だって恥ずかしいんだもんはぁ、と牧野がため息をつく。両手に頬杖をついて何やら黄昏れている様子の牧野に、たまたま通りかかった前田知子が心配そうな顔で近づいた。
「求導師様、どうかなされたんですか?」
「ああ、いや……宮田先生が欲しいんですけど、どうすれば手に入るだろう、と思って」
突然の牧野の妄言に知子の時間が一瞬止まる。牧野の視線の先で靡く白衣。知子は全てを察した。
「……求導女様にお聞きしましょう」
全てを察した知子が逃げようとして腰を上げる。それを牧野が咄嗟に掴んでくるものだから、知子は心底泣きたくなった。なんだろうこれ、求道師様壊れちゃった。
「待ってくださいよ。知子ちゃんはコイバナ……って言うんですかね、そういうの好きなんでしょう。聞いていってくださいよ」
「えぇ……うら若き中学生捕まえて何を話すって言うんですか……」
「まぁ聞いてください。実は幼少の頃、具体的に言えば小学生のころから彼の事が好きだったわけですが」
「嘘ぉ……」
知子の中の求道師像がガラガラと崩れていく。中学生にドン引きされている事にも気づかずに牧野は続けた。
「私も最初は家族愛の方だと思っていたんです。でも知子ちゃんと同じくらいの時かな、急に思ったんです。宮田さんが欲しいって。これはもうライクじゃなくてラブだなと」
「そのままの求道師様でいてほしかったな……」
「でも同性の同じ顔ですからね。なかなかそう言うことは言い出せないものです。なので遠回しにでもいいからとにかく気持ちを伝えて玉砕しようかと思いまして」
「この村でそんなスキャンダル起こしたら求導師様ここにいられなくなるんじゃあ……」
「それぐらいの覚悟でやってきてるんですよこっちは。それぐらい深刻なんです。もう最近はずっと……いえ、それよりも」
牧野が真剣な顔で知子を見る。その表情に思わず頬を染めた知子へ向き直り、至極真面目な声で言った。
「宮田先生の好きなものを聞いてきてください」
「はい!……はい?」
知子の思考が一瞬停止した。
「一生のお願いです! 聞いてきてください!」
「そんなことで一生のお願い使わないでください!」
「大事なことなんです!」
牧野の言い分は、これまで共に暮らしたこともなかったために宮田のことをあまりに知らないのでまずは知ることから始めたい、ということだった。知子からすれば知ったこっちゃないのである。
「求導師様が直々にお聞きするわけにはいかないんですか……?」
「む、無理です! そんなことしたら私死にます」
死にます、のくだりで唐突に声が冷たくなった牧野に知子は焦る。この人は言ったらやる。そんな凄味があった。
「わ、わか、わかりました……でも、あんまり期待しないでくださいね」
「ありがとうございます! 私、いつまででも待ってますので!」
それではこれで、と知子が今度こそ腰をあげる。今度は腕を掴まれず、それどころか笑顔で手を振り見送られた。まさに受難である。
半ば諦めが混じりつつ、知子は先ほどまで見えていた宮田の背中を追う。果たしてそれはすぐに見つかったが、宮田も牧野と同じように座り込んで何やら黄昏れていた。嫌な予感がする。
「宮田先生ー……」
「……」
返事がない。何かに没入しているようで宮田はひたすらに何かを呟いている。焦れた知子が少し声を大きくして呼ぶと、そこでようやっと気づいたのかこちらを振り返った。
「君は、前田さんの所の……」
「知子です。あの、宮田先生に聞きたいことあったんですけど……何かあったんですか?」
なぜ見えてる地雷に飛び込んでしまったんだろう。今になって思えば完全に悪手であった。
「ああ…………実は、牧野さんが欲しいんですけど、どうすれば手に入るのかと思って」
一瞬で何かを察した知子は早々にそこから逃げようとしたが、宮田に腕を掴まれて逃げられないと知る。
やっぱり双子ってことかな。知子は内心で泣きながら宮田を振り返った。
「それで、知子さんには頼みたいことが……どうかしました? 顔色が悪いですが」
「いえ……あはは……」
今日は厄日である。