おれのお隣さん『シーザー、オレの恋人になってよ』
初めて奴にそんなことを言われたのは、俺が多忙な彼の母親の代わりにスクールバスから降りてくるJOJOを出迎えたときだった。
当時JOJOは10歳。いわゆる思春期に差し掛かった年頃で、早熟なシニョリーナたちの色恋についての話でも聞いて影響されたのだろう。あんなに小さくて可愛らしかったJOJOが、もうそんな話題に興味を持つようになったのかと、たった2つしか歳が違わないながらもしみじみと感じたのをよく覚えている。
「なぁ、シーザー、おまえ彼女いねぇだろ?オレとおつきあいしよーよ」
「馬鹿野郎。俺に彼女がいねえのはシニョリーナたちみんなと平等に仲良くするためだ、誰かひとりだけにしたら他の誰かを悲しくさせちまうだろ?」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだよ、それにお前、お付き合いって具体的にどういうことかわかってんのか?」
「うーん…、好きな人と恋人になって、ずっと一緒に過ごすってこと?」
「それでいくと、俺たちはお隣さんだし、毎日遊んでるし、同じようにずっと一緒に過ごせてるぜ。」
「たしかに!なーんだそういうことかぁ!」
JOJOの小さな手が俺の手をギュッと握る。どうやらそれとなくはぐらかせたようだ。
俺たちはお隣さんの幼なじみ。俺が5歳の時に、隣の空き家にJOJOの家族が引っ越してきてからというものの、家族ぐるみで仲良くしている。
(いつかこいつにも、すてきな彼女ができて、こんな風に俺と手を繋いで帰ることもおかしいと思うようになるはずだ…)
12歳の俺はたしかにそう考えて、JOJOと繋いだ手に少しだけ力を込めたのだった。
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* * *
あの時の予想通り、JOJOにはかわいいガールフレンドができた。そしてその彼女と付き合うようになってからは、今までのように気軽に遊びに行くことができなくなった。
しかしそれは当然のことだった。だって俺たちはまだ子供とはいえ、お互いに男同士で遊ぶより女の子とデートしたほうが楽しいに決まっている。だからこれは仕方のないことだと思っていたし、あの時された告白は時効になってくれたような気がして、俺は安心していた。
JOJOが彼女と別れるまでは。
「オレさぁ、やっぱりシーザーと一緒にいる方が楽しーわ」
ある日突然JOJOが言い出した言葉に俺は驚いた。まさかこいつがまた昔のように、俺のことを好きだなんて言うんじゃあないだろうな!?と焦ったのだ。
しかし奴の言葉を聞いてみると、どうやらそういうことではなかったらしい。
「だってさァ、彼女できたけど全然楽しくねーんだよォ~!いつもどっちかの家で遊んでんだけど、なんつーかさァ…まあ、ボクちゃんももう16歳ですし?多少はエッチなことにも興味があるんですけども…。でもよ、全然あの子に対してそーいう気持ちになれなかったのよねぇ…。」
「そ、そりゃそうだろ。お前まだバージンだろ?緊張して初めは誰でもそんなもんさ…、というかそもそもお前、あの子とキスすらしたことないだろ?」
「えっ!!な、何でわかるんだよ!!」
「見てりゃ分かるよ」
「マジか……、いや、まあその通りなんだけども……。でもなんか、もっとこう……胸がきゅーっとするようなのを期待してたわけよ……」
「ふぅん……じゃあお前、どんな感じならいいと思ったんだよ?」
「うーん……例えばさァ、お互いのほっぺとか鼻にちょんって触れ合ったりするだけでドキドキしたり、顔真っ赤にして俯いたり、そういう初々しい感じ?」
「なんだそれ……まるで初恋みたいな話だな」
「そう、まさにそれだよ!オレの初恋の相手はシーザー!お前なんだよ!!」
「…………は?」
「だからよォ、オレはシーザーのことが好きだって言ってんの!」
「な……なにを馬鹿なことを……、俺たちはただのお隣さんじゃないか!」
「うん……まあ、そうなんだけどもさ……、なんかオレ、気づいたらシーザーの事ばっかり考えちゃってんだよねぇ……、これって恋だと思う?」
「知らん!俺に聞くな!!」
