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    doyashio

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    doyashio

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    きみ続開催おめでとうございます!
    過去の小説を一部展示します!イラストもまとめてますので、よかったら見にきてくださ〜い!

    ⚠️:すべて⚔️、ネ〜ムレス🌸です
    ⚠️:全12編、2万文字くらいあります。読みにくかったらTwitterにも同じ話をあげてます(不親切)

    ▼安心して気が抜けてしまう話

     要因その一。偉大なる航路に突入し、波に遊ばれながら公開を終えてへとへとだったこと。
     要因その二。ウイスキーピークに到着してから町から大歓迎を受け、あれよあれよと食事に酒に女にともてなされ、調子に乗ってお酒を飲みすぎたこと。
    「う゛っ…」
     普段からアルコールを控える身としては、宴の序盤にサクッと眠りについていたらしい。突っ伏して寝ていた時特有の息苦しさを、深呼吸で誤魔化した。
    「目ぇ覚めたのか」
     要因その三。この酒豪と同じテーブルについたこと。ペースを乱されて酒ばっかり口にしていた気がする。雑に肩を叩かれてグワンと頭の中が揺れた。ちくしょう、酒で体調崩したことないのかな。なさそうだ。
    「姉ちゃん起きたか!なんか食うか?夜はこれからだぞ!」
     気のいい男が笑いながら席を立つ。何も応えてやしないが食事をとりに行ったのだろう。おなかもすいたし、行為には甘えることにする。
    「ゾロ、あれからずっと飲んでるの?」
    「おう」
     一瞥もくれずにジョッキを傾ける姿は、初めの乾杯からペースが変わらない。
    「本当、どんな肝臓してるのよ…」
    「腹は?」
    「ペコペコです」
     背を向けたまま少しだけ体重がかけられた。体温の高い体が、寝起きの低い体温にじんわりと移る。口数もスキンシップも多くない男からの合図。
    「じゃあ食えるだけ食っとけ」
    「そうする」
     眠りこけた私のとなりで酒をかっ食らっていた剣士殿の御言葉を賜り、眠気の抜けない体を引きずりながら椅子に座り直した。タイミングよく男が持ってきた食事を受け取る。あ、美味しい。
     ぼーっとしながら淡々と口に運ぶ姿は、陽気な雰囲気に不釣り合いかとよぎったが、それはそれ。歓迎される側が気を使うこともないし、腹に入るだけ詰め込んでいく。
    「おい、酒が足んねえ」
    「アンタよく飲むなあ」
     食事を持ってきてくれた男が席を立つ。機嫌良く鼻を鳴らすこの剣士殿も、少しは食ったらどうなの。
    「つまみも持ってきてあげて。この人、酒だけで腹一杯にする気だもの」
     テーブルに付いていたもう一人が席を立つ。これでようやくゆっくり話せる。
    「いかがですか、剣士殿」
    「酒は信頼できる」
    「さいですか」
     ただ好きなだけ飲めるのが良いだけだろ、と一瞥して期限良さそうな雰囲気に息を吐く。これでちゃんと見てくれているんだから、頼りになる男だ。
     三皿とデザートをいくつか平らげて酔いが覚めはじめたころ、宴は終わりに近づいていた。床で眠りこける人をしり目に、再びテーブルに突っ伏して眠る体制に入る。隣の男はいつもながら座ったまま眠るらしい。

     足を軽く蹴られる衝撃に目が覚めた。寝ているフリにとどめようとしていたのに、普通にガッツリ寝てしまったらしい。床で眠りこける人はもういない。起きようとしたが、テーブルに突っ伏した顔が離れない。昼間の航海は疲れたし、夜のお酒は飲みすぎた。無理です、の意味を込めて手をヒラヒラと挙げる。
     正しく意図を汲み取ってくれたらしい。足音が遠ざかって行った。なんとも頼もしい男だ。好きなだけ酒を飲んだ後に、好きなだけ暴れられるなら本望だろう。昼間は寝ていただけなのに。
     こうなったらもう寝てやろう。今日はこれ以上働かない。近場のソファに身を投げ出して、伸びをしたあとのことは覚えていない。



    ▼ゾロ視点

     酒場をまるまる巻き込んだ乾杯の音頭は、大いに盛り上がっていた。
     偉大なる航路に入り、ようやく一つ目の島。ウイスキーピークに絵から、数時間が経過した。海賊のおれたちを、町を上げて歓迎する様子に眉を顰めるのは自然なことだった。海賊が必ず訪れる島のわりに、人当たりも治安も良い雰囲気が余計にきな臭さを感じさせた。
     海賊をカモるなら、たらふく食わせて寝静まった頃だろう。この妙な歓迎っぷりは、好意を向けられるほど怪しく見える。うちのクルーはそうでもないのか、酒に飯に女に忙しそうだ。まあ、一人くらい目を光らせておくくらいで丁度いいだろう。この一味は。
    「姉ちゃん、いい飲みっぷりだねえ。カクテルなら種類が自慢だ、好きなの選んでくれよ!」
    「やったー!」
     ビールは?ビールは?と彼女のご機嫌な声が耳に張り付いた。あいつは別のテーブルで種類関係なく浴びるように酒を飲んでいた。というか、飲まされていた。周りの雰囲気が後押ししているのか、いつもよりかなりハイペースだ。あいつ、そんなに酒強くなかったろ。飯を食ってる様子もない。「おい、こっち来い」
     中身がたっぷりのジョッキを右手に持ったままの彼女と目が合う。立ち上がるついでに左手にシャムロックのグラスを抱えて、ふらふらとおれの隣に座る。もう足元ふらついてんじゃねえか。
     呼び寄せたはいいものの、まともに会話にならねえんで適当に相槌を打っていたら、いつの間にか潰れていた。
    「あーあ、姉ちゃん潰れちまったのか」
    「ああ」
     さっきから酒の相手をしてる男だ。こいつはなかなかいける口をしている。「二階に休憩用のベッドがあるが、連れて行こうか?」
     ああ?こいつにはじめっから飲ませてたのは、てめぇだろう。フザケやがって。酒でつぶした後のことまで考えてやがった。やっぱりこの町はクロだ。今決めた。
    「いいや、このままでいい。こいつ、目ぇ覚ましたら腹減ったとか暴れ出しかねえ。おれが見る」
    「暴れだす!?この子が!?」
     嘘に決まってんだろ。こいつは落ち着いているほうだし、内気な所もある。酒で開放的になるが、暴れるような一線は超えねえ。が、この男に教える義理はねえ。
    「起きたら飯持ってきてくれ。手が付けられなくなる前にな」

