午前の教養講習が終わり昼食も取ったその後の話。ウィックと遊んでいたら。執事のトクナガがやってきた。
トクナガは抱擁も黄金比もじいやと呼んでる人だ。教養から紳士の嗜みや料理まで万能な老人である。
それでいて人格者というのだから実は人じゃないのではと変なことを考えてしまう。
いつも黄金比と抱擁を優しく見守っている。
「抱擁様。このじいとお茶でも如何ですかな。今日はマフィンとクッキー、フルーツケーキをご用意しております」
「勿論、ご一緒させてください」
聞くだけで美味しそうなラインナップだ。じいやのお菓子は何でも美味しい。
「今日はいい天気なので、植物園で頂きましょうか。抱擁様、どうぞこちらへ」
ウィックと共に色とりどりの花が咲く植物園に向かった。数多の花達は長年かけてじいやが世話している。
抱擁も植物が好きなので手伝うこともある。じいやは知識が豊富なので勉強になるし趣味の土いじりがもっと楽しくなる。
黄金比が一番に信頼を置くのも無理もない。
たくさんの花が見られる情景の中に少し広いテーブルの上にはティーセットとハイティースタンドが並んであった。
白い皿にはマフィンやクッキーが並べられており。三段のハイティースタンドにはフルーツのプチケーキを始めとした軽食やお菓子が並べている。
ただのお茶としては本格的であり、全部平らげると食事くらいの満腹感になりそうだ。
淹れられる紅茶も一級品。今まで口にした市販のティーパックの紅茶とは訳が違う。
黄金比ならともかくこんなに良くして頂かなくてもと思うのだけど、じいやの雰囲気の良さについ遠慮がなくなってしまう。
ウィックにも気を回して犬用のおやつを用意してくれた。
「今日は坊ちゃまもお気に入りの紅茶です。抱擁様もお口に合うといいのですが」
「じいやさんの淹れるお茶はいつだって美味しいですよ」
「ほっほっほ。恐縮ですな。坊ちゃまの奥方に褒められるとは」
じいやは朗らかに笑う。その笑いにも気品が溢れてて、とても素敵なおじ様である。
見てる抱擁も思わず微笑んでしまうところだ。
「不思議なものですね」
「え…?」
「その……かつてからの縁とは」
その言葉に抱擁の表情が笑いから一変した。照れ臭いような何か諦観したような。
じいやは紅茶を一口飲みながら穏やかに笑っている。
黄金比はエドガー・ワルデン。抱擁はビクター・グランツとして転生している。抱擁の前世はこの世のものではない生き物。現在は想像上の生き物とされている悪魔という種だった。
黄金比と抱擁は前から出会っていてその記憶はあった。お互い生まれてすぐという訳ではないが、時間と経過と共に思い出す。
悪魔はその前世の中で実在をしてて、人にはない魔法が使えた特殊な存在。黄金比は現世と同じく人間であった。
ヒトと悪魔。決して結ばれることはなかった。抱擁はそれを良しとしなかったのだ。
明らかに違うものだと解っているから。相容れないと思っていた。
恋仲なんてならなかった。なる気も無ければ憧れていたものでもない。
黄金比はそんな抱擁の気持ちも理解することなくアプローチしてきたが。お陰で散々な目にあった。
でもそれも絶対許せないという訳でもなく、かといって最初は現世と出会うのも信じられなかったが。
気持ちが変わっていたらどうしようという不安とそうだったらいいなっていう心境を抱擁は当時抱えていた。
でも、それは気持ちが変わったというのは叶わぬ話で。
もう抱擁の腕は捕らわれてしまった。彼の腕で。心も身体も。何もかも。
だから結婚まで至った訳で。
「私としては嬉しゅうございますよ。坊ちゃまに一生共に出来る方をいらっしゃって」
「信じるんですか?」
「私は坊ちゃまのこと信じております。勿論、貴方様もですよ」
前世との記憶を持って、再会して結ばれる。まるで夢みたいな話。
それでも信じてくれて、見守って来る寛大な人。
この人は根っからの素敵な人だ。
「僕、あの人がじいやさんの傍にいて、じいやさんに出会えて良かったです」
「私もでございますよ」
お互い笑い合って、和やかなお茶会は続いたのだった。