魔族、思い出を掘り返される さて、前置きはこのくらいにして、封印の地のサバイバル生活を脱したことでギルド内ではちょっとした有名人になっているアヤノたち一行はクエスト選びをどうしているかと言うと。
「スムージー美味しい〜」
ギルドに併設された酒場でのんびり朝ご飯の真っ最中。今日のメニューは果実とキノコを原型がなくなるまで潰しつつ混ぜ合わせて作られた特性スムージーです。
「よかったですね」
アヤノの正面に座るヘヌンシアは面倒くさそうに答えつつ、本物の目玉とアイズの実を程よく焼いてソースかけた特製目玉焼きを頬張っていました。美味しそうに。
二人だけでのんびり朝食を取っている様子から察せられる通り、彼女たちはクエスト争奪戦に参加してまでクエストを得ようとはしていません。
冒険者になりたての頃はクエスト争奪戦に参加していたアヤノでしたが、
「こんな息苦しい思いまでしてクエスト取ってたら体が持たないから二度としない! それにこれだと痴漢され放題だから一日に最低でも一回は誰かの右手首を捻じ曲げないといけないし!」
と、不満を暴風のようにびゅんびゅん吹かせつつ争奪戦辞退を決めました。毎朝手首を負傷する冒険者を出す訳にもいかなかったので。
背の低いヤトや面倒臭がりのヘヌンシアやリスクは避けたいミケリィの意見は見事に一致し、このパーティは争奪戦からあぶれたクエストを選ぶスタイルを取ることになったのです。
かつての英雄の影響もあってかピオーネの冒険者は基本的にソロか二人一組パーティが多いこともあり、四人以上のパーティを推奨するクエストは報酬が良くても選ばれないことが多いで、この判断は得策とも言えるでしょう。
「というかアヤノさんって朝食はスムージーにしていることが多いですよね? 少なすぎませんか? 足りませんよね?」
ヘヌンシアの疑問にアヤノは大きな胸を張って答えます。
「朝に食べ過ぎちゃうと気分が悪くなる時がたまにあるんだよね、だから量的に足りないって自覚は持ちつつも健康と仕事のために抑え気味にしているんだよ!」
「封印の地でサバイバルをしている時は朝からガッツリ食べてませんでした?」
「それはそれ、これはこれ。あの時は贅沢言ってられなかったからね〜、食べれる時に食べておかないとっていう意識のお陰で体調が崩れなかったのかも」
「精神論ですか。一番信用できないやつですね」
淡々と返して目玉を一口。小型の魔物の目玉を使っているため一口で食べ切れます。
「でもねヘヌくん。お腹の容量的にはあんまり足りてないけど栄養はちゃんと足りてるってミケちゃんは言ってたよ? こっちのスムージーは牛乳とか色々混ぜてあるし」
「栄養価が足りているなら途中でガス欠の心配はなさそうですね、安心しました」
「それよりも、果物とキノコだけをすり潰して混ぜて冷やしただけの飲み物をスムージーと呼んでよかったのかって、かつての冒険メシを思い出しながら考えちゃうんだけど」
「深く考えない方が良いかと」
サバイバル生活をしていた当時は地上の食事が恋しくて無理矢理それっぽい料理を作って再現したこともありました。しかし、ヘヌンシアの微妙な表情から見て取れるようにその全てが良い思い出ではありません、詳細は割愛。
何食わぬ顔でそれを見るアヤノはスムージーを一口飲んでからコップをテーブルに置きます。
「今こそ好きな時に好きな物が食べられる生活に戻ってはいるけど、ちょっと前まではこのスムージー一杯を飲みたい時に飲むことができない生活だったよね」
「……」
「だからこのスムージーも、ヘヌくんの目玉焼きも、一口一口を大切に愛しく噛み締めながらじっくり食べていかなくっちゃ」
「でも大切に食べ過ぎて料理が冷めてしまったら美味しさが半減してしまいますよね。スムージーのような冷たい食べ物も時間が経てばぬるくなって美味しくなくなりますよ」
「そんな勿体無いことしたらバチが当たりそうだね! やめよう!」
速攻の前言撤回。そしてスムージーを飲み干し有言実行。
「甘くて美味しかった! ご馳走様〜」
コップをテーブルに置いてから笑顔で手を合わせて完食宣言。「食事」という重大な儀式を終えた後はいつも大きな目標を達成した後のような表情を浮かべるのが彼女の今の生き様でした。
「ただの健康食品にしか見えないスムージーでも高級ステーキを食べたように美味しそうに完食するのは才能ですね」
「ご飯が美味しかったら自然と“美味しいなあ”って気持ちが顔や声に出るものだからね!」
「感情表現が豊かなことで。さぞ生きにくい生活をしてきたことでしょうねえ」
「美味しいものを食べてリアクションが豊富になったのは封印の地で遭難したことが原因というかきっかけだからつい最近からのことなんだよ?」
