またきみにこいしてる伏黒恵side
「僕が今日から君とお姉さんの保護者になるんだよ。よろしくね伏黒恵くん」
と笑う男。
同じ日本人かと疑うほど身長が高く、珍しい銀に近い白い髪。
サングラスの隙間から覗き見える瞳はまるで空の様に碧く、顔も端正な造りをしていた。
この人が俺と津美紀の保護者? こんな怪しい奴が?
警戒心MAXで、まるで猫の様に逆毛をたてた俺に男は笑った。
そして、その笑顔のまま言ったのだ。
「ま、仲良くしようよ」
ぽんぽんと俺の頭を撫でる大きな掌は、飄々として怪しさ満載の男の態度とは違って温かくて優しかった。……それが、俺が初めて"五条悟"と出会った時の事だ________。
はあ、と吐いた真っ白な息が視界を掠める。
カタン、と手に持った水桶を置くと大きな墓石を前に腰を落とした。
墓石には【五条家】と彫られている。
俺は手に持った線香に火をつけそのまま手を合わせ目を閉じる。しばらくして目を開くと墓前に供えられた花やお菓子の数々を見た。
「なんだかんだ言って、あんた慕われてますよね」
供えられた物は全部このお墓の持ち主が好きだった物ばかりだ。
性格破綻者だのイカれているだの変人だと散々言われていたけど、結局周りからは愛されていたと思う。俺もその1人だ。
「……俺も、あんたに救われた一人だ」
幼い頃、大人に置いていかれた俺達姉弟を拾ってくれたのは五条先生だった。あの時、先生が来なければきっと俺達は今頃どうなっていたのか分からない。
だから、俺にとって五条先生は恩人であり師匠であり家族の様な存在でもあった。
呪術師の師としては、いつか殺されてしまうのではないかと言う程厳しい面ばかり見せていた男だけれど、今なら分かるんだ。
この男は、俺を生かしたかっただけだと。
呪術界の御三家の一、禪院家の相伝を受け継いで生まれた俺はある意味五条先生と一番近い立場にいたのかもしれない。だからこそ、彼は俺に厳しくした。
肉体的にも、精神的にも強くなければ生き残れない世界へ身を投じることになる俺を心配しての事だったのか、それはわからないけれど。
そんな世界で生き残る為に必要だったものは力でも術式でもない。
それは、生きようとする意志。
強い呪霊と対峙しても生き延びる為に必要なもの。
『死んで勝つと、死んでも勝つとじゃ全然違うよ恵』
そう言った先生の言葉の意味を知ったのはつい最近のことだ。
「結局俺は最後まで……あんたに守られてたんだな」
ぐ、と胸に手を当てる。
とくり、とくりと心臓が脈打つ音が聞こえた気がして思わず目を閉じた。
「長生きしてやるよ、あんたより。誰より。あんたに、仲間に救われた命だ。誰よりも長生きして……今度は俺があんたを助けるよ」
輪廻転生という言葉が存在する。人は何度も生まれ変わりを繰り返しているという思想だ。
それならば、もう一度生まれ変わったらまた会えるだろうか?
今すぐじゃないかもしれない。俺のこの後の一生で会えるとは限らないけれど。
でもいつか……また、出逢えるなら。
「今度は俺が、あんたを迎えに行きますよ、五条先生」
ふわりと吹いた風に乗って甘い香りが鼻腔をくすぐる。
その香りはどこか懐かしくて、優しいものだった______。
数年後________。
「被害者は?」
高専の教師専用の個室。ソファーで脚を組んだ釘崎が報告書を指先で弾いて尋ねる。
俺の前に座っていた虎杖がその書類を受け取りながら口を開いた。
「元呪術師の親子の母親の方。頭から上半身パックリ行かれて
即死だってさ。一緒にいた息子の方は無事で、血だらけになった母親が覆い被さるようにして守ってたって」
報告書を今度は俺が受け取りながら「元?」と聞き返すと虎杖がこくりと首を縦に振った。
「なんか、子供を産んでから呪いが見えなくなっちまったらしい。結婚する前までは高専のOBで働いてた人らしいよ。俺らがまだ学生の時だから……あ〜ざっと10年くらい前?」
呪術師であった母体が出産と共に力をなくすという現象は珍しくはない。出産と共にその子供に力が受け継がれているという謂れもあるが、事実はわかっていない。
