Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    スズ🍠

    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍠 🌟 📏 ⛪
    POIPOI 116

    スズ🍠

    ☆quiet follow

    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ
    ☆ENJ度3/5

    アダムシャール、神功戲にも出てくるけど可愛くて気に入ってる。ドイツ人です。
    天主堂の場所は「魔鬼之家」にでてくるあそこです。リッチが建てた当時は中国風建築だったらしいけど。(シャールが西洋風の教会を建てたのは清代のこと)

    ##文章

    橄欖之苑 第九幕順天府は三重の城壁によって囲まれている。
    中心にあるのはむろん天子の住まう紫禁城の壁、その外側には宮城を守る皇城の壁、さらにその外にあるのが、街と外界を隔てる外郭だ。それは上空から見ると凸字状をしており、永楽の御代に元朝の大都城の城壁を改築した内城を基礎として、さらに今から百年ほど前には、韃靼(モンゴル)の脅威に備えその南に横長の外城が拡張された。外城の中は、主に庶民の生活空間になっている。

    驚いたことに、その場所は内城の南西に設けられた宣武門の内側、宮城にごく近い所にあった。その区域に近づくと、門の麓に広がる灰色の家並みの上から、細長い塔のようなものが突き出ているのに気づいた。鋭角の三角屋根を持つ、中華では見慣れない様式の建築。よく見ると、頂点には金属製の十字架が据えられている。天主教の象徴、それくらいの知識はあった。
    さらに近づくと、街路沿いに巨大な邸宅の壁が続き、それを通り過ぎたところで煉瓦造りの塀に切り替わる。その向こうには木が植えられ、その隙間に先程の塔が見える。曲がり角を折れると、ついに「天主堂」の門にたどり着いた。

    拱(アーチ)形の門の頂上にはやはり十字架、その下に半円形をした鉄製の透かし細工があしらわれている。これも中華ではあまり見ない意匠だ。
    その向こうに寺院の本殿が鎮座している。三角屋根をいただく建物は窓が小さく堅牢な印象だ。所々に曲線を使用した造型は、中華の建築とは明らかに雰囲気が異なっている。先程見えた塔は本堂に隣接して立っており、見た所鐘楼のようだった。
    慎重な足取りで門を踏み越え、敷地の内部に入る。誰か人がいないだろうか。まずは厩を探したかった。

    「歓迎(ファンイン)!」
    朗らかな男の声がしたのは、そんな折だった。それは意外にも侵入を咎める声でも誰何の声でもなく、挨拶――しかも漢語の挨拶だった。声のした方に目をやると、寺院の前に、まだ若い僧が佇んでいた。体の線に合わせた細身の白い袍の上に、ゆったりとした黒褐色の外套を羽織っている。
    漢語で声をかけてきたことから漢人かと思ったが、彼は明らかに異国の人間だった。肌色は白くわずかに赤みが差しており、顔立ちはいわゆる高鼻深目で、虹彩は薄く緑がかっている。稲穂色の癖毛は短く切りそろえられているが、「西洋人」には中華のように髪を伸ばして結い上げる習慣はないのか、それとも彼が僧だからか、それは判別できかねた。

    「ようこそいらっしゃいマシタ」
    僧は迎え入れるように両手を広げ、屈託のない笑みを浮かべた。歓迎一色の雰囲気だけに、俺は予防線を張ることにした。
    「…言っておくが、改宗するつもりはないぞ。知り合いが天主教徒でな。それで少し気になっただけだ」
    「かまいマセンよ。教会の扉は、いつでも開かれてイマス。僕は湯若望。以後、お見知りおきクダサイ」
    僧、改め湯若望は拱手の礼をして、ぺこりと頭を下げた。余りに自然な「中華式」に、少しばかり驚かされる。
    「随分中華(うち)に馴染んでいるな。名前だって。……本名か?」
    「我々は皆、漢語の名前を持っていマス。本当の名前は、Johann-Adam Schall von Bell。これじゃあ、誰も友達になんてなってくれないデショウ?」
    「確かにな」
    彼の口にした本名はまるで呪文のようで、名前どころか言語とすら認識できなかった。