    「う゛っ…」
    「目ぇ覚めたか」
    「姉ちゃん起きたか!なんか食うか?夜はこれからだぞ!」
     男が笑いながら飯を取りに席を立つ。おうおう。さっさと行け。いつまでもうちのクルーをヤラシー目で見んな。
    「ゾロ、あれからずっと飲んでるの?」
    「おう」
     舌足らずな声が聞こえてきて、呑気なモンだと手元のジョッキを傾けた。すでに中身はなかった。
    「腹は?」
    「ペコペコです」
     背を向けたまま、こいつの肩に体重をかけた。思いのほか冷たい体に、おれの体温がじんわりと移る。呑気だが馬鹿じゃねえ。わかるだろ。
    「じゃあ食えるだけ食っとけ」
    「そうする」
     男が持ってきた皿を受け取って、ぼーっとしながら黙々と口に運んでいる。こいつの警戒心はまだ眠りこけてんのか。しばらく付き合ってやるかとジョッキを傾けて、そういや空だったと思いだす。
    「おい、酒が足んねえ」
    「アンタよく飲むなあ」
    「つまみも持ってきてあげて。この人、酒だけで腹一杯にする気だもの」
     テーブルに付いていたもう一人が席を立ち、おれたちだけが取り残される。見計らったように、ごく自然にゆっくりとした動きで目が合う。
    「いかがですか、剣士殿」
     おれの言いたいことは伝わったらしい。こういうところをおれは気に入ってる。
    「酒は信頼できる」
    「さいですか」
     今は好きなだけ酒が飲めるのが良い。キッチリてめぇのお守りしてンだから文句は言わせねえ。そのポケットの財布でさえ、おれが守ったようなもんだ
     こいつが満腹でうつらうつらし出した頃、宴は終わりに近づいていた。他の奴らもバタバタと眠りはじめている。ナミはこの町の目論見に気づいているんじゃねぇかと思ったが、今更話しかける気にはならなかった。あの強かさだ。
     刀を抱えて腕を組み、いつもの体制で目を閉じる。すぐに隣で聞こえてくる寝息に、警戒心を東の海に置いてきたのかと本気で疑った。
     酒場の野郎どもが撤収する音にも、全く起きる気配はなく深夜を迎えた。おれの合図を本当にわかってんのか。わかって…ると思ったんだが、普通にガッツリ寝ている。
     苛つきに任せて軽く足を蹴ると、う゛ぅと鳴いた。モゾモゾと動いたと思えば、手をヒラヒラさせて無理無理と言っているようだった。疲れてんなら別にいい。おれ一人で十分だ。
     刀を定位置に差し、軽く体を伸ばす。ニヤけた顔を両手で叩いて気合いを入れる。さて何処から行くか。



    ▼呑気でいられる話

     本日、ミス・オールサンデー改めロビンの乗船が決まった。私を仲間に入れて、なんて口説き文句で。かっこいい。
     アラバスタではゴタゴタとあったものの、ルフィの決定なのだから覆ることはないだろう。というのは建前で、ロビンとの会話は飽きることがなく、あっという間に陥落した。
     好きな小説の話が出来ると思わなかったし、博識な彼女の解釈や考察は、私を夢中にさせるのに時間はかからなかった。次に補給の島へ到着したら、一緒に本屋へ付き合ってもらうと約束まで取り付けた。
     年上の素敵なお姉さん。いいなあ。
     途中、要素を見ていたゾロにチョップを食らった。痛くはないけれど、何なんだいきなり。警戒を全身で示すように、そそくさと船首へ向かうゾロに、効きもしないだろうが睨んでやった。案の定ちっとも効かなかった。
    「元々ああいう性格なの」
    「ええ、そのようね」
     挨拶してくるわ、と席を立ったロビンの背中を見送って、サンジが用意してくれたケーキをつつく。
    「いいなあ。大人の魅力だあ」
     サンジがどろどろになっているのは予想通りとして、大いに頷く。いきなりは難しくても、少しずつロビンとの距離を縮めていけたらいいな。
    「あのマリモ、ロビンちゃんに失礼なこと言ってねえだろうな」
    「さあ。けど、まだ様子見するでしょうねえ」

    「お前、本当に呑気だな」
     天気は最高。順調に航路を進むメリー号の甲板で、眠気に負けないほうがおかしい。メインマストが作る陰に隠れて、読んでいたはずの本から目を離す、アラバスタで手に入れた新しい小説だ。日陰に入ることなく隣に腰を下ろしたゾロは、どこか海の遠くを見ていた。
    「あの女、何企んでやがるかわかんねえぞ」
     ロビンのことか。つい先日までBWの副社長をしていた、ビビの敵。しかもいつの間にか船に乗っていて、次々とクルーを陥落させていったのが気に障るのだろう。警戒するには十分な理由がある。
    「私はもう、ロビンのこと好きだけど」
    「それが呑気だっつってんだ」
    「人を見る目が抜群の船長が決めたんだよ」
     ああ、と聞こえた声色は、ゾロの中でうまく呑み込めていないことを教えてくれた。
     彼は観察眼に長けている。一味に対して客観的な判断を下せるゾロが、一味を守ろうとしていることも、そういう人が必要だということも、私たちは理解している。そして彼曰く一番呑気な私の傍までやってきては、毎度口酸っぱくあれこれ言う。
     今まさに守られているんだなぁと思うと、日陰にいるのに体があたたかくなる。
    「…ありがとう、ゾロ」
    「あ?」
     突然の言葉に、心底わからねえって顔が向けられる。わからないなら、わからないままでいいけれど。
    「そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない」
    「…いきなりなんだ」
     人を引き付けるルフィがいて、目を光らせるゾロがいて、それぞれのやり方で寄り添ってくれる仲間がいて、受け入れる懐の深い船がある。それで私たちはバランスを保っている。
    「ゾロ君がいると安心できるって話!」
     いいわね、この船は。ロビンの言葉がよぎって、私もそう思うと心の中で返した。



