ゆるゆるおうちキャンプ「うう、キャンプ……キャンプ……」
キャンプに行ったのに散々な目にあったらしい若造が、ソファーで寝転がりながらぐずぐず泣いている。
「まったく、下調べもしないで行くからだぞ」
「う、うるせー! だって、サテツたちもいたし、動画みたら楽しそうだったし、なんか簡単にやってたし!」
その頼りになる仲間達が全員ポンコツなんだよなぁ。
ショットさんとか、なんか見た目でそういうの上級者っぽいけどそんなことないもんな。
サテツ氏は……まぁ言わずもがな……
さらに吸血鬼も出たとかで、楽しめなかったのは……なんかもう不憫としか。
「ぐすっ……」
なので、帰ってきてからずっとこの調子だ。
「ヌシヌシ」
見かねたジョンが頭を撫でて慰めているけど、珍しく落ち込んだまま。
これは相当へこんでいるなぁ。
わざわざ休みを取たのに、すべてがおじゃんになるのは……うん、可哀想ではあるけど。
日中だから私がついて行くわけにはいかないし。
そもそも私だっていつも若造にくっついているわけではないし。
というか、いつかは若造も恋人を作ってそのひととキャンプとか行くかもしれないし。
「う、うう……」
「……」
「おじさんのご飯とあったかい飲み物、すごく助かったけど……おいしかったけど」
「……ふむ」
空腹ならば、相当美味だったのだろうな。
ちょっと面白くないけど、それはそれ。
「若造。ちょっと買い物を頼まれてくれない?」
「買い物ぉ?」
涙目で起き上がり、ジョンをだっこするとよてよて歩いてくる。
弱っているかるか、素直だな。いつもなら、なにかしら投げてきて殺されるのに。
「そう。今晩のごはん。買ってこないと君のご飯はない」
「ひでぇ!! って、え!? なんだよこれ……」
メモを見て訝しむロナルド君に、バナナも買ってきて良いからと告げれば、しおしおと出かけていった。
「さて、ジョン。しょんぼりゴリラを元気にするのを手伝ってくれるかい?」
「ヌー!」
質問に元気に手を挙げる世界一の丸を撫でて、私はスマホを取り出した。
帰ってきたロナルド君が、ぽかんとした顔をして私たちを見ている。
「なに、これ」
「んふふ、どうだ、驚いたか?」
「え、これ、え?」
若造が驚くのも無理はない。
リビングはすっかり様変わりしていて、中央には一人でちょうど良さそうなテントがひとつ。
そのまえには、小さめの金属製の簡易テーブル。
お出迎えメビヤツにはLEDランプが乗っているし、キンデメさんのところにもLEDキャンドルが飾られている。
「外キャンプは無理でも、おうちキャンプならできるだろう?
ほら、手を洗って、キャンプ飯の準備をしようじゃないか」
そう言えば、ぱっと表情か明るくなり、大急ぎで洗面所へと向かう。
私はロナルド君から受け取ったエコバックを広げて中身を取り出す。
並べていると戻ってきたロナルド君が、そわそわした様子で隣に腰掛けた。
「な、なぁ、これどうしたんだ? こんなのあったっけ?」
「これはね、昔お父様が揃えていた代物でね。まだ残っているのか聞いたら、あるっていうからさっき届けてもらって、設営もしてもらったのだ」
「さっき!?」
「設営完了したから、もう帰ったけど」
「帰ったの!? え、これのために親父さんわざわざ来たのか!?」
「ちゃんとお礼も言ったし、これは練習みたいなものなので、ちゃんとできたら今度みんなでやりましょうねって言ったら、絶対だからねって帰った言ったけど」
「おまえ……」
「ええい、いいからやるぞ。ほら、ロナルド君。もうお米は水につけておいたから」
言って、メスティンを取り出し、ポケットストーブに固形燃料を置く。