実際、力をなくした母親から生まれた子供が非術師だったという報告もある。今回もそうだと思う、が。
「んで、それがその被害者の子供」
ピッと虎杖が指先に挟んだ写真を俺と釘崎に見せる。そこには、白髪に碧眼の子供がいた。
見覚えのある色彩。
写真を持つ手が震える。
ドクンドクンと耳の奥で自分の鼓動がうるさく響いて、まさか、と声が漏れそうになる。
そんな俺の顔色を伺いながら、虎杖が「まさか……とは思ってるんだけど」と前置きながら続ける。
「五条先生って子供いたとかって話は……」
「それはない。大体それだと年齢が合わないだろ」
「その子供、どう見たって10歳そこそこじゃない。いつの時の子供よ。まさか遺伝子凍結?」
以前、家の事情で早くからお腹様と呼ばれる女達を宛てがわれていたという話を聞いた事はある。
六眼と無下限の掛け合わせ。その遺伝子を確実に残したいと思っている家の老中達が躍起になって精通を迎えたばかりの五条先生に子種を求めたとも聞いた。
もしその時に秘密裏に出来た子供だとしたら。でもそれを五条先生が知らないはずが……。
「でもこの見た目ってまんまアイツっぽくない? まぁちょっとアホさが抜けて生意気な面構えにはなってっけど」
「確かに……でも五条先生なら隠し子とかいてもおかしくねぇし。そもそもあの人が教師やってる事自体がおかしいんだよ」
「隠し子がもしいて、そんなの呪術界が黙ってると思う?」
言いながら二人の視線が俺に向けられる。
「……俺はなんもしらねーぞ」
「伏黒が知らないってなら、ただの他人の空似かも?」
「え〜それでも似すぎでしょ。この目も、髪も」
そして、うーん……と頭を抱え込んでまった二人に溜息がもれる。
そもそも、そんなに気になるものか?
確かに五条家は先の渋谷事変の折に禪院家と共に潰えて無くなったとはいえ、その血筋が絶えた訳では無い。現に、俺と真希さんがそうだ。
だから、五条家の人間が他に居ても何ら不思議ではない。
「…………」
調べて……見るか________。
件の子供は思ったよりすぐにみつかった。
「あんた、誰?」
誰も信じて居ないような冷めた目をした少年は、俺を見るなりそう言った。
その言葉に何となく既視感を覚えつつ、目の前の少年を見下ろした。
「ええと……俺は伏黒恵。君の、お母さんの知り合いだ」
「ママの……?」
じとりと見上げる瞳は、確かにあの人そっくりだった。いや、そのものだ。
空の様な澄んだ碧。9年間嫌という程見てきたあの人の瞳。
(これは……そっくりなんてもんじゃない)
こくり、と小さく喉が鳴る。まるで時が戻ったかのような感覚。
今、自分がどんな顔をしているのかわからない。
でも、俺の表情を見た少年は警戒心を解いたように肩の力を抜いて言った。
「なんで大人のあんたが子供の俺より緊張した顔してんの?」
「え」
「まるでバケモノと遭遇した様な目して」
失礼過ぎ、とぷくりと頬を膨らませた姿は年相応の子供だと思った。
「いや、別にそんなつもりはなくて」
「じゃあ何。あんたも俺がママを殺したと思ってんの?」
「え?」
「ママの知り合いって事は、あの黒ずくめのヒョロ眼鏡の知り合いなんだろ? なんど来たって俺は殺してない。自分の親殺すなんてそんなのするわけないだろ」
刺々しい物言いに、思わずたじろいでしまう。
彼が母親を殺した? ヒョロ眼鏡は多分伊地知さんの事だとして、彼が母親を殺したなんて報告は書いてなかった。
「何の話だ?」
「違うの……?」
「俺は……ただ、君のお母さんが死んだって聞いたから」
「だから?」
「だから……」
なんと説明しようか、そう言葉を脳内で探すがどうしてだろう。何も言い訳が見つからない。
非術師相手の言い訳の言葉なんていつもならいくらでもでてくるのに。
そのまま黙ってしまった俺に、少年は小さく息をついて「あんたさ」と続ける。
「ママの知り合いって嘘だろ」
「嘘じゃ……」
確かにあまり接点はなかったけれど、二度ほど任務が被って同行した事がある。挨拶くらいしか……言葉を交わした事はなかったが。
「ほんとは、何?」
「…………」
「ホントの事言えよ。俺になんの用?」
