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    肝缶ω

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    <8/20追記>パスワード外しました!
    展示で見てくださった方ありがとうございました。


    「さよならさんかくまた来てΔ」展示品です。

    一斉襲来から、半がセロリ責めするようになるまでの間のお話です。

    パスワードはイベントスペースをご覧ください!
    5/6 セロ星エアでもパスワード再掲してます🔑


    【注意】
    ・交通事故表現あり

    Way 色褪せた幼き日の遠い記憶の中、こびり付くようにして残った気配のイメージ。それを再び感じ取った瞬間、まるで鮮明に輪郭を取り戻したようだった。
     全身の血が沸騰するような高揚感と緊迫感。迫り来る複数の吸血鬼の気配の中だろうが、半田が間違うはずがない。
     自分に課された使命。約束を果たすとき。ついにこの時が来てしまったのかもしれないと、その時、確かにそう思ったのだ。
     吸血鬼による新横浜への一斉襲来。その中にロナルドはいた。幼い頃の印象のまま、大人へと成長した姿で。
     戦闘の末、ロナルドは吸対に捕獲された。軟弱な成長の仕方をしていないということは知ってはいたが、ヒナイチの刀を受けても平然としていた。死なないとは思っていたが、半田は少し肝を冷やした。
     奴は半田に気付かなかった。視線の一つすら寄越さなかった。腹が立たなかったと言えば嘘になるが、無理もないと思える程には、離れてからの年月が過ぎているのだと改めて気付いた。
     奴と離れて十数年、「今日現れるかもしれない」と、半田にはそう考えない日など一日たりともなかったが、奴がどうだったかは別の問題なのだ。

     それから常に、半田はロナルドの気配を感じている。
     常に仄かに感じるロナルドの気配を感じることに「そういえばこのような感じだったな」と半田は幼い日を思い出した。ピントを合わせれば、明確に近くにロナルドがいるのを感じる。ロナルドがこの街にいる。
     半田は落ち着かなかった。
     幼い頃、ほんの短い間一緒に過ごした日々、とはわけが違う。

     今何をしているのか。死んでいないのはわかるが、意識は取り戻したのか。吸対でどんな扱いを受けているのか。
     顔を見たい。言葉を交わしたい。俺はお前の幼馴染だと、言いたい。

     そんなことが頭を支配するが、吸対に捕獲されている以上、ただの退治人である半田は、知る権利も口出しする権利も持たない。
     あの後発した「俺がぶちのめす」という言葉に嘘はなかったが、半田は退治人であるということにほんの少しの無力感を感じていた。





