Soulburnerの誕生日の話。 穂村尊はあまり自らの誕生日というものに興味がない。
15、16歳くらいの高校生ともあれば、己の誕生日が近付くにつれ、どんなプレゼントをもらうのかと気もそぞろになるというのに、尊には至ってそんな感情がない。
己の誕生日に感慨深さなど微塵も感じることはなかった。
こんなにも尊が己の誕生日に関して無関心であるのは、あの忌々しいロスト事件が影響している。
5歳の折に誘拐され、その後、半年間監禁され、虐待を受けていたあの期間の最中に尊の誕生日はあった。
白い部屋の中に閉じ込められ、昼も夜も分からない時間を過ごす。
挙句、あの頃は決闘で勝つことだけが求められそれ以外は尊に求められていなかったため、暢気に己の誕生日を気にする暇などなかった。
狭い飼育ゲージのような無機質な部屋から助け出され、その後、病院でカレンダーを見た際、『ああ、いつの間にか僕の誕生日は終わったんだ』、と己が知らぬうちに一つ年を重ねていることを知ったのだ。
それからというもの、ロスト事件の最中にあった自らの誕生日というものに、尊は興味がない。
幼馴染の綺久は気にかけてくれたのだが、却ってロスト事件を彷彿とさせると考えたのか、あまり深くは触れて来ることがない。祖父母も同様だ。
尊にとって誕生日は、365日のうちのただの一日。ただ、それ以上でもそれ以下でもない、普通の日だった。
***
再びイグニスの人形のようなフォルムとなったAiを引き連れて現れたPlaymakerと尊が再会したのは、LinkVrainsではなく、DuelLinksというもう一つの仮想空間だった。
機械に疎い尊にとって、DuelLinksという世界と、LinksVrainsという世界の大きな違いは分からない。
しかし、この謎の部分が多いDuelLinksで、Playmakerは消滅したはずのAiを見つけ出せたのだという。
何故、という根本的な理由を、彼らは知らない。
だからこそ、この世界を離れずに、調査をしているのだとも、彼らは言った。
そんな彼らの言葉に共感し協力を申し出たのは、尊の中に不霊夢との織りなした想いがあるからだ。
もう一度、この世界に生じたAiを消失させては、不霊夢に対して申し訳が立たない。
自分を奮起させてくれ、ずっと、傍で支えてくれた、大切な相棒に。
これから始まる新しい戦いに意気揚々と己を奮起させるべく、バーチャルの作り物の澄み切った青い空へと拳を突き出す尊は不意に背中に気配を感じた。
振り返れば、真剣な面持ちをした親友が脇目も振ることもなく、こちらを見据えているではないか。
「どうかしたのか? Playmaker」
何か、話しておく内容があっただろうか。
そんな疑念に尊が小首を傾げると、徐に相対する彼と共にAiは右手を上げた。
ゆらり。
そう、Aiが手を虚空に静かに振れば、まるで魔法のようにその場所に鮮紅の八重の花が生まれる。
重力に従ってふわりと落下するその色鮮やかな花をPlaymakerは器用に両腕で抱き留めた。
そして、腕いっぱいのその花を尊へと差し出してくる。
「え? これは?」
「出過ぎた真似かもしれないが、協力してくれる礼だ」
花を、遊作がくれるだなんて、どんな料簡だろう。
なんだか気障な仕草に、一瞬戸惑ったものの、礼と言う彼が差し出してくるものに厭わしさは微塵もない。
なんだか擽ったいような気持ちになりながら尊は差し出された中央部に金色の宿る赤い花を静かに見つめた。
「そんな、礼だなんて。俺たち友人だろ?」
「そうかもしれない。けれど、今日はそのアバターが構築された日のようだから、ささやかなプレゼントとしてはちょうどいいだろう」
「え?」
まるで、額を指ではじかれたような、そんな衝撃だった。
思い返してみれば、確かに、不霊夢と出会った時からちょうど一年くらい経とうとしている。
目まぐるしく流れる現実に、そんなことを気遣う暇など微塵もなかったが。
呆然とした様子で固まる尊の前で、どこか揶揄う様子で電子生命体がその瞳を屈曲させる。
「今日は、Soulburnerの誕生日ってやつだな! 不霊夢がしっかりと生まれた日の痕跡を残しておいてくれたからしっかりとわかったぜ」
「不霊夢が……?」
「おう。そのアバターにはしっかりと不霊夢の痕跡がばっちり残ってるんだぜ。まぁ、イグニスのオレにしかわからないようなもんだけどな。その花も、不霊夢がSoulburnerに残したもんらしいけど……。ま、何はともあれ、ハッピーバースデー、Soulburner!」
「本来の誕生日は違うのかもしれないが……」
どこか気後れするような面持ちながらも、微かに目元を細めるPlaymakerの視線は優しい。
その柔らかな視線に導かれるように、尊は両手を緩やかに伸ばす。
静かに、緩慢に、おずおずと。
ほんのりと熱を帯びたような花をPlaymakerから受け取るように抱えれば、じわりと胸が熱くなる。
友人が祝ってくれたのが嬉しかったのか。それとも、不霊夢の痕跡が残っていたことが嬉しかったのか。
……いや、そのどちらもだろう。
暫し、腕の中の花を見つめていた尊だったが、ばっと勢いよく顔を上げるなり、屈託のない笑みを浮かべ、唇に弧を描く。
「ありがとう、ゆう、……いや、Playmaker! 今日が、最高の誕生日だよ」
幸せを湛えんばかりの綻ぶような尊の満面の笑み。つられて、Playmakerが静かに口端を緩める。
腕いっぱいにデータで出来上がった花をしっかりと抱き留める。
相棒が残してくれた痕跡の、花を。
穂村尊にとっては、今日は何ら意味のない日だ。
本当に、何の意味もない、ただの平日。
けれど、唯一無二の相棒が作りあげてくれたSoulburnerという存在が生まれたこの日、久しぶりに尊は誕生日という存在を心から噛み締めることが出来たのだった。
―――山茶花の花言葉:ひたむきさ、困難に打ち勝つ