少年の警戒心がまた強くなる。
どうしよう、と頭の中で思考を巡らせるが上手い言い訳は思いつかない。
正直に話すしかないか、と諦めた俺は意を決して口を開いた。
「俺には師がいて」
「し?」
「師匠。先生みたいな……そんなもんだ」
「うん、それで?」
「その人はずっと前に死んでしまって。俺の……凄く大切な人で」
保護者で、家族で。
兄のようで、父親のようで。俺の……大好きな、人だった。
その人に瓜二つな人間が存在していると聞いて、居ても立ってもいられなくて。
もしかして、もしかして、と思って。
「もしかしたら……もう生まれ変わったんじゃないかって」
そんな夢物語のような考えが浮かんでしまったのだ。
馬鹿げていると自分でも思う。
虎杖と釘崎はあの人の隠し子だって言い張るけど、俺はどうしてもそうとは思えなくて。
どうしても確かめたかった。
たとえそれが、どれだけ低い確率だろうと。でもあの男の事だ。地獄でも天国でも行ったとして、大人しくその場に落ち着くなんて思えない。さっさと生まれ変わってまた現世を自己中に闊歩して楽しんでいるんじゃないかと思って。
俺が話している間、少年は何も言わずにただじっと俺を見ていた。
その視線が少し怖くて、俯きそうになる自分を必死に抑えて話し終えた後、俺はふぅっと息をついた。
沈黙が怖い。
やっぱり、こんなのおかしいよな。
わかっていたけど、いざ面と向かって否定されると思うと辛いものがある。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、少年は小さく呟いた。
「ふーん。それって、恵の好きな人?」
「えっ……いや、そうじゃ、いや、そう……ええと」
思わぬ質問に頭が回らない。
いや、でもそれに近い情を俺はあの人に抱いていた。俺の、大切な人だ。
ぐるぐると脳内を回る思考と格闘していると、ふいに「恵」と名前を呼ばれて思考の彼方へと飛んでいた意識が戻る。
名前を呼ばれるのは、二度目だ。でもそれがあの人が俺を呼ぶ時の言い方とあまりにそっくりで、まるで先生に呼ばれた気がして思わず顔を上げた。
「輪廻転生、ね。多分あるんじゃない?」
ニッと悪戯っ子のような笑みを浮かべて言った少年は、俺が今まで見た表情の中で一番あの人にそっくりだった。
「ここが恵の家?」
「まぁ……俺のというか、その師が俺に遺してくれた遺産というか」
五条先生が死んだ後に知ったことだ。
あの人は渋谷の最後の戦いに出る前にある遺言書を家入さんに渡していた。それは自分が持っている不動産や財産を俺へと譲り渡すという内容が書かれていた。
もし俺が助からずそのまま宿儺の受肉体として死んでいたら財産は全てその弔いに使う、とまで書かれていた。
本当に、あの人はどこまで……。
その遺産の中にはあの人がプライベートで過ごしていたこの家も含まれていて、俺はそのまま相続し高専の卒業を機に寮をでてこの家に移り住んだ。
自分好みの家具を揃えるのも億劫で、あの人が揃えたものをそのまま使っていた。
「ふーん」
適当な相槌を返してトタトタと家の中を歩き回る少年。そんな物珍しい物が置いてある訳じゃないが、何か気になるものでもあるのだろうか。
「恵、料理できる?」
「まあ……それなりには」
「じゃあさ、なんか作ってよ」
「え?」
「俺、腹減ってんだよね。もう昼過ぎてるし」
言われて時計を見ると確かに針が12時半を回っていた。そういえば今日は朝から何も食べていなかったなと思い出し、俺はそのまま少年を連れてキッチンへと向かった。
* * *
「おーすっげオムライスじゃん!」
ことりと皿をテーブルに置いた瞬間、嬉しそうな声が上がる。
「熱い気をつけろよ」
「うん!」
スプーンを受け取ると勢い良く食べ出す少年に麦茶を注ぎながら、毛先から足にかけて眺める。
呪術師を親に持つのに、この少年からは一切呪力を感じない。
確か報告書には10歳とあったし、もし呪術師としての素養があるなら既に自分の術式を認識していてもおかしくはないし、肉眼でも呪力の残穢が見えるはずだ。
もしかして非術師なのか……?
