プロローグ「らーいと♪」
「またオマエか」
轟雷斗に馴れ馴れしく話かけてきたメガネの少年、拝田丞は近所に住んでいるお兄ちゃんだ。丞は同年代の中ではどちらかというと華奢なほうだが、年上なだけあって背丈は雷斗より大きかった。
「また一人でいんのー?」
「ウゼェ……オレにかまうな」
家の近所の空き地にポツンといた雷斗に今日も丞は絡んでくる。雷斗が何度話しかけるな、自分にかまうなと言っても、丞はどういうわけか雷斗がいる場所を見つけては陽気に話しかけてくる。雷斗はどうしていつも丞が自分に絡んでくるのかわからなかった。雷斗と丞は同級生でもないし仲がいいわけでもない。親同士に縁があるわけでもない。ただ近所にいただけ。お互い近所に住んでいるやつ、という認識しかなかった。
「つーか、あそこで泣いてるやつ、友だち? また泣かせたのか? ダメっしょ友だちとは仲良くしなきゃ」
「友だちじゃねーしオレが泣かせたんじゃねー。アイツが勝手に泣いたんだ」
「勝手にってことはないっしょ」
「うるせー。どっかいけ。オマエもアイツみたいにビリビリになるぞ」
「や〜っぱ雷斗がやったんだなー」
「うるせー! ちがう! オレのせいにすんな‼」
雷斗が怒りの感情をあらわにすると、空き地にビリビリと電撃の糸が走った。雷斗の生まれ持った能力『青天霹靂(ライトニングサンダー)』は空気中の粒子を加速させ、電撃を発生させる能力だ。
「わっとと……! あっぶね……」
丞は素早い動作でとっさに身をかわす。
「つーか、危ないから人に向けて能力を使うなってー」
「しらねー! オレがやりたくてやってんじゃねェ!」
雷斗が叫ぶとまたしても電撃が放たれる。丞は焦りながらもぴょんぴょんと跳ねて器用に電撃をかわした。
「つーか、おまえ、もしかして自分で自分の能力制御できない系……?」
「うるせー! イミわかんねーこと言うな‼️」
ひときわ大きな電撃が放たれた。先ほど放たれたものとは威力も桁違いだろうことが目に見えてわかる。これは丞も避けられない。雷斗は怒りながらも、またやってしまった──と思う。
「『テンサゲ』」
そう丞が落ち着いて唱えると、電撃はどこかの空間にでも吸収されたかのようにスッと消えた。雷斗には何が起こったかわからなかった。
「あ〜今のはマジで危なかった」
丞は空を仰いだあと、ガクっと肩を落とした。雷斗の方へ向き直る。
「雷斗……?」
「なんだよ、今の……」
「あ? 知らなかったっけ? オレの能力、エネルギーを奪うことができんの。今のは『天下(テンサゲ)』って言うんだけど、イケてるっしょ?」
「は……? イミわかんねぇ……」
丞の言っていることはわけがわからないが、丞を傷つけずに済んだことはわかる。理屈はどうでもよかったが雷斗は少しほっとした。
「おまえ、能力を自由に制御できないんだろ? それであそこにいる子に電撃が当たっちゃって、泣かしちゃったってことだろ? こういうことがあったからいっつも一人でいたんだな。友だちいなくてさびしーんなら、オレと遊ぼうぜ。オレならおまえの能力が出ちゃっても、エネルギーを奪えるから、オレとなら心配なく遊べるっしょ?」
丞は目を三日月形にしてニコニコ笑い、雷斗の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ウっゼェ……」
雷斗は態度でこそ丞のことを鬱陶しがっていたが、本心では一目置いていた。自分の能力を怖がらないどころか、自分と対等かそれ以上に強い能力の持ち主であろう相手に初めて会ったのだ。それに、雷斗はこのとき自分が他者に受け入れられているという感覚を初めて持つことができた。それが嬉しかった。
それ以来、特に示し合わせていたわけではないが雷斗は放課後などに丞に会うと自然と一緒に遊ぶようになっていた。二人だけで鬼ごっこをしたり、缶蹴りをしたり、自転車に乗って隣町まで行ってみたり、他に友だちがいなくても、公園で近所の子がやっているドッジボールにまざれなくても、雷斗は丞がただそばにいるだけで楽しかった。気づけばいつも丞がいる。いつしかそれが雷斗にとって当たり前の日常になっていた。
そんなある日、雷斗は家の近所の道路の側溝に水が流れている場所に一人で立ち尽くしていた。
「らーいと♪」
背後から聞き慣れた声がした。いつもなら安心する声が今日の雷斗には響かない。ゆっくりと振り向くと学校帰りであろう丞がいた。丞はいつものように快活な笑顔を浮かべていたが、雷斗の様子がいつもと違うことに気づいたのか神妙な顔つきに変わった。
「雷斗……?」
雷斗はそろそろと手のひらを差し出し、丞に見せた。
