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    Ma2rikako

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    Ma2rikako

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    個性なし転生パロ。
    荼毘ホー匂わせの燈啓。燈矢×啓ちゃん(♀)。
    平和な世界でひたすらいちゃいちゃしてます。
    第26回荼ホワンドロワンライから『海、蓮』お借りしました。

    一恋托生咄嗟に腕を伸ばすとふにっとしたやわらかい感触がした。
    初めて触った、彼女の胸だ。やわい。これはラッキー。そう思った一瞬の手のひらの幸せな感触は、これまた一瞬のうちに別の衝撃で塗り替えられる。目前に捉えた彼女の顔は瞳を見開いて驚きに口を開けている。ふわりとした濃いめの金髪が遠ざかっていく。そして、その体は俺の腕に突き飛ばされるままに後ろへと倒れ込んでいった。
    キキィィ――っと響くのはタイヤの擦れる音。
    車が俺たちの歩いていた歩道へといきなり突っ込んできた。一瞬、右側に走った衝撃はおそらくその車がぶつかってきたそれだ。俺の視界は反転する。歩道の内側に設置された塀に車体が激突する轟音。視界は回り続ける。反射で避けようとした体はそれに間に合わず弾かれるままに車のボンネットへと乗っかり、そして転がる様に落ちた。今度は左側に激痛が走る。回り続ける思考が少し落ち着いたころ、最後に視界が捉えたのは地面と、そこにどんどん広がっていく赤い、血。そして真っ青になった彼女が震えながら俺に手を伸ばす、その泣きだしそうな顔だった。
    そんな顔、絶対にさせないと誓ったのに。



    俺と彼女が初めて直接会話をしたのは……やべぇ、これ、走馬灯?マジでやめてくれよ。まだこれから、せっかくこれから……これから……なのに。

    なぁ、待ってくれよ。




    俺と彼女が初めて直接会話をしたのは学校内の裏庭に生い茂っている木々や植物をかき分けた奥にある秘密基地の穴場だった。一応、この高校生活、優等生で通っている俺でも始終愛想笑いを続けていたら身が持たない。
    「あ~だる!やってらんね~」
    芝生に大の字になって昼休みを過ごす俺の安息の時を邪魔してきたのがこいつだ。ガサッと茂みから顔を出したのが彼女、啓ちゃんだった。
    「あ、校内一のイケメン先輩だ」
    学校ではほとんど出すことのない俺の悪態を面白そうにその目が見つめてきた。
    「お~なんだよ、校内一の人気者の鋼の後輩ちゃんじゃん」
    彼女は校内じゃあちょっとした有名人だ。コミュ力も高い正義感溢れる彼女は校内のトラブルを次々と解決してるとかしてないとか。自分よりも大きな男と対峙しても泣きもしなければ怯みもしない。剣道部では全国トップクラスの実力持ちだとかなんとか。
    「え、何ですそれ」
    「何って」
    「鋼のって」
    「あ~噂で。メンタルゴリラって言われたことない?」
    「ご、ごりら!?ダイヤとかオリハルコンとかはよく言われ、ますが!」
    「そうそう、それ」
    ぶすっと頬を膨らませた顔は可愛かった。有名人ってことで、こいつはどこにいても目を引いた。風の噂で彼氏がいないことも知っている。
    彼女は片手に弁当らしい袋を携えていた。メンタル云々でふくれっ面をしていた彼女はそれでも感情を整えて弁当を掲げながら言った。
    「今日は静かな場所を探してて……あの、お仲間に入れてください」
    「もちろん」
    そして俺はこの鋼の女の顔が好みだとずっと思っていたし。ここで逃す手はないと脳内でそればかりが反響していた。そう、逃がさない、逃がしちゃいけない、絶対に捕まえる、と。だから。
    「そんでさ、ここで会ったのも何かの縁だし、俺たち付き合っちゃおっか」
    半分冗談、半分本気ともとれる曖昧な言い方だった。けれども瞳をぱちくりさせた彼女はトコトコと俺の隣に来て座り「いいよ」と、あまりにもあっさりそれを成立させた。
    「マジかよ」
    「燈矢先輩の顔、ドストライクなんで」
    そしてその後輩ちゃんは最速で敬語を取っ払った。少しだけ染まった頬を見ながら、俺は両手で大きくガッツポーズをとって見せた。