「だよねェ~、まあいいや。とにかくこれからもよろしくネ、ダーリン♡」
「誰がダーリンだこのスカタン!!!」
それからというもの、奴は頻繁に俺の家に入り浸るようになった。
学校帰りに待ち合わせて、俺の部屋でゲームをしたり、宿題をしたりする。
「ねえ、シーザー、今日ウチ誰もいないから泊まりに来てくんない?」
「お前なぁ、親がいないときに俺を呼び出すなって何度も言っただろうが」
「だあってぇ、ひとりだと寂しいんだもん」
「…そういうことする気はないぞ?」
「分かってるって。一緒に寝てくれるだけでいーよ」
「……仕方ねえな」
そうやってJOJOと泊まる日は決まって同じベッドに入って眠る。しかし俺は、JOJOに背中を向けたまま決して振り向かなかった。
何故ならば、俺はJOJOと付き合うつもりなど全く無かったからだ。
もちろんJOJOは俺にとって大切な友人である。だがそれと同時に、やはり男同士なのだ。いずれは恋人を作って、結婚をして、家庭を持っていくのが普通のことだ。
それに、もしJOJOが俺の事を好きだと言ったとしても、それはきっと勘違いか何かに違いない。幼い頃の楽しい思い出を、恋愛感情と履き違えただけだ。そうでなければ困る。
JOJOには幸せになってほしい。あいつには、俺の知らないところで誰か素敵な女性を見つけてほしい。
もうすぐ、俺の高校卒業が迫っていた。こうして一緒に過ごせる時間も、終わりが近い。
「なぁJOJO、卒業したら俺達はどうなるんだろうな」
JOJOに背を向けたまま、俺は呟いた。
「えー?どーなんだろうねェ……、また一緒に遊べたら良いけど」
「俺は……多分就職して、働いてると思うぜ」
「へー、じゃあオレは大学かな。そしたら今よりもっと会えるようになるかもな!」
「ああ、そうだな。……なぁJOJO、俺たちはずっと友達だよな?」
「えっ、当たり前じゃん。急にどしたの?」
「……いや、なんでもない」
俺がそう言うと、背後からは規則正しい呼吸音が聞こえてきた。どうやら眠ってしまったようだ。
(俺も、いつかこいつと離れなければならない時が来るのか……)
それはまだ先のことだと思いたいけれど、時間は確実に流れていくのだ。
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* * *
* * *
高校を卒業した俺は、地元の大学に進学することになった。うちはそこまで裕福ではなかったので、アルバイトと学業の両立はなかなか大変だったが、充実した毎日を過ごしていた。JOJOとは相変わらず仲が良かった。時々喧嘩もしたが、それでも週に一度はどちらかの家に遊びに行って、くだらないことで笑い合っていた。
そのうちJOJOも大学に進学するつもりで勉強を始めたので、そこから合格するまではなるべく会わないように決めた。
ある冬の夜、アルバイトから帰宅すると、俺の部屋には既にJOJOが上がり込んでいた。10年来の幼なじみは俺の家族にもデカい弟のように扱われているので、今更驚きもしなかった。
「今日はどうしたよJOJO、外、そろそろ雪が降りそうだぜ。」
「見てよこれ、シーザーに一番に見せたくてさ。」
JOJOに手渡されたのは、ジョセフ・ジョースターの名前が記載された、大学の合格通知書だった。
「JOJO!!やったじゃあないか!お前、昔からやればできる奴だったからな!」
「いやぁ、シーザーがたまに勉強見てくれたおかげよ!これで俺たちまた一緒にいられるぜ!」
その一言でハッと我に返る。まさかこいつ、まだ……
「……なぁJOJO、お前、俺のこと好きなんだって言ってたよな」
「ん?うん、言ったけど?」
「あれって本気なのか……?」
「何言ってんだよシーザー!冗談なんかじゃないってば!!」
「いやでも……俺たち男同士だし……」
「そんなの分かってるって!オレはシーザーが好きだよ。シーザー以外の奴なんて考えたこともねぇし、これから先も絶対にない!」
JOJOは真剣な表情でそう言い切った。こんな顔をしている時のこいつは嘘をつかない。
「あのさシーザー、俺と一緒に暮らしてくれない?」
「…………は?」
突然の提案に頭がついていかない。なんだって?一緒に暮らすって言ったか?
