手が解かれて、普段はかち合うことのない目の色にしまった、と思った。
「晃牙」
ライブ後のざわついた舞台裏に、ささやくように呼ぶその声がやけに大きく聞こえる。けれど、聞こえなかったふりをして、晃牙は着替えを進めた。零を見てしまったら、ダメだと思った。――少なくとも、今日、宿泊するホテルに帰り着くまでは。
「晃牙」
先ほどよりはすこしだけやわらかく、それからこちらの方へ手を差し出しているのが目の端に映ったから、ちろりと窺うように零を見やる。両腕を広げて、何かを待っているような体勢に、ついふらり、と足を進めた。
言い方も表情もやわらかい、けれど、もう全部知られてしまっているのだったら叱られてしまいそうな気がする。それでも、何より今日やるべきことにはもう力を出し切った、からもういいか、とも思って。
ぽすん、と零の肩に顔を埋めればいつもの零の匂いに、汗の匂いが混じっていて、普段より高い体温に安心する。
「晃牙くん!?」
ふっ、と力が抜けて、薫の叫び声を遠くに聞いて、意識が途切れた。
ふ、と意識が浮上してくると、ぼやけた視界に黒髪が映る。
「気がついたかえ?」
熱中症じゃって、と経口補水液のペットボトルを差し出してくれた零に支えられながら半身を起こす。少しずつ口に含めばじんわりと身体に染み渡っていく。
半分ほど飲み干したところで、ペットボトルを零に渡してまた横になる。ずっと重かった身体がすっと軽くなった心地がした。
「まったく、自分のことは二の次なんじゃから」
「いけるって思ったんだよ」
「いけるじゃない、体調が悪いなら無理をしてはだめじゃろう。知っていれば早めに対策もとれたじゃろうし……びっくりしたんじゃよ? いっつもこども体温な晃牙の手が冷たかったから」
「こども体温いうな」
いつもであればグローブを着けているのに、今回のライブではセトリの都合上、素手だった。
「それに今日よく考えたら晃牙に妙に避けられておった気がするし」
「……あんたの顔みたら、ダメだと思って」
目があってしまったら奮い立たせている気力も何もかもが、ふっと緩んでしまう気がした。
昔よりやわらかくなったまなざしは、見ているこちらにも安心感を与える。
「気が緩んじまう」
「……は?」
「はは、あんたがそんな顔すんの、めずらしい、な」
うつらうつらとしていたまぶたがぱたん、と閉じられて、すぅすぅ、と浅い呼吸ながらも穏やかな寝顔を眺めてほっと胸を撫で下ろす。
まったくこちらの気も知らないでふにゃりと笑ってくるのだからたまったものじゃない。
いつもはグローブ越しにだってあたたかい晃牙の指先が、ひやりと冷たかったことにどれだけ零が肝を冷やしたと思っているのだ。
「あまり、心配をかけんでおくれ」
そっと触れた指先には微かに熱が戻り始めていた。