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    【小説】空に向かって跳べ!【室生、萩原、芥川】
    『言葉紡ギテ縁ト成ス』bnalオンリーの展示作品です。
    2021年6月20日「想イ集イテ弐」bnalオンリーオンライン即売会にて、8ページ折本ネットプリントとして、こちらの小説を頒布しました。

    #文アル
    "asWritten"Album
    ##文アル

    空に向かって跳べ!【室生、萩原、芥川】 これは俺が蛙みたいに跳ねた時の話だ。室生犀星が蛙だなんておかしいって? はは、まあこれはものの例えだよ、もちろん分かっているだろうけど。

     数日前、夜中にずいぶん雨が降っただろ。あの時は、俺、深夜に雨が窓を叩きつける音で目を覚ましてさ。こりゃあひどい、畑の様子が心配だと気が気じゃなかったんだが、朝起きて窓を開けたら綺麗な朝焼けで、想像したほどには庭に水たまりもないんで拍子抜けしてしまった。さっさと着替えて、それからなんやかんやと朝の支度をしてもう一度窓から外を眺めたんだが、朝の空ってのはあっという間に色が変わる。さっきまで茜色だったのが嘘みたいにしれっと青い空が広がっているんだ。それでもところどころに杏色の雲が、朝焼けを名残惜しむように浮かんでいたよ。
     さて庭に目を移すと、ちょうど目の前、窓から三間くらい先に大きな水たまりができていた。ああ、三間っていうのは、ええと、五メートルになるのか、まあそれくらい先に幅一間……二メートルくらいの水たまりがあったわけだ。俺がぼんやりそのあたりを眺めていると、ハクセキレイがやってきて忙しなく足を動かして歩き回った。ずいぶんちょこまかと動き回るよな、あの鳥は。え? 蛙じゃないのかって? 君はずいぶんせっかちだな。それに例えだって言っただろ。俺の話に本物の蛙は出てこないよ。まあとにかく、その鳥は餌を探しているんだろう、蛇行しながら建物の方に近づいてきて水たまりの端っこにぶつかった。それでさ、飛ぶのかなと思うだろ、ところがハクセキレイはちょっと水の縁をうろうろしたあと何食わぬ顔して水たまりを迂回し始めたんだ。それでまあ、ぐるっと半周してから再びこっちに向かって歩いてきた。ひとっ飛びすりゃ早いのにな。思わず笑っちゃったよ。
     俺はその鳥を観察するのに夢中になっていて、庭の奥から人影が現れたのに気づかなかった。そいつが「犀ーーー!」って叫んだ。朔だ。俺のことをそう呼ぶのは朔しかいないからな。顔をあげたら案の定、朔がよたよたと歩いてくるのが見えた。こんな朝早くから外を歩いているなんて珍しいことがあったもんだ。俺が手を振ってやると朔は手を振り返して、水たまりの手前までやってきた。それから、何を思ったのか姿勢を低くして跳び越えようとする様子を見せた。よせ! って叫んださ、もちろん。大声で。
     静止も虚しく朔は水たまりに盛大に落ちた。ハクセキレイが驚いて飛び立った。俺は慌てて「そこで待ってろ!」って叫んで即座に部屋を飛び出した。廊下に飛び出してから部屋に引き返してタオルを引っ掴んだ。また廊下に飛び出して、また部屋に引き返した。履き物も必要だって思ったんだ。それで俺の履き物の中から朔でも履けそうな下駄を掴んで、今度こそ朔のいる中庭へ向かった。まったく、水たまりを飛び越せば良さそうな鳥が迂回して、迂回すべき朔が跳び越そうとするんだからおかしいよな。もっともそんな風に考えたのは後になってからのことで、その時は一刻も早く駆けつけることばかり考えてたな。
     朔はさすがにもう水たまりからは這い出していたけど、下半身がぐっしょり濡れたまま地面に座り込んでいた。俺の姿を見た途端、ぐずぐずと泣き顔になって俺の名前を呼んだ。タオルで足を拭いてやって履き物も替えさせたけど、こりゃあ早く着替えさせてやらないと駄目だなってそう思ったんだ。でもついつい小言が口から出た。なんで跳び越そうとしたんだ、無茶だって分かってるだろ、俺がそう言ったら朔は見るからに不満そうな顔をして「だって今日はなんだか跳べそうな気がしたんだ……」なんて言う。んなわけあるか、って俺が返事をしたら朔は頬をふくらませて「だって、犀、今日は朝から詩が書けそうな気がして……それでなんだか部屋にじっとしていられなくて……なんでも出来そうって思って……。だいたい犀はそうやって自分を馬鹿にするけど、犀の方こそ跳べるとは限らないじゃない」とまあ、こんな感じのことを言った。俺は言ってやったね、こんなの俺なら跳べるに決まってる、当たり前だろうって。
     それでまあ、俺は水たまりのふちに立った。そこではたと気づいたんだ。ここは潜書中の本の中じゃない。潜書中ってのはさ、いつもより身体能力が上がってるんだよ、こんな衣装でも軽々と走れるくらいに。でも普段の俺たちは人並みの能力しかないわけで、跳べそうに見えた水たまりが意外と大きくて少し難しいかもしれないって思い始めたんだ。朔ももしかしたら詩作に夢中になっているうちに、うっかり潜書中並の身体能力があると錯誤したのかもしれないな。で、俺はその場に突っ立って、ほんのちょっとだけ躊躇ってんだけどさ。
     突然「おーい、犀星、跳ばないのかい?」っていう声が聞こえてきた。芥川の声だ。しかも声のした方を見てみれば、あろうことか俺の部屋の窓から身を乗り出してこっちを見ている。なんで俺の部屋に勝手に入っているんだ! と怒鳴ったら、芥川は「だってドアが開けっぱなしだったんだもの。どうしたのかなと思って部屋を覗いてみたら窓も開けっぱなしだし。不用心だよね」なんてしれっと言ってのけた。断りもなく部屋に入られて腹が立つ。一体いつから俺たちの姿を見てたんだ。しかも芥川のやつ「水たまりを跳び越せ、水たまりを跳び越せ」なんて声を上げて煽ってくる。その話し方といい、声音といい面白がっているのが丸わかりだ。全身怒りで震えたよ。俺の剣幕に朔がおろおろして、「もういいよ。早く部屋に戻ろうよ」なんて言ってきたが、俺はなにがなんでも跳び越えるつもりになっていた。ようし、お前たち見てろよ、絶対に跳んでやるからな。そう宣言してちょっと下がって助走をつけて、跳んだ。

     これで俺の話は終わりだ。跳び越えられたのかって? 君は無粋だな。跳べたに決まっているだろう。なに? 蛙が跳ねるよりも格好良く跳んだに違いないってのか。ふむ、まあそういうことにしておいてくれ。
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