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    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

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    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ

    袁氏の経歴は司法官→帝師・科挙選考官→登莱巡撫(山東省地方官)。
    本当はこの頃60代なので超ベテランです。
    凱旋パレードは中国にもあったみたいだけどあまり資料が見つかりませんでした。

    ##文章

    「橄欖之苑」 序幕・第一幕地平線のかなたに、濛々と土煙が揺らぐ。
    それは次第に叢雲のごとく立ちのぼり、やがてその麓から一群の黒い影が姿をあらわした。
    何者かと問うまでもない。それは全身を装甲で覆った、満州族の騎馬軍団だ。
    悍馬の蹄に踏みしだかれ、大地が不吉な鼓動を打つ。
    隊列から突き出た旗幟の群れが揺らぎ、槍の穂先が雷電めいた反射光を閃かせる。

    接触時間の予測は正確。こちらはすでに準備が整っていた。
    凛とした冬の大気が次第にこわばり、氷針となって肌に突き刺さる。
    それは寒気のためだけではなく、その場に居並ぶ将兵たちの緊張と闘気によるものだ。
    彼らの顔に恐れはない。
    あるのはただ目の前の敵を、一人でも多く討つという意思だけ。

    一つ長めの呼吸をする。
    吐き出された呼気が、白い尾を引いて宙に溶ける。 
    そしてもう一度、今度は勢いよく冷気を肺に取り込んだ。

    ――砲兵は弾薬の装填を。騎兵は戦闘隊形へ。
    蛮族を討て、奪われた国土を取り戻せ。

    口にし慣れた号令。
    灰塵、剣戟、硝煙。金属音と血の匂い。
    登莱、そして遼東での三年。
    それも今や、全て過去のものだ。満州族との戦に明け暮れる日々もいつしか終わり、俺は兵部右侍郎への昇任という体で、京師(みやこ)・順天府に呼び戻されることとなった。

    天啓五年のことだった。




    都市の街路は、ときに最高の舞台となる。
    ましてやそれが、京師の都大路とくれば尚更だ。

    日々の演目は実に幅広い。お馴染みの大道芸や講談師、思いがけない喧嘩や抗争。対立する家同士や同業者が公然と「決闘」を披露し、観衆に裁定を仰ぐこともある。
    しかしそれらは、所詮街路の片隅に小劇場を為すに過ぎない。天子の行幸、祭りの行列。朝廷が絡む大規模な催しの際には、道全体――時には町全体が一つの舞台と化す。
    たとえば今日この時のように。

    順天府の街を囲む城壁の正門から帝の住まう宮城まで、まっすぐ伸びる都大路。今日はその中心に、もう一つの道が出現している。その道を囲むのは文字通りの人垣で、その所々に見回りの官吏が配置され、ともすれば前に出ようとする者に叱責の声を飛ばしたり、人垣の密度に気を配ったりと忙しそうに立ち働いていた。

    今日の「演目」は凱旋式だ。
    勇壮な太鼓と銅鑼の演奏に合わせて、通りの中央を、整然とした隊列が進んでいく。儀仗兵と旗持兵が先ぶれをつとめ、その後ろに楽隊が続く。軍楽の演奏に呼応するがごとく硬い金属音を響かせて、八列に並んだ歩兵たちが行進する。それが過ぎ去ってしまえば、今度はきらびやかな甲冑に身を包んだ騎馬兵の出番だった。
    街路沿いには見物人のほか、飴売りやお茶売り、軽食屋等、それに乗じる物売りの声もあちこちで聞こえてくる。だがそれ以上に聞こえてくるのが――

