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    忸怩くん

    @Jikujito

    鋭百、春夏春、そらつくとか雑多

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    忸怩くん

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    【鋭百】いつの間にか眉見家への道へ行き慣れていた話

    日記 2回目の乗り換えを済ませて、空いた隙間に埋まるよう座席に腰掛ける。駅メロが流れてドアが閉まると電車が緩慢に動き出した。この路線だけなんだか足元の暖房が強いらしく、乗るたびにふくらはぎが一気に熱されて瞼がゆるりと重くなる。まだ眠ってはいけない、と眠気を吹き飛ばすよう頭を振る。
     走り出して少し、次の駅への到着アナウンスが流れ出した頃に、一昨日のやりとりのまま止まった眉見とのトーク画面を呼び出した。
    『おはよう、今電車乗ったよ』
     わかったと返事が来たのを確認して、再び画面を真っ暗に戻した。はじめの頃は乗り換え検索をしてその到着時刻を教えていたのに段々と大雑把になっていって、今では最後の電車に乗った時に連絡するだけになっている。乗り換えなんて調べなくても大体の所要時間と使うホームはもう覚えたし、そうすると正確な到着時間じゃなくてもうすぐ着くということだけ伝えられれば十分かと簡易化したのだ。ただ眉見はそんなざっくりとした連絡でも絶対に百々人より先に着いて改札前で待っているからそれが少し悔しくて、最近は少しずつ乗ったよの連絡を遅らせているのだ。それでも眉見を改札前で待ち受けるにはまだ至っていない。
     足元の温風にゆらゆらと意識を揺蕩わせていると聞き慣れた駅名がアナウンスされて、あくびを噛み殺しながらリュックを抱え直した。小さい方の階段を登り、改札の向こうにマフラーに埋もれた燕脂色を見つけてそっと口を尖らせる。今日も負けてしまった。次は更に遅らせて、一駅通り過ぎた頃の連絡にしようか。
     少し早足に改札を抜けると、言葉を交わす前に目だけを合わせて2人して階段へと歩き出す。
    「おまたせ、マユミくん。いつも待たせてごめんね」
    「いや、わざわざ来てもらっているのだから俺が出迎えるべきだろう。だが今日は割合ぎりぎりだったな……次はもう少し余裕を持って出るか」
     こちらがじわじわと連絡から到着までの時間を縮めて様子見をしている間に、眉見も確実に先に着いて待っていられるよう調整していたらしい。考えてみれば予想できそうなものだったが、とんだいたちごっこをしていたようだ。大幅にずらして連絡してみるくらいじゃないと眉見を出迎えるなんてことできないのかもしれない。
    「というか、迎えに来てくれなくても道覚えてるしひとりで行くよ?」
    「まあそうだろうが……出迎えるのが招く側の礼儀というか」
    「そうなのかな、僕はよくわかんないかなぁ」
     眉見なりのルールがあるのならそれでいいのだ。けれど迎えに来る往復のこの時間分、眉見が少しでも自分の時間に使えるようならばその方がいいのではと思ってしまう。前にも同じ提案をしたことがあったが、あの時の答えを忘れたわけではない。覚えていて故意に同じ提案をする。
     眉見は前方をじっと見つめ百々人の方を一瞥もしないまま、前と同じことを、違う言葉で紡ぐ。
    「それでも俺が迎えに行きたいんだ。大人しく迎えられてくれ」
     自分で行くよと言うたびにこうして彼の希望を口にされては閉口している。その希望を却下したいわけでもなく、百々人としても眉見と歩く時間が増えるというただそれだけのことが嬉しくもあるから、仕方ないふうを装って受け入れていた。
     自分で振っておきながらも回答の気恥ずかしさに目を逸らすと、道向かいのコンビニの新商品の広告が入れ替わっていることに気付いた。この前まで何が載っていたかは忘れたけれど、今度はチョコレート味の新作スイーツがいくつか出たらしい。バレンタインはまだ遠いはずなのだが、街中は少しずつそういった空気に染まっていっているのだろうか。広告を眺めながら必要な買い物があったかを考えていて、前回眉見の家に来た時のことを思い出した。
    「そうだ。この前ここで買ったポテチ、結局食べてないよね」
    「ああ、そういえばそのままになっていたな。今日食べるか」
    「うん、食べちゃおう。あの挑戦的な……何味だっけ?」
    「海外料理だったのは覚えているんだが、なんだ、長いカタカナの」
    「全然覚えてないや。想像つかなかったことしか覚えてない」
     コンビニって、そういう普段だったら手を出さない味のものをつい買ってしまう魔力がある。思い出せないもやもやをまああとでわかるしどうでもいいかと放り投げて、そのままコンビニを素通りする。
     少し先、曲がり角の家の椿が綺麗に咲いていて、寒空の下そこだけほんのりと息つけるような暖色を灯している。この前までは名前のわからない鮮やかなピンクの実がなっていたのに、変わらないように見える冬の中でも季節は移ろいでいるらしい。
    「椿、綺麗に咲いているだろう。ここの主人が力を入れている花のひとつだそうだ」
     こうやって眉見が知っていることを、景色を、匂いを共有していく。何度も歩き慣れたこの道で2人だけの記憶も話も増えていくことが、当たり前のようでいてかけがえないことなのだと時折思い出す。自分の中に眉見との思い出がたくさん増えたように、眉見が普段通るこの道にたしかに自分のことも刻まれていることが嬉しくて、眉見が1人でここを通る日にも自分と話したことを思い出せばいいなと思うのだ。
     たった10分ほどの道のりに詰まっているふたりの時間がまた今日も密度を増していくんだと、椿の熟れた赤を見上げ口角を上げた。
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