「ほら、オレたちってもう家族みたいなもんじゃん。だからさ、一緒に住めばいつでも会いに行けるしさ、家賃とか光熱費だって半分になるし」
「いや、待ってくれ、確かに俺たちは一緒に育ってきたけど、別に恋人でもないんだぞ?」
「オレと同居は嫌なわけ?」
「そう言う訳じゃなくてだな……普通に考えておかしいだろう!?」
「おかしくないってば!だってオレ、お前以外に恋人作るつもりないし!シーザーがOKならそれでいいじゃん!」
「うぐぅ……ッ」
それを言われると反論できない。節約しながら慎ましい生活を心がけている俺にはただでさえ魅力的な話である。それに、俺とJOJOは兄弟のような関係だ。それは事実である。
「シーザー、オレと一緒に住んでください。そんで、オレのこと好きになってください。」
JOJOの深い緑色の瞳が、柔らかく揺らいで俺を捉えている。
急に、変に意地を張っていた自分が馬鹿らしくなってきた。10歳のJOJOに告白をされてから、ずっと浮ついていたのは俺の方ではないのか?こいつが俺を選ばないことを望んでいた、その心のどこかで、こいつが俺を選んでくれることも少し期待していたのではないか?でなければ心臓がこんなに忙しなく動いていることの説明がつかない。
「JOJO、」
柔らかいブルネットの癖毛にそっと触れる。幼い時以来撫でることのなかった旋毛は、今ではもう背伸びしなければ届かないほど高くなってしまった。
「…いいぜ。頑張ったからな、ご褒美ってことにしてやるよ。」
俺が頭をワシワシと撫でるつもりだと分かると、JOJOは少し頭を傾けて、目線だけを俺に寄越した。少し照れている様な表情がどこか懐かしい。前髪の隙間からさっきの緑色と目が合って、どきりと胸が跳ねる。
「……やばい、ごめん、シーザー、キスしたい。」
「……いいぜ」
JOJOの顔が近づいてくる。あぁ、俺はこのまま流されてしまうんだなぁと頭の片隅でぼんやりと思った。
唇が触れ合って、ゆっくりと離れていく。俺のJOJOとのファーストキスは、一瞬だけ、柔らかかった。
「シーザー、やばいかも…オレ…………勃った……。」
「はぁっ!?おまっ、このタイミングでそれ言うか!?ムードもへったくれもないじゃねえか!」
「だってぇ〜!シーザーちゃんのせいなんだからねェん!」
「ちょ、バカ!触るなよ!」
「いいじゃねえかよ〜!ご褒美でしょご褒美!」
「調子に乗るなスカタンッ!こ、こういうことは高校卒業してからにしろ!」
「ふーん………オレが卒業したらいいのね…?」
「ハッ…!」しまった。墓穴を掘ってしまった。俺は何を口走っているのだ。
「卒業までイイ子で我慢するから、シーザーもそれまでに覚悟決めておいてよね。」
耳元で囁かれた言葉に顔がカッと熱くなる。JOJOは満足げに微笑むと、愛おしそうに俺の頬の痣を撫で、
「今日は帰るわ、またな」
と言って部屋から出ていった。
「くそ、なんなんだよあいつ……!!」
一人残された部屋の中で、思わず悪態をつく。
これから始まるJOJOとの生活に思いを馳せて、俺の心臓は早鐘を打っている。たった今自覚したばかりの恋が、胸の奥でぱちぱちと音を立てて弾けていた。