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    イアさん

    @iasan03

    オリジナルとファンアート

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    POIPOI 16

    イアさん

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    うちよそ交換小説第5弾です
    完全身内向けです

    お返し…?
    https://twitter.com/Artficial380/status/1364579713625202690?s=19

    他者と。夕暮れ時、空を灰色の雲が次第に覆う
    昼間の熱を冷ます雨が、静かに落ちる
    そして、急速に雨脚を速め
    大粒の雫が地面に打ち付ける音が、窓ガラスの奥にまで響いた

    「あ、雨!?」
    紫の少女は驚いて窓に飛びつく

    「イアちゃん夕立知らないの?」
    帰りの支度をしていたYOUが、彼女に語り掛けた
    「日本の気候は知っています。でも、こんなに急に降り出すなんて...」

    不安げな表情で外を見つめる少女に、温和な彼は微笑みを浮かべる
    「傘持ってるから、校門まで一緒に行こうか?」

    「え、えっと...」
    優しい誘いに、少女は戸惑いを見せた
    それに気づいたのか、彼は慌てて言葉を紡ぐ
    「そ、そうだよね!僕とじゃあ嫌だよね...」

    「違うんです...!私、行きたいところがあって...」
    「行きたいところ...?」

    強かな雨が降る校舎に、不思議な組み合わせの生徒が二人
    庭園に向かって歩みを進めていた

    「ごめんね、僕が早とちりしちゃって...」
    「いえいえ!教室にはほとんどだれも残っていませんでしたし...とても助かりました」
    雨音にかき消されてしまいそうな、小さく穏やかな会話

    「YOUさんも、本を読まれるそうですね」
    「はは、周りのみんな程じゃないけど」
    「どんなお話が好きなんですか?」
    「お話?そうだね...」

    雨音が作り出す、二人きりの空間
    雨が落ちる速度よりも遅く、二人の時間はゆっくりと流れた
    しかし、どんな時にも終わりは訪れる

    「着いたよ~」
    雨に濡れる庭園
    半透明なビニールに落ちる雨が、ヴェールのように存在を包み込んでいた

    「ありがとうございました...!」
    「いえいえ、僕もイアさんにはよくお世話になってるし、イアちゃんともお話をしてみたかったからさ。」
    「私も今日YOUさんとお話しできて、とても嬉しかったです」
    「また、お話しましょ。」
    「うん!もちろん」

    ふわりと手を振り、別れを告げる
    ”また明日”
    そう言葉を交わして

    庭園に訪れた瞬間に、猫の鳴き声が少女の耳に届く
    今日もお使い役はこの仔のようだ
    便箋を口に咥えこちらに歩み寄った
    「猫さん、今日もありがとうございます」
    ぺこりと一礼
    そして

    「便せんをお渡ししていただけますか?」

    差し出された手に、猫はふい、とそっぽを向く
    「あれ...?」

    以前とは違う様子に少女は驚きを隠せない
    しかし相手は猫、気まぐれなこの仔が言う事を聞かなくとも
    それは当然と言えよう

    「あなたのお気に召すままに...」
    少女は頭を垂れる

    しかし、そんな少女の対応とは裏腹に
    猫は彼女に擦り寄るだけだった

    「遊んで欲しいのかな...?」
    分からない
    犬や羊と戯れたことはあっても、猫とはそういった経験が無い
    悩んだ挙句にしゃがみ込み、猫と視線が合う
    便せんを咥えたまま、小首をかしげている

    そうして見つめ合ったまま、幾多の時間が過ぎ
    両者は長い沈黙を貫いた

    「えっと...」
    しびれを切らしたのは少女の方だった

    「猫さん...私ね、お家に帰らないといけないの」
    「かぞ...」
    「...」

    「...お家の人がしんぱ...」
    「...」
    言葉に詰まる
    家族という言葉で表現するには関係性があまりにも難しく
    そして複雑だ
    何より、あの人が心配なんてするのだろうか

    「なんていえばいいのかな」
    くしゃりとそのまましりもちをつくように座り込む
    それを見た猫はひらりと彼女の膝元へ上がる
    「ふわふわ...」
    皮膚を優しく包み込む柔らかな毛並み
    便せんを彼女の膝元に落として猫は鳴く

