Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    azurem00n

    @azurem00n

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 38

    azurem00n

    ☆quiet follow

    「プリズンブレイカーズ」後のお話。
    何番煎じかもしれないですが、やきもち零さん

    ##零晃

     ぱたん、と楽屋の扉が閉まる音がやけにさびしく聞こえたのは、自分の心に後ろめたいことがあるからだろうか。
    「……零くん」
     言外に責め立てる響きで名前を呼んできた相棒の声にぎくりと肩を揺らして、けれどそれがすぐ呆れたようなため息になったから、ゆっくりと振り返った。薫にそんな声を出される理由も、自分がひどく情けない顔を晒しているであろうこともわかってはいるけれど、色々と察しているらしい薫にはずいぶんと甘やかしてもらっている、とも思う。そう言ってしまうとますます叱られてしまうから言わないけれど。
    「あのねぇ、そんな甘ったれた顔したって俺には効かないんだからね」
     わざとらしくぽすんと弾みをつけて椅子に腰掛けた薫が腕を組み、いかにも怒ってます、というポーズを取ってくれているのは他でもない自分のためだ。泣き言を言いやすくしてくれるために。
     零も薫の向かいに腰掛けてテーブルに肘をついた。組んだ手の上に額を預けると、深いため息を吐いた。
    「……晃牙、傷ついておった、よな」
     楽しそうにくるくると動いていた表情が次第に強張って、最終的にしゅんと肩を落として楽屋から出て行かせてしまった。
     それは零が何か言ってしまったから、というよりも聡い晃牙が急降下した零の機嫌を察してしまったからなので、余計に薫は呆れた顔をしている。
    「まぁわけわかんないよね。今日は俺たちだけの仕事だからってせっかく差し入れ持ってきてくれてさぁ、久しぶりだし近況聞かせて、ってこっちから言ったのに零くんが拗ねるから」
    「ぐぅ……」
     垂れ下がった耳と尻尾の幻覚を思い出して、それがますます零の罪悪感を煽る。
    「まぁね、傍からみれば取り繕えてた方だと思うよ? でも晃牙くんは俺より零くんの変化には敏感なんだからさぁ」
    「うぅ」
    「しかも晃牙くんは零くんの機嫌が悪そうだな~っていうのは察しても、それがまさか嫉妬で拗ねてるだけなんて思いもしないからさ」
    「……薫くん、正論って時にはものすごい暴力になるんじゃよ?」
    「知ってるけど?」
     撮影でも珍しい、お手本のようなにっこりとした笑みで返されてしまえば、もう零は言葉を返すことができない。
     甘んじて、その鞭を受けましょうとも。
     どうしたって、今回悪いのは零の方である、というのは薫と零の共通認識であるのだから零の勝ち目など最初からないのだし。
     けれど言わせてもらえるのならば、自分でもこんなに心が乱れるとは思っていなかったのだ。
     某番組で勝ち取った賞金をもとに晃牙がライブをしたがっている、というのは薫から聞いていた。なにせ、薫のライブハウスを借りたい、という話だったので。
     けれど、そのライブの詳細を、チケットを持ってきてくれた今になってようやく零は聞いたのだ。ライブを開くのは、慕ってくれている後輩に経験を積ませるためだということ。そしてその後輩は、弟子になりたいのだと言って晃牙についてまわっているという――あまりにも、かつての自分達と重なる情報を。
     言動が荒々しかろうと、根が真面目で面倒見のいい晃牙の周りにはたくさんの人が集まってくることは知っていた。夢ノ咲でも、星霜館でも、後輩たちにだって慕われているのを見て微笑ましいとすら思っていたはずだった。
     それなのに――、自分の知らない相手であればこのザマだ。
     零にだって晃牙が知らない人間関係や柵がある。むしろ、零自身のことは零が晃牙を知るほどには晃牙へ開示していないだろうとすら思っている。そんな零が、どの口でそれを言うのか、と言われるのは百も承知で――晃牙に自分の介入できない人間関係があることに焦っている。