「さて、ロナルド君。ここに君の買ってきた缶詰めがある。開けてくれる?」
「お、おお。なに、それをおかずにするの?」
「いいや?」
ぱかんと良い音がして開いたそれをみて、笑う。
「中身を全部、この中にいれてくれるかい」
「え!? これサバ缶だけど!?」
「いいからいいから」
めちゃくちゃ不思議そうな顔をしながら、中身を全部いれる。
「じゃあ、ここにのせて、固形燃料に火をつけて」
「こ、こう?」
「そうそう。そうしたら、あとはそのまま放置」
「え!? だ、大丈夫なのかよ!? 焦げたりとか」
「大丈夫大丈夫。はい、次。今度はこっちにこれをいれて」
二個目のメスティンと焼き鳥の缶詰めを出して渡せば、「また!?」と驚いているけど、素直にしたがう。
「じゃあ、今度はこれ。コーンの缶詰め」
「また!?」
「ロナルド君がじぶんでも作れるようなメニューにしたからね」
「え?」
意外な答えだったのか、目を見開いた。
「自分で作りたかったんだろう? キャンプ飯」
だから覚えてね。きっといつか誰かと行くときに、役に立つだろうし。
「ほら、調味料はこれね。計って入れるだけだし、簡単だろう?」
「……うん」
「お肉は、ここじゃあバーベキューはできないから、これ使おうか」
取り出したのは、小さな鉄板。ちゃんとシーズニングもしてあるぞ。
固形燃料の上に置いて、小さなお肉を焼く。
「おおおお……ちゃんと焼けてる……」
「んふふ、これはこれで楽しいねぇ」
「ヌイヌヌー」
「そうだなぁ……うまそう……」
油がはねて死にそうになるので、ロナルド君へトングを渡す。
「ねぇ、ロナルド君。食べてみてくれる?」
小さな鉄板では、せいぜい二枚くらいしか焼けないから、最初の一枚はロナルド君へ。
だってずっと楽しみにしていたからね。
ジョンもそれがわかっているから、最初のお肉を彼へと譲る。
恐る恐る口へと運び、咀嚼して——
「うっま……」
「ふふふ、良かったね!」
「ヌヌッヌヌ!」
ぽろりと出た言葉に、ジョンとハイタッチ。
「え、これ……別に高級肉でもないのに、めっちゃうめぇ……」
「ふふ、こうやって普段と違う食べ方をしているからじゃないかな?」
残りの一枚をとって、ジョンへあーんとすれば、「ヌイシー♡」と大喜びだ。
よほど気に入ったのか、ちまちま焼きながら食べ進めているうちに、固形燃料から火がきえたので、タオルで包んでひっくり返す。
「さて、あと十分ほどかな。さて、サバ缶から食べてみようか」
「ほ、本当にうまいのかそれ?」
缶詰めをいれるだけ、というのが信じられないのか、困惑しながらもお椀を用意している。
「よくあるレシピだからね。よほどのことが無ければ大丈夫だよ」
「うん……いや、おまえが食材は絶対無駄にしないってわかってるけどさ」
おっと。
「……ふふ。それはどうも」
そこだけは絶大な信頼があるんだな。
たまにセロリとか仕込んでいるけど、それだって普通に食べられる代物だからだろうか。
さて、期待半分不安半分でメスティンを開けば、ふわりと上がる湯気と広がる匂い。
「う、わ……すげぇうまそう……なんで?」
「ふふふ、まぁ、食べてごらんよ。君が作ったご飯だよ」
缶詰ぶち込んだたけだけど、立派な料理だ。
小さなしゃもじでお皿へともりつけて渡せば、いまにもよだれを垂らしそうにしながら食い入るようにみていた。
「……うまっ!」
「良かったねぇ」
「うおおお……缶詰いれただけなのに、めっちゃうまい……缶詰すごい……」
「どうだい? これなら簡単だろう? 次からは作れそう?」
「おう! サテツやショット、それに親父さんにも食わせてやれるぜ!」
「それはきっと喜ぶよ」
にこにこしながら、焼き鳥ごはんとコーンご飯も食べていく。