    「あ、あれ?猫さん、私の膝に...」
    うっとりとしていた少女が慌てて我に返る
    膝の上の猫は相も変わらずこちらを見つめるだけだった
    しかし、少女はようやく猫の意図に気付けたらしい

    「もしかして...一緒に行きたいの?」
    そう尋ねた途端、猫は再び鳴き声を上げた
    一段と元気よく
    「そ、そっかぁ...」

    膝元に落ちた便せんを手に取り、膝上の猫を抱き上げる
    猫は嫌がりもせず、少女になされるがままだ
    「猫さん、えっとね」
    「今日は外が雨だから、”私たち”の方法で帰るよ。」
    抱え上げられた猫は、不思議そうに少女を見上げる

    「猫さんにうまく伝わるか分からないけど...」
    こほん、と咳払いをして

    「まず、創作者クリエイターの世界に行きたいと、強く思ってください」
    分かった合図だろうか、猫は鳴き声を上げる
    「後は...」

    「特に...無いですね。」
    心なしか猫の表情がきょとんとしているように見える

    「あの世界で一番重要なのは思う気持ち。”意志”が重要なんです。」
    「猫さんが行けるかどうかは分からないけど...」
    不安げな少女の頬を、猫は自らの尾っぽで優しく撫でた
    そしてもう一度、鳴き声を上げる

    「ふふ。それじゃ...行くよ。」
    少女は目を閉じる
    心の奥底で、強くかの世界の事を思い浮かべる
    猫も同じように瞳を閉じた

    ふと、か細い糸が途切れるように
    ビニールに当たる雨音や、周りから漂う花の香りが消え
    無音の世界に包まれた

    「目を開けてみて。」
    頭上から少女の声が聞こえ、猫は目を覚ます

    遠く広がる無の空間
    夜明け前の白みが世界を照らしていた
    聞こえるのは少女の声と吐息のみ
    音という音が、この空間には存在していない
    少女の腕からするりとしなやかに抜け出し、世界を見渡す
    「(何も無い...)」

    「猫さん、私は手紙を創作者クリエイターに渡してくるね。」
    「えっと...一応来訪者に...なるのかな?」
    遠くを見つめていた猫は姿勢を直し、少女を見上げた

    「この世界では、想像と思いが形を成します」
    「猫さんの思い描くものが、そこに姿を現します。」

    「ですが...何でもできるわけではありません」
    「この世界の主は創作者。いわばこの世界の”神様”です。」
    「あの人の気に入らないことをしない限りは、猫さんの身の安全を保障します。」

    「説明はこのくらい...かな?」
    「えっと...何か思い浮かべたら、目の前に出てくるよ。」

    「(ふーん、変な世界...)」
    試しに何か創り出してみようか
    悪戯心が、己の欲を刺激した
    だが
    「(知られてもダメだしなー)」

    ここはひとまず、猫らしいものを思い浮かべてみよう
    「(猫といったら...無難に魚とか?)」
    強く思ってみる
    魚...魚...魚...
    でも、どんな魚?
    「(適当でいいや)」

    ぴちぴちと何かが跳ねる音が聞こえる
    目の前に”絵に描いたような”魚が出現していた
    「(へぇ...)」
    珍しそうにそれに顔を近付けてみる
    リアリティの無い魚、跳ねてはいるが生気はない
    嗅いで見ても、魚のようなにおいはしない

    「(もっと複雑なイメージをしないと、曖昧なまま形になるんだな)」
    考え事をしながらずっと魚を見つめていたら、少女の小さな笑い声が背後から聞こえてきた
    後ろを振り返ってみれば、自分の姿を愛おしそうに笑みを浮かべながら見つめる少女の姿があった
    「(...まぁ、今の自分は猫だし)」
    こんなことで腹を立てていても仕方がない

    「ふふ、見た目は可愛らしいけど、猫さんが食べたいと思えば食べられるお魚になるよ。」
    「(そんなことまでできるの?)」
    もう一度魚に視線をやる
    まるでおもちゃのような見た目の魚が、延々と跳ね続けていた
    「(...食べようとは思えないな...)」
    そうこうしている内に、少女は自分の元を離れていってしまった

    「あの子は行っちゃったか」
    「...魚はもういい。」
    跳ねる魚に嫌気が差し、消えるように強く思った
    ふと、また糸が切れるようにその存在は消滅する