「そういえばお前」
「さとる」
「え?」
「俺はお前、じゃない。さとる。ちゃんと名前で呼べよ。俺も恵って呼ぶし」
「さとるって……それ本名なのか?」
「は? あったりまえじゃん。正真正銘俺の名前はさとる。なんかママが昔世話になった人の名前から貰ったっていってた」
口の周りに米粒を沢山つけて、少年は自慢気にそう言った。
「父親は?」
「さあ? 俺が産まれる前に死んだってきいた」
だから知らない、と少年はまた一口オムライスを頬張る。
実の母親が死んだってのにこの落ち着き様はなんなんだろう。しかも目の前で原因不明の死だったってのに、この目の前の子供はまるで他人事のように話す。
「お前、母親が死んだのに悲しくないのか?」
思わず聞いてしまった言葉に少年はきょとんとした顔をして、そしてケロリと言った。
「だって、死人は生き返らないし」
「…………」
「泣いたってママは帰ってこないのに悲しんだって意味無いじゃん」
「それは、そう、だが」
まるで突き放す様に感じるその言葉は、未だあの人の死を引き摺る俺にはあまりに重すぎた。
他の奴らの前で気丈に振舞っているつもりでも、やっぱり一人この部屋へ帰るともうあの人は本当に居ないんだと再確認させられる。
それが……俺には未だ克服出来ないでいる。
「恵はさ、その師匠って人の事好きだった?」
「……え」
「だから悲しいんでしょ? 好きすぎて悲しくなるってきいた事ある」
「それは……」
「俺は……別にそこまでママの事好きじゃなかった」
「は?」
「だってあの人、ときたま俺をみてるのに俺じゃない人をみてるみたいな顔する事あって、俺はそれが苦手だった」
だからあんまり一緒に居たくなかった、という少年に俺は何も言えなくなった。
「それに俺、知ってるんだ。実はパパも俺の本当のパパじゃないって」
本当のパパじゃない? それって……。
どういう意味だと言葉を返そうとした時、少年______さとるが何かを思いついた様に手を叩く。
「そうだ、いいこと思いついた!」
「?」
「俺、今日からここんちの子になってやるよ!」
「……は? いや、まて。意味がわからん」
「だぁかぁらあ、俺が恵の家族になってやるって言ってんの。いい案でしょ?」
「なんでそうなるんだ。俺を児童誘拐で逮捕させる気か?」
勘弁してくれ、と思わず溜息がでる。
「嫌なの?」
「嫌とかそういう問題じゃなくてだな」
そういえば、今この子供はどうしているんだったか。母親が死んで、親戚縁者もいないと書かれていた様な気がする。確か兄弟もいないって。
そうなれば行き着くところは施設か、里親か。
今自分の家に連れ込んでいる時点で(勝手にあがりこんだのはあっちだが)もう手遅れな気もしないではないが……。
「ね、いいよね? お試しって事でとりあえず1ヶ月! トライアルってやつ」
カチャン! と手に持ったスプーンを放り投げるようにおいて、俺の手をガシッと掴んでくる。そしてズイッと俺に迫ってくると、ニッコリとあの人そっくりの顔で凄むんだ。
「いや、だから」
「いいよね、恵?」
「〜〜〜っ」
昔から俺は、あの男の圧しに弱かった________。
「で、その子供うちで住まわす事にしたの?」
呆れにも近い笑いで訊ねてくる虎杖に、俺も溜息をつきつつ
「ああ」と頷いた。
「どうやらあいつ養護施設から逃げ出したみたいで、一応一緒につれて事の経緯と俺の身分証を渡して来た。母親と同じ職場にいたと話をしたらなんとか許可は降りた」
「馬鹿ねーあんた。いくらあの教師に顔が似てるっても結局赤の他人でしょーに」
「まぁ……そう、だな」
俺の性格上、いつもならあしらう所だが一度あの瞳に見つめられてしまえばそれを無下にはできなかった。
自分でも自分がバカみたいだ。
「……俺が五条先生に引き取られたのはまだ七つの時だったって話は昔したよな」
「あー……うん、それは」
「その時の事を思い出したら、なんか……」
「絆された、と」
「「……はあ〜〜〜ー」」
二人の深い深い溜息が室内に響く。
「まぁ、伏黒がいいならいいんだけどさ」
「いいように使われてる気がするけどね」
ハッと鼻で笑う釘崎に苦笑いを返しつつ、今からあの子供の為に準備をしないとならない項目のリストに視線を落とす。
まずはあの子供がうちに住む為に必要なものを揃えて、そしてうちに住所を移して最寄りの小学校への転校手続きと……。