「……これなら、私が居なくても作れるだろう?」
物覚えが良いからな。きっともうひとりで誰かに作ってあげることができるはずだ。
「え……え、なん、なんで?」
なんでかショックを受けたように私をみてくる。なんでそんな顔をするんだ。
キャンプのときだって、私たちは居なかっただろう。
「昼間とかさ」
「あ……ああ、そうか……そ、だな」
なんだろう。
なんだか変な空気になってしまった。心配そうにジョンが私とロナルド君を交互にみている。
その空気に耐えきれなくて、キッチンへと向かってりんごを手にして、隣に座り直した。
「りんご?」
「デザートさ。甘いものも食べたいだろう?」
ウインクをしてみせれば、こくんと頷く。
うん、甘いものを食べると心も落ち着くだろう。
開いたメスティンを洗って、アルミをしいてりんごを放り込んだ。
「ほらロナルド君。これをいれてごらん」
「こ、こう?」
「上手上手」
彼が簡単につくれるものを、ということで選んだのは焼きリンゴだ。
またもほったらかしで作ったあとに、レモンをかけて出来上がり。
「……うめぇ……このカンカンすげぇ」
「メスティン、な。覚えなさいね」
「メステーン……俺、これ絶対持って行く」
……いや、メスティン……まぁいいか。ニュアンスで通じるだろ。たぶん。
「ジョンもどうだった? 俺の作ったごはん!」
「ヌイシヌッヌ!」
「ほんと~? えへへへぇ、また作るからねぇ~」
デレデレしながらジョンに答え、リンゴを口に運ぶ。
「……なぁ、ドラ公」
「ん?」
「その、あ、あ、ありがと、な」
……おや。
「本当に楽しみにしてて……でも、バーベキューもそうだったけど、俺、ひとりじゃ、ろくにこういうのできなくて……」
……ああ、いつぞやの惨劇のバーベキューか……被害にあった通りすがりのひとは、さぞや恐怖を感じたことだろう……
「……その、ええと、だからさ……俺、またこういうの……おまえ……とジョンと、あ、あとほら、約束したし、親父さんも連れて、してぇなって……
けど、その、慣れたら来年とか……にっぴきだけて行きませんか」
「え」
「だ、だめ、か?」
「あ、いや。私はいいけど……」
ふむ、アウトドアは恋人よりも友達とかと行きたいタイプかな?
まぁ、インドアとか虫が苦手とか、いろいろあるかもしれないしね。
そのてん、私達なら気心もしれているし、虫が出たならロナルド君がどうにかしてくれるだろうから。
そんなことを思ってから、ちょっと照れた。
ロナルド君、私のこと友達って思ってくれているんだな……
いつまでも友達でいてくれたらいいなぁ。
恋人……いや……彼に家族ができたあとも、時折そうやって声をかけてくれたら。
あ、でも、恋人に夢中になるような事になったら、呼んでもらえないかなぁ。
「じゃ、じゃあ、約束な。破ったら瓶につめて一生閉じこめるからな」
「いや怖い怖い怖い、急になに言い出すんだ君は」
なんでほのぼのから一気にヤンデレホラーみたいになるの。ちょっとしんみりしちゃったのに。
うーん、ロナルド君、恋人とかにはあんまり執着しないのかな?
束縛されるのがいやってひとにはいいかもね。
「……だって、その、そう言う約束とかしとかねぇと、なんか……おまえ……」
「ヌー……ヌヌヌヌヌン、ヌンヌイヌヌイヌ……ヌンヌヌヌヌイヌヌヌヌ」
ジョンの二の舞? なにが?
ぶつぶつ言っている若造に、ジョンがアドバイスをするように言えば、彼は眉間にシワをよせ、
「……ドラ公」
「うん?」
「……ええと、その。来年も再来年も……ずっとずっとそのさきも、俺とキャンプとか……あー……旅行でもいいか。とにかく、行こうぜ」
へ?
