「そろそろ魔力が足りないんじゃないか?」
床に座り込んで熱心に古書のページを捲るガンガディアの背中に向かって、マトリフは声をかける。
「いや、まだ結構だ」
精一杯の誘いの言葉に対して、ガンガディアはあまりにもそっけなく、マトリフは眉をしかめる。
マトリフとガンガディアが一緒に暮らし始めて、しばらく経つ。
死の間際のガンガディアから譲り受けたドラゴラムの書には、ガンガディアの魂が僅かに残っていた。その魂は、マトリフの魔力に触れ続けたことで、ふたたび生を得て、さらには実体を伴うことまでできるようになったのであった。
初めて本の中からガンガディアに語りかけられた時、マトリフは大変驚いたものだが、好敵手が蘇ったことは嬉しくないわけがなかった。今度こそ、平和に友情を築きたいと思ったのだ。
ただ、ひとつだけ困ったことがあった。
ガンガディアはマトリフから魔力の供給を受けねば、その存在を維持できなくなっていたのだ。マトリフはガンガディアの魂の宿る魔導書に触れることで、僅かながら魔力を供給することはできた。が、ガンガディアが実体を伴うにはそれなりの量の魔力が必要で、ただ魔導書越しに触れるという迂遠な方法では間に合わないようになっていた。
調べた結果、粘膜を通した接触が有効だ、ということがわかり、いつしか実践するようになっていた。
だが、ガンガディアは、自身を維持するためだけにマトリフの魔力を奪うことに対して罪悪感を抱いているらしい。
本の中にいればガンガディアも魔力を大きくは消耗しないため、できるだけ実体化を避けている節がある。
とはいえ、本を読むときやマトリフの話し相手として、時には家事のサポートをするときに実体を伴う必要があり、だいたい一週間に一度は、ガンガディアはマトリフから魔力の供給を受ける必要があった。
そして、大魔道士には大魔道士の事情があった。
「なあ……しようぜ。オレは明日からしばらく出かける用事があるからよ、今しておかないと心配なんだよ」
「だ、大魔道士……しかし」
焦れたマトリフは、ガンガディアの正面に周り大胆に膝の上に乗った。明日からでかける、などというのはもちろん方便にすぎない。
手を伸ばしてガンガディアの顔を引き寄せる。観念したガンガディアが、躊躇いながらもマトリフの身体をことさら優しく引き寄せた。
二人のくちびるが重なり、マトリフから淡く光が立ち上ったかと思うと、魔法力の移動が始まった。
大魔道士の身体には、その称号に違わず溢れんばかりの良質な魔法力が満ちている。
先ほどまでのそっけない態度とは裏腹に、ガンガディアは魔物らしくその魔法力を一滴も取りこぼしたくない、という風情でマトリフを貪ろうとしてくる。
マトリフは、実のところそうやって魔法力を体内から吸い出される瞬間が好きだった。
正確には、性的に興奮していた。理屈はわからないが、魔力供給がこんなにも気持ちいいものだとは知らずに実践してしまい、後悔半分、しかしもはや癖になってしまったというのが正直なところだ。
それなのに、ガンガディアは全くと言っていいほど自分からは魔力を求めてこなかった。
二人の関係において、唯一その点だけが、マトリフの不満だった。
もしかすると、ガンガディアにとっては、魔物としての本能を誘うようなこの行為は苦痛なのかもしれないな、と思わないでもなかったが……。
「んッ…」大きな舌で口の中を掻き回されて、ごっそりと魔力が抜き取られる感覚に耐えきれずに声が漏れる。そのまま、マトリフは力が抜けた身体をくったりとガンガディアにもたれかけさせた。
「すまない、つい夢中になってしまった」
唇を離したガンガディアの顔も、まだ名残を惜しみ、興奮の気配を漂わせているようにみえる。
自制をしてはいるものの、ガンガディアもオレともっとキスがしたいはずだとマトリフは確信していた。
どうやったら、もっとガンガディアとキスできるのか、どうやったらガンガディアから求めてくるようになるのか。粘膜の接触範囲をもっと広げたらどうなるのか。
マトリフはいよいよ本格的に手を打つことを考え始めていた。