C-9悲しいのか、悔しいのか。
昂っているからなのか。目が熱くて止まらない。
膝に顔を埋める。堪えたくても、ただ流れるそれは水溜りにでもなりそうなくらいだ。
手の中のくしゃくしゃになった写真を、何度も広げては丸めた。それでも、破ろうとしても出来なかった。思い出が詰まった一枚だからなのか。
写真を見て口元が上がったり、下がったり感情が分からない。ただ、馬鹿と言ってやりたかった。なぜ怒ってるか分かるかと、聞きたかった。なぜ、どうして、と言いたいことが沢山あった。
目は熱くなるばかりで収まらない。
静かな部屋で、微かな『水音』と嗚咽が響いた。
前を見れば、ずっと動かず呼吸器だけが白く濁る。
写真の中の人。笑顔の人。ついこの間も、会ったばかりだったのに。
しかし今は無惨にも、変わり果てた姿で管に繋がれている。
聞いた話だと、どうやら飛び降りたらしいが、かろうじて助かったらしい。
本当に馬鹿だ。悩みがあるなら真っ先に相談して欲しかった。いや、なぜ変化に気づかなかったのかとまた、後悔が襲う。
手を握っても握り返されることはなくて。
ただ白く濁る息で、命の確認をする。
白い空間に、二人だけ。いっそ、このまま世界を切り離して欲しい。今度は守るから。そう思いながらまた膝に顔を埋めた。
少し響く嗚咽の声と、命の音がなんだか大きく響いて聞こえた。
次第に音は明確になり激しくなる音と対照的に、心音を表すグラフが少しずつ緩やかになっていく。
慌ててコールボタンを押す。
駆けつけた医者が様子を見る。表情は険しく、数人の看護師に指示を出した。その指示に従ってみんな部屋を出た。
突然医者が驚きの声を出した。瀬戸際に、どうやら名前を呼んだらしい。奇跡だと、呼ばれた。近くまで来てくれと言われた。近くまで行くと、少しだけ動いた様に見えた。何かを言っているので耳を顔に近づけた。
聞き取った言葉。せっかく収まったのに、また目に熱が籠る。
最後の力を使ったのか、震える手が伸び、耳に触れたと同時に、キャッチを無くした『ピアス』が水滴の様に零れた。穴が空いた。塞ぐものは無くなってしまった。これで解放したつもりだろうか。
何と意地の悪い。これでは、更に忘れられなくなる、穴が塞がらなくなってしまった。
奇跡を最後の力をこんなところで使わないで欲しかった。
命の線は一直線になった。どうやら本当に最期らしい。
その場に崩れ落ちた。穴が空いた耳に残る手の感触を、ただ塞いだ。もう、暖かさも消えた。
また、水溜りが出来るほど溢れた。
最期に、力を振り絞って名前を呼んだのは、まるで生きるのを『避ける』みたいだった。
そんな事で、呼ばないで欲しい。
どうせなら、外して空いた穴を塞いで欲しかった。
でももう必要なくなってしまった。
空洞になった身体は軽くて、穴だらけの心は塞がる事はなくて。
ただ、吹いた風が背中を押した。
水溜りに水滴が落ちた。広がった波紋にキャッチがぶつかった。
『塞がらない穴』
テーマ
涙
ワード
水音 ピアス 避ける