     だって、知っているから。
     置かれている境遇や心情など、かつての零と今の晃牙では当たり前に違うだろう。
     けれど、真っ直ぐに慕う目にどれだけ力をもらえるかということも、何かをしてくれるわけではなくても、変わらず傍に居てくれることの心地よさも、知っているから。
     そういう、晃牙のまっすぐさやあたたかさに零は救われて、惹かれたのだから、晃牙がその後輩に絆されない保証なんてどこにもないだろう。
     ――それが、零と同じく、恋情に繋がることだって。
     すでに卒業した身では、いくら同じ寮に住んでるとはいえ「ともに『学校』で過ごす時間」を持つことはもうできない。寮での時間だって愛しいものであるけれど、もう失ってしまったからだろうか、あの箱庭がたいそうきらきらしいもののように思えてしまう。
     だって芸能界という、学生以外の活動の場があったとしても、まだ「学生」である晃牙の時間に占める割合も、濃度も、「学校」にいる時間というものが一番で、どうしたって、それありきになってしまうのだから。
     そこに零はいないのに、かつての零にとっての晃牙のような存在が、今、晃牙の傍にいるなんて心穏やかではいられない。
    「ちなみに零くん、その後輩くんこんな感じらしいよ」
     薫が見せてきたスマートフォンの画面には零には見覚えのない夢ノ咲の制服を着た子に抱きつかれている晃牙の姿だった。
     体格のいいその子の腕にすっぽりと収まっている晃牙は、鬱陶しがっていそうな顔をしているけれど、心の底から邪険にしていないことは先ほどのライブの件を聞かずともわかる。単にじゃれついているだけ、なのであろうが零の裡にはますます澱みが広がっていく。
    「薫くんがいじめる……わざわざ追い討ちかけんでもよかろう」
    「やきもちで晃牙くんいじめたひとには言われたくありませーん。ちなみにこの画像送ってくれたのは凛月くんね」
    「りつぅ……」
     なんでそんな写真がすぐに出てくるんじゃ、と呟きかけて、きっと凛月も零に薫と同じようなことをしようとしたのだろうなと思い至る。……愛しの兄へ、発破をかける、ために。けして、単に嫌がらせのために、とかではなく!
     連絡を取って、すぐに凛月から返事がくる薫を羨みたい気持ちも相まってますます情けなさが増してつい顔を手のひらで覆った。
    「だいたい零くんは晃牙くんに甘えすぎなんだよ。あれだけ好意をもらっておいて、零くんの方からはまっすぐ返してるのみたことないし。愛し子、なんて言ったところで、みんなに言ってたら意味ないんだから。今の零くんに嫉妬する権利ないんだからね」
    「うぅ、わかっておるわい……今日の薫くんは切れ味絶好調じゃの……」
    「発破をかけてあげてるんだよ。どうせ仲直りしないといけないんだし、好きなら好きってさっさと言えば」
     ガタン、と扉の向こう側で何かが落ちたような音がして、薫の言葉が途切れる。首をかしげながら顔を見合わせて、それから薫が立ち上がって扉を開けた。
     振り向いた零からは隙間から廊下の壁が見えるくらいだったので、またもテーブルに向かって項垂れるなどしていれば、笑いを堪えたような声で零くん、と呼ぶ声が聞こえた。何事かと再度振り返った、ら――何とも言えない顔をした晃牙が、そこに、いた。
     困惑しているような、後ろめたいような、泣きそうな……いつだって強い力の籠った眼差しが揺らいでいて、あまり良くない感情ばかりが混ざったようなその顔に背の凍る心地がする。
     もしかして、会話を聞かれていたのだろうか。
     それで、そんな顔をしているというのなら――そこから考えられる理由に、零の方が泣きたいくらいなのだけれど。
    「そろそろ年貢の納めどきなんじゃない、零くん」
    「ちょ、っと待つのじゃ、薫くん」
    「俺飲み物買ってくるから。本番までにもう少し時間あるから晃牙くんゆっくりしていっていいからね。零くんの話聞いてあげてよ。時間になったら呼びにくるからさ」
    「え? あ、」
    「薫く、」