    湯若望は中へ導こうとしたところで、俺が牽いている馬に気づいた。彼の言うには、ここには厩はないらしい。塀の柱につなぐようにと言われたが、少し馬泥棒が心配だった。しかしよく考えたら、通常の漢人にとっては少々敷居の高い天主堂にわざわざ入ってくる物好きもいないだろう。そう考え、彼の言うとおりにすることにした。
    「さあ、中へドウゾ」
    湯若望の先導を受けて浅い石段を登ると、戸口があった。扉は開け放たれており、紅色の綿入れが垂らされている。青年は白い手でそれを掲げる。その中に踏み入るには、多少の勇気が必要だった。それは民を惑わす邪教の根城か。それとも、大明に安寧をもたらす先進技術の宝庫か。緊張を飲み下して、俺は帳の向こうに足を踏み入れた。

    そこは外界とは完全に隔絶された、異様なまでに静謐な空間だった。物珍しさ丸出しの、彼等からすればいささか無遠慮であろう視線で堂内を見渡し観察すれば、堂内は薄暗く、所々に蝋燭の明かりがチラチラと揺らめいている。蝋燭は赤い中華のものと違って白い色をしていた。厳粛な静けさの中、歩くと靴音が目立つ。音が反響しやすい構造になっているのかもしれない。ここで集会をするとしたら、声はさぞよく響くことだろう。
    外側から見た印象とは裏腹に建物は奥行きがあり、両の壁に並ぶ窓は細長く、中華では珍しい色つきの玻璃(ガラス)がはめ込まれている。よく見れば玻璃窓は一つ一つが絵画になっており、植物の図案や、天主教の神々らしき人物像が描かれている。
    右、左、中央には通路があり、その間には長椅子が並んでいる。ここに信徒を集めて儀式でもするのだろうか。幸いと言ってもよいだろう、今は誰もいなかった。

    やがて、最奥までたどり着いた。そこには白い布をかぶせた台がある。正確には祭壇だろう。銀色の燭台が立ち並び、中央には大きな木の十字架が立っている。……いや。
    ただの十字架ではなかった。
    そこには人が吊るされていた。
    訝しく思ってよく観察してみると、手足に釘が打たれているのに気づき、思わずたじろぐ。
    これは磔刑だ。
    拷問の跡なのだろうか、頭には茨で編んだ冠をいただき、胸からは血を流している。一番大きな祭壇に祀られているということは、これが彼らの神なのだろうか?だがとてもそうは思えぬ、あまりに凄惨で痛ましい姿だった。

    「……これが、天主の姿なのか?」
    問わずにはいられなかった。自分でもわかるほど、その声にははっきりとした嫌悪がにじんでいた。しかし湯若望はさも当然という風にあっさりと答えた。
    「彼は天主の一人子。人類の罪を除くため使わされた救い主デス」
    「何故こんな、惨い姿に」
    「すべての人ノ罪を贖うため、救い主ハ磔刑に処せられたのデス」
    そう言われても、何のことだかよくわからない。その後も何度か問答が続き、結局、湯若望は「救い主」の生涯を一通り語る羽目になった。
    神の子である救い主は、全ての人を救うため人の子としてこの世に生を受けた。彼は各地をさすらいながら病をいやし食料を与え、弱き者たちを救って歩いた。しかしその活動は守旧派の敵意を招き、最後には弟子の裏切りに遭い、嘲弄と虐待の果てに磔刑死した。

    ……なんだ、この話は。
    まるで路上で獣の死骸を見かけた時のように、後味の悪い気分がまとわりついて離れなかった。
    人に罪があるとしても、その罪を裁くのは神ではなく法ではないのか。
    そのために、何故無実の者を生贄にする必要があるのか。
    なぜそんな姿を神体として祀るのか。
    様々な疑問があったが、何よりも聞きたいことがあった。
    「救い主は、世を救うため一人十字架の刑に処された。そうして、人類は救われた」
    俺が彼の話を復唱すると、湯若望はうなずく。
    「……だったら、彼は救われたのか?」
    「それは、救い主のことデスカ?」
    その問いを発すると、彼は不思議そうに首を傾げた。