    ▼脛の傷の話

    「足を斬り落とそうとしたぁ?」
     両足の脛を止血しながら、痛みを想像してうっと身震いした。敵から受けた怪我かと思えば、蝋で動けなくなったから足を捨てようと自ら刃を差し入れた怪我だった。人類が代々受け継ぐ急所を自分で突く奴がいるか!
    「なんかこう、もっと他に手段はなかったの?」
    「ねぇな」
     堂々とされては文句も言いにくい。
     緊急だからと傷を縫うことになったのはいいが気持ち的にこう、消耗するものがある。せめてこちらの気持ちとか、気遣ってくれはしないのだろうか。しないだろうな。
    「助けを呼ぶとか」
    「確実じゃねえものに縋らねえ」
    「奇跡とか」
    「おれがそういうタイプに見えるか?」
    「見えません…」
     すみません…とつぶやきながら手を動かし続ける。私は悪くないのに、勢いで謝ってしまった。
    「はい、縫います!」
    「うし」
     消毒と止血を済ませ、傷口を冷やし、縫っていく。医学の心得を持つクルーはいないため、麻酔なんてものはない。船にある手引書と、気合いだ。人の体を縫うなんて、なぜこんなことしているんだろう。いやでも本人にやらせると、すごく雑な仕上がりになるから…とかつて鷹の目に受けた傷のことを思い返していた。
     うう、と恐ろしい気持ちを押し込んで、両足とも傷を塞いだ。塞いだ?いいのかこんな感じで?怪我をした張本人よりも、私の方が精神的に疲れてしまった。
    「次の島でちゃんと診てもらおう。絶対跡になっちゃう」
     ゾロは痛みを感じているのかいないのか、いつも通りの澄ました顔でまじまじと傷口を見ている。あまり見ないで。専門じゃないんだって。
    「くっついてんならいい」
     いやいや、診てもらおう?何が何でも医者に行こう。よし決めた。
    「寝る」
     ゾロはそのままひっくり返った。最適な判断だ。動き回るよりか安静にするべきだから。
     ブランケットを女部屋から引っ張りだして、腹にかけてやる。ひと仕事終えて、ようやく体から緊張が出て行った。カルーが労わるようにフワフワの体をぴったりとくっつけてくれて、お返しに嘴を撫でた。

    「おし、治った!」
     リトルガーデンからドラム王国までのわずかな時間で、ゾロの超人的な回復力により傷口は医者に見せるまでもなく、見事にふさがった。抜糸を済ませて、ああやっぱり派手に跡になったなと眉を顰めた。
    「見事に…脛に傷のある男に…」
    「やましいことなんかねぇぞ」
     ほら、と治ったことを証明するように、ドラム王国の寒さに震えるカルーに向かって足を動かしてみせる。治ったことを疑っているんじゃないけれど。
    「両足分のやましさがあるとみた。二倍やましい」
    「やましいのはお前だろ。さっきからひとの体じろじろ見やがって…」
    「そりゃあ…見るでしょ」
     派手に跡になっているわけだし、と言うのは気恥ずかしかった。が、バレている。
     ほォ、と口元をゆがませて、いじめっ子スイッチが入ったらしい。
    「な、なに?」
     普段から上裸で船をうろついているから、ゾロの体は見慣れている。けど話の流れが妙にドキドキした。全然、別に、意識してるわけではないけれども!
    「寒中水泳でもやろうかと思っただけだ。なんか問題あるか?」
     あるわ!怪我人が!と叫ぶところだったが、やましさを認めてしまうのが癪で、顔に力を入れて耐えた。
     何も言えない私の顔に満足したらしい。ゾロは海へ飛び込んでいった。上がった飛沫を全身で受け止めて、不快感にため息をついた。フワフワの体をぴったりとくっつけてくれるカルーだけが味方だ。



    ▼砂漠をウロウロした話

     海の上においてサンサンと熱と光を与える太陽は、砂漠に置いてジリジリと水分と体力を奪っていく。
     進路をとるナミとビビと見事に逸れていたと気付いたのは、何時間前だったか。いいえ、まだ十分も経っていないかもしれない。灼熱に平静を奪われた頭は、時間経過も曖昧にさせる。
    「チョッパー、生きてる?」
    「おう…」
     ソリに乗るチョッパーの、砂でゴワゴワになった毛並みを眺めて歩いていたのが間違いだった。ソリを引くのは、我らが特攻隊長にあらせられる。迷子の。なんでついてきちゃったんだろう。
    「ぞろ、やすも。も、あるけない」
    「黙って歩け。口ン中に砂が入る」
     先頭を歩くゾロとの距離が開いていくのを認識した。休みたい。立ち止まりたい。足が痛い。背中が熱い。みんなにあいたい。
     じわりと涙が搾り出てきた。そんな勿体無いことするもんか。歯を食いしばって、口の中の砂がジャリっと音を立てる。不快だ。
    「止まんな」
     わかってる。
    「動けなくなるぞ」
     わかってる!
    「チョッパー、水飲め」
    「…サンキュー、ゾロ」
     ゾロは自身の水袋をチョッパーに渡し、ざくざくと音を立てて戻ってくる。
    「生きてるか」
    「死んでない」
    「上等だ」
     背中を軽く叩かれる。踏ん張れ、と言われた気がして姿勢を正した。泣いてんじゃねぇぞ、かもしれないけど。
     チョッパーの乗るソリを回収して、三度歩き出す。今度は置いて行かれずに肩を並べて。前へ進む。
     気合い入れて行かないと。そうだ。ゾロに先頭を任せていたら、いつになっても解決しない。それにチョッパーが一番辛いはず。体温調節は苦手な身体だ。あれ、人型になったら汗はかけるんだろうか。
     頼もしいはずの船医の様子を伺おうと振り向く。そのとき、あれ、視界の端に、何か。
    「建物が見える」
    「ああ?」
    「ほら、あれ」
     ややっ、四時の方向に建造物を発見!頭の中のウソップが声高に宣言する。ギリ幻聴じゃない。
    「なァんだ、もう直ぐそこまで来てたんじゃねえか」
     陽炎に揺れる街の姿は、幻覚ではなにようだ。この場で一番元気な男が言うなら、違いない。
    「アイツらとさっさと合流しょうぜ。あー、ったく。余計に疲れた。つーか、おまえがチンタラしてなきゃあなぁ」
     云々。
     もしかして、街の近くをずっとぐるぐるしていたんじゃなかろうか。という仮説は唾と一緒に飲み込んだ。
    「聞いてんのかてめェ!」

    「やっと来たか!遅かったなあ!わはは!」
    「サンジー!ゾロたちついたぞー!」
    「何ッ!天使ちゃん!よくぞご無事でーッ!」
     肉眼で確認できるかできないかの距離は、狙撃手には遠くなく。心配して見張ってくれていたのか。
    「ルフィ!みんな!」
     月と共に復活したチョッパーが、街に向かって駆けていく。元気になってよかった。
     やいのやいのと騒ぐ声に、体から力が抜けた。あー、もう。よかったぁ。
    「ゾロ、おんぶ。もー、歩けない」
    「あァ!?目の前だろうが黙って歩け!」
     今度こそ無理。だってもう、みんなそこにいる。その場に座り込み、徒歩断固拒否の姿勢にはいる。
    「立て」
     いや。
    「置いてくぞ」
     勝手にどうぞ!
     先を歩くゾロとの距離が開いていくのを認識した。と思ったらすぐに引き返してくる。そうよ、こちとら本気で甘えたいの。ヘトヘトなんだから。
    「ったく世話の焼ける…」
     差し出された背中に目を見開いた。片手、空けなくていいんだ。
     ゆっくり持ち上げられて、急に恥ずかしくなった。隠れるように背中に顔を寄せて、こっそり息を吸う。砂っぽくて、汗で湿気ていて、風に揉まれてゴワついた布地。ちょっと変な気持ちになって、やめた。昼間の灼熱に平静を奪われた頭は、まだ復活しない。
    「よくやった」
     身体から響く低い声が、振動ごと私に入り込む。ゾロのクーフィーヤが頬を撫でて、ギュッと目を閉じた。



