背丈水木家居間の一角にある柱には意図的に付けられた線が何本もある。はじまりは50cmぐらいの高さだろうか。それから年々線の高さが変わって1mを越えて10cm、20㎝とどんどん高くなり、ある年に引かれた線を最後に終わっていた。
最後に鬼太郎の背丈を測ったのはもう何年も前のことで、鬼太郎もその父親のゲゲ郎も今は水木家を出て別の場所で暮らしている。
二人からこの家を出て別のところで暮らそうかと思うと話を切り出された時は、やはり妖怪と人間は共には暮らせないのかと種族の違いを思い知らされ、これで二人とは今生の別れになるやもと覚悟の上で送り出したが、案外そんなことはなかった。
離れて暮らすようになってからも時折機をみては二人一緒に里帰りだといって家に来てくれたり、親子それぞれで訪ねてくるときもあって、あの時二人に隠れてひっそりと流した涙を返してくれと拍子抜けしたものだ。
そのことをゲゲ郎と二人で酒を嗜んでいる時についぽろっと零したら、「誰も今生の別れになどする気はないわ」と呆れ眼で一刀両断されてしまった。
「そうか。…よかった」
「わしと鬼太郎にとってここは帰る場所でもあるんじゃから」
そんなこんなで今もずっと幽霊族父子との交流は続いているのだが、居間の柱に記された線の数は増えてはいない。
鬼太郎が訪れてくれるたびに久しぶりに背丈を測ろうかと持ち掛けるが、また今度にしますと交わされてしまうのだ。
養父として子の成長を感じたいだけなんだがなぁ…と一緒に呑んでいるゲゲ郎に零せば、「もっと大きくなった自分を見て欲しいんじゃろう」と酒を口に運びながらのほほんと返された。
「鬼太郎が大きくなったらきっといい男になるんだろうなぁ」
「そりゃあ、わしと妻の子でおぬしに育てられた子じゃもの。いい男になるじゃろうて」
「もしかしたらお前より背が高くなるかもな」
「そうなったら父親としては嬉しいが同じ男としては複雑じゃのう」
ん~と口を尖らせ眉を下げるゲゲ郎の様相に、水木は膝を叩いて笑った。
酒も入ってあんまりにも可笑しく笑うものだから、「そんなに笑わんでもいいじゃろう」と最初は拗ねた口ぶりだったゲゲ郎もだんだんと可笑しくなってきて、しまいには、「おぬしの背もじきに追い越されてしまうやもしれんなぁ」と揶揄う始末。
手にしていたぐい吞みを傾けていっきに酒を喉に流し込んだ水木は、「いいじゃねぇか。俺ァ嬉しいね。子どもが親の背を追い越してくれるものほど喜ばしいものはない」と、からりと笑った。
「年老いたら背中も丸まって今より背も縮んじまうかもなぁ」
「なに!?今よりもさらに小そうなってしまうのか?それは難儀じゃのう」
「今は小さくねぇぞ!いっとくが周りよりか大きいぐらいだからな」
自分の背丈は決して小さくないと言い張る水木と、徐々に背が丸くなり小さくなった水木を想像してわざとらしく袖で目元を覆うゲゲ郎がいて。
いつでも鬼太郎の背丈を測る為に残しておいた柱の一角に、いつしか水木の背丈を測る新たな線がゲゲ郎によって書き加えられていたのだった。