    「救い主ハ、そのために地上に遣わされマシタ」
    「目的の完遂こそが、彼の救いであると?」
    「ええ。現に彼は、死後蘇って神になりマシタ。だからこうして、我々は彼を信仰してイマス」
    湯若望は首から下げている十字架を、胸の前に掲げた。
    「だったら、人としての彼は十字架の上で死んだことになる。その生涯に救いはあったのか?それともそんなことを、彼は望んでいなかったのか?文句ひとつ言わずに、己の使命に殉じたのか?」
    なおも食い下がる俺に対して、湯若望は一層訳が分からないという顔をしている。しかし俺からすれば、死後の救いなんて何の意味もないように思えた。彼は人として人に尽くした。ならばその相手から報われて欲しいと思ったのだ。
    湯若望はただ、静かに俺の様子を見守っていた。おかげで、少し冷静さを取り戻すことができた。

    「……すまない。変なことを聞いたな」
    自分が何を探しているのか。それにはちゃんと気づいていた。俺が知りたいのは、名も知らぬ救い主のことなどではない。嘲弄を受けながらも虐げられた者たちに寄り添い、孤独も厭わず世を救おうとする、その姿はまるで――。

    だから、そんな結末は否定したかったのだ。

    「橄欖の苑(ゲツセマネ)」
    ふいに、湯若望の澄んだ声が耳を叩いた。
    耳慣れぬ単語に目をしばたたかせている俺に対して、声の主は補足する。
    「天主教の生まれ故郷、女徳亜(ユダヤ)の都にある小山の名前デス。橄欖がたくさん生い茂って、まるで庭園のように美しい場所であったと言いマス」
    「橄欖?」
    「西洋(こちら)ではよくある木で、食用にもしますし、平和の象徴とも言われマス。そして……十字架に掛けられる直前、最後の夜に、『救い主』はこの場所でただ一人神に祈りマシタ。願わくば、この苦しみを取り除いて欲しいと」
    「……そんなことを、言ったのか」
    俺は磔刑像を見上げる。
    彼は己の運命を知っていたのか。それはさぞ恐ろしかったことだろう。
    「それは神の子らしからぬ、弱弱しい姿デス。この逸話に何の意味があるのか、ナゼこれが聖典に収められているのか、僕にはまだ分かっていマセン。それでも僕ハ、苦悩しながらも自らの運命と戦う彼の姿に共感し、だからこそ偉大であると思いマス」
    湯若望もまた「救い主」の像を見上げ、敬虔な様子で胸に手を当てた。しかし彼には申し訳ないことに、その言葉は最早ほとんど頭に入っていなかった。

    ――「大丈夫だ」
    散々繰り返されたその言葉の裏側に、お前は何を隠している?
    神の子ですら、自らのさだめを恐れ、嘆かずにはいられなかったというのに。

    それ以上、磔刑像を見ていたくはなかった。
    祭壇に背を向け、堂内に視線を泳がせる。すると見覚えのあるものが目に入って、思わずじっと見つめてしまった。そのことに気づいたようで、湯若望は微笑みながら「それ」を指さした。
    「初めてご覧になるデショウ?あれは――」
    「知っている。『世界』の地図だろう」
    湯若望は思い当たったようにぽんと手を合わせた。
    「オオ、貴方はもしかして、徐センセイとお知り合いですか?」
    「……」
    しまったと思った。この地図はそう多く流通しているものではないらしい。子先には、自分が天主堂を訪れたことは知られたくない。だから彼とのつながりは明かしたくなかったが、上手い誤魔化し方が思い浮かばず、認めるしかなかった。
    「でしたら、最初から仰ってくれればよいノニ。僕は彼のおかげで順天府(ここ)に来られたのデス」
    弾んだ声でそういうと、湯若望は俺を地図のもとへと導いた。

    石の壁につるされたそれは、蝋燭の光でぼんやりと浮かび上がっていた。描かれているものは同じだが、子先の家で見た時とは印象が違う。この場所で見ると、それは厳かな聖画ででもあるようだった。
    「この地図ハ、初めて中華に来られたMatteo Ricci――利瑪竇神父のお作りになったモノなのデス。中華への道を開いた、ワレワレの大先輩デス」
    湯若望は碧眼をきらめかせ、誇らしげに地図の来歴を語る。
    「そうなのか?だがこれは、漢字じゃないか」
    地図の中には、びっしりと地名や解説が書き込まれている。むろん、どれも漢字、漢文だ。しかし見た所漢字の形は崩れていないし、読んで違和感を覚える文章もない。外国人――それも日本や朝鮮の者ではなく西洋人が書いたと言われても信じられない。むしろその男は本当に外国人だったのか疑わしいくらいだ。