    ▼甘やかされ上手な話

    夏の気候に入り、船の上は茹だるような暑さに襲われていた。サンジはコールドドリンクを作りにキッチンへ消え、チョッパーはロビンにうちわであおがれていた。ナミが握る冷房解禁の宣言が出るまで黙って耐えるしかない。
     女部屋の本棚から適当に引っ張り出した本は、目を滑るばかりでこれっぽっちも頭に入ってこない。帆が作る影になくれて、船尾で海風に当たっていた。呼吸と風の音、みかんの木が揺れてサラサラとおしゃべり。これで少しは体感涼しくなっていると信じたい。信じる心が大事。
     頭からタオルを被ったゾロが、流れる汗をそのままに隣にどっかりと座り込む。さっきまでアメリカンドッグみたいな重りを振り回していなかった?トレーニング後のゾロの体が発する熱気が、じわじわと肌を焼いていく。
    「あつい。離れて」
    「あ?日陰から出てけってのか」
     左手で掴んだ刀を床に置いて、右手でグラスいっぱいの水をあおる。なんとなくゾロのと決まったグラスは、やたらと大きい。
    「あっち行けばいいじゃない」
    「こっちのが風があたる」
     ああ言えばこう言う。勝負は平行線になると察して、余計なエネルギーを使わないよう黙ることにした。この日陰を見つけたのは私が先。場所代に水の一杯でも持ってきてくれたらいいのに。ゾロは空のグラスを床に置いて、伸びをして、床に転がった。目測を誤ったのか、頭だけ壁に寄りかかって。
    「マドモワゼル。真夏の癒しに冷たいドリンクはいかが?」
     ゾロを冷ややかに眺めていたタイミングでサンジが運んできてくれたのは、氷いっぱいの濃い青から透明に澄んでいくサイダーのコールドドリンク。氷の上に乗せたたっぷりのフルーツがキラキラと輝く。恭しく差し出されたトレーから、形が崩れないようそっと手に取った。いただきます。
     おれのは。キッチンだ!と恒例のやりとりを横目に、ドリンクが火照った身体を冷やしていく。
    「ありがとう」
     どういたしまして、と手を振って去っていった。目で味で楽しませながら、不足する栄養価を補う。こういう優しさはサンジのいいところだよねえ。ピックでフルーツをポイポイ口に放り込む。冷えていて美味しい。
    「ひとくちくれ」
    「面倒くさがるんじゃないわよ」
     キッチンに行ってとってこい、とサンジの後を指差すが、甲板に転がったままピクリとも動かない。代謝のいいゾロは、また汗が体中を流れていく。この人、このまま干からびるんじゃないの?しょうがない。
    「ようし、やさしいお姉さんがとってきてあげようねえ」
     半分に減ったグラスを置いて、重い腰を上げる。頼むぜ優しいお姉さんよ、と聞こえたが無視した。

    「ん?おかわりじゃないのか」
     出迎えてくれるのはやっぱりサンジで、おかわりを所望の割にはグラスを持ってきていないことに気づいていた。
    「ゾロの分、もらいにきた」
    「…アイツ、レディにパシらせんなよ…」
     火のついていないタバコが上を向く。不満がある時の癖だ。
    「やさしいお姉さんがボランティアでやってるだけだよ」
     冗談めいて肩を竦めれば、左様ですか、とトレーにグラスがふたつ乗せられる。自然と私の分まで用意してくれるところがサンジのいいところだよねえ。私が飲みきれなくても、ゾロの腹に収まるところまで考えているのだろう。
    「待った。これも持っていってくれるか」
     フルーツが寄せ集まった器が追加。あまりモンだ処理させてやれ、と付け足して。
     ピックが二本刺さってますけど。甘えさせ上手め。

    「やさしいお姉さんのおかえりだよ」
     外に出た瞬間に汗が噴き出す。冷暗ぎみのキッチンが涼しかった分、より暑さと眩しさがしみる。
    「やっときたか」
     なんとなく予想はしていたが、私が半分残していたグラスは氷ごとなくなっていた。寝そべった姿変わらないところが憎らしい。
    「フルーツのあまりもらったよ」
    「お、気が効くじゃねえか」
     うきうきしながら横たえていた体を起こす。隣に腰を下ろしてトレーごと差し出せば、私のグラスだけ手渡された。二人の間にフルーツがキラキラと鎮座して、目が眩んだ。おいしそう。
     二人同時に刺さったピックを取る。急に距離が近くなって、ムッとした暑さが当たった。
    「あつい。寄るな」
     ぐいっとゾロの太い腕で肩を押される。振動で手に持っていたピックから、きらきらのグレープフルーツが落下した。もう片方の手は虚しくも空を切り、甲板にべちゃと音をを立てた。
    「……ゾロのが落ちた」
    「……。」
     一瞬ゾロが止まった気がしたが、すぐに手づかみで拾い上げて口に放り込む。そうだ、ルフィ曰く泥だらけのおにぎりも食べきった人だった。
     ゾロがドリンクを飲み干して、氷を頬張る。仕返しを直感したのと、硬い手のひらが目前に迫るのは同時だった。暑さにぼうっとした頭では、体に指令を送るのが遅かった。
     後頭部を掴まれて、顔を傾けて口付けられる。と思えば、いとも簡単に唇をこじ開けて大量の氷が送られてきた。急に冷たいものを受け入れて、頭のどこかがキーンと痛む。
    「んううー!」
     やりやがったな!吐き出そうとしても、塞がれていていては迎え入れるしかない。ゾロがしてやったりと目を細めるものだから、返品してやろうと抵抗した。が、仕返しの仕返しよりも氷が熱に負けた。
    「この…!」
    「っは、うまかったぜ。礼だ」
     ははh!と笑う男は、目論見がうまくいって気分がいいのだろう。ニヤけた顔をそのままにグラスに口をつける。また氷攻撃を受けてなるものかと、両手で口を塞ぎ距離をとる。それもまた愉快に映るのだ。くくく、と笑われた。
    「もういらねえのか」
    「いらない」
     わかった、とフルーツをすべてかっこみ、空の器をトレーに戻した。いらねえのかってそっちか!
    「おれを揶揄おうとは、百年はえぇよ」
     残りの氷もばりぼりと噛み砕いて汗でぎらつく喉仏が嚥下する。百年かあ。
     ずるずると甲板に寝転がり、夏色の空とマストを視界にとらえる。どっと疲労感に襲われ、手足が床に縫い付けられた感覚に陥る。
    「私のも飲んでいいよ」
     ばたばたと風を受けるマストは、何年も前から何年も後も変わらないだろう。ぼうっと空を眺めていれば、視界にゾロが割り込んでくる。
    「すねんなよ」
    「すねてない」
    「そうかよ」
     触れるだけのキスが降ってくる。口に、額に、鼻先に。ご機嫌取りなら成功だ。悟られたくなくて、目を閉じる。もういちど口に触れて、鼻を摘まれて左右に揺さぶられる。すねてないってば。
     隣にどっかりと寝転んだのを振動で感じた。抱き起こされて、頭の下にゾロの腕が差し込まれる。そのまま抱えられて、とんとんとあやされる。あついと文句を言うよりずっと、心地がいい。
     余ったグラスの氷がカランと鳴いた。あとは呼吸と風の音、みかんの木が揺れてサラサラとおしゃべり。波が船に当たって、時折材木同士がぐおんと軋む。天気は最高。気温は最悪。追い風を浴びて、愛らしい羊を冠したキャラベル船は次の島へ。