    その日から俺たちは校内一の名物カップルとなった。なんせ校内一のイケメン先輩と校内一の鋼の人気者だ。誰も文句は言わなかった。啓ちゃんを門限までに家に送り届ける役割を日々こなしながら交流を深めていく。最初からなんとなくしっくりくるとは思っていた。啓ちゃんと居るのは居心地がよかったし喧嘩すら楽しかった。
    学校では妙な絡まれ方をすることはなかったが、広い世界に出てみれば俺たちなんてただの一般人だ。デートに出かけてみりゃあ、俺のいない間に啓ちゃんに声をかける輩の多い事と言ったら。(まぁ俺の方が上だけど)
    今回はガタイのでかい強そうなナンパ男だった。しかも2人。のらりくらりと交わしていた啓ちゃんの肩を抱いて「俺の彼女になんか用?」なんて男冥利に尽きる台詞で追い払おうとしたが、今回の奴等はなかなかしぶとかった。下手に騒ぎを起こすと啓ちゃんにも被害が及ぶかもしれないと、なぁなぁで過ごそうとしたところでいきなり顔面を殴られた。くっそ、てめぇ、人がせっかく穏便に済ませてやろうとしたのに覚悟しやがれ……と、頭に血を登らせ拳を固めたその時だった。啓ちゃんの革のショルダーバッグが俺を殴った男の顔面に勢いよくヒットした。
    「よくもっ……よくも燈矢の顔を……!!」
    顔かよ!という突っ込みはさておき、やっちまったもんは仕方がない。
    「あ~あ、せっかく大人しくしていようと思ったのに……そっちが先に手を出してきたから正当防衛だよな」
    行き所を失った拳が再び臨戦態勢に入る。やり返されて鬼の形相になったナンパ男どもが俺の視線を受けて後ずさる。いや、俺の後ろにいる啓ちゃんの形相を見ていたのかもしれない。たぶん啓ちゃんも戦闘態勢だ。
    てなわけで2人してナンパ男たちをボコってしまった。そいつらが「覚えてろよ!」と復讐を口にしようとしたところで、一台の黒塗り車が俺たちの居た歩道のガードレール横に止まった。そこから焦る様に出てきた大男に、ナンパ男たちは顔色を真っ青にする。
    「燈矢、何をしている!」
    出て来たのはいかつい大男だった。俺がその男に「父さん」と声をかけると、威勢の良かった男たちは悲鳴を上げて謝りながら逃げてった。俺の父さんはとにかくガタイがいい。背も高いし、顔には火傷の痕もあり、スーツなんて着た日にはそれがまた堅気じゃない風に拍車をかける。火傷の原因は、消防士だと言ってしまえばみんななんとなく納得するのだが、仕事で出来たものではない。少しでかい地震があった日、台所にいた母と末弟を煮だった鍋から守った時にできたものだ。父さんはその話が出るたびに『名誉の負傷』だとか『男の勲章』だとか昭和っぽい言葉で話題を濁していた。
    「いや、正当防衛だよ」
    啓ちゃんも俺の腕にしがみつきながら何度も頷いた。とりあえずざわつき始めた周囲を気にして父さんが「乗りなさい」とため息を吐きながらそう言った。まぁ俺が学校外でちょっとしたもめ事を起こすことはこれが初めてじゃないんで。


    初めて啓ちゃんを家族に紹介した時、啓ちゃんの目は父さんに釘付けだった。
    「ねぇ、燈矢のお父さん、カッコイイね。外国の俳優さんみたい」
    父は確かに筋トレが趣味だし消防士とかやってるしで体はしっかりしている。そう言えば啓ちゃん、海外のアクション映画とか好きだなぁとは思ってたけど、まさか、それが理由?俳優に萌えてたりすんの?俺は自分の胸から腹を撫でおろした。俺の顔がドストライクだって言ってたじゃん?啓ちゃんがうきうきした顔で父さんについて話すのを聞きながら、その日から毎日筋トレを実施することを心に誓った。
    そして、自分の部屋に初めて招き入れたその日に、焦っていた俺は初めて啓ちゃんの唇を紳士を装って奪ったのだった。


