた男がそんなものに手を出さなきゃならねぇんだ」
「年齢は関係ないさ」
「そもそもお前と俺は男同士だ。そういう対象になる意味が分からない」
「だからいいんじゃないか。今この時点で関係性が出来上がってたら実験が意味をなさないよ」
「駄目と言ったら駄目だ」
「どうしても?」
「どうしても」
「そうかぁ…」
悲しげに肩を落とす寂雷。
そう、それでいいんだ。たまには真っ当に生きたってバチは当たらないぞ。
「…獄が行きたがってたバイク博覧会のチケット、同僚のツテで手に入れたんだけど」
「卑怯だぞ!!!」
「人生は対価だっていつも獄が言ってるじゃないか」
「言ってねぇ!!!」
「ねぇ獄、ほんとうにダメかい…?」
下がり眉の捨てられ犬のような切なげな眼差しで見つめてくる寂雷。
くそっ!!そんな目をすればなんでも聞いてもらえると思うなよ!!!俺には我慢ならねぇモンが2つある。1つ、エサで人を釣るやつ、2つ、それに釣られる人間だ!!!
「今回だけだぞ!!!」
「ありがとう獄!!!」
ぱあぁっと表情を輝かせて満面の笑みを浮かべる。 クソッ、また俺はコイツに勝てねぇのか…。
額に手をやり天井を仰いだ。
「詳細はまた連絡するから、とりあえず今日は一息ついてお開きにしよう」
奴はそう言って冷蔵庫から冷茶を取り出した。
ああ、そうしてくれ。
それとここは俺の家だ!!!
(続)