好き好み ドリンクに砂糖を落とすのは、自分が飲み下しやすいようにするためだ。舌を満足させ、飲み易いと脳に抱かせ、好意的に受け入れるからだ。
喉越しがいいからと砂糖を一切入れない人がいるのだって、その人がソレが良いと思っているからだ。苦味が好きだからとミルクを注がない人だって、その人がソレが良いと思っているからだ。冷たいドリンクではないと喉の渇きを潤せないと感じている人もいれば、温かいドリンクではないと心を満たせないと感じる人もいる。そんなの自由。逆然り、であれば逆もまた有り。私には私の好みがある。
「勿体ない、新作なのに」
同じクラスの女子から新作ドリンクの写真を見せつけられる。並々と注がれた生クリームとキラキラしているトッピングは、確かに可愛らしくて見た目通り甘くて美味しいのだろう。写真と一緒に書き込まれているトピックスには「ホイップ増し増し!激かわスムージー」と書いてあった。最近流行りの人気商品であろうことも伝わってくるカラフルな文章だ。カップルで買って一緒に飲んでいる姿をSNSにアップロードする事が流行っているらしい。
でも「一緒にコレを飲もうよ」と声を掛けられた私は、そのトピックスを一通り読んだ上で静かに首を横に振った。好みでは無い。甘い物は好きだが、ここまで甘く無くていい。そう伝えれば「甘いのが好きって言ってたじゃん」とむくれ顔を浮かべられる。私は静かに困った表情をするだけだ。
「また今度誘ってよ」
そのまた今度があれば良いけども。女子が私から離れて行く姿を暫く眺めたら、私も荷物を持って教室から離れることにした。
「またお誘い振ったの?」
「…悪い?」
正直に言えば、周りからの視線が痛い。私は私の意志を伝えた筈なのに、人に合わせない事を否定する視線を感じて堪らない。この場に長居する必要性がどんどん薄れていく。知人から揶揄われる様に吐かれた言葉も手の平でペッペッと払って歩き出す。
「勿体ないなぁ。可愛い子だったのに」
「自分よがりな女なんて興味ない」
「ふぅん?」
お前だって自分よがりな相手に合わせるのは良い気分ではないだろう。追い掛けて来た知人に言葉を返せば「それでも相手の好みは尊重するべき」との返答。私は呆れるしかない。大体、一方的に好きな物を押しつけられて喜ぶ人間ってそんな多くないと思うが。
「あ。自販機寄ってもいい?喉乾いた」
「早くして」
パタパタと友人が自動販売機に向かって歩いて行く。それを目線で追いかけて、自動販売機の前に辿り着いた姿を確認してから空へと視線を向けた。
「あのさー、何が飲みたい?」
「自分のだけ買えば」
「奢るけどー?」
「……じゃあオレンジジュース」
「いつもそれだね」
「良いでしょ」
「いちごミルクとかも美味しいじゃん」
「口の中に残る」
「あー、分かる」
「お前はまた冷たいお汁粉?」
「そうだけど」
「それ本当に美味しいの?」
「美味しいよ」
がこん、二つの音。また近寄る足音を聞いてから、ポケットに突っ込んでいた小銭を手にした。真っ直ぐと差し出せばキョトンとする顔が見えた。
「いらないって、奢り」
「悪いから」
「仕方がないな」
飲み口を開いて、喉奥を潤す。やはり甘いのはいい。これくらいの甘さが程いい。息苦しさを感じて口元を離して、息を吸う。
「……今度お汁粉専門店行くか」
「珍しい。明日は雨かな」
「嫌か?」
「急に人の好きな物引き合いにされるの怖くない?」
「そういう、もんか?」
相手の好みは尊重するべきって言った癖に。女は冷たいお汁粉を飲み干してから首を傾げた。