小学生ってこんな必要なものあんだな。
今思い返せば、俺が子供の頃も学校で必要なものは全部五条先生が用意してくれてたな。学校で使う道具も、月々の給食費も。
俺と姉の生活費が高専から援助がでるように話をつけてくれたのもあの人だし、それ以外にも色々世話になった。
俺は、親に貰えなかった色んなものをあの人に貰ってたんだ。
「あ、そういえばさ」
「ん?」
「その子の名前なんていうの? まだ聞いてなかったよね」
「ああ……さとる、って名前らしいぞ」
「え?」
「は?」
二人の声が重なる。そしてそのまま顔を見合わせるとまた俺に向き直り。
「……マジ?」
と呟いたのだった。
「ただいまー!」
玄関から元気な子供の声が聞こえて、俺は読んでいた本にしおりを挟むとパタリと閉じた。
「おかえり」
リビングの扉を開けて声をかけると、ランドセルを背負ったままのさとるがトタトタと駆け寄って来る。
「ただいま!」
言いながら俺に飛びついてくる身体を受け止めて、おいコラと背中をはたく。
「帰ってきたらまずは手を洗えって言っただろ」
「わかってるって」
「あとうがいも」
「はいはーい」
ランドセルをソファーに投げ捨てて風呂場へと駆けて行くさとるに「ランドセルは部屋にもってけ!」と怒鳴りつつ、はあ、と一息。
「これじゃまるで母親だな」
思わず漏れた独り言に、俺はもう一度深い溜息をついたのだった。
今の俺のこんな姿を五条先生が見たらなんて言うだろう。わらうだろうか? からかわれるだろうか?
それとも、あの整った顔を破顔しながら「大人になったねえ」なんて笑うだろうか。
「恵」と優しく呼びながらあの大きく暖かい掌で頭を撫でられて……。
「五条さん……」
今、ものすごくあんたに会いたいです________。
さとるside
最初は誰でもよかった。
あの暮らしから逃げられるなら、別に変態親父の慰みものになってもよかったんだ俺は______。
母親は俺の事なんて一切興味なかった。
俺の目にしか興味がなかった。
『五条特級術師……』
酒に酔うと、いつも俺の事をそう呼びながら恍惚とした顔で俺を見ていた。
自分は五条特級術師という奴の愛人で、俺はその男の子供だと言い張ってた。
最初は言ってる意味がわからなかったけど、歳をとるにつれてその意味がわかるようになった。
母親は、俺が〝むかげん〟って魔法が使えない事が物凄く気に食わないのだと言って、いつも俺を怒鳴った。
『あの方の子供なのに……出来損ない。何のために私は自分の呪力を犠牲にしてあんたを産んだとおもってるの!?』と、何度も言われた。
意味がわかんねえ。漫画やゲームの世界じゃないんだから魔法なんて使えるわけがない。酔っぱらいの戯言にしても酷すぎる。
でも酒が抜けると、俺を怒鳴った事も、その内容も全部忘れて る様だった。
だから俺もあえてその〝五条特級術師〟が誰なのかも〝むかげん〟が何かも聞かないことにした。
転機が訪れたのは俺の10歳の誕生日の朝だ。
息苦しさに目を覚ませば、俺の上に馬乗りになって俺の首を絞める母親の姿があった。
その目は血走っていて、俺を見ているようで見ていない。
ただ、俺の首を絞める力だけがどんどん強くなっていった。
(なんで……)
どうしてこうなったのかわからなかった。でもこのままじゃ殺されると本能が叫んでいた。
「ぐっ……ぁ……」
「返して……返して、私の術式を返して……」
「ぁ……ま、ま……」
苦しい。苦しい苦しい苦しい。
「五条家に行けばまだあの方の凍結精子が残ってるはず……あれを使って今度こそ五条特級術師の生まれ変わりを産んで……そうよそれがいい。そうに決まってる。出来損ないはいらない。いらないのよ……」
ブツブツと何か言いながら俺の首を締め続ける母親はもう正気じゃなかった。
(これは、やばい)
殺される。本気でそう思った。
だけどこんな所で死にたくなかったし、母親を殺してでも生きていたいと思ったから俺は最期の力を振り絞って両手でその馬乗りの身体を跳ね除けた。
その時だ。俺の掌から紫色の光が漏れ出した。
俺に馬乗りになっていた母親はその光を浴びると、まるで風船が破裂する様にパンッという音と共に弾けた。
え……と、俺は何が起こったのかわからなくポカンとする。
びちゃりと生温かい液体が顔にかかった。
さっきまで俺の首を絞めていた母親の下半身だけがそこに転がっていたんだ______。