    ここは創作者の世界だ
    もっと突飛なものを想像していたが

    「本当に何もない。」
    何もなくだだっ広い空間、外を覗く鏡すらない
    こんなところに居たら退屈するのも頷ける
    しかし、そんな退屈を補うのが
    この世界における”思いと想像の力”なのだろう

    「(今頃あの子はあの人の所に居るのかな...)」
    思いが形を成す世界
    それはつまり、強く願えば場所すらも移動できるということだ
    「(よーし、早速──

    「ようこそ~、可愛らしい来訪者。」
    穏やかで優しい声色、然しその奥に心の底まで凍えそうな冷たさのある声だ
    あらかた声の主の事は想像が出来る
    ようやくご対面、ということだ
    声の聞こえる方へ顔を向ける

    しかし、その姿は無かった
    「あは、いくら猫ちゃんでも、来訪者には姿を見せないと決めてるからね」
    「騙すような真似をした事は詫びよう、しかしこれは、我々の距離感を保つための重要な決め事なのだ」
    「可愛い来訪者さん、私に会いたければ想像してみなさい」
    「きっと、君の気持ちが強ければ会うことが出来るんじゃないかな」
    「じゃあね。」

    そう残し、再びこの空間に静寂が訪れた
    まるで複数人の人間と話しているような、定まらない口調と声の調子
    しかしそれは確かに一つの存在だと認識させるものがある
    この声の主の音色はどれも同じだ

    「思いを形に...」
    試しに強く思ってみる
    しかし周囲の空間に変化は無い
    「そう易々と行けたら、面白くないもんね」
    強い思い...
    何をどう思えば、あの人のもとにたどり着けるのか

    僕はあの人の事を良く知らない
    手紙に書いてあったことは全部知ってる
    でもそれ以上は?
    姿も見たことのない相手をどう思えというのだろう

    ...手紙
    あの人がくれた、素敵な仕掛け付きの綺麗な手紙
    舞い散る赤い花びら
    耳をくすぐる波の音
    そして、何より自分に向けられた言葉の数々

    それら一つ一つを丁寧に思い出してみる
    ここまで強く人を思う行為を、今までしてきただろうか
    「(そんなに僕、あの人に会ってみたいのかな)」

    ふとそんなことを思い浮かべた刹那
    風船がはじけるように空間が変化した
    先程と同じ、薄暗いような仄かに明るいような
    変な時間の空間───

    否、そこに”何か”が存在している
    はっきりとそれを認識できた

    「おめでとう、ようやくたどり着くことが出来たね」
    どれだけ長い間考えていたことだろうか
    少しふらつく
    油断は禁物だが、いざとなれば己の殺意でどうとでも出来よう
    ”思い”が形を成すなら尚更

    おぼろげな瞳で捉えたその姿は、本来の自分よりも背丈の低い
    子供の天使?のような姿だった
    しかし天使というにはその翼も輪も禍々しく、極めつけに角まで生えていた
    ...変なの

    外の創造主ってこんなもんなのかな

    地に座り込み、顔を見上げる
    ずっと笑った顔で此方を見つめている
    何を考えているのか全く見当がつかない
    それに
    「(何この変な緊張感...張りつめてるんだかそうじゃないんだか...)」
    だが、不思議と心地よい
    相手から読み取れるのは、此方を歓迎してくれているという事のみだ

    座り込む自分に、その人は近付いてきた
    視線を私に合わせるように
    しゃがむ...

    違う、この人寝転がってる
    「ふふ、可愛い」
    「初めまして、黒衣の来訪者よ。私はイア。この世界を総べる者。」
    寝転がりながら丁寧にお辞儀をする
    いや、自分でも何言ってるのかよく分からない
    でも目の前でそうされているのは事実なんだ

    「君が手紙を届けてくれてる猫さんだね」
    どうやらあの妖精のような子を通じて、自分の事は伝わっているようだ
    返事のごとく鳴き声を上げる

    「会いたいなら普通に会いに来たらいいのに。それとも、気を遣ってくれているのかな」

    独り言だと思った
    否、この人は自分に話かけている
    自分が手紙の人物だということがばれている

    「今回の手紙も読ませてもらったよ。ふふ、私を真似て仕掛けを施したみたいだね」
    既に自分の手紙を読み終えている様子だった
    「いやー、あまりにも嬉しくってさ。手紙振りまくってたら空間一個宝石まみれにしちゃったんだ~」
    「それもあってさ、空間をもう一つ用意する必要があったから簡単に招待出来なかったんだよね」

    ...

