9月の朝焼けはすぐそこに。「ん、んー?」
呻き声と共に、むくりと上半身を起き上がらせるひとつの影があった。
艶のあるおかっぱの頭には少しの寝癖。
普段よりも細くなった目。
彼の名は尾狗刀詠斗。
七冠の小間使い"だった"青年である。
彼は腕を頭上に伸ばして、眠気を逃がすように大きな欠伸をした。
窓から差し込む光はまだ弱くて。
夜明けはもう少し先なのがわかる。
「早く起きすぎたかなー」
起き抜けで間抜けになっているオクトーはふと、隣で寝ている少女を見た。
乱雑に蹴られた布団、広げれた足に腕はバンザイの状態。
トドメに口からはヨダレを垂らしている。
彼女は園上矛依未。彼の"パートナー"である。
「ほんっと、ノウェムったらー」
変わらないねー。
あまりにも真っ直ぐすぎて、ヘソ天で眠っている少女。
「もー、風邪引くよー?」
ケラケラと、本人の前では絶対に見せない笑い方を自覚しながら、尾狗刀は彼女に布団をかけなおす。
そんなことをしていたら、意識は冴え渡ってきて。
「……あー、目覚めちゃったし、朝ごはんでも作ろっかー」
二度寝計画にさよならすることに。
めんどくさーとごちながら、彼は立ち上がってベッドから出る。
寝室のドアノブに手をかけた瞬間だった。
「オクトー……」
「ッ!?」
不意打ちのように、矛依未が彼の名を呼ぶ。
起こしてしまった?尾狗刀は彼女を確認するために振り返った。
目がパッチリの矛依未がそこにいる……わけがなく、整えたはずの布団を再びずらして眠りこける相棒がそこにいて。
「……ノウェム」
無意識のうちに静かに歩み寄って。
スっと彼は片膝を付いた。
改めて彼女を間近で見つめる。
ウェーブがかったこげ茶色の髪の毛、陶器のように白い肌。
……何故だろう。
名前を呼ばれるだけで、心臓が爆発しそうだ。
その鼓動を逃がしたくて。
解放されたあの日に、初めて自覚したこの情動は抑えられなくて。
こんなにも弱くなってしまった自分を、彼女には知られたくなくて。
「…………」
彼の唇は、自然と矛依未のおでこに吸い寄せられた。
僅かな繋がりから仄かに伝わる、彼女の温もり。
……そこにいる。そこで、生きている。
ずっとずっと、離れていた。
こんな近くにいられることはなくて。
世界に分かたれる前には分からなかった。
だが、今は分かる。
今、そこにいてくれる。
隣にいてくれている。
それだけで、こんなにも幸せになってしまう。
喜びが溢れてきてしまう。
「……」
尾狗刀は頭をあげて、三度彼女の寝顔を見つめて。
安心しきって深い眠りを続ける相棒の姿。
手のひらで矛依未の頬をなぞる。
「……あー、なんでこんな、無駄なことしてるんだろうねー」
口ではそう言いながらも、自然と口角は上がっている。
もう一度だけ、頬の線を手で撫でて。
名残惜しそうに、彼は彼女から離れる。
さて、ご飯でも作ろうかー。
暑くなった顔を手で仰ぎながら、彼はすたすたと寝室から出ていった。
この後、いつもより機嫌が良い尾狗刀に起こされた矛依未は、彼の様子に首をかしげることになって。
あたりまえでありふれている。
でも、彼らが今まで掴むことが出来なかった日常。
穏やかで緩やかな、朝焼けの光。
それは二人を祝福するかのように、包んでいく。
これからも、きっと。