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    Saihate7_15_31

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    Saihate7_15_31

    ☆quiet follow

    エグシャリ。
    「⋯僕のほうがおかしくなってしまいそうです」
    「おかしくなるってどんな風に?」
    低く囁かれるたび、思考が絡め取られる。
    抗えないのに、もっと夢中になってしまう。

    #エグシャリ

    恋の駆け引きは甘くてずるいソドンのトレーニングルームには、鉄の擦れる音や低く響く呼吸が満ちていた。
    床にはいくつものトレーニング器具が並び、湿った空気が二人の肌に心地よく纏わりつく。

    「もうちょっと⋯⋯よしっ!」

    エグザべはダンベルを持ち上げ、最後の一回を終えると、大きく息を吐いた。
    鍛えた腕には薄く汗がにじみ、シャリアが差し出したタオルを受け取ると、額の汗を拭う。

    「お疲れ様です、中佐!」
    「ふふ、お疲れ様。あなたも、随分力がつきましたね」

    シャリアはベンチに腰を下ろしながら、エグザべの成長を目にするように微笑んだ。
    エグザべも隣に座り、水滴のついたボトルを手に取ると、一気に喉を鳴らして飲み干す。

    「くぅーっ!運動した後の水分補給って、最高ですね!」
    「ええ。適切な水分補給は、トレーニングの成果をより良いものにしますからね」
    「やっぱり中佐は知識が豊富ですね。僕ももっと勉強しなくちゃ」
    「そうですね。努力する姿勢はとても素晴らしいですよ」

    シャリアは微笑みながらエグザべのボトルを指差した。

    「ですが、飲むのが早すぎます。少しずつ飲まないと、かえって負担になりますよ」
    「あっ、そうなんですね。気をつけます!」

    そう言いながら、エグザべは改めてゆっくりとボトルを傾けた。
    シャリアはそんな彼の様子をじっと見つめる。

    「⋯⋯ん? どうかしましたか?」
    「いいえ。ただ、本当に鍛えましたね」

    シャリアは穏やかな口調で言いながら、エグザべの腕にそっと触れた。
    鍛え上げられた筋肉の上を滑る指先。

    「ふむ、確かに前より筋肉が付きましたね」
    「でしょう!? 頑張りました!」
    「ふふ、よく頑張りましたね」

    シャリアが優しく頭を撫でると、エグザべはくすぐったそうに肩をすくめた。
    けれど、その表情には誇らしげな笑みが浮かんでいる。

    ──そのはずだった。

    だが、次の瞬間。

    シャリアの手が、腕から手首へと移り、血管をなぞるようにそっと撫でる。
    指先が静かに肌を辿るたび、エグザべの心臓が妙に高鳴った。

    「中佐⋯それ以上は⋯⋯あの⋯⋯」

    掠れるような声が漏れると、シャリアはハッとしたように手を引いた。

    「あっ、ああ、触りすぎですよね、すみません」
    「いえ⋯⋯良いんですが⋯⋯僕のほうがおかしくなってしまいそうです」

    ぽつりと漏れた言葉に、エグザべはしまったという顔をする。

    ──しまった、なんてことを言ったんだ。

    頭にじわじわと熱が昇ってくるのが分かる。
    心臓がさっきまでのトレーニング以上に強く脈打って、息苦しいほどだ。
    こんなの、鍛えた筋肉とは関係のない鼓動だと分かっているのに。

    シャリアはそんな彼を見つめ、微笑んだまま再び指を伸ばす。

    「おかしくなるって、どんなふうに?」

    低く囁くような声。
    ゆっくりと這う指が、もう一度エグザべの血管の上を滑る。
    息が詰まるほどにゆっくりと、優しく、けれど確実に意識を絡め取るような触れ方で。

    「⋯⋯っ、ずるいですよ、中佐」
    「ずるい?」
    「そんな風に⋯⋯そんな風に言われたら、余計に⋯⋯っ」

    言葉の続きを飲み込んで、エグザべはぎゅっとシャリアの手を握りしめた。
    熱が伝わるほどに強く。

    余裕がないのは自分の方だと、痛いほど分かる。

    心の奥底で、抗おうとする意識が必死に足掻いていた。
    いつも穏やかで、余裕のあるシャリアに、こうも簡単に翻弄されてしまう自分が悔しい。

    ──なんで、こんなに余裕がないんだ?

    これじゃまるで、子供みたいじゃないか。

    けれど、抗えない。

    彼の指先が触れただけで、息が詰まりそうになる。
    この手を握りしめているはずなのに、完全に主導権を握られているのは自分の方だ。

    それが悔しくて、胸の奥が甘く軋む。

    シャリアは静かに微笑むと、今度はエグザべの頬を優しく包んだ。
    指先がそっと唇の端をかすめたとき、エグザべは目を伏せてシャリアの手にすり寄るように顔を傾けた。

    「⋯⋯僕だって、子供じゃないです」
    「ええ、知っていますよ」

    そう言いながらも、シャリアの目にはどこか余裕がある。
    その余裕を崩したくて、エグザべはぎゅっと手を引き、シャリアの指先にそっと唇を落とした。

    「⋯⋯これでも、まだ子供みたいに見えますか?」

    一瞬の静寂。
    それを破ったのは、シャリアの息を呑む音だった。

    ──勝った、と思った。

    けれど、シャリアはゆっくりと口角を上げると、静かに囁いた。

    「⋯⋯あなたは、やっぱり可愛いですね」

    言葉と同時に、シャリアの指がわずかに震える。
    その微細な揺らぎを、エグザべは見逃さなかった。

    確かに、ほんの少しは動揺したはずだ。

    だけど──。

    「翻弄されているのは、私ではなく⋯⋯あなたの方かもしれませんね」

    そう囁かれた瞬間、エグザべはまるで足元を掬われたような感覚に陥った。

    ──ああ、やっぱり、この人には敵わない。

    思考が絡め取られる。
    抗えないと分かっているのに、それでも彼に夢中になってしまう。

    この余裕を、いつか絶対に崩してみせる。

    けれど、その戦いの決着は、まだ先の話になりそうだった。



    -END-


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