無精髭不死川とつるつる義勇さん「イツマデ寝テンダバァカー」と言う爽籟の鳴き声で目が覚めた。まだ半分眠っている脳みそでゆっくりと起き上がり、辺りを見渡す。そう言えば一晩中鬼を探して駆け回った俺は、夜明けと共に家の玄関を開け、そのまま布団へ飛び込んだはずだ。疲労が溜まり眠くて眠くて仕方なかったんだ。勿論俺は今超絶汚い。土埃で髪はボサボサギシギシ、隊服や体は泥やら何やらで汚れ、顔が痒いと指で触れれば無精髭がショリ…と音を立てた。
腹が減ったと大きく欠伸をして布団から出ると、途端に太陽を拝みたくなって雨戸を開け空を見上げた。いっちばん高い所からさんさんと降り注ぐあったかい光。不死川は一度深く深呼吸をすると、急いで雑に水を被り隊服を新しくして無我夢中で走り出した。
今日は柱合会議の日であった。
ヤバいヤバいと乱れる呼吸を直す余裕も無くひたすら走る。
髪や髭をどうにかする余裕など無かった。寝坊をしたのだから!
こんな礼儀も糞もない姿をお館様に見せて怒られるか、遅刻して怒られるかどちらが良いかなぞ分かりきっている。大人の遅刻は許されないのだ。まだお館様にこの姿を「汚いね」と窘められた方がましだ。想像したたけで泣きそうだけど。マジ泣くかもしれない。
涙目の不死川は吐き気を催しながら他の柱が集まる庭に転がり込んだ。まだ誰も整列しておらず、お館様の姿も見られない。
間に合った、と安堵した束の間、不必要なまでに声たかだかに笑う宇髄が不死川の肩を叩いた。
「珍しいじゃねーか、お前がそんな、そんな、ドブネズミみてぇな、かっこで…ぶふっ」
耐えきれなくなった宇髄が腹を抑えて蹲った。返す言葉もないと、不死川は舌打ち一つで怒りを沈めオールバックになった髪を手ぐしで整えた。水を被った体は風の様に走って来た為自然乾燥している。伊黒に「そんな姿でお館様に会おうとするとは見損なった」だの、胡蝶に「取り敢えず隣に来ないで下さい」だの小言を言われようがどうでも良いと思えた。遅刻せず間に合った、もうこれで十分。体がきたねェのは一生懸命鬼狩りをしていたからだと解釈してくれるはずだ。
「うるせェバーカ」と周りを威嚇していると、乾燥したせいかまた顔が痒くなって指で触れる。相変わらずショリショリと音を立てる無精髭を弄んでると、こちらをじっと見つめる義勇と目が合った。
いつもは人を小馬鹿にした様な目つきをしてるくせに、今回はやたら大きく見開かれ青い目玉は子供の様にくりくりとまあるくなっている。長いまつ毛がパサパサと瞬き、小さな口から小さな声で「わぁ」と音が漏れた。
いつもと違う反応だったが、思い込みからか不死川はまた馬鹿にされているのだと感じ、怒りを顕にして義勇に掴み掛かった。
「何見てんだクソがァ!」
吠えて獲物を驚かせ、動けなくなったところを噛み殺す獣の如く怒鳴りつけた不死川。
しかし義勇は頬を薄っすらと赤く染めてモジモジと下を向いてしまった。何やらモニョモニョと喋っている。普段から義勇に無視され続けている不死川は、向こうから語り掛けてくると言うその貴重な一瞬を聞き逃すまいと更に顔を近づけた。
「さすが不死川だ。俺は全然髭が生える気配が無くてな…毎日願っているのだが、なかなか育ってくれない」
カッコイイな、とションボリと照れたような表情で見上げられる。予想外の見たことも無い反応に思考停止した不死川はポカンと口を開けたままゆっくりと後ずさった。
冨岡が、俺を、カッコイイって、言った?
百人が百人中汚えって言いそうな今の俺の姿をあの冨岡がお綺麗な顔真っ赤にしてカッコいいって言った?
もはや好きって言われたようなもんじゃねェか、と不死川は眉間を抑えながら天を仰いだ。可愛いとこあるじゃねェか。
優越感と歓喜で震える体を必死で取り繕いながら、しかしどうしても緩む口元はそのままに、不死川は義勇に対して「ざまーみろォ」と得意の嫌味を放った。
二人以外のその場に居た面々は後にこう語った。
「何かあいつカッコつけてたけど体全身から拙者超浮かれてますって空気駄々漏れだったよ」