    ▼叱られる話

    ガチャン!と派手な音を立て、割れた破片が床に散乱する。ついさっきまで薬瓶をしていたものだった。
    「自分が何したかわかってんのか」
     胸ぐらをつかまれて、傷だらけの体が痛む。ぎしりと折れた骨が音を立てたような気がした。
    「…説教ならあとにしてくれる」
    「あァそうかよ。その程度か」
     ゾロと目が離せない。離したら見捨てられそうで、怖い。びきりと額の青筋が、彼の激昂を畳みかける。
     胸ぐらをつかまれたまま一寸視線が交わった。殴られるかと思って歯を食いしばったが、床に放り出されただけだった。
     クソ、と吐き捨てて医療室を去っていった。後ろ手に閉めたドアが激しい音を立て、棚からいくつか本が落ちた。すぐにチョッパーが駆け寄ってきて、傷の状態を素早く確認する。
    「大丈夫か?」
    「...うん。あとでちゃんと怒られに行く」
    「そっか。うん、反省しろよ。おれたち怒ってるんだ」
     チョッパーに促されてベッドに戻る。薬瓶の破片落ちた本を拾う小さな背中を見て、罪悪感と後悔がの中を荒らした。本当は私に怒鳴りたいのかもしれいが、船医としてできることを全うしている。
     私が思っているよりもずっと、みんなが怒っているのを感じる。
    「あのまま死ぬところだったんだぞ」
     あのまま殴ってくれたほうが、これほど痛くなかった。

     ダイニングでは夕飯の準備が進んでいた。あちこちに包帯を巻いて、ヒト型のチョッパーの肩を借りて現れた私に、みんなが次々と声をかけてくれる。怪我の状態とか、心配したとか、なんであんなことしたとか。
     一人ずつにごめんと返して、愛されてるなあとチクチクした胸のとげが取れていく。船長はしかめっ面をすぐ解したが、何も言ってくれなかった。
     冷えた頭で、自分のしたことを整理した。どうすればよかったかも考えた。あとひとり。座り込んでいるゾロに謝らなくちゃいけない。
    「怒られにきました」
     いつものように胡座をかいて、愛刀たちを側に目を閉じている。船のどこかしらでみる姿。座っているだけなのに圧倒される。正面に立って、ようやく目が合った。ああ、これは本当に怒ってる。
    「おれたちゃそんなに頼りないか」
    「ちがう」
    「じゃあなんで突っ走った」
    「それは…」
    「ひとりで全部出来ると思ったか」
    「そんな、つもりは」
    「出来ると思ったからこうなったんだろ!」
     船を丸ごと震わせるような怒号に、歯を食いしばった。
    「判断ミスで簡単に死ぬぞ。この海は」
     涙が出るのは怖いからか、不甲斐なさか。重い、知らされている。
    「二年だ」
     ゾロの体がゆらりと立ち上がり、和道一文字を手にする。彼が一等長く扱う愛刀。
    「二年かけて、おれたちは強くなった。全員だ」
     全員の中に、私も含まれている。とっくに知っている。
    「おまえが戦えねえことは二年前からとっくに知ってる。今更期待しちゃいねえ。おまえの強さはそうじゃねえ」
     大きな手に顎を掴まれて、軽く揺さぶられる。目を覚ませと言っているみたいに。
    「おまえが、できることはなんだ」
     しゃくりあげる喉を押さえつけて、大きく息を吸う。
    「みんなを、頼ること!」
     出来ることをやればいい。それぞれが出来ることを寄せ集めて、そうやってこの海を乗り越えてきた。
    「よし!」
     これからも。

    「腹減ったメシにしよう」
     ルフィの号令で、全員が動き出す。サンジが手早く盛り付けを開始し、ウソップとチョッパーがため息をつきながら床に座り込む。 ナミがすれ違いに頬を引っ張って、ロビンがハンカチを渡してくれた。フランキーの大きな指で髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、 ブルックが細い骨で髪を梳かしてくれた。ジンベエが豪快に笑いながら肩を叩いて、やっと怪我の痛みを思い出した。
    「ごめん」
     ゾロにだけ、まだ伝えていなかった。心配かけたこと、判断ミスしたこと、色々。一番戦えないこと知っていて、きっと一番心配してくれた。
    「なんのことだ」
     なにそれ。彼にはもうとっくに過ぎたことらしい。この船に乗る男の人のこういうところは、よくわからない。
    「じゃあ、ありがとう」
    にっと笑って思いっきり背中を叩かれる。激痛が身体中を走って、声にならない悲鳴を飲み込んだ。なにしてくれるんだ!
     気まずそうに目を逸らされて、そそくさと配膳の済んだテーブルへ逃げていった。今度ゾロが大怪我したら思いっきり叩いてやろう。
    「おーいはやくー!」
     ルフィに急かされてテーブルに付く。ハンカチはすでにポケットの中。
    「揃ったな!」
     今日も生き残った記念日だ。



    ▼ゆっくり自覚する話

    ルフィが血まみれのあいつを抱えて帰ってきた時、背筋が凍った。医療室に文字通り突っ込んで行ったルフィに全く反応できなかった。くそ、動揺したんだ。
     おびただしい裂傷と、血の気のない顔。腕が曲がってた。あれは折れてる。靴は履いていない。滑らかだった素足は泥と血で覆われていた。なぜ。あいつは戦わねえ。何かあれば逃げるし、隠れる。ルフィもついてた。なのに。
     頭を動かすな!とチョッパーの怒声が聞こえて、ようやく身体に自由が戻る。ルフィが戻ってきた気配がして、視界の情報を脳が処理していく。医療室までの道のりに落ちたあいつの血を、ロビンの腕が拭き取っていた。
    「なにがあった」
     ルフィは怒っていた。