    例のナンパ男どもとの喧嘩の話はどうも居合わせた同校の奴が学校にチクったらしく、俺たちはある日進路指導室へと呼び出された。俺たちはいかにそれが仕方のない正当防衛だったのかをしおらしく謝罪を加えながら訴えた。啓ちゃんなんか泣くのをぐっとこらえている強がりな女子生徒を見事に演じ切って見せた。普段の学校での行いがよかったのもあって、俺たちは晴れて無罪放免だ。この最高のコンビネーションを俺たちはあの秘密基地で腹を抱えて笑いあった。



    夏休み。
    「ねぇ、進路決めた?」
    「どうしようかなぁ。やっぱ消防士とか?」
    「ダメ!それは絶対ダメ!なんかヤダ。絶対ダメ」
    父さんが消防士やってるのはかっこいいっていうくせに、啓ちゃんは俺がその職に就くのをやけに嫌がる。そのくせ自分も危険な職業に就きたいとか話してくるし。
    「啓ちゃんは?」
    「警察官とか!」
    「だめだめだめ絶対にだめ!啓ちゃんは絶対に囮とか潜入捜査とか率先してやりそう!あぶない!ダメ!」
    「燈矢、ドラマや漫画の見すぎじゃない……?う~ん、じゃあCAさん……」
    「あ~見たい……けど、長く会えなくなったりしない?」
    そんな話をしながら俺たちは植物園をめぐっていた。動物園の中に併設されている植物園は、普段そんなに植物に触れない俺たちにも物珍しくけっこう楽しめた。
    進路に従って小道を歩いていると、広い温室へと辿り着く。
    そこは蓮の池だった。
    丸い池の水面に自分たちの顔程の大きさの葉がぎっしりと浮かび、所々にピンクや白や黄色の花が咲いている。
    「きれいだなぁ」
    「うん……。あ、蓮……ああ、これだ」
    「なに」
    「期末で『いちれんたくしょう』って答えの問題が出て、『れん』の字がどうしても出てこなくて別の字で誤魔化した奴だ。そうだこの字だ~」
    啓ちゃんが覗き込んでいる立札には蓮の種類や花言葉、それにまつわる雑学などが文字として並んでいる。こんな色とりどりの花にまみれた場所でもテストや進路の話とは、つくづく色気ねぇなぁなんて思いながらもその自然さが心地いい。
    「ええと?……死後に極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという思想があり、これが『一蓮托生』という言葉の語源となっている、へぇ……」
    「なかなかにロマンチックだね」
    「そうだなぁ」
    読んでいくと他にも蓮にまつわる言葉がいくらか並んでいる。
    「啓ちゃんは、これ、泥中の蓮だよね」
    「なにそれ」
    「どんなに穢れた場所にいても美しく咲くって意味」
    「……嬉しいけど……そうかな?」
    「え、そうだろ」
    「確かに家は他のとこより貧乏かもしれないけど、泥中はひどいって」
    「いや、そういう意味じゃなくて」
    じっと見つめられて言葉に詰まる。なんでと言われても、この女の普段からの行いを見ていれば誰だって納得するとは思うんだけど。とろけそうな綺麗な琥珀の瞳に見つめられるとますますそうとしか思えなくなる。
    「一蓮托生のほうがいい」
    「なにが?」
    「だから、泥中の蓮よりも燈矢と一緒に一蓮托生のほうがいい」
    「ははっ……それはずいぶんと熱烈。でも異義はねぇな」
    「へへっ」
    「じゃあさ、どの花の上がいい?俺はあの黄色のやつ」
    「ああ、いいねぇ」
    そんな話をしながらようやくデートらしい雰囲気になった俺たちは、その温室を出る頃には恋人繋ぎをして暑い暑いと言い合っていた。



