迅速果断すぎるisgとそのスピードについていけないitsrnさんのrnis・作業進捗です
・付き合ってるrnis
・全てが幻覚
・閲覧は自己責任で
※見切り発車・途中段階なので色々変更になる可能性があります。
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糸師凛はクラブハウス前に人がいないことを確認し、さらに個人で契約している運転手がすぐ側に車を横づけしていることを目視して逃げるように車に乗り込んだ。まるで悪事を働いた容疑者のようにコソコソとして怪しい動きは、とても今をときめくプロサッカー選手とは思えなかったが凛にとってそんなことはどうでもよかった。
(大丈夫だ。接触してねぇ。今日は何も起こるはずがねぇ)
息を吐きながら後部座席に乗り込み、ようやく安堵できた。これまで数多の女性ファンに迷惑をかけられてきた凛は、毎日最大限に警戒しながら帰宅していた。
有名歌手、女優、モデル、キャスターに一般人、ファン、馴染みの店の店主及び従業員、スポンサーの姉妹娘親戚…これまでの忌まわしい記憶だけでも相当の数だったが、まだまだ記憶の外に漏れた分もある。凛にとって迷惑でしかないそれらモブに関わらないことこそが日々の安寧に繋がる。特にその日は恋人が家を訪ねてくる日だったので、なんとしても予定時刻に邪魔されずスムーズに帰りたかったのだ。
「あ、凛おかえり~」
自宅に帰ると、すでに明かりがついていてリビングでは恋人で同じくサッカー選手の潔世一がソファで寛いでいた。
「リストのもの買って来たけど、わざわざ作ってもらわなくても…」
「何回言わせんだよ。俺は自分で栄養管理するのが習慣なんだ。お前のはついでだ。いいから座ってろ」
凛は自室に荷物を置き、部屋着に着替えてからエプロンを身に着けキッチンに立った。
(俺は絶対に折れねぇぞ…)
執念を滲ませながら、凛は調理に取り掛かった。
潔とはブルーロックで出会い、そのプロジェクト内で喰う喰われるの戦いを繰り返しそれなりの信頼関係を築いた。基本的に人を寄せ付けない凛だったが、潔とは一緒にいても苛立たずに済んだ。
お互いプロになり、凛はフランスへ、潔はドイツへと渡りサッカーを続けた。試合中の性格は凶悪だが、それ以外ではお人好しで「いい奴」の潔は国が変わっても交流があった。2人はサッカーへの熱意やストイックさが似通い、徐々に親密になっていった。
凛は自分が潔に好意を抱いているのだと自覚し、潔も自分に対し少なからず好意があるはずだという自信があった。その頃にはお互い大抵のだらしなさもわがままも晒せる仲になっており、凛は潔が欲しいと思った。自分だけが潔の側に立つのだと有象無象を蹴散らしたかった。
ある時、潔が「俺フランスに移籍しようと思うんだ。リーグ違うとお前と戦いにくいし、もっと戦いてぇもん」と言い出した。凛と戦うために国とチームを変えるという宣言に、凛は内心チャンスだと思った。
そして潔の移籍が確定した後で、凛はついに口にした。
「潔、俺と恋人になれ」
凛の精一杯の告白だった。それさえ言えば、他に様々な言葉が抜けていたとしても、不十分だったとしても意味は伝わると思っていたのだ。これまで散々一緒に時間を過ごしてきたのだから、さすがに伝わるだろうと信じて勇気を振り絞ったのだが、返ってきた言葉は「なんで?」だった。
「恋人って…基本周囲に認知してもらって牽制するためのもんだろ?男同士の恋人をとやかく言うつもりはねーけど、偏見とか悪評が立つリスクを考えるとメリット少ないし」
凛はすぐに言葉を見つけられなかった。返ってくる答えは可か不可のどちらかだと思い込んでいたので、それ以外で返答されるとは予想外だった。
「っていうかなんで俺?恋人になるメリットが得られない以上俺である必要ねーし、信頼できる女の人雇うとか契約結んだ方がよくね?」
ショックだった。これまで話していた潔と目の前の潔が中身だけ別人になってしまったかのような末恐ろしさだった。日本語は通じているのに話が通じない不気味さを感じながら、凛は息を飲んだ。
「お前が良いって俺が判断したんだから、それでいいだろ。だから恋人になれ」
自分でも驚くほど覇気のない弱々しい声だった。だがまだ潔の口から「友達以上には見れない」や「男とは付き合えない」という決定的な拒否の言葉を聞いていないからと粘った。
「つってもなー。俺はお前に100%万全の状態でプレーしてもらわないと困るんだよ。そーゆーリスクは徹底的に排除したいわけ。別にヤりたいならセフレでよくね?そっちのがリスク少ないし。なんで恋人にこだわんの?」
潔は全く理解できないという風で、凛がおかしなことを言っているとでも言いたげだった。
「ウ…グ…」
凛は唸った。おかしい。凛にとって最も重要な、「潔に対し恋人になって欲しい」という要求に対し全く反応がない。恋人になって欲しいということは好意を伝えるのと同義だと思っていたのだが、潔の中では違うのだろうかと凛は思った。
(てめぇを独占するために決まってんだろ…!!)
