「あれは……、なんなんだろうな」
指導官のひとりである男がいささかげっそりと報告に来たとき、のちの管理官になる鉄の女は、それでも少し眉を上げて先を促すに過ぎなかった。その肝の据わり方は、若くして彼女を性差なく地位を確固たるもとのに仕上げた一端でもある。だからこそ、いまのように彼女と同年代の男でも対等に居れる。
シルヴィアの配下に置かれた噂の新人は、軍から引き抜いたと聞いていた。軍曹とはいえまだ随分若く、なにより軍部を出し抜き年齢を偽り兵役に自ら身を投じたという、その経歴だけでしごきがいがあるとありとあらゆる面で言われていたし、自分とて、その評価がけして過大なものとも思っていなかった。その根性は買って然るべきである。
この指導官が今回の件についてどうにも言いにくそうなのは、この時代の、こんな組織において珍しく、品のない言動の少ない、稀有な人物だったからだ。なにかとフラットであるこの組織においても、まだ珍しい性質である。そのくせ、彼の得意分野が信頼詐欺、というより情事に持ちこみ相手を手玉に取る、ハニートラップだというのだから恐ろしい。
その男の、評価が、これだ。
情報戦において、もっとも口が軽くなるのは古今東西、どんな時代、どこをとってもベッドの上である。件の新人が、この指導官の元に送られた、というのは、つまり、そういう手段の指導に入ったということだ。
「なんだ、閨の中でもたいしたものか」
あけすけに言うと、ぐう、と男が喉の奥を鳴らした。
「―――相手の好みを瞬時に理解する、それから自分の役割をどちらか見極める……役に没入するタイプとはいえ、あそこまでってのは、」
なかなか、と言葉を濁す。ふん、とシルヴィアは鼻で笑いかけて、だが、留まった。ただ、と、男が続けたからだった。
「自分がどうなってもいいというのは、いささか、危うい」
「なるほど?」
この男がどこまで施したのかは追求しなかったが、話題に上がる新人が献身的なのか、それともいままでの環境で教え込まれた何かがあるのか、―――それは憶測でしか解らない。解ることは、生き抜くためのしたたかさを、そこで得たのであれば、こちらにとって都合が良い。なにより、あの容貌、あの容姿である。
それだけだった。持って生まれた武器を、培われたスキルを、活かさずにしてどうする。
「まあ、それを使い物にするのが我々の役目だ」
冷めた言葉は、必要なものだった。そしてその言葉は、自分自身もまた、そうだということを、確認するためのものであった。
「溺れるなよ」
茶化すように言ってやれば、
「気ィ付けるわ」
冗談とも取れない声色に、新人の空恐ろしさの片鱗を汲み取り、女は笑う。
せめて私は、甘やかさんようにせねばな。
(終)