    「遼東奪還の名将」
    「登莱の英雄」
    「海の長城」

    誰が考え出したのかも知れぬ、大仰な賛辞の洪水だった。

    鮮やかな赤色に、孔雀の補子(きしょう)。真新しい三品官の官服に身を包んで、俺は隊列の中心に身を置いていた。その恰好と背後で揺れる大将旗のおかげで、周囲に紛れることもできない。群衆の眼前を行き過ぎるたびに喚声がいっそう高まり、花やら紙吹雪が降ってくる。しかし俺自身は、隊列自体をも含めたこの狂騒に、ただ違和感と居心地の悪さを覚えるばかりだった。

    求められた演目は「『英雄』の凱旋」。

    武功を上げたのは確かだ。七度の交戦と勝利を経て、遼東半島を占領していた後金軍は撤退し、東部戦線は一時的な安寧を取り戻した。しかし危機が完全に去ったわけではないし、そもそもこの「凱旋式」の真意は俺の帰着をねぎらうことでも、ましてや祝勝ですらないことにも気づいている。
    それに加えて、今ここにいるのは登莱で共に戦った兵ですらない。巡撫として指揮した官僚も兵も、全ては地方政府に属する。地方官の任を追えれば、ただ身一つで帰京するだけだ。今行進しているのは、ただ住民の見世物になるためだけの虚飾の隊列だった。

    視線の端で、母親に抱かれた幼子が、無邪気に手を振っているのが見えた。手を合わせる老爺に、目を輝かせる少年たち。
    ……顧みる必要はない。
    彼らに罪はないからこそ、これ以上茶番劇に加担させてはならないのだ。
    今できることは、ただ前を向き、時が過ぎ去ってしまうのを待つだけだった。

    真正面に見えているのは、庶民の居住区たる外城と内城を隔てる城壁、そしてその南を固める正陽門だ。正陽門の守りは堅固で、門前には敵を封じ込める瓮城、さらにその手前には射出用の小窓が並ぶ箭楼がある。
    そして、その全てを抜けたところにある承天門――天子の領域たる皇城の正門が、この儀式の終着点だった。

    紅の城壁の上に二層の楼閣を載せた承天門は儀礼の場でもあり、凱旋式の際はこの門の上から、帝が帰還した将を出迎える。しかし此度は帝の意向で、門での出迎えは行わず、外朝の太和殿で接見を行うのだと聞いていた。

    色とりどりの布や紐で飾り立てられた馬を降り、剣を預けると、先導役の宦官について門をくぐる。ここから先は天子の領域、特別に認められた者を除いて騎馬で通ることは許されず、帝のおわす太和殿まで長い距離を徒歩で進まなければならなかった。しかし先程の苦痛に比べれば、そんなことはなんでもない。一人になれればなお良かったが、場所が場所だけに観念するほかない。

    凹字状に広場を囲む壮麗な午門を通りすぎれば、そこには政(まつりごとの)の中心、外朝の広大な広場がある。石畳が敷き詰められたその中央に三層の階段状の台座があり、その頂に鎮座するのが、黄金色の瑠璃瓦をいただく太和殿だった。

    「兵部右侍郎・袁可立、勅命により帰還いたしました。再び龍顔を拝したてまつり、恐懼の極みにございます」
    しきたり通りに叩頭を済ませると、跪いて頭を下げ、拱手の姿勢を取ったまま帰着を告げる。宮殿内の広い空間には、朝会時には出仕した官吏が立ち並ぶ。しかし今は人が少なく、いやに自分の声が響く。
    「つつがない帰還、何よりである。面(おもて)を上げよ」
    まもなく頭上から、まだ幼さを含んだ声が返ってきた。許しをえて顔を上げると、かつての教え子がそこにいた。龍と宝玉の飾りをあしらった翼善冠と黄色い龍袍に身を包み、彼は階段の上に据えられた龍椅からこちらを見下ろしている。
    「やはり貴公に任せてよかった。此度の働き、まことに大儀であったぞ」
    そう言って、玉座の青年――天啓帝は虚ろに微笑んだ。