    「驚きましたカ?僕らはこの国に来る前に、語学や風習について、厳しい教育を受けマス。だから僕も漢字や漢文は書けますヨ。でも利センセイは僕とは比べ物にならないくらい優秀デ、漢文の著書や訳書も沢山書いておられマシタ。人柄にも優れた方で、今でもワレワレの間でとても尊敬されてイマス。そうそう、徐センセイと一緒に西洋の本を翻訳したコトもあるのデスヨ」
    「二人は親しかったのか?」
    湯若望は嬉しそうにうなずく。
    「よき友人であり、師弟であったと聞いてイマス。徐センセイが翰林院(ハンリンユエン)に勤めていた頃は、仕事が終わるといつも教会に立ち寄って彼に教えを乞うてイタと」
    「徐センセイが天主教を受け入れるきっかけになったのも、この地図なのだそうデス」
    「試験が思うようにいかず落胆していたトキ、この地図を見て感銘を受けたのだと聞きマシタ」
    「徐センセイは、我々にとても良くしてくださいマス。きっと、あの方との思い出があるからなのデショウ」
    大切にしまっていた宝物でも披露するように、湯若望は語り続ける。
    一方の俺は、地図に視線を釘付けにしたまま、ただ茫然と立ちすくんでいた。
    ――そうだったのか。
    空想世界の地図。
    世界の姿。
    「これ」はそんなものじゃない。
    俺の目に映るその地図は、子先の家で見たあの時とは全く別の姿を見せていた。
    あの時、彼が見せた過剰な反応。その中に秘められていたものがようやく分かった気がした。

    「最後にもう一つ聞かせてくれ」
    俺は湯若望に向き直ると、彼の白い顔をまっすぐ見据えた。
    「そこまでの厳しい教育を受けて、あんた達はここで何をしたい?」
    「侵略の意図などありマセン、僕たちはただ、天主の教えを知ってもらいたいダケ」
    真っ先に出てきたのは侵略の否定だった。何度も聞かれてきたことなのだろう。
    「ならば、なぜ武器を持ってきたんだ」
    少し剣呑な物言いになってしまったかもしれない。湯若望は頬をかくと、痛いところを突かれたという風に苦笑した。
    「僕たちも、本意ではないのデス。でも中華(ここ)に留まるニハ、役に立つ存在だと分かってもらわないといけナクテ。ワレワレは、沢山のものを持ってきマシタ。時計、地図、書物。武器もあくまでそのひとつ。……デモ、僕たちはあなた方の味方デス」
    そう言うと、湯若望は初めて出会った時のように両手を広げた。
    「ほら、大砲は前線や都に整備されていマスし、国土を守るためにお手伝いもさせてもらっていマス」
    「そうか」
    人懐っこい笑みからは、嘘は感じない。個人として、彼に対する不信感もない。
    ……しかし多分、それは俺が求めたものではなかった。
    彼から聞きたかったもの。引き出そうとしていたもの。
    それはそんな美しいものではない。
    もしそこに、わずかでも悪意の兆しを見出しえたのなら――

    馬鹿げている。
    そんなことをしたところで、何も変えることなどできないだろうに。

    再び紅い布をくぐり抜け、俺はあらためて天主堂を見上げた。
    その頂上に掲げられた十字の印。それは今や、悲惨な運命の象徴にしか見えなかった。

    お前が為そうと、守ろうとしているものは、友から受け継いだものだったのか。
    それはさぞ、大切なことだろう。
    だが俺からすれば、それは今や、お前を縛る呪いの鎖になっているように思える。
    彼等の技術だって、元をたどれば中華に居つくための方便に過ぎないのだ。

    なあ子先。お前は……
    お前は本当は、誰かに助けてほしいんじゃないのか。
    橄欖の苑で、救い主が願ったように。

    天主堂の門を出ると、俺は騎乗し馬の腹を蹴りつけた。
    蒼い大気の底にまどろむ街が、視界の端を通り過ぎていく。
    天を仰ぐと、相変わらず厚い雲に覆われたそこには、何の光(しるべ)も見えなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works