     
     それから数日後、普段通りパトロールを名目にクッキーをせびりに吸血鬼対策課に出向いたヒナイチが、釈然としなさそうな顔でギルドに戻ってきた。その後ろに続いたのは、吸血鬼対策課ドラルク隊長。そして、吸血鬼ロナルド。
     気配が近付いてくるのを感じていた半田は、己の心臓がうるさいくらいに強く打つのに気付いていた。
     突如としして吸対と共に現れた吸血鬼に、退治人達は揃って警戒する。張り詰めた空気がギルド内を支配する。
    「やぁやぁ退治人諸君!先日はご苦労だった!この吸血鬼が気になるかね?なぁに、そう警戒せずとも大丈夫だ」
     人当たり良さそうにそうドラルク隊長が呼びかける。
    「彼〝死を知らぬ男〟ロナルド君は、吸血鬼対策課の備品として我々のために働くこととなった」
     備品。その単語に、半田は突如、強烈な不快感を感じた。
     ギルド内が騒つく。ひとり、「ほぉ?」と興味深げに漏らしたのはギルドマスターのカズサだった。
    「襲来した他の吸血鬼たちもこの街に居着いてている。しばらくは様子見といこうじゃないか」
    「少し連絡が遅いんじゃぁないのかな吸対さん?さすがお役所仕事といったところか」
    「ハァ!?ゴロツキどもがよく言う」
    「やめないか二人とも!!」
     ヒートアップする三人のやりとりにも興味を示さない様子で、ロナルドはキョロキョロとギルド内を見渡し、二人を止めるヒナイチにこそこそと何かを聞いた。すると、ヒナイチがこちらを指差し、そこで初めて半田の方を見たのだ。
     まるで表皮が痺れるようだった。ぱぁっと明るくなった間抜け面がこちらに駆け寄る。騒ついていた場内がしんとなり、視線が一気に集まるが、半田にはもうロナルドしか見えなかった。記憶の中と同じだと思った。背は伸び、図体はデカくなり、髪は一丁前にオールバックにし、耳にはピアスを着けており、笑った口元の牙は小さく、何故そんなに軟派そうな風体をしているのだ、と言いたかったが、それでもやはり昔のまま、何も変わっていなかった。
    「半田?だよな?」
     目の前で立ち止まり、様子を伺うようにこちらに尋ねられた。銀色のうるさいまつ毛に縁取られた赤い瞳は期待に満ちていて、それでもって少し遠慮が見えた。
    (覚えているのか)
     半田は十年以上、ロナルドと再会するであろうのことを、何度も何度も、何百回も、何千回も頭の中で思い描いていた。幼かった頃こそ、無邪気に楽しみにもできたが、大人になるにつれ、もし覚えていれば、それは奇跡だとすら思うようになった。
     何度も寝床を変え、拠点を変え、様々な人間や、吸血鬼や、ダンピールと出会うであろうロナルドが、もし自分のことを覚えていたら。その時は「お前にしては上出来だ」と笑ってやるつもりだったのに。

    「だからなんだというのだ」

     半田は、ロナルドをきつく睨んだ。

     ♢♢♢♢♢



     幼き日。まだ太陽の隠れない、日暮前に出会った吸血鬼は、自分と同じ年頃の少年だった。
     夕焼け空に染まった銀色の髪の毛。ふわりと浮いた何本かがキラキラと反射して半田はそれを見て、蝶の触覚を連想した。純粋に、綺麗だと思った。
     自分と変わらない年頃。吸血鬼のくせに肌艶は良く、気配を感じなければ自分と同じダンピールだと思ったかもしれない。しかし、強大な力を秘めているということが半田にはありありとわかった。
     奇妙だった。
    「お前吸血鬼だよな?なんで太陽が出ているのに活動できるのだ」
    「え!お前、俺が吸血鬼ってわかるの!?」
     驚いたようにこちらに駆け寄ってくる少年に、半田はびっくりした。しかし驚きはすぐに釈然としたものに変わった。
    (そうか、こいつは人間じゃないから僕にびっくりしないんだ)
    「ダンピールだからな」
    「え!ダンピールなの!?初めて見た!」
     半田は、この銀髪の少年と話すうちに、びっくりするほどバカなことを知った。間抜けで、放っておけなくて、自分がどうにかしなければと思った。
     公園のブランコの足元。「全部漢字で書ける」と同時に書いた名前は読めた物じゃなくて、迎えに来たお母さんが「『ロナルド』くん」?と読んだ。
    「お母さんが呼んだのだ。今日からお前はロナルドだ!」
     そう言うと、ロナルドは「なんか畏怖いな!」と目をキラキラして喜んだ。
     夕方に遊ぶのがいつもの日課になった。