    ふたりで夏の海に来てみたかった。
    今回は泳ぐ目的じゃなくてただ立ち寄っただけだから残念ながら水着姿はお預けだ。
    「実はこういう爽やかなCMみたいなのやってみたかったんだよね!」
    そんな事を言いながら啓ちゃんは靴と靴下を俺に預けると波打ち際へと走った。他にも俺たちみたいな浮かれたカップルが何組かいるから気にすることもないだろう。俺は岩場に啓ちゃんからの預かりものを置くと、同じく靴下まで脱いでズボンのすそを折り曲げた。
    「爽やかなCMっつったって、転んで海にダイブするのだけは勘弁な」
    砂浜を歩きながら、啓ちゃんは珍しく少女のような事を話す。いや、実際少女なんだけど。鋼の少女なんだけど。
    「海辺でサイダーとか飲んだり、砂に二人の名前を書いたり、あとは憧れてるのは綺麗な砂浜でブライダルフォトとか……」
    「お?じゃあハワイとか行っちゃう?」
    「いいね!」
    割とイイ感じの会話をしていると思うんだけど、あまりにも口調があっさりしすぎて居てやっぱり鋼の女だななんて思いつつ。
    「燈矢はこう、憧れのシチュエイションとかないの?」
    実はそのあっさりさは照れ隠しであるということに最近気づいたところだ。だから、彼女が語っていることは冗談に聞こえて本気で憧れているんだなぁなんて可愛く思っている。俺はしゃがんで砂の上に二人の名前を書いた。それを見て啓ちゃんの足がもじもじと動く。顔はふぅんって興味なさげにしてるけど、足だけで満足しているのが分かった。
    「俺は……そうだなぁ……なぁ、ここ、恋人の聖地なんだろ?」
    「あ……うん」
    「全国の恋人の聖地巡りとかしてみたい。啓ちゃんと」
    「あはは、それはまた、ずいぶんなバカップルやね」
    「うん、そう。バカップルになりたい。なぁ、俺たちが学校で何て呼ばれてるか知ってる?」
    「あの呼び出しくらったあたりからの、ね。知ってるよ。バカ力っぷる、でしょ?」
    「噂ってのは広まるの早ぇなぁ」
    啓ちゃんは大口を開けて笑った。俺は啓ちゃんの笑顔を見ると本当に切ないくらいに満たされた気分になる。こんな笑顔、今までに見たことがないって、いつも新鮮さを感じてしまう。
    波が2人の名前をさらって消してしまったから、俺は啓ちゃんと手でもつなごうかと立ち上がった。立ち上がることで俺を見上げる形になった啓ちゃんが、俺のYシャツの裾を引いた。海。砂浜。波打ち際。オッケー。憧れのシチュエイションだろ?俺がもの知り顔で笑ってやると啓ちゃんは少しばつの悪そうな顔をして、それでも瞳を閉じた。青空、白い雲、さざ波の聞こえる風景の中、俺たちは甘酸っぱいキスを交わした。
    唇が離れて、啓ちゃんは照れているのか俺からパッと離れて「燈矢、タオル持ってなかった」と言った。
    「何やってんだよ」
    俺は砂まみれの足先で、啓ちゃんの同じく砂まみれの足を小突いた。
    さっきの岩場に戻って啓ちゃんをそこに座らせ、裸足の足の砂を払ってやって水をかけてやる。その足の水分はハンカチでなんとかぬぐい取っることができた。しゃがみ込んだ俺の膝にのせた細い足首。早くいつでもこうやって掴めるようになりてぇなぁなどと不埒な事を考える。今はまだこの綺麗なままの啓ちゃんを愛でるのも悪くはないと思う。自分の手のひらに収まる白くて細くて力強いその足が、そこから連なる啓ちゃんの姿全体が、なんとなく輝いて見えた気がして、俺はそっとその足の甲にキスを送った。
    「ぎゃっ、何すんの!」
    ずいぶんと色気のない悲鳴を上げた啓ちゃんは俺の手から足を引いてさっさと靴下を履いてしまった。
    「いや、爽やかなCMだとかブライダルがどうとか言ってから、こういうのも好きだと思って」
    そう言ってやると啓ちゃんの顔が真っ赤に染まった。今度は分かりやすかった。
    青空と海。
    そうだ、俺たちはずっと夏の海に来たかった。夏を一緒に過ごしたくて、夏を待ちわびていた。
    鳥が羽ばたく音が聞こえた。青い空を優雅に海に向かって飛んでいく一羽の鳥。ひらひらと落ちてくる羽根。
    羽根。
    色づいた羽根。
    花?
    蓮の花びら?
    違うな。
    赤い、羽根。
    なんだろう。少し懐かしい。啓ちゃんが夕焼けを背にした時に見せる、少し切なそうな顔を見た時のような気持になる。置いていかれそうな焦燥感。蓮の花言葉、なんだっけ。離れゆく愛?救済?違うんだ。それはもう終わった。
    今度こそ、俺たちはもう離れない。
    ずっと一緒にって、そのつもりで。
    啓ちゃん。
    ごめんな。
    そんな顔をさせるつもりは無かったんだ。
    ただ、俺の隣でも大きな口を開けて気兼ねなく笑って欲しくて。
    失いたくなくて。
    だから。