     話を要約すると。島で出会ったヤツのために突っ走った。突っ走った結果、あのザマ。ルフィが気づいたところで遅かった。逃げてりゃあそこまで負傷しかったことは、言葉の足りない説明でも容易に想像ついた。
    「はぁ、なにやってんのよ」
    「珍しいわね。危険な状況になれば必ず助けを求めたり、隠れることを徹底する子なのに」
    「顔見せたら説教してやるわ」
    「過ぎたことだが、トラブル吸引機ツートップのルフィとマリモ以外をつけるべきだったな」
     全員の視線が突き刺さる。ルフィが何か騒いでいるが、重要なのはそこじゃねえ。
    「あいつの判断ミスだ」
     誰をつけるかじゃない。あいつが何を考えて何をするかだ。
    「きびしー…」
     あいつの判断ミスが、あいつ自身を傷付けた。最悪、死んでた。よりによって、おれのいないところで。
    「ゾロ?」
     腹が煮えるような激情が身体をめぐる。感情の正体はわからないが、とにかくふつふつと怒りが湧いてくる。 馬鹿なのかあの女。
    「…あいつが起きたら知らせろ」

     ゾロの気が張り詰めて、どこにいても緊張が残る。目を覚さないあいつのこともあって、船の上はどこか影を落としていた。ルフィも思うところがあるのか、海を見つめる時間が増えた。
    「雰囲気最悪ね」
    「ああ」
     整備し終わった天候棒をナミに返す。
    「ゾロのことだから、自分の知らないところで怪我して帰ってきて悔しいでしょうね」
     今までの冒険を振り返ると、何かあればあいつはゾロに助けを求めた。ゾロは応え続けた。 迷子防止に組ませることも多く、いつしか二人の雰囲気が、というゾロの目線が仲間のそれだけじゃなくなるのは遅くなかった。
    「あれで付き合ってないってんだからすげえよな。自覚あんのかな」
     なんかやたら距離が近いなとか、それを許しているところとか。急にいちゃつきだしては、おまえらさっさと付き合え!と心の中で叫んだ回数は片手の指じゃ足りない。
    「ウソップ、あんた野暮ねえ。 二人には二人のペースがあるの」
    「そうだけど、なんかこう…じれったいだろ」
    「それはそう」

    「海に落ちるぞ」
     残るは腕の骨折だけにまで回復した。利き手をやったせいで暫く生活に苦戦していたが、随分慣れてきていた。こういうときのコックはやたら気が回る。
     危機感っつーもんをどこに置いてきたのか、危なっかしい場面を目にすることが多い気がする。生来の呑気っぷりを発揮しているのか、それともおれ自身が目を離せなくなったのか。
     言ったそばから、身を乗り出して潮風を全身に受けている。だから落ちるぞ。
    「落ちないよ」
    「ほー。利き手がぶら下がっていてもか?」
    「いじわるなら間に合ってます。お引き取りください」
    「今おまえが海に落ちたら誰に感謝するんだろうなァ?」
    「ゾロさんです…」
     こいつもガキじゃねえ。自分で考えて動く。わかっている。なのに目の届くところにいないと心がざわつく。
    「何を見てた」
     知りたいと思う。どこにいて、何をしているのか。何を考えて、誰を想うのか。そこにおれはいるか。おれはおまえに何ができるか。
    「海」
    「海以外で」
    「何言ってるの?海以外ないよ」
     じゃあ空?とカラカラ笑うつむじ越しに、ロビンと目があった。純愛ねと口だけが動いて、カッと顔に熱が集まる。目の前の女に悟られたくなくて、無防備なつむじを人差し指でぐっと押した。下痢ツボってやつだ。
    「イダ!急に何?」
    「うっせ」
     おれのつむじを狙う細い腕を掴んで、一歩、船へ引き込む。ひとりで落ちるな。誰でもいいから頼れ。この船は頼りになるヤツしかいない。
    「下痢したらチョッパー頼れよ」
    「脳天の下痢ツボは迷信だよ」
     なんか違う。
     おれの側で、おれを頼れ。そうだ、これだ。しっくりくる。
    「おれでもいいぞ」
    「下痢の相談を!?」
    目の届くところにいろ。 いなかったら迷わず探しに行く。



    ▼ハーネスをつけようとした話

    「これつけて」
     今回の航海は長かった。物資は殆ど底をつき、食料はギリギリ。二日間スープパスタやスープリゾットやスープで凌ぎ(どれも大変美味だった)、やっと島へ辿り着いた。ここは、街も大きく、治安も良く、観光名所もある。精神的なプレッシャーから解放され、全員が浮き足立っていた。つまり、みなそれぞれ出かけたいのだ。
     船番はローテーションとして、目下私の問題はこの迷子男である。ログが短時間で貯まるので、何日もこの広い島の中を放浪されては困る。
     そこでウソップ工房にて開発されたのが、この超強力切っても切れないウソップハーネス。 三刀流に負けない耐久力はフランキーとの共同開発だ。これで見失うことなく手綱を握り、無事船まで帰還できる。 勝った。
    「却下」
    「おねがいします」
     土下座も厭わない。何せこの男、探すのに労力がかかる。それにほっておいたら何日も戻らないどころか、トラブルを引っ提げて帰ってくる。 そこ!笑ってる船長もだ!でも船長は迷ったことを自覚できる分えらい。人に道も聞ける。えらいぞ。
    「犬みたいにリードつけられてたまるか」
    「おねがいします…後生ですから…これつけてくれるとすごく嬉しい」
    「どんな性癖してんだ」
     それでもいい。とにかく迷子にさせないプロジェクトの立案者として、この島では迷子にさせない。なによりトラブルを起こさせない。
    「じゃ、じゃあ手綱はゾロが持って!私が着ける」
    「なしって選択肢はねぇのか!」
     ない。なのでいそいそとハーネスを着用し、手綱側ゾロに手渡す。 これで準備完了!
    「絶対離さないで。これでずっと一緒にいられるよ」
     何、その微妙な顔は。

     結論から述べると、この超強力切っても切れないウソップハーネスは大敗北に終わった。切っても切れない耐久性が仇となり、わたしは筋肉の前にただ無力だった。あちこちに連れ回されて目がまわるし、最終的に担がれて、これじゃ手綱を握る意味がない。
     上陸して数分で役目を終えたウソップハーネス。 試験運用の一部始終を船の上から見ていたナミからの講評は「大型犬に引きづられる憐れな飼い主みたいだった」 ロビンからは「どっちが飼い主かわからない」だった。悲しいなあ。
     ハーネスを外し、さて買い出しに行こうかと足を踏み出した時には既に男の姿はなかった。
     成程。ゾロより先を歩いたらダメなんだ。次は隣でおててでも繋いでやろうか。