     じゃあ頑張って、と言わんばかりに綺麗なウィンクを寄越してひらりと手を振って颯爽と薫は楽屋を出ていってしまったから、晃牙とふたり、ぎこちない静寂の下で手をこまねいている。
     晃牙と、視線が合わない。言葉が、でてこない。
     こんな空気の中で、何をどう言えと。
    「……晃牙、なんぞ忘れ物でもあったのかえ」
    「……さっき、朔間先輩が不機嫌そうだっからよう、すごすご逃げちまったみたいになったけど……タイミング逃したらまた会うまでに時間空いちまうかもしんね~しと思って引き返してきた、ん、だけど」
    「……我輩たちの会話、聞こえておった?」
     ふい、と逸らした晃牙の横顔に「聞いちまった」とでかでかと書かれているくらいのあからさまな態度に少しだけ頬を緩める。
     嘘のつけない、可愛い子。
    「朔間先輩に、好きなヤツがいる、みて~なこと言ってたあたりだけ」
     聞いてしまった後ろめたさも含んでいるような、少し拗ねた口ぶりにますますの愛おしさが募ってしまう。
    「……羽風センパイと付き合うのか?」
    「なんでそうなるんじゃ!?」
    「違うのか? 気持ちはわかってんだからさっさと言葉にしろよ、って羽風センパイが煽ってんのかと思って」
    「誤解じゃよ……薫くんとはそういうのじゃないわい」
     微妙に誤解とは言い切れない。薫は確かに「煽って」いたけれど、それは零が「晃牙に」気持ちを伝えるように、だ。本来の相手に、別の誰かに気持ちが向いているなんて、誤解される内容としてはなかなかきついものがある。
    「羽風センパイ『は』ってことは……本当に、別には、いんの?」
     ちろりと窺うような視線を寄越そうとして、けれど零のいるところまでは届かない。微妙な、もどかしい問いかけ。
     晃牙の困惑はありありとわかるものだけれど、それが常日頃の「憧憬」からくるものなのか、それとも「恋慕」からくるものなのかは、いまいち零には測りきれない。
     こう言ってしまってはとうとう薫から、――ひいては凛月からも調子に乗りすぎだと殴られかねないけれど、晃牙からの好意は出会った頃から浴び慣れていて、好意があること自体はすでに自明の理だ。
     けれど、それが零の欲しい種類であるのかどうかまではさすがに自惚れることができない。いっそのこともう少し手前から聞いていてくれればよかったのに、なんて思わないこともないけれど、それではあまりにも情けなさがすぎるというものだろう。
     一歩、晃牙へと近づく。
     晃牙の肩がかすかにぴくりと反応する。
     そろりと頰に触れ、こちらを向かせた。けれど、最後の抵抗とばかりに目元だけは伏せられたまま、一向に零を見ようとはしない。
    「我輩も、聞きたいんじゃけど」
     ようやく視線が上がって、ついでにこてん、と首が傾けられたから零の手のひらにかすかに重さが乗ったことに、またきゅう、と胸が悲鳴を上げる。
     気持ちを自覚してからずっと、小さな仕草でもいちいち可愛く見えてくるのだから仕方ない。晃牙が聞けばがなり声をあげるだろうから、言わないけれど。
     だって今はもっと別に訊ねたいことがある。
    「件の後輩くんとやら、やけに距離が近くないかえ?」
    「はぁ!?」
     案の定キーンと耳を劈く返しに少しばかり眉を潜めながら、けれど頬に当てた手のひらは離さずにそのまま続けた。
    「薫くんに、後輩くんに抱きつかれている晃牙の写真見せてもらったんじゃけど」
    「なんで羽風センパイがんな写真持ってんだよ」
    「凛月に送ってもらったんじゃって」
    「だからなんでリッチ~が持って……いや、そういや撮ってた気もすんな。でも距離が近いってよう、別に普通じゃねぇ?」
     ますます零の質問の意図がわからないのか、目をまるくしてこちらを覗き込む。それを言われてしまうと、確かにESのアイドルたち――特に夢ノ咲にいた子たちは互いの距離が近くはある。ハグだのおんぶだの、日常でも見慣れたものではある。あるのだけれども、それは親密さが故のものなのであって、今それを許すくらいの親密さがすでに件の後輩にあるのかと、そういうところを聞きたいのだけれど――周りからの好意にどこか鈍いきらいのある晃牙にはもっと直裁な言葉で問う方が良いだろうか。
