翼切1-1 人魚と天使の落ち星拾い 夕陽の黄色に浸るように私室へ足を踏みいれると、窓際にある机の上でポツンとしている手紙が黒々とした宛名を見せつけてきた。目を離さずに前方へ一歩踏みだすたび、表皮を包みこむ幽かな温もりに撫でられている。陽光の色に変わることを拒むものたちが作る陰影でも、とりわけ空間に沈んだ印象を与えるのはインクの青黒さだ。凝視し続けると陽の射さぬ絶壁の如き窪みが並んでいるように見えた。
不動の黒へ近付くにつれ、一直線に疾駆するさまに似た筆跡を認められる。彼は急いて手を伸ばしたが、不意に幻惑を振り払うように瞬きをするとやめてしまった。閉ざされたばかりの扉の隣で、今や出番かと待ちかまえている暖炉の前を横切り、手紙が視界へ収まるように長椅子へ腰掛ける。ついでに持っていた上着を軽く畳み、脇へ置く。
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