「微妙にリアクションが取りづらい補足を入れてこないでくださいよ」
話を振った超本人からのクレームは目を逸らして知らんぷり。
彼女は封印の地で餓死しかけた際に飢えを凌ぐため蛆の湧いた魔物の死肉にかじりついたことのある人間なので、普通の食べ物の有り難みを誰よりも理解し、敬愛もしているのです。
「怒らないでよ、話を振ってきたのはヘヌくんなんだから」
「話を始めた本人でも自分が返しにくい答えを言われた際にはクレームを入れる権利ぐらいはあります。理不尽に怒りを示すのは全ての生き物における権利ですよ」
「納得するしかないことを言われちゃうと困るなあ」
頬を軽く膨らませて言った矢先、アヤノの目についたのは残り三分の一ほどの量になった目玉焼き。
「ヘヌくんって朝ご飯にいつもそれ食べてるけど、朝からそれなりにガッツリ食べて大丈夫?」
「俺は朝を抜くと力が出なくなりますから量としてはこれぐらいが丁度いいんですよね。それに、ソースも含めてあっさりとした味付けなので食べやすかったりします」
「へー!」
目を輝かせるアヤノ。時折無垢な子供のような無邪気な反応をするのも彼女の数多い魅力でしょう。
味と量は問題ないとはいえ本物の魔物の目玉を使った上に赤いソースが相まった不気味なビジュアルに全く言及しないのは、かつての遭難した際の過酷な食生活が影響してゲテモノに完全耐性が付いているからですね。それを証拠に周囲の冒険者の顔色はやや悪く、彼女たちがいるテーブルになるべく近づかないように常に一歩引いて距離を取っています。
周囲が引き気味でも気にせず我が道を行く食生活を続けるヘヌンシア、目玉焼きに添えられているアイズの実をフォークで刺すと、
「アイズの実、食べます? ここの目玉焼きは付け合わせのアイズの実を食べやすいように柔らかく調理してあるので皮ごとイケますよ」
そう言ってフォークに刺さったアイズの実をアヤノに向けます。
となればアヤノの反応は当然、
「やった! 食べる食べる!」
すぐに席から腰を上げて身を乗り出し、差し出されたアイズの実にパクリと食いつきました。
長い付き合い故に再度確認などしなくても「あげると言ったら絶対にくれる」という確信があるのです。信頼とも言えますね。
通常よりも小さいアイズの実は一口でアヤノの口の中に収まり、
「おいしい!」
嬉しそうに感想を述べるとヘヌンシアは、
「それはよかった」
感想に感想を返しました。
なお、周囲からすればこの光景は例えるなら「カップルがデート中に食事をする際に“あ〜ん”して食べさせてあげている」という光景にしか見えないため、アヤノに惹かれている冒険者たちがとても羨ましそうな目で眺めています。男女問わず。
羨望の眼差しを一身に受けるヘヌンシア。彼はこれらの行動によって生まれた周囲への印象を否定したりはしません。
空になったフォークで最後のひとつの目玉を刺し、振り向き様にぱくりと食べました。一口で。
まるで「俺は可愛いアヤノさんとイチャイチャしながら朝ご飯を食べることができますよ。なんなら間接キスもできちゃいますよ」と自慢するように、フォークを口に咥えたままニヤリとほくそ笑みながら。
羨望の感情が嫉妬と怒りに静かに変貌、無言のプレッシャーを感じ始めた時、
「アタシを自慢したいからって無言で周りを煽らないの」
当然アヤノに叱られましたがヘヌンシアは弁解すらしません。フォークを離して空になった皿の上に戻して「ご馳走様でした」と一言。
「変な恨みを買っても知らないからね?」
「大丈夫ですよ、昔から理不尽な恨みを買いまくって慣れているので……つーか、これに関する恨みなんてただの負け惜しみなので痛くも痒くもありませんって」
そう発言すればひとりの冒険者が今にも殴りかかりそうな形相になりましたが、ここで逆上すれば本当の意味で情けない敗北者になってしまうと仲間に止められ、喧騒は避けられました。
昔から買い続けている恨みは断じて理不尽なモノではないと何人もの冒険者が思う中。
「優越感ってヤツね。アタシを独り占めできている満足感が周囲に嫉妬されて恨まれている恐怖を一時的に忘れ去ることができるって感じかな、究極のポジティブ精神にも取れる」
とても真面目に考えを述べてくれたアヤノ。深刻なツッコミ不足なのはヤトがいないせいです。
言いたいことは山ほど出てきたヘヌンシアですがあえて言及せず、小さなため息を吐くだけ。
「これよりも身に覚えのない勝手な恨みをぶつけられてボコボコにされていただけなんですけどね。姉たちに“クソザコの分際で私たちよりも魔力持ってんじゃねーよ!”って」
淡々とした否定によりアヤノは真顔になりました。