奥歯を噛みしめて心の中で絶叫したところで、潔は「なんで?」を繰り返すだけだ。どうにかして潔を納得させた上で了承させるしかない。凛は必死に頭を働かせた。
何度か押し問答を繰り返すうちに、凛はようやく潔の思考をわずかながら理解できた。つまり潔にとって最重要なのはお互い最善の状態でピッチに立つことであり、それを脅かすようなことは全て拒否される。行動はもちろん、感情でさえも。
「別に恋人って関係を公表するわけじゃねぇ。それならいいだろ」
「公表しないならそもそも恋人になる意味もなくね?」
話が平行線になり、凛はついに「俺と恋人になるのが嫌ならそう言え」と絞り出すように言った。何を言っても合意が得られず、さすがの凛もこれは「NO」なのだと思った。それなのに潔はいつまで経っても明確な言葉を寄越さないので、我慢の限界だった。
「いやお前のことは普通に好きだし俺とヤりたいっていうならそれはそれでいいんだけど」
いいのかよ、と声が出そうになったが凛は黙った。
「俺はさ、さっきも言ったけどとにかくお前がベストコンディションでサッカーしてくれないと困るんだよ。こっちだってフランス移籍するんだし、それをスキャンダルだのなんだので出場停止とかになったら困るわけ。直接的な問題行動を起こさなくても、監督やクラブが下げろって指示したらもう出られないだろ?」
「だから隠れて付き合えばいいだろうが」
「リスクになるのが嫌なんだよ。つーか普通に異性と付き合った方がいいだろ」
その後も言い合いが続き、凛は潔を納得させるために「男同士なら公表しなければ友達で済むし、一番信用のおける潔以外にいない。異性は妊娠や衛生面の関係で却下」という思ってもいない論をぶつけた。
「まぁそれなら…」と潔は折れた。つまりそれは、凛と潔は恋人になったということに他ならないはずだった。
その後凛は大いに悩んだ。これまで恋人未満の関係でいた潔に比べ、明らかに話が通じない。だが思い返すとサッカーの話しかしておらず、むしろ全てを廃しサッカーに打ち込む姿勢には共感を覚えていた。それこそが違和感に気づけなかった原因なのだと気づいたものの、もう凛は潔を独占したくて仕方がなくなっていた。
凛が潔に対し恐怖を抱くようになったのは、恋人になってから半年ほど経った頃のことだった。
その頃にはもうセックスも済ませ、凛はようやく潔を自分のものにできた気分になって浮かれていた。おかげで警戒を怠ってしまい、クラブハウスに取材に来たという女性キャスターの密着を許してしまった。まんまとその場面を撮られ熱愛報道だの騒がれ始めた。その日に凛が自宅に帰ると、潔が段ボールを抱えていた。
「何してんだ?」
どこかに荷物を出す用事でもあるのかと思って尋ねた。
「出てくから荷物片づけてる!ガムテープってどっかにある?」
潔の一言に、凛は焦って持っていた全ての物を投げ捨て潔の腕を掴んだ。
潔が「報道を見て」と口にしたので、潔を不安にさせてしまったのかと思い報道に殺意を抱いた。
「熱愛なんかでっち上げだ。俺にそんな気あるわけねぇだろ」
凛は内心喜んでいた。潔が嫉妬らしい一面を見せたのはそれが初めてだったので、かわいいところもあるものだと思ったくらいだった。
「ああ、そうなの?」
その口ぶりに、凛は首を傾げたくなった。想定では、「よかった」とか「疑ってごめん」という反応が返ってくると思っていた。だが潔の反応は、そういったシリアスな雰囲気はなくただ単純に「早とちりだったのか」という空気のものだった。
