papillon「テレビメディア」.....それは人々を熱狂させる最高の「エンターテインメント」だ。
時に有益な情報を、時にくだらなくも有意義なひとときをお茶の間に提供してきた、時代を彩る素晴らしい存在だ、そうだろう?
しかし、テレビメディア"だけ"ではエンターテインメントは成り立たない。
つまりはそう、「スター」が必要なのさ。
俺の様なね。
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───そんな風にテレビから流れる自分の声を目覚ましに、ふと起き上がる。
「ああ.......録画を付けたまま寝落ちてたか.......。」
くあぁ、とひとつ欠伸をしたあと、瞬きを数回してまだ夢見がちな意識を現実に引き戻す。
頭ガシガシと掻きながらとりあえず録画の再生を止め、重い身体を起こしなんとか洗面所まで移動しようと立ち上がる。
ソファで寝落ちたせいだろう、おそらく今の顔はどこにも出せたものじゃないし、普段ピッシリと整えているパッツンストレートの長い髪の毛も絡まってぐしゃぐしゃだ。それに加えて身体も痛い。
洗面所について鏡を見ると、目の下に大きなクマのできた目つきの悪い顔が映る。
最近は出演量がピークを迎えていたせいで気を使っていた顔のケアも髪のケアもできていないことが多かった為か、色白な肌はガサガサになり、髪も絡まりやすくなっている。到底世間を騒がせる大スターの顔ではなかった。
とにかく意識を完全に覚ますために蛇口を捻って冷水を出し、顔に乱暴にかける。
顔を洗ったからか先程よりはマシになったもののやはりまだ見せられない顔だ。
とりあえずサクッとベースメイクを済ませ、普段よく使う化粧ポーチから愛用のコンシーラーを取りだし目の下のクマを覆う。
目元には普段より少しだけキツめにアイラインを引き、チークで血色感をプラスし...と
試行錯誤していれば、100点満点とは行かないものの何とか世間にお出しできる顔にはなった。
髪の毛は軽くブラシでとかしたあと、ヘアアイロンを使って綺麗に伸ばしていく。
これが結構時間がかかるもので、何せ腰辺りまで髪を伸ばしているものだから手間がかかるのだ。「人に見せられない部分」を覆い隠す、片側だけ長い前髪は特に丁寧に、丁寧に伸ばした後にジェルで固める。
少々片目には問題があるのだ。
簡単に見られてはいけない部分なので崩れてしまっては困る、過酷な長時間の外ロケにも耐えられるものにしなくてはならない。
「...良し、今日も最高にイケてるな。いつ見ても惚れ惚れするぜ、俺の顔は。」
そうやってきっちりと身なりを整えれば、今や名の知らぬものはいない大スター「フラップ•ノマリティエ」が完成する。
30年前、芸能界に突如として新星の如く現われた、脅威の大型新人。それが俺だ。
切れ長の目にキュッとつり上がった眉、すっと筋の通った高い鼻に色白の肌。その男前ぶりに世間の女性達は皆俺の虜になった事だろう。
加えて洗練されたトーク力、どんなトラブルも撮り高に変えてしまう手腕、コメディからシリアスまで演じ分ける演技力.......まさに俺はテレビメディアを、芸能界を支える一番星になりあがった。
「あのクソッタレの紙箱だった頃が信じられないな、全く。いや、あんな時代は元から無かったか。」
全くもってこの顔は素晴らしい。
忌々しいあの時代などなかったことのように出来る。
思い出したくもない、まだ舞台に上がることすら許されない、界隈の底辺をさまよっていた時代だ。
あの頃の俺は、まだ美しい顔も、完璧な手腕も持ち合わせては居なかった。
ただの紙箱に青いリボンを結び付けただけの、プレゼントボックス頭をした人間。
それが俺だった。
「異形頭」とされる人種に属していた俺は、その頃の扱いは酷いものだった。
煌びやかな異形頭や機械に強いTVヒューマン共はそれはそれは芸能界でも優遇されていたが、対する俺は地味なただの箱。
あの世界で成り上がれるはずもない愚かな存在。
蔑まれ、蔑ろにされ、笑われ.....。
それでも頑張って、番組に出られるくらいまでにはなったが.....その時点で気づいてしまった。
結局、顔の良いものばかりがこの世界に残る。
手腕だけで生き残ってきた人間なんてほんのひと握りだ。
幾ら手腕を磨こうと、いくら頑張ろうと、結局見た目の華々しさが無ければこれ以上成り上がるのは無理じゃないか。
だから、俺は捨てたのだ。
あんな紙箱の頭を切り落として、「人間」になった。自分の望む顔にすげ替えた。
あの日から俺はようやく「俺」になれたのだ。
もう紙箱の頃の俺を知る人なぞ誰もいない。
醜い芋虫は、ようやくつまらない蛹を捨てて美しい蝶へと生まれ変わったのだから。
「おっと、もう時間か。スターに遅刻は許されないからな。」
時計を見ればもう家を出る10分前という所だった。
外行き用の私服へとサッと着替え、首に大きく残った縫い跡を覆い隠すように仕上げに赤いスカーフを巻くと颯爽と玄関の扉を開ける。
今日も今日とて、朝も昼も夜も収録の予定でみっちり埋まっている。休みは許されない。
こうして俺は今日も画面の向こう側で一際輝き続けるのだ、これからも、永遠に。