玲紗で一紗誕最近、一紗がよく歌っている。
シチュエーション的には、所謂事後の、ベッドの上で。
玲司の知らない曲ではあったが、いつも同じメロディーを聞かされるうちに、自然と覚えた。
「それ、何? 洋楽とか?」
「……なんでも良いだろ」
一度だけ訊いてみたら、そっけない返事とともに背中を向けられてしまった。
少しの沈黙のあとに聞こえてきたのは、すっかりお馴染みとなった旋律だ。
機嫌が悪ければこうはいかないはずだと、玲司は考えを巡らせた。これは熱情がもたらす体の飢え、心の渇きを満たしてやれた証なのだと思うと、いっそう愛おしく聞こえるようになった。
***
「……で、聞きたいことってなんだよ」
SolidSの大が向かいに掛けた。
出された紅茶と引き換えにするかのように、玲司はケーキの箱を差し出しながら言った。
「俺が耳コピした曲があるから、知ってたら教えてほしいんだ。知らなかったら、どういうジャンルか考えてくれ。この通りだから」
「……この店、都内には郊外に一軒しかねーとこか。そこから持ってきたのか? しかも初夏の新作で、すぐ売り切れるメロンケーキ。玲司が本気なのは解った」
「話が早くて助かる」
「でもなんで俺だったんだ? 俺よりもっと気軽に訊ける、マニアックな曲知ってそうなヤツなんて他にもいるだろ。それこそ玲司が付き合ってる一紗、とか」
「その一紗が教えてくれなかった曲を知りてーなって」
「あー」
ケーキをつつく手を止め、大が気付きたくなかったとでも言いたげに頭をかいた。
玲司が畳み掛ける。
「プラス、口が固そうなヤツってなるともうお前にしか頼めねーんだよ」
「解った、もう食い……終わってるな。その曲って?」
早速玲司が歌ってみせると、大の表情がたちどころに凍りついた。
「……ちなみにそれ、どう聴いたんだ? 部屋でよく流してるとか、動画見てたとか……まさか実際に歌ってたわけじゃねーよな?」
「えーっと、ベッドで機嫌良さげに歌っ「あーーー理解した把握したみなまで言わなくていい、訊いた俺が悪かった」
「て、ことはなんの曲かは判ったってことか」
「……今メッセでリンク送るから、それ開いて確認してくれ」
言われた通りにすると、ページにはフランス語と日本語の対訳が書かれていた。
日本語訳の内容に目を白黒させている玲司に、大がため息交じりに言った。
「シャンソンの《喜びに涙して》。確かに、俺に訊いた玲司は正しかった。他のヤツだったら、どんだけ冷やかされたか……」
「……こんな意味の歌詞だったなんて知らなかった。俺、愛されてる?」
「そんな自信満々に聞かれてもな……。まあ実際、そうじゃないヤツの前でこれ歌おうなんて思わねーだろ」
「いやあ照れるな……、にしても、ピンポイントでよく知ってたな」
「『身内』に縁のあるヤツがいるからな。……直接は関係ねーけど」
「あー……」
「これ、他のヤツには言うなよ」
「わあってるって。……てかこれの音源って……、レコードもあんのか」
「もしかして、誕生日プレゼント?」
「候補には考えてた」
「あのなあ……、教えてやらなかったってことは、知られたくなかったってことじゃねーのか」
「一紗だったら、そういうときにわざわざ俺の目の前で歌ったりしねーって」
「……玲司がそう言うなら止めねーけど。ああちなみに、状態が良いレコード買いたかったら古書店のサイトで調べた方が良い。写真ねーことも多いけどな」
「マジで助かった、サンキューな、大」
***
待ち侘びた七月二十三日、玲司はVAZZYのコミュニケーションルームで開かれていた一紗の誕生日会のタイミングに合わせ、彼の部屋に合鍵を使って入った。
しばらく待っていたら、鍵の回る音がした。
「おかえり、一紗。誕生日おめでとうな」
「……いると思った。で、玲司は何がプレゼントなんだよ」
「気が早いな。……これだ」
「薄くてデカい正方形。レコードか?」
「正解。開けてみ?」
「ハッ、アレか。よく調べたな」
「隠されたら知りたくなるのが、ニンゲンってもんだろー。一紗の愛に俺も応えられるように、また一年、よろしくな」
「ああ……で」
「ん?」
「どうやったら聴けるんだ、これ。ここにレコードの再生機器がないことくらい、お前なら当然、知ってるだろ」
「……、来年のプレゼントに決めてあるんだ」
「言ってろ」
一紗は小さく笑いながらレコードをテーブルの上に置き、指先を玲司の頸の後ろで組んだ。
──こいつには、愛のメロディーを閉じ込めたままで、一年の時を過ごしてもらおう。
少しだけ視線をテーブルの方に遣り、玲司は向かい合う腰を抱き寄せた。