    「口説かれたりしておらぬよな?」
    「はぁ!? んなもんあるわ、け……?」
    「あるのかや!?」
     否定しようとして途中であれ? と思い当たったように虚空へ視線が彷徨ったから思わず両肩を掴んで問いただす。
    「いってえ、朔間先輩ちから強いって」
    「じゃって」
    「いや、やっぱ違えよ。『好き』とかは言われたことあるけどよう、それはファンみたいな意味でってことだろ~し」
    「わからんじゃろ。現に抱きつかれとるんじゃろ?」
    「いやだからそれもじゃれついてきてるだけだろ?」
     それに俺様だって言ってたじゃん、とぽつりと言われてしまえば、それは今の零には晃牙の好意の種類が「憧憬」であるのと明言されたのと同義だった。
    「ほんとに?」
    「あ?」
    「晃牙は、ほんとうにそれだけじゃった?」
     悪あがきのように間近でまんまるになった金色を覗き込む。
     言葉を咀嚼するための間が空いて、それからばふん、と噴火したように晃牙の頰が朱に染まる。
    「っ、な…! つ~か、俺様の質問! 答え」
    「晃牙じゃよ」
     羞恥で暴れ出しそうな晃牙を抑えるために、それから、晃牙の動揺に付け込むように、食い気味に言葉を重ねる。まさかこんな、自棄っぱちのように気持ちを告げるなんて思ってもみなかったけれど。
     それでも、自惚れでなければ、言葉を邪魔されたからかぽかんと口が開いたままの晃牙の耳にまでじわじわと朱が広がっている。頰は先ほどよりも、赤い。
    「我輩の好きな子、の話じゃろう?」
    「っ、誤魔化そうとしてんじゃ」
    「しておらぬよ」
     もう一度、晃牙の頰に触れてこつんと額を合わせる。それからぎゅう、と抱きしめれば、驚いたのか小さく身動ぎして、けれどそのままおとなしく零の腕のなかに収まった。
    「我輩が好きなのは晃牙、じゃから、簡単に誰にでもこの距離を許さんでおくれ」
     腕にこめる力を強くして、懇願するように告げる。本当は、誰にも許したくはないけれど、晃牙に繋がる縁をすべて断ち切りたいわけでもない。
     だってそこには零にだって大切にしたい繋がりがある。
    「……何か、言っておくれ」
     晃牙の肩に額を擦り付けて、強請る。
     柄にもなく、心臓が早鐘を打っている。ここまでの動揺も、誰かの言葉を聞くことが怖いと思ったことも未だかつてない。
     すぅ、と耳元で息を吸う気配がして、これから続く言葉を期待してぎゅっと目を瞑る。
    「零くん?」
     コンッと軽いノックとともに響いたのは薫の声で、晃牙と二人して、飛び上がるほどに驚いてしまった。その隙に、晃牙に距離を取られて、少しばかり残念な気持ちになる。
     けれど、さっきまではあんなに近い距離にいたのに、という気持ちも晃牙の顔をみてしまえば早々に消え失せた。真っ赤な顔をして、わなわなと震えている様子は愛しい以外の何物でもない。
    「こう」
    「そろそろ時間だよ~って、わ! 晃牙くん!?」
    「か、帰る! 長居して悪かったな!」
     薫が扉を開けた途端にパッと身を翻して駆けていった晃牙のの背中を引き止められないまま、すれ違うように部屋へ入ってきた薫を思わずじとりと睨む。
    「薫く~ん?」
    「俺悪くないからね!? ギリギリまで待ってあげたんだよこれでも」
    「あとちょっとじゃったのに……」
    「まだ終わってなかったの!?」
    「うるさいわい」
     
     ――それから、滅多にないくらいのやる気を見せて、零が仕事を終わらせて寮に戻ったあと。
     鉢合わせた晃牙が薫を楯にして、薫を挟んでしばらくの攻防戦が繰り広げられることはまだ、知らない。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭😭💞💞💞💞👏💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works