     そんなある日、ロナルドは半田の目の前で車に撥ねられた。半田の姿を見つけたロナルドが、公園から飛び出てきたのだ。一瞬だった。跳ね飛ばされた小さな体が、勢いよく地面にぶつかるのを半田は見た。
    「ロナルド!」
     叫びながら半田は駆け寄った。ロナルドが死んだと思った。
     斜めに止まった軽トラックから慌てて飛び出してきた初老の男性がこちらに駆け寄るが、すぐにそのまま固まった。
    「わーびっくりした。横断歩道の前で一旦止まれってそういうことかぁ」
     ロナルドは何事もなかったようにむくりと立ち上がったのだ。
    「あ、車。おっさん大丈夫?」
     男性は「ヒッ」と小さく悲鳴をあげると、二、三歩後ずさりして怒鳴った。
    「くそ!!吸血鬼かよ!気色悪い!」
    「ロナルド!」
     半田はロナルドの腕を掴んだ。ロナルドは赤い目を大きく見開いてじっと男性を見ていた。
    「ンだよガキのくせに!これ以上近付いたら吸対呼ぶからな!」
    「ロナルド、行くぞ。おじさん、急に飛び出してごめんなさい!」
     ロナルドの代わりに謝りながら公園の方にロナルドを引っ張っていくと、男性はこちらを睨みながら軽トラに乗り込み、走り去っていった。
    「大丈夫か?痛くないのか?」
     ベンチにロナルドを座らせ、打ち付けたであろう頭を、顔を、体をくまなく見た。見たところ、どこにも傷はない。
    「うん、へーき」
     ロナルドはそんな半田にくすぐったそうにされるがままにしていた。
    「頭を打った時は、中身がどうなってるかすぐにはわからないことがあるってお母さんが言っていた。一度病院に…」
    「へーきだって。おれ強いし。ケガしてもすぐ治るし」
     吸血鬼には再生能力がある。それは半田も知っていた。しかし異常だった。傷ができて再生するどころか、かすり傷ひとつも付いていないように見える。
    「半田はやさしーな。ダンピールだから?」
     そう言われて半田は大きくかぶりを振った。
    「違う。ダンピールだからではない。お母さんだって優しい。他にも優しい人間だって沢山いる。それに」
     半田は、ロナルドの両頬をぐいと包むと、キョトンとする瞳をまっすぐに見据えた。
    「お前だってやさしい!お前、本当はあの時、あのおじさんに襲いかかれたのだろう?」
     ロナルドは目を丸くした顔をした。心当たりがなかったからではない。「わかってたんだ」という顔だった。半田は、自分の目に迫り上がってくる涙の幕がこぼれないように必死で目を開けた。
    「うん、だいじょうぶだよ半田」
     ロナルドも半田の頬を手で包んだ。その手は吸血鬼なのに、暖かかった。
    「おれもやさしい人間がいるって知ってるし。やさしい人間のこと、殺したくない。でもさ。おれ達がもっと大人になったときにさ、おれが人間のことが嫌いな吸血鬼になってたら、人間のこと沢山殺しちゃうのかな。そしたら、おれ…」
     まるで赤くて大きな宝石のような大きな瞳が陰ったとき、半田は咄嗟に叫んだ。
    「そんなことはさせない!」

    「お前が恐ろしい吸血鬼になったら、俺が立派な退治人になって退治してやる!」

     そう約束した。指切りをした。
     あの時ロナルドはすぐに大輪の花のように笑った。
     絶対に約束を守るのだと胸に誓った。
     初めての友達。永遠の宿敵。
     あいつが人間を傷付けるようなことは、あいつを人間に憎ませるようなことは、絶対にさせないのだと。

     そうして、半田は退治人になった。
     元より退治人になって母を守るとは幼い頃から決めていた。そして、カズサさんと出会ったことも大きな判断材料だった。ただ、それ以前に、退治人を目指したのは。
     そうだ。これは勝手に自分がそうしたかっただけなのだ。
     もし忘れられていても、約束は半田が果たせば良い。果たす必要がなくても、こちらが覚えていてやれば、それで良い。

     そうだ、それで何も問題ないはずだ。
     ロナルドは人々に危害を与えるような「恐ろしい吸血鬼」には、なっていなかったのだから。


     ♢♢♢♢♢


    「よし。半田、ご苦労だったな」
     数日後、新横浜退治人ギルド。ギルド受けの退治の報告書を提出した半田は、一刻も早くギルドを出れるよう、そそくさと荷物を掴んだ。すると、カズサが見透かすように尋ねた。
    「あの吸血鬼が来るのか?」
     何も答えられずにいると、カズサが続けた。
    「吸血鬼ロナルド、お前が昔言ってた幼馴染なんだろ?」
     十数年ぶりの再会の日、半田はあの後飛び出すようにしてギルドを去った。そして気配を感じるたびに会わないよう先回りしていた。
    「話を聞いてはやらんのか」
    「必要がないことです」
    「それなら逃げる必要もないだろう?」
    (カズサさんの言う通りだ)
     そう半田はわかっていた。それでも、