    ――とうや!

    誰かが呼んでる。

    ――だいじょうぶか!

    遠くで聞こえてきたのは父さんの声。

    ――啓ちゃん!燈矢くんが!

    これは啓ちゃんのお母さんの声だ。

    ――燈矢!
    ――燈矢兄!
    ――燈矢くん!

    「燈矢!!」

    眩しい。
    腹に、衝撃が乗った。
    目を覚まして、一番最初に飛び込んできたのは涙目の啓ちゃんの顔だった。いつもふわふわでかわいいひよこみたいな髪の毛はぼさぼさで、お化粧も全然してない。目の下のクマ、ひどくない?そんな啓ちゃんが俺の胸に飛び込んできた。
    そして、俺の目が開いているのを確認すると、大声で泣いた。
    「うわぁぁぁん、よかっ、よかった、とうやぁぁぁぁ!!ずっと起きないから!ぐすっ、ひっく、う、うええええええ、血がいっぱい出てて、えええええん」
    あれほど涙を流すことをしなかった強い強い鋼の女がめちゃくちゃ泣いていた。啓ちゃんの両親も、それなりに交流のあった俺の家族もみんなそんな姿の啓ちゃんを見たことがなくて驚いている。
    「よかったぁぁぁよかったよぉぉぉぉぉ!」
    ぐうっと抱きしめられて肋骨が軋んだ。息が苦しい。ああ、そうか、事故にあったんだ。
    「えええええん、もうやだよぉぉぉぉぉ」
    「ちょ、啓ちゃん、苦し……」
    肋骨だよな。これ肋骨がどうにかなってんな。頭も痛い。まって、足のコレ、ギブスか。どうりで動かねぇと思った。啓ちゃんの頭を撫でようとした腕にも包帯がぐるぐる巻きだ。
    「うえええええん、えええええん、もう離れなから離れないからぁぁぁ!」
    「うん、うん、わかった……啓ちゃ、ちょっと、ちょっと、ま……」
    だんだん顔色を悪くしていく俺に、最初は微笑まし気に見守ってくれていた看護師さんや啓ちゃんの両親も焦ったように娘の体を引き剝がしにかかった。その顔は少しだけ笑いをこらえているようにも見えた。落ち着いて、と声をかけられても泣き止まない啓ちゃんは病室の外へと引き摺られていく。
    「とうやぁぁぁ死なないでぇぇぇ!!」
    「生きてるから!」
    「はやく元気になってぇぇぇぇ、ひっく、もうあんなことしないでぇぇぇぇ、もう喧嘩もだめぇぇ、病気もしないでぇぇぇ、ひっくひっく、燃えるのもだめぇぇぇぇ!!」
    「わかったから、啓ちゃん落ち着いて」
    「ええええん、燈矢ぁぁぁ、けっこん、もう結婚するぅぅぅぅぅ、ずっと一緒にいるぅぅぅぅぅ、けっこん~~~~!」
    「わかったよ、だから……ん?」
    とうとう入り口のドアのとってからも引きはがされた啓ちゃんの泣き声が、病室から遠ざかっていく。
    「いちれんたくしょうって言ったぁぁぁ!!言ったぁぁぁぁ……」
    廊下に木霊する声が遠ざかる。啓ちゃんはいい加減にしなさいとお母さんに叱られている。
    やがてシンと静まり返る病室。俺の家族たちは一人を除いてみんなニヤニヤとしながら俺を見ている。その場にいた兄弟たちはたぶんみんな同じことを思っている。何が起こったのかぽかんと見ていた小学生の末の弟が小さな声でぽそりと「言質?」と呟いた。俺はその頭を包帯まみれの手でガシガシと撫でた。






