僕が見た色は青 溺れる……
どこまでも透きとおった綺麗な水の中で……
呼吸すらできない。たゆたうような感覚。視界がゆらゆら揺らめいて、陽の光がキラキラと反射している。苦しいのにどこか安心するような、なんだか懐かしい感覚に僕は身を委ねる。
もういっそこの中で溺れていたいような……
パンッ! と大きな破裂音を立てて、僕の頭部をまるまる覆っていた水球のかたまりが弾け飛んだ。
「ゴボッ……ッハ、ガハッ……! ハッ、ハッ……」
数分振りの空気に触れ、僕の身体は飲んだ水を吐き出し、反射的に生命活動を続けようと必死に酸素を取り込む。
すぐさま青色の瞳の少年が僕に駆け寄ってくる。
「真練さん! 大丈夫⁉」
「ゲホッ、ゴホッ、ッは、はあっ、はっ……」
呼吸を整えてから僕は、目の前で目を瞠って心配そうにしている少年、水辺蒼波に言った。
「大丈夫。ちょっと気管に水が入っただけだよ」
「本当? 癒宇さん呼んで来ようか?」
「大袈裟だな。そんなに心配しないでいいよ。僕が頼んだんだもん。それに……『贋作達人(コピーマスター)』」
続けて僕は唱える。
「『強化水激(アクアブラスター)』!」
手をかざすとポワーっと水の粒子が集まり、ふわふわとした水球になって宙に浮かぶ。空気中から水を生み出し、操る能力。僕は彼の能力をコピーしたのだ。
「凄い……本当に一瞬でコピーできるんだな」
蒼波くんは水球を見て感心している。僕は水球の数を二、三個増やして、スーっと動かしてみた。
「もう使いこなしてるじゃん。真練さんもなかなかやるね」
「全然すごくなんかないよ」
感心している蒼波くんに向かって、僕は零すように言った。
「え?」
「なんでもない。でも、ありがとう。コピーさせてくれて」
「いや、お礼なんていらないよ。真練さんの能力が増えたことで公安側の戦力強化になるなら全然いいし。でも、俺やりすぎてなかった? 一応手加減したつもりではあるけど」
「あはは。あれで手加減してたんだ。手加減しなくていいよって言ったのにね。でも、コピーできたんだから問題ないよ」
「じゃあ、次は実戦だな。本気で来ていいよ。複数の能力を持つヤツとバトルしたことないからどうなるか楽しみ」
蒼波くんは目を輝かせて言った。
しかし僕にはその気はなかった。この少年から能力をコピーできたらもう用済みだ。蒼波くんは警戒心が強いから、万が一勘づかれでもしたら困るし、模擬戦とはいえここで戦う必要性は感じない。
「遠慮しとくよ」
「えっ……?」
「ちょっと行かなきゃいけないところがあるから。また今度ね」
蒼波くんは少しガッカリしたように肩を落とすと「オーケー。じゃ、また今度」と言って、すぐにキリとした表情に戻った。
今度、なんてないのにね。
あぁ、でも今日のは何か引っかかる。
学園の屋上に蒼波くんを呼び出して、能力をコピーさせてほしいと頼んだら蒼波くんは快諾してくれた。
できるだけ能力を正確にコピーするために加減しなくてもいいと伝え、蒼波くんは了承する。
そして、僕たちはいくらか距離をとり、蒼波くんは能力『強化水激(アクアブラスター)』を発動し、大きな水の塊を作って僕の頭に当てた。
衝撃。直後、視界が波にのまれて、頭の中が揺さぶられる。動いても水塊は外すことができない。呼吸する手段を奪われ、水の中にいるという不安にジワジワと蝕まれる。時間経過とともにやがて酸素は失われ、焦りが募る。だけど僕は水の中から見た世界を美しいと思った。どうしてだろう。まだ、僕にそんな感性が残っていたなんて。身体が訴えている。生きたい、と。
それは生命を維持するための生き物としての本能だけじゃなくて、僕自身が、まだ、この世界に未練があるってことを訴えていた。
僕は、生きていたい。まだ、この美しい世界の色を見ていたい。
抜けるような空に、水のような瞳。
なんてきれいだ。