     ギルドの扉が開き、夜風と共に三つの影が建物内に入ってくる。
    「しっかりとやっているかね退治人諸君?」
    「おい隊長さん。視察には昨日来られたばかりでは?」
    「ほぉ!何か見られたら悪いことでもあるのですかな?」
     来て早々カズサに嫌味を言われるドラルク隊長に、ヒナイチ、そして、強大な気配は目視で確認するまでもない。
    「すみません、これで失礼します。」
     半田はカズサに頭を下げると、視線を逸らしたまま自分と同じくらいの背丈の横をすり抜けた。
     「おい、」と呼びかけられ、腕に触れようとする手を咄嗟に払い除け、無視するようにして店外へ出た。
     それなのに、早足で立ち去ろうとするのに、後ろから気配が付いてくる。
    「なぁ~~逃げんなよ」
    「うるさい。用事があってギルドへ来たんだろうさっさと戻れ」
    「俺はギルドに用事があったわけじゃねーもん」
    「なら余計にだ。備品がウロウロするな」
    「えぇ??だってドラ公は良いって言ってたし!」
     何故だかちょっと得意そうな様子のロナルドに思わず大きく舌打ちする。
    「なぁ~~~半田ぁ。俺のこと、覚えてるんだよな?ロナルドなんだけど」
    「…忘れるわけないだろう」
     拳を握りしめ、振り向かないまま答える。
    「…もしかして怒ってる?」
     様子を伺うように、こちらの顔を覗き込もうとしてくるロナルドの言葉が胸をざらつかせる。半田は無視して歩いた。 
    「やっぱ怒ってんじゃん!だから俺のこと避けてんの?なんで?あ…もしかして、俺が畏怖くなってなかったから!?」
     泣きそうな声でロナルドが騒ぐ。うるさい。
    「違うの!?じゃぁ俺がお前に、すぐ気付けなかったから?でも…ごめん、俺はお前と違ってダンピールじゃねぇしお前の気配とかわかんねーし」
    「貴様にそんな期待などしていない」
     きっと自分なら、ダンピールでなくても姿を見た瞬間に気付く自信があるが、と頭の中で付け加えた。
    「それひどくね?じゃぁ、なんで怒ってんだよぉ?なぁ、なんで?俺せっかく」
     チラチラと視界に入るのが鬱陶しい。
    「いい加減にしろ!!怒ってなど!」
    『それなら逃げる必要もないだろう?』
     カズサの言葉が頭を過ぎる。足を止めると、歩く勢いのままのロナルドの体が背後にぶつかった。
     振り返れば、きょとんとした赤い瞳がこちらを捉えた。体格が大きくなったとは言え、子供の頃の面影を残していた。吸血鬼のくせに、ダンピールである半田よりも血色の良い肌の色も、街灯の光をキラキラと反射させる銀髪も、無邪気さを帯びた赤い瞳も。全てが子供の頃と同じで、それが余計に腹立たせる。
    「やっと見てくれた!」
     どの口が言うのだ。大きく舌打ちをして、半田は言った。
    「来い。聞きたいことがあるなら答えてやる」