「ゲッ⁉ カエル⁉ うわ〜気持ち悪りぃ〜〜」
雷斗は手のひらの上に乗っている小さな緑色のカエルを見てから丞に言った。
「コイツ、死んだ」
「え⁉ 死んでる⁉ いや死んでても気持ち悪いっしょ!」
「……オレのせいで、死んだ」
「えええ〜……つーか暇だからって生き物で遊ぶなって! 子どもってマジでそういう残酷なことするよなー!」
「…………オマエも子どもだろ」
「いやそーだけど、そういうことじゃなくて! ……って雷斗? どうしたんだよ元気ないなぁ」
「ここ、溝に落ちたカエルがよく死んでんだよ。だから今日、ここにコイツがいたから、ここに落ちたら出られなくなると思って捕まえた。そしたら……」
「え……?」
「…………」
雷斗は言葉に詰まった。やりきれない思いがこみ上げてくる。
「あ〜……そういうこと」
丞は察したようだった。
雷斗が溝に落ちそうになっていたカエルを捕まえたとき、能力が発動したのだ。雷斗の意思とは関係なく、不意に発動されてしまった『青天霹靂(ライトニングサンダー)』の電撃で、カエルは死んでしまった。雷斗がカエルを救おうと行動した結果、逆にカエルを死なせてしまったのだ。そんな行き場のない思いを抱えて立ち尽くしていたところに、丞が通りかかった。雷斗は縋るような気持ちで丞を見上げた。
「どうすればいいんだよ……」
「どうすればって──」
丞はしばらく困っていたようだったが、雷斗の頭に手を乗せ、柔らかく撫でた。
「お墓、作ろう」
雷斗は自分の顔を見せないように丞の胸へと近づき、そっと頭を預けた。
近くの河原の砂地に小さな穴を掘って、カエルを埋めた。河原へ行く途中で丞が買ってくれたアイスの棒を刺してお墓を完成させる。
手を合わせて二人で拝んだあと、明るい調子で丞が言った。
「あ、てかてか忘れてた! ちょうどよかったって言ったらアレだけどー、これ、おまえに渡そうと思ってー」
丞はごそごそとポケットから何かを取り出した。赤い……ヒモ?
「これ、オレが小さいときにばあちゃんからもらったお守りなんだけど、雷斗にやるよ」
お守り……? ただの赤いヒモがお守り……? 丞はよくわけのわからないことを言うが、このときも雷斗には丞の言っていることがよくわからなかった。
「ばあちゃんが言うにはー、赤い紐には強大な力を抑える効果があるんだってさ。オレもちいさい頃、能力が暴走して大変だったときがあったんだよねー。だからー、おまえもこれを付けてれば勝手に能力が暴走することはなくなるし、そのうち自分で能力が操れるようになるって」
「ハァ? そんなのメーシンだろ」
「いやいや本当なんだって。てゆーか迷信でもプラシーボ効果でもいいから、付けとけよ。身に付けなくても持ってるだけでもいいからー」
「プ……? 何だよ。わけわかんねーこと言うんじゃねー!」
ぐずる雷斗に丞は赤い紐を無理やり手に握らせた。
「いいから。これはおまえが持っとけよ」
いつもはちゃらんぽらんなクセに急に殊勝な顔つきをして年上ヅラされたのは癪だったが、雷斗はその紐を受け取ることにした。ぷらーんと垂らしてみるがただの赤い紐だ。こんなので本当に効果があるのか。半信半疑、どちらかというと疑いの方が強かったが、その日からこの紐を持ち歩くようにすると、不思議と意思に反して能力が発動することは次第になくなっていった。
* * *
雷斗は暖かい日差しのもとで目を覚ました。屋上のコンクリートの上で身を起こし、結んである髪を適当な位置に戻す。
夢……か。
最近昔の頃の記憶をよく夢にみる。
小さな頃の思い出なので、雷斗もよく覚えているわけではないし、その夢と記憶は実際には違うのかもしれない。雷斗が幼少期を思い出すとき、その記憶の中にはいつも丞がいた。
それでも雷斗はそれを鮮明に覚えている。
近所に住んでいたお兄ちゃん的存在、丞がいつも鬱陶しいくらい雷斗に構ってくれていたことを。最初はウゼェ変なヤツとしか思っていなかったが、近所で会うたびいつも雷斗のことを気にかけてくれる丞のしつこさと優しさ、人懐っこさに折れ、いつしか雷斗は丞に懐いていった。不器用で口が悪く、また強すぎる能力ゆえに怖がられて友だちのいない雷斗にとって、丞は唯一心を開ける存在だった。
先日の学園暗部の拠点襲撃のあと、雷斗は心にぽっかりと穴が空いたような気分だった。
あの事件で雷斗は自分の超能力である『青天霹靂(ライトニングサンダー)』で、敵対する御田真練を暴走寸前の戦闘マシンごとふっ飛ばした。そのときに雷斗は能力のすべてを使い果たし、現在は能力をつかえなくなっていると言われている。