    ▼故郷へ行く話

    「島が見えたぞー!」
     ルフィのいつもの叫び声が聞こえる。まだウソップの目で島影が見えた程度だろう。でも、毎度うちの船長はとても嬉しそうに叫ぶ。
     ダイニングでティータイムを楽しんでいるはずなのに、どうにも落ち着かない。窓から差し込む夕暮れが、センチメンタルな気持ちにさせるせいだ。
    「懐かしいわね」
    「うん」
    「夜もそのまま進みましょう。そしたらあさイチに着くわ」
     偉大なる航路に入ったばかりは、波に遊ばれてへとへとだった。確実に航海士の腕を上げたナミのそれはもう、予言じゃない。
    「サンジくん、紅茶もう一杯くれる?」
    「もちろん。君は?」
    「おねがいするわ」
     かつて連れ出された港。仲間も増えて、船も変わった。ゾロとは関係も変わった。どれもこれも、ごく自然な変化。
     アツアツでサーブされるはずの紅茶は、少しぬるめだった。心遣いに甘えて、はやる気持ちを紅茶で流し込んだ。

    「やっほー!」
     ルフィとウソップが船を飛び降りる。浅瀬だからまあ、大丈夫だろう。
     じゃばじゃば波をかき分けていく二つの帽子。たまらなくて、靴を脱ぎ棄て船を飛び降りた。
    「ちょっと!港に船付けるから、急がなくていいのに」
    「マリモ」
    「うるせえ分かってる」
     浅瀬を歩き、波が島の方へはやくはやくと追い立てる。裸足で砂を踏みしめて、チクチク刺さる貝が愛おしい。潮の香を肺一杯に吸い込めば、かすかに混ざる朝食のにおい。朝日を反射した白浜にくらくらして、視界がゆがむ。そのまま倒れ込んで、腕で顔を覆う。
    「おい!」
     後ろからざばざばとゾロが追いかけてきた。なんか、前にこの島で見た時よりでっかくなったなあ。それとかっこよく見える。
     投げ渡された靴。砂を払って、雑に履く。多少砂が入っても気にならない。
    「すこしは落ち着け」
    「う、うん。でもさ、でもさ」
     ちっとも落ち着きを取り戻せない。ゾロの熱い手が乱れた髪を耳にかけて、首をなぞって、頬をつまむ。にっ、と気のいい笑顔は、前にこの島で見た時のまんまだ。でも愛おしいと細める目は、この島で見るのは初めてね。
    「はやく!はやく!」
    「落ち着け!ルフィが先に行ってどうする!」
    「だってぇ、なあ?」
     わたし以上に落ち着きがないルフィを見てると、どうも感化されてしまう。初めにわたしの気持ちを感じとって、感化されたのはルフィとウソップなのに。これじゃ無限ループ。
    「手」
     ゾロの手が差し出される。この武骨な手に、何度救われてきただろう。手を取れば力強く引っ張られる。勢いのままに立ちあがり、自然と村の方へ身体が動いた。力の込められていたはずの手は、引き止めることなく、するりと抜けていく。
    「行こう!」
     私を先頭に全員で走り出す。思い出さなくたって、足が覚えている。この身体が、わたしを導く。ドアを開けたら真っ先に紹介しよう、わたしの自慢の仲間たちを。それから、一等愛おしい人を。
    わたしは今、この海を一周した。
    「ただいま!」



    ▼海へ行く話

    「明日、行っちゃうのね」
     見ないうちに年を取った母が、あきれたように言う。もう何を言っても無駄だとわかっているみたいに。
    「うん」
    「どうせ新聞に載るんだから、心配するほうが疲れるわね」
     お騒がせの麦わらの一味はニュースに事欠かない。というかトラブルメーカーが船長だから、トラブルに事欠かない。 ニュースはそのついでだ。そして更についでで生存報告が出来る。というか全員に懸賞金がかかった海賊団の、一人でも欠けたらニュースになると思う。させないけれど。
    「帰ってきたのも驚いたけれど、あんたがいい人捕まえてるのが一番驚いたわ。前会ったときは粗暴な男だと思っていたのに、丸くなっちゃって!」
    「やっぱりそう見える?」
     多分ゾロの粗暴さは変わってない。ただ初めて会った時と、今は関係が違うから。
     母に恋人を紹介したとき、ゾロは頭を下げた。母とわたしだけがぎょっとしていた。頭を下げたまま「こいつはおれが貰っていく。必ず守ると約束する」と。恋人の親にする挨拶じゃないと思うけれど、ゾロらしいといえばゾロらしくて。母に見せた彼なりの、最上の誠意だった。
    「あんな挨拶するとは思わなかったよ」
    「こっちのセリフよ。あんたが島を出て行った以来に驚いたわ」
     外から複数のいびきが聞こえてくる。 二階の寝室には全員入れないから、 男衆は外で雑魚寝だ。 船に戻ればいいのにと言えば、野暮なこと言うなとウソップに叱られた。
    「結婚する気なの?」
    「さあ?懸賞金に書いてある名前が変わったら察して」
    「海賊って適当なのね」
    「結婚の儀式が必要かどうか問われると、うーん…」
     結婚してなにか変わるのだろうか。 島に定住していないから、条例やらなんやらに縛られることも恩恵もない。船の上で、ただ波に乗るだけだ。
    「…子供にも懸賞金がかかる気がする」
    「あんたらの子供、大変ねえ。 生まれた時から大海賊なんて」
     本当にそう思う。 父が世界一の剣豪で、父の乗る船の船長は海賊王。なにより他の海賊とは違い、自由な船だ。どんな子になっちゃうんだろう。せめてナミとロビンと一緒に育成計画を考えないとまずい気がする。
    「子供を産むときは、船を降りるかどうか大喧嘩しそうだわ」
    「夫婦には必要なことよ」
    「大喧嘩がニュースになったりして」
    「あはは!新聞を切り取って保存しておいてあげる」
     ゾロとの子供を産んで、育てる。そんな未来も夢見ていいだろうか。以前もこの島で夢を見て、叶える為に海に出た。背中を押すのは母 で、手を引くのは仲間たち。また、叶えられるだろうか。
     別れた間の時間を取り戻すように、ひたすら母と語り合った。これが、最後かもしれないという考えはの底に押し込んで。母も、急ぐように言葉を紡ぐ。
     ついに夜が明けようと、空が白くかすみはじめた。窓越しに見える三振りの柄。また侍みたいに座り込んで、目を閉じる姿が容易に想像できる。こわばる頬が緩んだ。この人といっしょなら、もう。