     半田が公園のベンチに腰を下ろすと、ロナルドはピタリとくっついて隣に座った。
    「おい、わざわざくっつくな!」
     ロナルドの体温は、吸血鬼のくせに暖かい。嗅ぎ慣れない整髪料の匂いに、懐かしい匂いがかすかに香る気がする。吸血鬼は体臭が薄いというのに。
    「えー、いいだろ別に。昔はこうやってさ、よく遊んだじゃん。」
     ザァ、と音を立て、夜風が公園の樹の葉を大きく揺らした。ロナルドがそれを見上げる。街灯の光が瞳に反射した。思えばあの頃は、このような光景が当たり前だったのだ。こうやって二人で内緒の時間を過ごすのが。
     あれは現実だったのだ、と半田は改めて思った。
     あまりにふたりだけの、あまりに美しく、出来上がった思い出過ぎて、それだけしか残っておらず、ロナルドと共に過ごした時間が夢だったのではないかと、そう思ったことすらあった。
     だから、半田はその存在を何度も確認しようとした。全国の吸血鬼のデータベースを隅々まで調べた。ギルドへ提供される目撃情報をつぶさにチェックし、それを元に、現地に駆けつけたこともある。微かに残留した気配を感じた時は、胸が震えるようだった。
     その度にどんな思いだったか。

    「なぁ、おふくろさん元気?」
     想像もしなかったロナルドからの質問に半田は面食らった。
    「…元気だが」
    「よかった!」
     ふっと、心が軽くなるのがわかった、がすぐに疑念が頭を過ぎる。
    「まさか…貴様、母の血を狙ってなどなかろうな?」
    「は!?んなわけねーじゃん!あんなめちゃくちゃ畏怖い親父さんがいるのにわざわざお袋さんに手ェ出す吸血鬼なんておらんわ!!」
     そういえば父にも会ったことがあるのだった。親人間派の父親だが、見た目や言動が怖くよく勘違いをされる父に対面した時、ロナルドは小便を漏らした。さすがにかわいそうだと思った。
    「なぁ、今は一緒に住んでねーの?俺たちが昔住んでたの、この辺じゃなかったよな?多分、もうちょっと離れたところ」
    「フン、覚えていたか」
     ロナルドの言う通りだった。
     高校を卒業後、半田はロナルドと出逢った地元を離れた。中学の頃にひょんなことから世話になったカズサさんに誘われたということも大きいが、何より新横浜が吸血鬼のホットスポットだったことが決め手だった。
     ロナルドの情報を少しでも多く得るため、半田はここを拠点にしたのだ。そうでもなければ、近隣とは言え母を残して家を出ることなどしなかった。
     結局そのホットスポットで、こいつは吸対の手中になったわけだが。

