ガンガディアの与える過ぎた快楽に、マトリフの身体は翻弄されている。普段はよく回る舌も今はただただ吐息を漏らすことしかできず、その最中で何かを口走った気もするが、自分ではわからない。
突然、ガンガディアの動きが止まった。
「マトリフ……?」
たったいま絶頂を極めた恋人にかけるには、戸惑いの多い声にマトリフは違和感を覚えてゆっくりと目を開けた。
「どうした?」
覆い被さる巨体の顔は逆光で、よくわからない。
だが、長年の付き合いで、なんらかの理由で目の前の男が絶句している、ということは伝わってきた。
「すまない。君の過去にはこだわらないつもりだったが……」ガンガディアは、口元を手で覆って、かなりショックを受けているような口ぶりだ。
「は? なんだよ、いきなり」普段はマトリフのことを『あなた』と呼びかけるガンガディアから、知り合った当時のように『君』と呼びかけられ、マトリフはガンガディアの衝撃がいかに大きかったかを推し測った。
「さすがに、愛し合っている最中に他の男の名前を呼ばれるのは……」
「は? 他の男…?」
「気づいていなかった?」
「いや、すまねえ……オレはなんて言った? ……だいたい、おめえさん以外にオレは他に男なんて相手したことは…」
「……君はさきほど私に突かれながら、『師匠』と言った」
「ハァ??」ガンガディアが口にした相手がよりにもよっての予想外の相手で、マトリフは驚愕する。
「だから、『師匠、もっと』と」
「いや、聞こえてるぜ…師匠? ありえねえ、だいたいオレに師匠がいた頃なんて、何十年前の話……なんだよ、オレのことが信用できないのか?」
「君は自分の師ともこのようなことをしていたのだな」
「ちげえって……!」しみじみ言うんじゃねえ! まったく身に覚えのない疑いをかけられて、マトリフは背筋がゾッとした。気が気ではなかった。せっかく二人で幸せに暮らしていると言うのに、余計な波風を立てたくなかった。
さらに誤解とはいえ、目の前の恋人に悲しい顔をさせてしまった自分が腹立たしかった。
「否定しなくてもいいよ…そう、昔のことだ。話してくれなかったのは寂しいが、私は君のありのままを受け入れよう。しかし……ひとときだけ、落ち込むのは許して欲しい」
マトリフの体内に埋められたままだったガンガディア自身がひき抜かれていく。そのまま、身体は離れていって、あっという間にガンガディアは寝台から下りてマトリフの視界から消えてしまった。
「待て! 待てよ!」
マトリフも起き上がり、その辺の掛け布を身体に巻き付けると、慌ててガンガディアを追いかける。
「だから、誤解だって!」
いきなり動いたせいか、くらっと目眩を感じたオレは近くのチェストに取り縋った。
「マトリフ!」
崩れ落ちそうになったマトリフの身体を、戻ってきたデストロールの大きな手が支える。
「大丈夫かね」
「ああ……助かった」
まったく体力の限界だ。だいたい……そこで、ハッとする。
「今のでわかった。やっぱ、さっきのは誤解だからな!」
「だが……」
「なあ…オレたち、寝ないで抱き合って今日で何日目だ?」
「三日目だ。君が『オレは一ヶ月寝ないで闘えるんだから、寝ないで何回できるか耐久レースをしようぜ』と言うから」
「それだぜ、オレは若い時に一ヶ月寝ないで修行したことがあるんだよ、師匠とな」
「なるほど……?」
「たぶん、その時の睡眠不足の状態とさっきの限界の状態がそっくりで、記憶が混ざった。修行明けにいつも通りの時間に起こしに来た師匠にもっと寝かせてくれよ、って文句を言った覚えならある」
「ほう」
「まぞっほならきっとその修行のことを覚えているだろうし、オレと師匠が絶対そんな関係じゃねえってわかってるよ。あいつを連れてきて、オレが嘘を言ってないって証明してやる」
「……わかった。弟弟子を呼ばなくてもいいよ。あなたがそこまで言うなら信じよう」
ガンガディアの言葉に、マトリフはホッとした。
「なあ……本当に悪かったよ」
「良いんだ。私も短慮で誤解してすまなかった」
マトリフは、ふと思いついてガンガディアによじ登ると大きな耳に口を寄せた。
「今回は特別に……をしてやるよ」
「…なに? いいのかね? あんなに嫌だと言ってたのに」
マトリフの話を聞いて、ガンガディアの落ち着いた声の中に明らかな喜びの成分が混ざっている。
「まあ、一度くらいはな」
マトリフが伝えたのは、以前からガンガディアにいつかしてほしいと頼まれていたことだ。トロールの求愛行動の一種だが、マトリフには恥ずかしくてどうしてもできないでいた。
無自覚の行動とはいえ、こんなにも恋人を落ち込ませてしまって、埋め合わせをするのにマトリフはこれしか思いつかなかった。
「では、さっそくこれから準備をしよう」
嬉々としてなにやら大掛かりな支度に取り掛かるガンガディアを眺めて、マトリフはすでに後悔しはじめていたが……まあガンガディアが楽しそうなら良いか、と思ったのだった。
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そんな記憶が混濁することある? って感じですが、マトが自分の体力を顧みず無茶しようとするので、イマジナリーバル師からストップがかかったのかも……??(適当)
求愛行動の中身は各自想像にお任せしますっ☺️