「……旅行……って、温泉とか?」
「温泉でもいいけど……あ、いや、温泉だと浴衣……前髪……くっ……」
なんだろうね、いったい。ジョンを見れば少しだけ呆れたようにしている。
「うっ、そ、そんな目でみないでジョン……!」
なんだかよくわからないけど、そのうち温泉にいく、ということだろうか。
「と、とにかく、次の休みにはみんなでキャンプ行こうぜ! 親父さん誘っておけよ! 旅行の練習! とか! そんな感じで!」
「そりゃ構わないけど……」
ロナルド君の事だから、また見切り発車しそうなんだよな。
準備するならきちんと見ておかないと。まったく手のかかる五歳児だこと。
「じゃあ、お父様にRiNEしておこうかな。御真祖様が来たら、マシュマロを焼くために火山に連れて行かれそうだから、内密にして」
「どっからかついてきそうなんだよなぁ」
「それな」
ふたりで怖い想像をしてしまった。
「ねぇ、ロナルド君」
洗い物をすませて、部屋の照明を消してライトをつければあら不思議。
いつもの部屋なのに、非日常的な場所のようになっていた。
狭いテントににっぴきでくっついて入ってみれば、ギリギリで。
彼の体温が肩から伝わってなんだか私の体温もじわじわ上がっているようだった。
「なに」
「再来年って言ってたけどさ。再来年とかそんな未来ならさ……連れて行くひと、増えているんじゃない? 恋人、とか」
恐る恐る、さっき思ったことを口にすれば、「?」と凄まれる。ジョンも「?」とか聞いたことのない低い声。
「なにそれ、どういう意味?」
「いや、その、未来のことなんてわからないじゃない? だからさ、もしかしたら恋人のひとりやふたり、できてるかもしれないだろう?」
そう言えば最近彼女ほしいって言わなくなったなぁ。
「にっぴきプラス恋人でも楽しそうだけど、きみ、ふたりきりでそういうのも楽しみたいんじゃないかなって。
夜景……というか星空は綺麗だろうから、ロナルド君が好むようなシチュエーションにはなると思うんだ。
例えば、こんなふうにふたりでくっついてコーヒーとか飲んで星を見上げたり……」
「……へぇ。そりゃ、確かにいい雰囲気になりそうだな」
「だろう?」
「ヌゥ……」「こうやって肩に手を回したりとか?」
「え? あ、そう、だね? て、近い近い近いっ」
「……ヌヌヌヌヌン」
ジョンに呼ばれて、ロナルド君がびくんと震えたあとに離れる。
小さなため息をつくと、ジョンがメビヤツに何か話しかけた。
ビッと頷くように一つ、鳴くと天井を見上げ——
「うわっ」
「星空!?」
一つ目から光がでた、と思ったら一年の星空へと変わる。
……プ、プラネタリウム?
よく見ると、ジョンが「世界の星空」というタイトルのDVDを持っている。
なるほど。映像を目一杯に映し出して、ミュート再生しているのか。
考えたなぁ。
感心していると、ロナルド君に名前を呼ばれた。
キラキラの星空のしたのロナルド君は、暗がりでもわかるほど顔が赤い。
けれど空色の瞳は真っ直ぐに私を映していて。
「……ジョンとメビヤツがここまでしてくれたんだ。俺も腹を決めたぜ」
「うん? なんの話だね?」
それにしても星空もよく似合う男だなぁ。星も彼の瞳もキラキラしている。なんて美しいんだろう。
でもこんなイケメンなのに、中身が面白ゴリラだもんな……最高だろ。
「……よく聞け、ドラ公。俺がこの先も、おまえたちとずっとキャンプをしていきたいって思ったのは——」
まさかの告白に塵になってしまったのは、仕方がない事だと思う。
だって、あんな熱烈な告白なんて、知らない。
ジョンだってつられて赤くなっていたし、メビヤツは「断ったら処す」とばかりに見てくるし。
キンデメさんは「きつ……」って言いながら浮いてたけど。
私だって……言われて漸く、手放したくないなって思っていたことをしっかりと自覚してしまって。
返事ができたのは次の日で、喜んだゴリラが窓から外に向かって「ドラ公とお付き合いしますー!」と叫んだのは忘れたい。
「おめでとうー」って山彦よろしくあちこちから祝福の声が聞こえてきたのも、忘れたい……
それはともかく。
その事がきっかけで、私達はおうちキャンプとお泊まりキャンプを年に数回はするようになっていた。
今日はゆっくり、おうちキャンプの日。
お外キャンプではいちゃいちゃに制限があるけど、おうちキャンプだと、その……ゆっくりのあとは、ゆっくりじゃなくなる、ので。
この後に訪れるであろう、激しめのいちゃいちゃタイムを想像して、つい赤面してしまう。
「どうしたダーリン」
「……なんでもないよ、ハニー」
すっかりこの状況に慣れてしまった若造が、今では照れもせず、優しく抱きしめる事を覚え、普通に私へと唇を寄せるようになっていた。