     備品になったのだ。しばらくはこいつは吸対から出れることはないだろう。ある意味身の安全を守られることにもなり、それは恐らくロナルドにとっても悪い話ではない。
    「…新横の吸対は優秀だ。貴様が逃げられる隙はない」
     そう呟いた半田の横顔を、きょとんと覗き込んでいたロナルドがベンチから立ち上がる。マントを翻しながら子供のようにくるりと回った。
    「知ってるぜ?ダンピールは吸対でも重宝されるって。退治人より稼ぎもいいんだって」
    「ふん、そりゃ公務員と個人事業主では収入の面では大きく差があるだろうな。よほど有名なタレント退治人にでもならない限りは不安定な職業だ。」
    「半田はなんで吸対に入んなかったんだ?」
     瞬間、頭を強く殴られたような気分になった。
    (なんで、だと?)
     自分の都合だと、幼かっただけの約束だと胸に言い聞かせていても、露骨に忘れられているのはショックが大きい。が、言い返す気にはなれなかった。これ以上、惨めな思いをしたくなかった。
    「…貴様には…どうでもいいことだろう」
     どうにか口から捻り出す。全くの嘘ではない。お母さんを護ることも、マスターに出会ったことも退治人となった理由なのだから。
     それなのに、ロナルドは何故か食い下がった。
    「そうなの?」
    「…そうだ」
    「ほんとに?」
     舌打ちする半田の頬を、後ろに回ったロナルドがぐいと持ち上げた。
    「おいッ」
    「半田は、もしもさ」
     真上から覗き込まれる。少し街灯の影になったロナルドの顔が、逆さまに見えた。
    「もしも俺が仲間たちと一緒に、この街めちゃくちゃにして逃げたとしたら、どうする?」
    「…は?」
     一気に、耐え難い程にドス黒い感情が、半田の体の中を這い上がってくる。
     そんなの、許せるわけがなかった。
     街を破壊するなどと。母のような善良な人間を苦しめるなどと。
     真っ赤な月のような瞳の中に、幼いロナルドを見る。
     人間に憎まれるような吸血鬼に、こいつをさせるなどと。幼かったこいつが恐れていたことをさせるなど。
     半田は咄嗟にロナルドを払い除けた。間合いを取り、刀を抜いて切先を向ける。
    「決まっているだろう!地の果てまでも追ってやる!なんとしてでも俺が、貴様を退治する!」
     息を巻く半田の様子に、ロナルドは嬉しそうに目を細めた。月の光が反射して、一瞬赤い目が奇しく光る。そして、へらりと笑った。
    「バーカ、本気にするなって!」
     カッと顔が熱くなるのを感じた。
    「貴様…ッ!まさか揶揄ったのか!俺は本気で」
    「全然俺にどうでもいいことじゃねーだろ」
    「は?」
    「半田、俺と約束したから退治人になったんだろ?嘘つくの下手なの、ガキの頃から変わってねーんだな。」
     こちらが怒っているというのに、何か懐かしむように、ロナルドは笑う。気に食わない。全てが気に食わない。それなのに、こいつが約束を覚えていたという事実に高揚する自分が嫌だった。
    「ッ!自惚れるな!」
     こちらが怒っているというのに、何か懐かしむように、ロナルドは笑う。気に食わない。全てが気に食わない。それなのに、こいつが約束を覚えていたという事実に高揚する自分が嫌だった。
     しかし、それ以上に、こいつの気配を感じながらも、何もできず、眠れなくなるのはもう御免だと思った。
     半田は刀を鞘に戻すと、深く呼吸をした。
    「ロナルド」
    「うん?」
     思えば、母が付けたロナルドという名前も、おとなしく使っているのだ。そう考えるとなんだか自分がえらく空回りをしている気がしてくる。
    「…貴様は…俺の、この半田桃の、幼馴染だ。……物では、ない」
    「え」
    「だから、貴様は備品かもしれんが物ではないと言っているのだ!」
     ロナルドは目を丸くして、やっと意味がわかったというように驚いた。
    「なんだ、そんなことで怒ってたのかよ!」
    「おこ…そんなことではない!貴様がいつもそうやって…!」
     半田は捲し立てたい言葉を飲み込み、歯を食いしばった。これだからタチが悪いのだ。
     叩きつけるような雨の日だって、放っておけば公園の遊具の中でいつまでも半田のことを待っているとわかっているから、行かなければならなかった。吸血鬼のくせにおばけが怖いと暗いトイレに一人で行けないから着いていってやらなければならなかった。放って置けなかった。
     それなのに、学校で嫌なことがあった日、いつも通り公園に行ったはずだったのに「なにかあったの?」とすぐに気づく。
     そうやって、ほんの少しの時間の間で半田の中をいっぱいにしたから、だから幼かっただけの約束を棄てることもできず、断ち切ることもできず、半生を捧げるような真似をしなければならなかったのだ。
     ロナルドは半田の人生を狂わせたのだ。


