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    機関軸たざかみ。全年齢です。
    追憶展のフォトミラーの衝撃が未だに収まっていなかったのですが、とある近代建築を見学したときにネタが降ってきたので書きました。
    「一般的に仕切り組と言われているが、うらが書くとまるで仕切る気のない神永になる」「三好が結構可哀想なことになっている」点が大丈夫な方はお楽しみいただけると嬉しいです。

    #たざかみ
    upland

     豪奢な装飾が施された漆喰天井は、古代オリンピアンの勝者に被せられたという月桂樹の冠を彷彿とさせた。
     その下、広い絨毯敷きの上を行き交う仲間たちに普段見慣れない黒い尾っぽが生えていると、神永は密かに可笑しがりつつ眺めていた。
     きっと誰しもが同じことを考えている筈だ。全員燕尾服を着ているのだから。
     彼らは偽装上の勤務先である、大東亞文化協會の周年パーティー会場にいた。新京や京城といった外地に置かれている支部の人間も招いて会場を借り切っている。ここで恙無く職員として振る舞うのも、訓練のうちだった。
     時刻は各支部の代表たちの挨拶が始まる頃になろうとしている。だが誰か足りない気がする、と丁度考えていたところ、「神永」と三好が耳打ちしてきた。

    「田崎はどうした」
    「どうもしないさ。何故俺に」

     三好はあからさまに機嫌を損ねた顔をした。

    「連れ戻してきてくれ。僕は結城さんに答辞を任されているから抜けられない」
    「一人くらい居なくても、俺たち以外には分からんだろう」
    「他の支部の誰かの挨拶中に戻ってきてみろ。無礼な奴の正体探しが始まって、結城さんの面目が……」
    「はいはい優等生三好サマ直々のお願いとあらば喜んで探して来れば良いんだろ」

     言葉だけ投げつけて、神永は大広間を後にした。



    「ここにいたか」

     客人の身分でうろつける場所といえば、手洗いか喫煙所と相場は決まっている。来訪の際、玄関口から大広間へ向かう途中に客間があった。その突き当たりには屋根も壁もガラス張りになったサンルームが建てられており、喫煙所として使えると案内されていた。
     ガラス越しに、見慣れた短い黒髪が少しだけ歪んだ姿で像を結んでいた。彼は白いヴェスト姿で、燕尾の上着は肘掛けに放り投げたようだった。市井の人間たちが窓から伸ばす洗濯物とさして変わらない有り様を見て、神永は限られた資金をこの燕尾の誂えに使わざるを得なかった結城への同情を禁じ得なかった。

    「ご機嫌よう田崎、ここで喫めば慣れたカイトの味も、さぞ美味なのだろうな」
     
     ドアを開け恭しく脱帽までして言ってやると、いかにも歓迎しかねるといった視線が返ってきた。肩をすくめてやり過ごしながら言い募る。

    「三好のご指名だ。各支部代表の挨拶が始まる。広間に戻るぞ」
    「一人くらい居なくても、俺たち以外には分からんだろう」
    「俺も当初は全く同じことを言って返したがな……」

     三好の見解を伝えると、田崎は笑みを濃くした。

    「なら、あいつの答辞に合わせて戻れば良い」

     箱から一本飛び出させて差し出された煙草を、神永はアイデアごと受け取ることにした。

    「名案」

     慣れない燕尾の懐を弄るのも煩わしい。被っていたシルクハットは空いた椅子の上に置き、咥えた煙草の先を田崎の口先で細い煙をたなびかせているそれに押し付けた。ふた呼吸ほどで神永の煙草の先にも火が灯る。
     煙を吐き出しながら、紅い布が貼られた一人掛けのソファに腰を下ろして田崎を盗み見た。

     ──全く、こんな駄々っ子のような男をスパイとなる者のカバーにしておくとは結城中佐も人が悪い。

     物腰そのものは柔らかいが、どうにも人嫌いな印象が拭えない。そしてそれを悟られるくらいには行動に移してしまう。

    「……何か言いたいことでもあるのか」
    「いや? 二人きりでこうして静かに過ごすというのは、滅多にない機会だと思って」
    「結城さんと三好をこけにして得た静かな時間か」
    「存外悪くないものだな」
    「俺から誘っておいて何だが、貴様は酷い男だな」
    「酷いついでに、宿舎に戻ってから三好に食らわせられる小言の台詞で賭けておくか」
    「良い時間潰しのネタの提供、感謝する」

     それはどうもと返しながら、神永はまた煙を吐き出した。
     ふと上を向いたはずみに、星が見えることを知る。
     秋も深まりゆく季節なので、ガラス越しでもその輝きの鋭さが窺えた。辺りに家屋もビルもなく庭園も広いので、周囲の明かりで妨げられることのない輝きを許されているのだろう。
     今この地上の片隅で繰り広げられた、不埒な遊興の存在など意に介さぬかのような清廉な星明かりを、神永は時間の限り堪能することにした。
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    mu____zi

    DONE課(特に付き合ってない)たざかみ、愛と地獄の新婚旅行編

    たざかみの日のプリズンなブレイクの続編です。
    ◾️◾️




    波間の揺れる一面のコバルトブルー。神永は海の真ん中、木製の小洒落た桟橋の上に立っている。頬を撫でる風に目を細めて、はて。──どうしてこうなった。と、隣で柔らかく微笑む田崎の顔面を見つめながら、答えのない疑問を脳裏に過らせた。


    さて、神永が水上飛行機から桟橋に降機したのは、ほんの1分ほど前の話である。桟橋の専用プラットホームに横付けされたその飛行機に乗り込んだのは、大凡1時間ほど前だっただろうか。因みに、小型水上飛行機へ乗り込むより前の、南国の国際空港に到着したのは3時間ほど前のことで、神永が日本で旅客機に乗り込んだのはそれより更に約15時間前だ。
    この土地に降り立つまでに既に半日以上が経過し、神永の凝り固まった背筋は慣れない疲労を訴えていた。しかし、神永の疲弊は肉体的よりも寧ろ精神的な部分にある。開放的な南国の土地に降り立った人間にしては些か場違いだろう。とはいえ、神永はそんな疲弊の断片を顔色に滲ませることなく、口角を緩めてながら極上の幸福に溢れたバスタブに浸かった顔をする。順風満帆で、今まさに世界が終わりを告げても尚、隣にこの男がいてくれるのなら後悔などない、という顔である。
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