    「あは、君は鋭いな」
    「嘘はつかない、勿論。でもね、つかなきゃいけない時もある」
    「大切な者を守るとき...とかね」
    白く大きな服に包まれていた細い腕が伸びる
    今触れんとばかりの距離まで腕は迫る

    その人の目がギラつく
    紅く、煌々と

    呼吸が荒くなり、頬が紅潮している
    恋焦がれるかの如く、獲物を借る獣の如く

    掴めない
    この人は全く掴めない
    姿が何十にも重なって見えるような...

    「Blue...Rose...」
    息も絶え絶えな声が、名前を呼ぶ
    その刹那、何かが視界を横切った

    いつの間にか伸ばされていた腕は、鋭い槍の様な武器で貫かれ
    地に固定されていた
    自分で、突き刺したのだろうか

    紅く滴る血が、何もない空間に酷く美しく映えている
    「(赤い血...)」

    「...あぁ、ようやく会えたのに、私の心は今君をあいそうと必死に手を伸ばしている」
    苦しそうな声、やっぱり痛みはあるのかな
    相手の姿を確りと捉える

    腕だけじゃない
    両脚、腹、翼...
    ありとあらゆる体躯に槍は突き刺さり、動きを封じていた

    紅く黒い血だまりが、どんどん広がっていく
    「(自分の方が耐えられなくなりそうだ)」
    変な人、手紙だとそんなことなかったのに

    さっきも僕に嘘を吐いた
    この人は本当は嘘吐きなんだ

    急な嫌気が刺す
    愛するという言葉も相まって、嫌悪が心を満たしていく
    「(期待なんてはじめからするものじゃない)」
    紅い血だまりを後に、その場を去ろうとした

    「はは...情けないところを見せてしまったね...」
    「私は死なない...これは暴走を防ぐ枷...」
    別に死ぬ死なないなんてどうでもいい
    もう僕は

    「貴方をもっとちゃんと見たい...此方に来ておくれ」
    掠れた声が自分を呼ぶ
    踵を返し、仕方ないと言わんばかりにその人の目の前へ

    暖かい
    肉から離れ零れ落ちた血が、まだ暖かさを保っている
    まるで、抱きしめられているような

    「ふふ、ようやくあなたに触れた」
    その言葉を聞いた刹那
    視界が一瞬にして豹変した

    穿つ槍も、紅く広がる血だまりも
    そこには存在していない

    ここはどこだろうか

    先程までの薄暗い無限の空間は、もう視界に映る事はない
    暖かい穏やかな日差しのようなものが、空から降り注ぐ
    いうなれば”天国”のような場所だった
    ...それっぽいってだけなんだけど

    「私の胎内へようこそ」

    先程から何度も聞いた声の主は、何事もなかったかのようにそこに立っていた
    「えっ、どういうこと?」
    「って、あれ???」
    自分の姿が、普段の姿へと戻っていた
    おかしい、変身は解いていないはず
    あの人の力なのだろうか
    だとしたら、これは警戒した方が...

    「あは、そんなに気を張らなくていい」
    「ここでは何人たりとも傷つけられないし、傷つかない」
    「精神...否、心?魂?」
    「ま、それらの中みたいなもんだよ。」

    隠したつもりが、いとも簡単に自分の姿を見られてしまった
    それに、構えた鎌が...
    「えぇ?!僕の鎌が無い!!」
    もうどういう事なんだよ!!!
    急な出来事が多過ぎて頭を抱える
    しかし、あの人の言う「傷つけられない」とはこのことなのだろう

    「まさか上手く行くなんて思わなかったよ」
    混乱する自分とは裏腹に、落ち着いた様子のその人は
    ゆっくりと僕に近づいてきた
    殺意はない
    でも、それ以上に、よくわからない感情で満たされていた
    この空間も、あの人も

    「私はね、登場人物キャラクターたちと”血”を通じて繋がることが出来るんだ」
    「君も娘だと聞いたから、上手く行くのかなと思ってね。」
    「本当は、流血した手で握手でもと思ったんだけど...」
    「気持ちが先走っちゃった。」