    帝はようやく少年を脱したばかりといった頃合だが、若者らしい血の気の多さは感じられず、どこか精彩を欠いた、茫洋とした雰囲気の青年だ。以前教師として彼に仕えていた時から、その印象は変わっていない。しかし今はぼんやりというより、どこか落ち着かなげに見える。ともすれば視線が彷徨い、時折、膝が小刻みに揺れている。まるで今すぐここから立ち去りたいとでも言わんばかりだ。
    そしてもう一つ、出立時とは異なる点があった。

    玉座に繋がる階段のたもとに、払子を手にした宦官が立っている。蒼白な肌色を引き立てるような、赤い衣に黒い外套。細長い手指や骨ばった顔の輪郭はまるで白骨を思わせて、どことなく不吉な感じを受ける。すまし顔をしているが、その佇まいにはどこか粗野な印象があった。

    「貴公が蛮族を追い払ってくれたおかげで、朕も安心して眠れるぞ。昇任のほか褒賞も用意したゆえ、ぜひ受け取ってくれ」
    ゆるりとした口調でそういうと、帝は階下を指し示す。足の短い正方形の卓上にいくつかの盤が置かれ、黄色い布がかぶせられていた。ふくらみの形からすれば、金銀の元宝や細工物、衣料品のたぐいか。勿体ないことだと思うが、とはいえこれもしきたりだ。謝辞を述べ、もう一度拝礼する。
    「――では魏公公、後は任せたぞ」
    それを受けると、天啓帝は役目を果たしたと言わんばかりに儀礼の終了を宣言した。
    魏と呼ばれた宦官は玉座を仰ぐと、合わせた袖を掲げて恭しく頭を下げる。俺の方でもそれに合わせた。階段を降りる足音はいくらか慌ただしく、視界の端で黄色い裾が通り過ぎると同時に、軽い風が手に当たった。

    遠ざかる足音を聞きながら、俺は冷たい水が体内に満ちていくような気分に見舞われていた。今の帝は、以前とは何かが違った。自分が知っている限り、彼は鈍い所はあるが愚かではなかった。満州族対策について意見を提出した際にも、その内容を正しく理解し、そのうえで自分を登莱巡撫の任につかせてくれた。あの時の彼には知性の光が感じられた。
    しかし今はどうだろうか。
    ……確かにこんな調子では、承天門で儀礼的な出迎えなどする気は起きないだろう。

    「袁侍郎」
    帝の様子に考えを巡らせていると、宦官特有のかすれた声で名前を呼ばれた。見ると、魏と呼ばれた宦官が恩賞の置かれた卓子の横に立っていた。
    「登莱での戦功に鑑み、陛下より恩賞を賜わりました」
    物腰は丁重だが、その声色にはどこか嫌味な甘ったるさがある。媚びるような…いや違う。それは愛玩動物でも相手にしているかのような、優越感に満ちた響きだ。彼と対面していると、爪で喉を撫でられるような、嫌な感じがした。彼はそのまま下賜品の目録を列挙し、それが終わってしまうと、深い墨色を湛えた瞳をにいっと細めた。
    「さあ、謹んでお承けなさい」
    「……陛下の鴻恩に感謝いたします」
    その言葉を口にするのには、いささかの忍耐が必要だった。この男に言っているわけではないと、頭では分かっていてもだ。

    受け渡しが済むと魏は退出し、俺もまた太和殿を後にした。
    褒賞の品はあとで自邸に届けられるそうだ。身軽なものだが、肩にのしかかる重苦しさはいまだ消えない。
    日差しが強い。石畳に反射する光がまぶしく、宮殿を何重にも取り巻く漢白玉の欄干は、淡く発光しているようにも見える。しかしそんな好天とは裏腹に、宮中には不穏な雲が垂れこめているように思えた。

    ……宮中(ここ)でいったい何が起こった?

    顔を伏せ、訝しく眉を寄せる。もしかしたら、登莱で満州族を相手にしていた方が、遥かに楽だったのではないか。……早くも俺は、そう思い始めていた。
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