「凛に新しい恋人ができたならここは俺のいるべき場所じゃないから出て行かなきゃって思ったんだけど」
なんてことのないように潔は言った。それは嫌味や嫉妬でなく、単純に事象を受け入れるだけの言葉だった。人が来たから道を空ける、ごみはごみ箱に捨てる、というレベルの「それが当然」という口ぶりだった。凛はまた潔の思考を理解するに至り、かなりの衝撃を受けてしまった。
潔の行動・思考の根本にあるものは「サッカー」であり、それ以外の優先順位は全て大差がない。
潔における凛は優先順位が高く設定されているが、「凛のサッカー」を脅かすものは誰の、本人の意思だろうと却下される。当然潔も例外ではなく、むしろ潔は「サッカー以外で糸師凛の人生に自分は不要」と考えている。
かつ潔は「人間の気持ちは常に変化する」「一生の約束は存在しない」という理念の持ち主である。
これを踏まえた上で潔の思考を辿ると、
・凛の熱愛報道の真偽は不明だが、今後この女性が凛のベストパートナーとなり凛に良い影響を与えプレーも好調になる可能性がある
・今自分と凛は恋人だが、今後はこの女性が恋人になった方が凛にとっては良いかもしれない
・ならばこの部屋はもう自分の居場所ではないので離れる必要がある
と、おおよそこういった意味合いであることが分析できた。凛からすれば恐怖でしかない。なにせつい数日前セックスをし、潔は凛にはっきりと「好き」と言っているのだ。今までの関係は騙されていたのかと不安になるほど、潔の行動は迅速果断だった。
潔と別れたくなどない凛は「今後熱愛が報じられてもそれはでっち上げだから俺の連絡があるまで待て」と言っておいた。潔も素直に頷いていたはずなのだが、数ヶ月後にまた別の女性と写真に収められてしまった時も凛が帰ると潔は荷物をまとめていた。
「待てって言ったろ!」と声を上げても、「いやいつお前のフィアンセが来るかわかんないし」とあっさり言ってまた凛を怒らせた。
潔は決して、凛の行動を支配しようとしているわけではない。
嫉妬をして、どうしてこうしてくれないのかと不満を口にすることもない。
裏切られたと失望し怒りを露わにすることもない。
恐ろしいことに潔は自分の感情と行動を完璧に切り離すことが出来るのだ。
好きだから一緒にいたい、好きだから自分だけを見ていて欲しい…誰もが当たり前に抱くその感情を、潔は切り離せてしまう。好きだけど自分と一緒にいる必要はない、好きだけど独占する理由はないと、人間とは思えない理性で判断している。
さすがの凛も辛くなって「お前は俺のことなんとも思ってねぇのかよ」と口にしたことがある。俺はお前のこと好きなのに、とは言えなかったが、そういう意味合いの発言だった。
「俺の気持ちとお前の感情は別物だから、俺の気持ちに関わらずお前は自分のしたいようにすべきだ」
潔の返したその言葉は凛の欲しい言葉ではなかった。これではまるで自分がメンヘラではないかと凛は思った。
潔の言動の真意が見えず、誰にも相談できなかったので凛は度々ネット検索を試みた。恋愛のことを調べると必ず「メンヘラ」という単語が見つかり、詳しく調べて凛はこれが自分の理想だと感じた。
本当は潔に嫉妬して欲しい。中継で映った女性キャスターとの仲を邪推されたり、自分を優先しろと文句を言われたり、チームメイトのSNSに偶然写り込んでいる凛を目ざとく発見されて理不尽に怒りをぶつけられたかった。
悔しいことに凛は潔に惚れ込んでいた。