     半田のスマホが鳴る。半田は刀を鞘に戻すと、ロナルドから視線を逸らさないまま電話に出た。
    『半田』
    「ヒナイチか、どうした」
    『お前、ロナルドと一緒にいるだろう』
    「?何故わかった」
     そう訊けば電話口からため息が聞こえた。
    『あのなぁ。そりゃわかるだろう!ロナルドはお前と話をするため何度もにギルドに足を運んでいたのだぞ! 「やっと会えたのに」だの「俺が怒らせたのかも」だの…まさかお前、追い払ったのか!?』
     電話の向こうのヒナイチの声が聞こえたのか、ロナルドがコクコクと頷いている。
    「…いや、一緒にいる」
    『はぁ…仲直りしたのなら良いが、まったくお前は。何が気に食わなかったのか知らんが、いい大人なんだから拗ねるのも大概にしろ!ギルドとしてもお前がすぐに帰ってしまうから困ってたんだぞ』
     まるで子供同士の喧嘩を叱る親のような口調だ。
    「…それは、すまなかった」
    『わかればいいんだ。ドラルク隊長から伝言だ。募る話もあるだろうから吸対に直接戻れば良い、と。そうと伝えてくれだそうだ。頼んだぞ!』
     通話が切れる。
    「また遊ぼうな!半田」
    「…貴様は遊んでるつもりかもしれんが、俺は遊んでいるつもりはない」
    「あ、なんかこのやりとり昔もやってたよな。お前が着いてくるだけだーなんて」
    「実際そうだっただろう。貴様が勝手に着いてきてうるさいから俺が…そうだ。縄跳びが上手く飛べないなどと泣きついてきたことがあったな。見てろとうるさいから見てやったら、マントが引っかかっているだけだったときは本気で呆れたぞ単細胞バカめ」
    「ウェエン!!子供らしいエピソードじゃん!!」
    「あとは蝉の抜け殻を唐揚げみたいだと食おうとするからお母さんに言って昼食に招いた時に付け合わせの…む。そうだ」
     半田は下等吸血鬼の退治依頼主である老婆から何故かもらった物があったのを思い出し、荷物から取り出し、ロナルドの目の前に差し出した。
    「セロブエーーーーーーー!!!!!??????」
     それは、ビニールに入った、コンビニのカットセロリだった。老婆曰く「他のカット野菜もあるから」とよくわからない理由だった。
    「ほおーーーー?貴様ま~~~だセロリが苦手なのか」
    「おおおおおおおめーのせいだからな!おめーがガキの頃そいつでいじめたからぁ!!」
     沸々と、ひどく愉快なものが半田の中から湧いてくる。
    「どうだロナルドォ!もう一袋あるのだぞ」
    「やめろ鬼!!悪魔!!」
    「司祭に対して悪魔とはなんだ!!」
    「司祭じゃなくて退治人じゃんん!!どうせコスプレなんだろそれ!」
    「くらえ!セロリ十字架」
    「重ねただけじゃん十字じゃないじゃん!!お前マジでそれ怒られるからな!!えーん!!!こんなの全然畏怖くなぁい!!!!」
     泣き叫ぶロナルド。半田は胸が空く思いだった。
     そうだ、俺もこいつを狂わせてやればいいのだ。

     そうすれば、こうやって、お人好しのバカの吸血鬼を、バカのままにしておける。
     そして、いざというときには、必ず、退治人の俺が、必ず。
     幼き頃した「退治人になる」という判断は間違っていなかった。
     父と母から賜ったこの力は、きっとこの宿命のためのものなのだ、と半田は今、素直にそう思えた。


    ♢♢♢♢♢

     ドラルクにより「備品置き場」とされた部屋の一角で、ロナルドは血液パックを一気飲みした。 
    「くっそーあいつ、ムカつくところも全ッ然変わってねぇ!」

     いっそセロリ攻めをされればいつか死んでしまえるような気もするが、それは違う。全くもって畏怖くないし、普通にめちゃくちゃ嫌だとロナルドは思った。

     それにしても、と、ロナルドの口元が緩んだ。
    (やっぱり覚えててくれたんじゃん)
     そう考えれば少しは気が晴れる。

     初めて退治人ギルドに行った日のことだ。ロナルドは一緒にギルドに行った赤毛の子…ヒナイチに「半田って名前のダンピールの退治人がいないか」と尋ねた。
     特別、再会を期待していたわけではない。そこが退治人ギルドだというので聞いただけだが、そこに半田はいた。赤毛の子の示す指の先を見た時には、こちらを見ていた。