    あれから落ち着きはしたものの、真っ赤な顔をして戻ってきた啓ちゃんと俺は今、ふたりっきりで病室にいた。
    俺は左の頭と腕を縫ったらしい。あと肋骨に罅が入ってて右足も骨折だ。全治一か月。すげーな。縫った痕はどうも残るみたいで、頭の方は目立たないけど左腕はたぶん痕が残るかも。手の甲まで伸びる、左右の皮膚を縫い合わせた痕。啓ちゃんがあまりにも心配そうな顔をして包帯でぐるぐる巻きの腕を見てくるからこう答えることにした。
    「ええと、なんだっけ、名誉の負傷?……男の勲章?」
    誰かさんの受け売りでそう言ってみると、啓ちゃんは俺のその手を取って包帯の上からキスをした。いつかの俺の真似事みたいに。泣きそうな顔をこらえながら。
    「泣いてもいいのに」
    「うう」
    「もう、我慢しなくてもいいんだから」
    なにが“もう”なのかは自分にもよく分からなかったけど、啓ちゃんはこういう時いつも我慢しがちだ。
    「そうだよね……でも、なんか時々、すっごく不安になるときがあって。なんていうか、燈矢と、いつか、離れ離れになりそうな……だから、今回のはほんっとに頭ぐちゃぐちゃになっちゃって……」
    「ああ……」
    時々感じていた、あの夕焼けの日の切ない表情。あれの事だろうか。
    「時々、今、夢を見てるんじゃないかって、思う時が、あって」
    「ああ、そうか……そうだな、俺も……」
    「燈矢もある?そういうの」
    「あ~……どうだろ。妙に胸騒ぎっていうか焦るっていうか?なんでか分からないけど妙な気分になるときはあるよ」
    「どんな?」
    「離れ離れになりそうな不安……っていうのは俺も同じ。あと俺の場合は家族だな。妹も弟どもも妙に優秀っていうか出来すぎてるからさぁ、俺だけ他所からもらわれてきたんじゃねぇかって思う時がある、かも。ま、顔は完全に母親似だからそれはないけど。あと、なんか、父さんに勝ちたい」
    「勝つって……?」
    「勝つっていうか、認めさせるっていうか……よく分からねぇ」
    「ふ~ん。あのお父さんに……燈矢が、勝てること……」
    「おまえ、今一瞬そんなのねぇって思ったろ……」
    「や、ちょっと待って……今考えてる……考えて……」
    そう言って考え込みながら、啓ちゃんの顔がどんどん茹でダコみたいになっていった。
    「啓ちゃん?お~い、なんだよ。なんかあんのかよ」
    「いや……そんなんで燈矢が満足するか分かんないけど……」
    「なんだよ」
    「うん……ええと」
    「ほら、早く言えよ」
    「……こども」
    「は?」
    「子供を4人以上作る、とか?」
    「……」
    あ、ああ。ああ!?
    それはつまりそう言うことで?いやまぁ結婚を前提にお付き合いしてるようなもんだけど?両家族公認ではあるけど?いやいやいや数の問題か?でもいや確かに勝てるには勝てるけど……。俺は顔面を片手で覆った。俺の顔もたぶん茹でた蛸みたいになってる。確実に。
    「……だめ?」
    下から上目遣いでそれはないだろ。
    ダメなわけないじゃん!!
    いや、でも、ひとつ問題が……。
    「あ~……のさ、啓ちゃん」
    「な、なに」
    「まだ身内以外誰も知らないんだけどさ、母さん、今、妊娠してんだよね」
    「……は?」
    「そう、だから……」
    「え、は、うわぁ……それはそれは、オメデトウ、ゴザイマス」
    「だからねぇ」
    「えっと……じゃあ、5人以上?……6人、6人か……いける。いける、か?」
    啓ちゃんは両手の指を折り曲げ何事かを計算しはじめてる。
    俺の顔、今は誰にも見せられない。こんな締まりのない、イケメンが破顔した姿など。
    それにしたって、だ。意外にも啓ちゃんのその提案は俺の中でストンと落ちたのだ。要は家族の誰よりも幸せになればいいってことだろ?そんなの、啓ちゃんがいれば簡単極まりない!
    「これこそ、夢みたいだ……」
    破顔をなんとか落ち着かせた表情を見て、啓ちゃんは輝かんばかりの笑顔を見せた。
    「そうだ、夢っていえば、俺、見たんだよね。天使の夢」
    「え!それってやばいやつなんじゃ……」
    「俺もそう思ったんだよね。俺を連れに来たんだって。でもそういうのとは少し違う雰囲気で……。その天使の羽根は赤くて、俺が歩いていた道を塞いで引き返せって。まってるから、とか、今度こそなんとかって言ってたなぁ……なんだっけ」
    「ふ~ん。いい天使だ」
    「だな」
    「燈矢の守護霊とか……って、ん?」
    「え、なにもしかして啓ちゃんとこにも来た?」
    「来たっていうか……見た、様な気がする。天使じゃないけど、燈矢が手術室にいる時、隣に座って背中を撫でてくれる大人の男の人……の夢」
    「浮気だ……」
    「んふふ、燈矢より大人っぽくてワルイオトコって感じのカッコイイ人だった」
    「いやそれ悪魔とかじゃない?だいじょうぶ?……それ、本当に夢?」
    「夢だよ……あ~だんだん思い出してきた。背中をずっと撫でながら、だいじょうぶだいじょうぶごめんなあいつは死なないぜったい戻ってくるってずっと言ってくれてた」
    「随分と慣れ慣れしいじゃねぇか」
    「いい悪魔じゃん」
    「まぁそうだけど……でさぁ、その天使が、最後になんか言ってたんだよなぁ。今度こそ、なんだったかな」
    「ああ、そう言えばそん人も言ってた。今度こそ?」
    「何だったかな」