    何を言っているのかはよく分からない
    だが、それがあの人の力のようなものなんだろう
    「ねぇ、貴方に会えたら、やりたいことがあったの」
    「...別に、無理なお願いじゃなければ聞いてあげるよ」
    嘘吐きだと決めつけていた自分にも多少非がある

    「抱きしめても、いいかい?」
    「...は?」
    抱きしめる、だって?
    要するに抱擁だろ??
    嫌だね

    「嫌だ」
    いくら手紙の相手とはいえ、会ったばかりの相手となんて
    というか僕はそもそもそんな事したくない

    「...そうだろうなと思っていたよ。君と物理的な接触をしたら、お互いに危険が及ぶ」
    「だから、精神同士のふれあいならと思ったのだがね」

    「...ここは、頭の中?」
    「はは、そう思ってくれて構わないさ」
    「たとえ私らが触れたとて、それは概念、想像に過ぎない」
    「触れた実感もなければ、体温を感じる事さえないよ。」

    「じゃあ、交換条件にしよう」
    「僕は意を決して抱擁をするんだ、あんたも何か大事なものを差し出して。」
    自分で言っておいて何だが、条件が雑過ぎる
    それでも、この人ならちゃんと差し出すだろう
    騙すような真似をされたのに、何故か僕は疑えなかった

    いや、差し出させてどうするんだよ
    困るような条件にしろよ僕

    「ふむ...。」
    少し悩んでいる様子だった

    「なら、私の名を教えよう。」

    「え、名前イアじゃないの?」
    「違う違う。それは従者の名前を勝手に借りてるだけさ」
    従者って、あぁ、あの紫の小さな子の事か
    あの子が”イア”なんだ

    「じゃあ、本当は?」

    ...しまった、聞いてしまった
    これは答えられてしまう流れだ

    「...私の本当の名はオルヴィア。」

    落胆する
    今まで以上に頭を抱えた瞬間だった

    「...そんなに嫌なら強要はしないよ。こうして姿を見れただけでも十分嬉しい」
    そう言って微笑むその人の笑顔は、なんだか寂しそうな表情だった
    「...」

    ずっと、あの空間で一人なのかな

    大地を紅く染め上げるほどの力を持ち、この世界を牛耳るあの人が
    紙面ではとても聡明で、心優しいあの人が
    今はどうしようもなく儚く、弱く見える

    ...慰めだよ慰め
    ふん、”可哀そう”なやつだな

    微笑みを浮かべるその人に、僕は近付いた
    そして───

    「え...」
    その人を強く抱きしめた

    「...交換条件、だし」

    小さい体、あの妖精の子よりは大きくても
    力を入れたら折れてしまいそうなくらいに華奢な体つきだ
    そんな体の主が。僕の体に腕を巻き付けた
    「うわぁぁ...」

    身構える
    しかし、触れられた感触が無い
    代わりに暖かい何かが、自分の中に入ってきた
    なんだろうこれは、体温じゃない
    良く分からないけど、悪い気分はしない

    「...これで満足した?」
    「ふふ、もう少しだけ」
    わがままだな
    でも、不思議と嫌な気持ちがしない
    とても落ち着くような...

    いつの間にか、その大きな翼ごと僕は抱擁されていた
    なんだろう、何かの中に居るような

    ”胎内”

    ...胎内、か

    遠くなる意識の中、またあの人の声が聞こえた
    「貴方ならいつでも歓迎するよ。でも、いつも今日のようになるとは限らないということを、覚えておいてほしい」

    「さようなら、愛おしい仔。」

    気付いたらそこは、いつもの自分の世界
    手には手紙が一枚
    便せんもない、ただの紙切れ一枚

    ────────────────────────────
    拝啓 親愛なる薔薇の仔へ

    今日はとても有意義な時間を過ごせました
    貴方に会い、そして言葉を交わし
    抱擁までさせてくれた

    私は今日の事を決して忘れません
    ありがとう

    今回はこの手紙には何も仕掛けをしていません
    ですがもし、貴方がそれを望むなら
    貴方自身の胸に、手を置いてみてください

    温もりはいつもあなたの傍に

    Olvia

    ────────────────────────────
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