昼下がり、緑色のゲソに釣り針のピアスが特徴的なインクリングのルアーは、シラツユの息がかかっていない外周のマーケットへと赴こうとしていた。
入口へさしかかろうとした時、少し離れた目立たない場所に見覚えのある人物がいる気がして様子を見ることにした。
そこにはブキケースをきつく抱きかかえて横になったジルコがいた。
「なんだ、オオセさんじゃないか。こんな昼間から酔いつぶれて……ないね。」
反応がないため、帽子をずらそうとして…弱々しくジルコはルアーの手を弾いた。
ルアーの方をギロリと見たジルコはなにか話しているようだが声は掠れて聞き取れず、焦点も合っていなかった。
「とにかく…暴れても連れていくから、ね!!」
ルアーは控えめに暴れるジルコを俵担ぎし、反対の腕にはジルコが持っていたブキケースを抱え、スーパージャンプした。
◈
「……ッ!!……?」
いつの間にか気絶していたジルコは、目を覚まして見えた景色に驚いた。
最後に記憶があるのは、外周マーケットの傍で黒インクの使用を止めた所までで、あとはずっと幻覚と幻聴に襲われていた。内容は、かつての仲間たちから、ひたすら罵倒や暴力を振るわれそうになるのだ。
(そうだ、“相棒”は…?)
辺りを見回すと、ベットの傍の床にそれは置かれていたのが見えて安堵する。
「……」
(相当何か叫んでいたんだろうか…声が出ない)
とりあえず身体はもうなんともないだろうし、歩いて伝えに行こうとした所、この場所の主・ホーネットが顔を見せた。
「起きたようだな!吾輩を吾輩として見えてるなら、もう問題ないだろうよ。黒インクの検査以来使用しなかったお前さんが使うなんて、余程の強敵だったのか?」
まあ、サンプルが増えたのでこちらとしては構わないが、とニヤリと笑ったホーネットはあとから付け足して言った。
「……おや?声が出ないのか。では…このホーネット特製のど飴を舐めるといい……!!!」
ホーネットは棚から小さな飴玉をひとつ取り出し、ジルコへ渡す。ジルコは訝しげに受け取りつつ口に含めると、ものすごく形容しがたい刺激的な味がしつつもなんとか舐め終わった。
「………………ゲホッ、こんなものまであるんだな…感謝する。」
顔を歪めたジルコを余所に、自分が与えた物をちゃんと服用したことに密かに喜んでいるホーネットがいた。
「あぁそうだ。ここまで運んだのはルアーだ。礼ならあっちにも伝えろよ。それと、彼女には簡単に副作用の説明をした。」
「そうだな、この状態なら仕方あるまいよ。彼女にも、恥ずかしい姿を見せたね。それじゃあまた仕事の時に、かな。」
何か言いたげなホーネットを無視しジルコはブキケースを抱え、会釈してその場を去った。
(とりあえず、彼女に礼をしなくては。あと、カルミアにも無断であそこへ行ってしまったから、何か言った方がいいのかな…怒ったら怖そうだなぁ。それと……今日の寝床も探さないとならないね。)
黒インクが抜けて冴えきった頭で、ジルコは今の日常へと戻っていくのであった。