     何度も寝床を変えたロナルドにとって、半田との日々はまるで一夜の夢のような出来事だった。それでも、半田とお袋さんにもらった「ロナルド」という畏怖い名前があの時間が、半田が存在していたという証だった。それが、本当に存在したのだ。夢が現実になったような気分だった。
     嬉しくて駆け寄ったのに、怒って出て行ってしまった。覚えていないのかもしれないな、とも考えたが、ヒナイチが「あいつもお前のことを幼馴染だと言っていたのだが」と言うので、あれから毎日、隊長に会いにきたヒナイチと一緒にギルドに一緒に通った。幼い頃の半田が、少し内気で捻くれ者だったのはロナルドも知っていたから。人間の本質なんて、そうそう変わらない。半田が約束を破る奴だとはロナルドは思えなかったし、それに以前、ロナルドの活動した形跡をかぎ回っている退治人がいるようだと仲間から聞いたことがあって、もしかして半田じゃないかと思っていたのだ。確証はないが、なんとなくアイツはそういうことをする奴だ、と、そう思っていた。

     先程、ロナルドがけしかけた時のことを思い出す。
    (どーなん、アレ)
     半田は刀をこちらに突きつけ、ギラギラと鋭い目でロナルドを睨んだ。あれは、絶対に「自分が退治するのだ」という強い意志だった。覚えているどころの話ではない。予想以上だった。

    『お前が恐ろしい吸血鬼になったら、俺が立派な退治人になって退治してやる!』
     目を伏せれば、あの日の半田の言葉がありありと思い浮かんだ。
     半田と離れてから、吸血鬼を迫害しようとする人間を殺そうと思えるような出来事には幾度となく遭遇した。そして、ただ人間を跪かせ、畏怖されたいのであれば、これも吸血鬼にとって有効な手段であるということをロナルドはよく知っていた。でもその度に、思いとどまった。「殺したくない」と苦しみながら、ロナルドを退治しようとするダンピールの少年の姿を想像して。今では人間に対し友好的な思考を持つロナルドだったが、最初は本当に、それだけが「殺さない理由」だったのだ。

     結果、畏怖くなることに遠回りをしている気はしたが、「物じゃない」なんて優しいことを言ってくれる幼馴染と円満と言える再会できたのだ。これから先、長い吸血鬼人生のなかで悪いことじゃないと思える。

    (改めて考えると、なーんかあいつ、無茶苦茶俺に影響与えちゃってない?)

     まるで染み入るように、じわじわと、気がついたら。

    「なんかズルいよな、あいつばっか。」
     幼い頃の約束を果たす準備を万全とされていたことが、なんだか妙に気恥ずかしくて、嬉しいように思える。

    「責任取って、殺してくんねーかな」
     ロナルドは座っていた事務椅子の座面をくるりと回した。



    End.


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    r0und94

    INFO【アンソロ寄稿のお知らせ(サンプル付)】
    2022/12/11 半ロナオンリーにて半ロナ学生アンソロジー「放課後の運命論」に参加させていただきました!
    ◯は夏を担当させていただいております〜。高1の頃のまだ距離感が掴めきれてない半ロナだよ! 全年齢で初々しい感じの二人だよ!!
    よろしくお願いいたします〜
    おれたちの夏はこれからだ!!(冒頭サンプル)「お前らはもう高校生になったんだから分かってるだろうが、休み中は羽目を外しすぎるなよー。ああそれと、期末で補習になった奴は特別課題を出すから職員室に各自取りに行くように」
     今日はここまで、と担任が話を切り上げたのを合図に教室から一斉に同級生たちが引き上げていく。明日からの予定について騒ぎ立てる声は、一夏を謳歌する蝉時雨にどこか似ていた。
    (どいつもこいつも、何でこんなに夏が好きなんだ?)
     級友たちがはしゃぎ回るのを、半田は窓際の席に座ったまま他人事の様に眺めていた。
     昔から夏は得意になれない。体質のせいで日に焼けると肌が火傷したみたいに痛むし、夏場の剣道の稽古は道着のせいで軽い地獄だ。それに、夜が短くなるせいで母と過ごす時間が少なくなってしまう。嫌いとまでは言わないが、好きになれる要素が少ないからどうしても気が重たくなる季節だ。
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