     この島を出たら、ココヤシ村を目指す。 ナミの故郷で、彼女も早く行きたいはず。ジンベエにとっては胃が痛むかもなあ。
     航海二週目という決断は、実に私たちらしく。 どこの海を何度巡っても、新しい冒険に出会う。それがおもしろくてたまらない。
     港には母以外の見送りはなかった。それどころかルフィがいないので、サンジとチョッパーが探しに行った。
    「剣士さん、あんた、うちの子よろしくね。 ああ見えて寂しがり屋で泣き虫で、頑固で厄介なんだから」
    「ああ、知ってる」
    「お母さん!」
    「いつでも来なさい。あんたたち一味の家だと思ってくれて構わないよ」
    「悪いな。おれたちゃお尋ね者なんだが」
    「知ったことかい。あんたたちのおかげで、この島は守られてるも同然さ」
     親と恋人の会話ってこんなにドギマギするものなのか。お互い何言い出すかわからない。
     出航の準備が整い、サニー号は船長の号令を待つばかり。一体どこいったんだろう?予定通りに行くことの方が珍しいから、ナミはこの状況も折り込み済みだろう。
    「あいつだー!食い逃げだー!」
    村の方から怒号が聞こえる。 それからよく聞き慣れた、サンダルが石畳を駆けるペタペタした足音。
     船の上でも下でも、全員同時にため息をついた。 阿吽の呼吸だねえと笑うのは母だけ。
    「そこの麦わら帽子!止まれ!」
     予想どおりサンジとチョッパーを小脇に抱え(引きずられ?)、ルフィがすっ飛んでくる。まさに文字どおり。
    「野郎ども!出航だー!」
    「ギャーッ!」
     そのままサニー号へ突っ込んでいく。 号令がかかったなら仕方がない。忙しない出航にももう慣れた。サンジが思いっきり足ぶつけていたけど、診てくれる船医が無事かはあとで確認すればいい。
    「…頼んだよ」
     逃げろー!と騒ぐ甲板を横目に、静かに母がゾロに告げる。そんなに心配しなくていいのに。
     ゾロがわたしの膝の下に腕を通して、片手で抱えられる。 船に飛び乗る気だ。
    「おれは、約束を破らねえ」
     助走をつけて、膝を曲げる。 凄まじい脚力で、 梯子に捕まる。 船はすでに動き出している。
     ゾロの肩越しに見えた母の姿は、わたしが思うよりずっと小さかった。 船の匂いに包まれて、港を見つめる。母の匂いはとっくに消え去った。
    「またね!」
    愛らしい獅子を冠した船は、海へ、海へ。



    ▼下校する話(学パロ)

    「乗ってけ」
     自転車に跨ったゾロがハンドルにもたれかかって、荷台をクイッと指差す。いつも剣道部の防具をパンパンに詰め込んだバッグに占領された荷台は、テスト期間を迎え空っぽになっていた。
     昇降口を守る影から一歩踏み出せば、初夏の湿気帯びた熱が制服と身体の間に滑り込む。
     このまま汗だくになって帰るよりは、楽したっていいんじゃないかなと理由をつける。
    「いいの?」
    「これ以上誰を待つんだよ」
     私のためか、と自覚して鼓動が早くなる。密かに片想いをしてる相手が待っててくれるなんて、なにそれ、期待しちゃうじゃん。浮かれてしまいそうな私を、拳を握って押さえつけた。
    「遅かったな。生物受けてたのか」
    「ヤマはずした」
    「ははっ!ご愁傷様」
     自転車のカゴに鞄と二つ折りにしただけのブレザーを無理に突っ込む。ゾロのペラペラの鞄と、案外綺麗に折られたブレザーとでカゴはいっぱいだった。滑り落ちそうな袖を拾って隙間に埋めていく。
    「失礼しまーす」
     後ろに回れば、ゾロの広い背中。白いシャツが陽を反射して、くらくらする。私だけに許された特権みたいで、自惚れてしまいそう。
     気持ちを伝える勇気がない今、何でもないフリに徹する。荷台の跨りどこに捕まるか迷った挙句、両手で鉄の網目を掴んだ。
    「おっけー!」
    「…落ちるぞ、それ」
    「大丈夫だよ」
     振り返った顔は不満げで、しょうがねぇとため息をついた。私の両手を捕まえて腹に回し、抱きつくような体勢になる。引っ張られたせいで、ゾロの背中にぐっと近づいた。
    「え」
    「んだよ、大人しく捕まってろ」
     バクバクと鳴りはじめた心臓の音が伝わらないよう、体を逸らす。汗臭くないかなと考えていれば、私の両手を大きな片手でポンとあやされる。離すなよというわけだ。
    「いくぞ」
    「…ん」
     蚊の鳴くような声しか出せなかった。一拍おいて動き出す。ふらつくことなく真っ直ぐ進み出し、流石だなぁニヤつく頬を噛んだ。

    「おまえんち、どっちだ?」
    「向こうの止まれで右」
    「こっちか」
    「右って言ってるでしょ!止まれーッ」

     楽したっていいじゃない。そう思ってたのに、ファンタジスタの舵取りを修正するのに汗だくになっていた。もうここまで来ると、ドキドキしてた気持ちとかどうでも良くなってくる。徒歩で帰宅するよりも時間がかかっているだろう空模様に、少しでも長くいられたと優越感に笑みが溢れる。
    「うおっ、はえっ」
    「うわ!?」
     住宅街を外れ、車も自転車も滅多に使わない下り坂に差し掛かった。二人分の体重は速度を上げ、後輪のチェーンが空回ってジーッと鳴く。
     前の見えない恐怖からゾロに回した手に力が入り、広い背中にぎゅうと抱きついた。コントロールを失って転倒しそうな勢いに冷や汗がどっと溢れる。心臓の音とか汗臭いかなとか全部吹っ飛んでいた。
    「おっ、おまっ、」
     ブレーキを思いっきり握ったようで、ガクッとした衝撃に鼻をぶつける。ゾロの両足も使って、下り坂の終わりでやっと止まった。
    「おまえな!アブネーだろ!」
    「危ないのはそっちでしょ!もっとはやくブレーキかけてよ!」
     違う意味でバクバクと鳴る心臓の音を、背中とお腹で共有する。
     いやもうちょっと行けそうだったんだよと言い訳が、背中を通じて伝わる。途端ゾロとの距離を意識してしまって、顔が熱くなる。ぎゅうと回した手の力の抜き方がわからない。
    「事故るかと思った」
    「こっちのセリフだ!おまえ降りろ!」
     怒声を携えてゾロが振り向く。見られた、と思った。顔の熱はちっとも冷めていない。誤魔化したくて、また素っ気ない言葉が出ていく。
    「ゾロが乗ってけって言い出したんじゃん」
     まだ一緒にいたいって素直に言えたらいいのに。挑発的な言葉が飛び出ていって、後悔する。可愛い顔して可愛い言葉で、誘惑できるほどの自信もない。
    「ッ、おまえんち、どっちだ」
    「まっすぐ。はやくいってよ」
     道を間違えたって、一緒にいる時間が増えるならかまわない。まだこの背中と離れたくないよ。
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