    ――今度こそ

    「なんだったっけ」

    ――今度こそ

    「ああ」
    「「そうだ」」


    ――『今度こそ、必ず俺が幸せにしてみせるから』

    って。
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    Ma2rikako

    DOODLE最近、入村という言葉をよく聞くので燈啓ちゃんを入村させてみた。
    特に大きな事件もなくたんたんと話が進む感じです。
    時代的には昭和くらい。
    ある村での出来事その村に年若い青年が2人、ふらりとやってきてもう一年が経つ。
    都市の近代化が進む中、未だに閉鎖的なその村では突然やってきたよそ者を警戒するそぶりも見られたが、今ではもうすっかり村の一員としてその二人は受け入れられていた。


    「燈矢~見て見て!!」
    ただっぴろい畑の真ん中で、サツマイモの束が連なった蔓を掲げて元気に手を振っているのがそのよそ者だったうちの一人だ。啓悟はいつも笑顔の絶やさない人好きのする青年だった。落ち着いた色の金髪は日に照らされるとふんわりと輝き、そこにいるだけで周囲の人間に安心感と笑顔をもたらした。
    「お~すげぇなぁ」
    そして、その泥だけの満面の笑顔で手を振られていたのがもう一人のよそ者、燈矢だった。燈矢は未だ一本目を掘り出せずに畑に座り込んで少し離れたところにいる啓悟に手を上げて応える。彼は啓悟とは真逆で自分から村人と交流を持つことに積極的ではなかった。だが、真っ白い髪に、村の若い女性たちは一度は見惚れるだろう整った顔立ち、常に気だるげな雰囲気を纏ってはいたが、不思議と冷たいという印象はなかった。
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