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    kura_hazama

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    kura_hazama

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    間に合わない気がしてきたので…

    猫の日の天使と悪魔アジラフェルは動物に好かれない。クロウリーにはよく懐いている野良猫は今日もアジラフェルにはそっぽを向いて、なんなら威嚇までしてみせる。今日は猫の日だというのに。相変わらずアジラフェルにそっけない白猫を見送って、ふたりコテージの庭を見渡せるベンチに座った昼下がりだった。
    「あんまりじゃないか」
    「いきなりなんだよ」
    「きみはあの子を撫でられていいね」
    「なんだよ、嫉妬か?」
    悪魔はさも愉快そうに鼻を鳴らした。嫉妬だとも。あの毛艶の良い猫を一度でいいから撫でてみたい。真っ白な猫はどちらかといえばアジラフェルの側だ。だというのにクロウリーにしか懐かない。
    「きみは子どもにも好かれる」
    はあ、とわざとらしくため息をついて呟いた。近所の子どもたちにもクロウリーの方が人気だ。それから彼らの飼っている犬や猫や鳥たちにも。
    「だからどうってわけじゃない」
    澄ました顔でクロウリーはコーヒーを啜る。こう言っているが、厄介そうに手を振ったり追い払ったりしても結局邪険にはしないのが彼だった。
    「好きだろう?」
    「好きじゃない」
    「子どもや動物にはきみの優しさがわかるんだ」
    「おれは優しくない」
    「羨ましいよ」
    「話を聞けよ」
    鮮やかな赤毛に色の濃いサングラスに真っ黒な服、長い手足にすらりとした体躯。大人は避けて通るが子どもたちには憧れるものがあるらしい。最初はクロウリーを怖がってアジラフェルの側にいても、だんだんとクロウリーのかっこよさと優しさに皆惹かれていく。
    「はあ…」
    「そんなに悩むことかよ」
    「だって…」
    「おまえだって植物に好かれてる」
    だろ?と彼が手を伸ばした先、彼が手塩にかけて育てている真っ赤な薔薇があった。
    「植えてやったのはこのおれなのに、こいつらはおまえが庭に出てくると喜ぶんだ。だからおあいこだろ」
    薔薇はクロウリーの手の近くで風に身を揺らしている。たしかに、この薔薇を始めとする庭の植物たちはアジラフェルが手を伸ばせばいつも素直にすり寄ってくるのに。
    「結局おれもおまえも無いものねだりしてるだけだ」
    「そうだけれどね…」
    「紅茶のおかわりは?」
    「ありがとう、お願いするよ」
    かつかつと小気味良い音を鳴らしてコテージの中に入っていくクロウリーの細くも広い背を見ながら、アジラフェルはまたひとつため息をついた。とはいえ、自分だって猫を撫でてみたい気持ちは変わらないし、クロウリーだってアジラフェルのように植物にすり寄ってきてほしいと思っているに違いない。アジラフェルは出来うる限りクロウリーの願いを叶えたかったし、自分の願いも叶えたかった。
    ふむ。早春の、というにはまだ少し冷ややかな風がサウスダウンズに吹く。それは程よく天使の頭を冷やして、良いアイデアが浮かばせた。
    「待たせたな」
    クロウリーの低音に鼓膜を揺すられ、アジラフェルは振り向く。湯気を立たせたアジラフェルのマグカップには甘やかな香りを放つミルクティーが注がれていた。
    「砂糖は3杯だ」
    「ふふ。美味しそうだ」
    ロイヤルミルクティーを携えた悪魔は天使の言葉に満足そうに微笑んだ。彼が嫌うから優しいねとは言わないが、その優しさにうっとりと顔が綻ぶ。
    「それで? なにか考え事か?」
    まったく彼にはなにもかもお見通しのようだった。
    「ああ。さっきのことで」
    「聞かせてくれ」
    「思ったんだ、きみが猫になってくれればいいとね」
    「なんだと?」
    「もちろん、わたしも薔薇になるよ。きみが来たら喜んで手にすり寄ってあげる」
    コーヒーよりも苦々しい顔をしたクロウリーに、アジラフェルは慌てて弁明した。おあいこだろう?
    「おれは猫になんてならないぞ」
    「どうして?」
    「どうしてって、おれは蛇だからだ」
    「でも猫にもなれる」
    「おまえがなれよ。その方がいい。猫の気持ちがわかるだろ」
    「それもそうだ。でもそれはまた今度にしよう。まず猫を撫でてみたいからね」
    今度はクロウリーがため息をつく番だった。はあ〜と重い重いため息をついて、低く嗄れた声で告げた。
    「たんぽぽだ」
    「なんだって?」
    「薔薇じゃなくて、たんぽぽ。東洋の白いやつがいい。綿毛にはなるなよ」
    「注文が多い」
    「おまえのも聞いてやるよ」
    コーヒーをひと息で飲み切ったクロウリーが指を下に向けて構える。
    「ええと、そうだな。色は黒で」
    「へえ、おまえにしては趣味がいいな」
    真っ黒な猫は悪魔の使い、魔女の手下だという迷信は未だに根強い。もちろん彼の言葉は皮肉だった。だがアジラフェルには通用しない。
    「きみの鱗は黒いからね」
    「髪みたいな赤毛じゃなくていいのか?」
    「それも綺麗だろうけれど。黒猫に生えた白い毛のことを、天使が触れた跡、エンジェルマークというらしいんだ。初めて知ったときからきみにぴったりだと思ってね」
    なんて小っ恥ずかしいことを言うやつだろう。ぎしりと固まった口角と赤く染まった耳の先を見る限り、きっとクロウリーはそう思っているに違いなかった。アジラフェルも大分自覚がある。だがせっかくなのだから見てみたかった。
    「お願いだよ」
    「…わかったよ」
    なんだかんだ天使に甘い悪魔は、ぱちんと指を鳴らした。6フィートの肉体が縮み、ベンチの上には少し小ぶりの黒猫が座っていた。その胸には白い毛が、エンジェルマークがふわふわと揺れている。
    なんてかわいいんだろう!
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