6月七灰原稿進捗①.
眩しい太陽。真っ白な砂浜。どこまでも続いていそうなエメラルドグリーンの海。
その中で満面の笑みを浮かべる、この世界で一番、愛おしい人。
もし天国なんてものがあるのなら、こんな場所なのかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えてしまうくらい、いま目の前にある光景は美しくて、穏やかで、幸せに満ち溢れていた。
彼の名前を口にして、こちらを向いた彼の額へ唇を寄せてみる。いつも降りている前髪がふんわりとセットされていて、普段明るい陽の光の下ではあまりお目にかかれないまん丸な額が露わになっていて、なんだか無性にキスをしてみたくなったからだ。
唇を離していくと、くすぐったそうに大きな傷のある頬を緩ませた彼が背伸びをしてきた。きっと同じことをしようと思ってくれたのだろう。彼の厚意へ従うように、ほんの少し身を屈めてみる。ただ、せっかくなら別のところへキスをしてほしいな、と。そんなささやかな願望が心に浮かび、彼の腰に腕を回して、ぐっ、と力を込めてみた。
砂浜から彼を抱き上げて、普段とは反対に彼を見上げる体勢を取る。見下ろしてくる彼の瞳はほんの少し大きくなっていたが、仕方ないなぁ、と言わんばかりにゆるりと細めていった。
自由奔放に見える彼だが、こちらが我儘を言った時、彼はこうしてこちらの我儘を飲んでくれる。彼と出会って十余年。その構図は、全く変わっていない。
ねだるように彼の鼻筋へ自分の鼻筋を軽く擦り合わせると、分かってる、と彼が小さく笑った。彼がゆっくりと瞼を下ろしていく。彼をずっと見つめていたいなんて欲張りな願望もじわりと滲んでくるが、撮影データを見た彼に呆れられたくなくて、大人しく目を閉じることにした。
少し離れたところで、シャッターを切る音がする。普段なら、彼とキスしているところなんて写真には残さない。けれど、ここは天国のような南の海で、自分たちの他には優秀で気配りのできるカメラマンしかいないのだから、少しくらい浮かれてもいいだろう。
そんなことを思いながら、私は彼がくれる柔らかな幸福をしっかりと受け止めた。