愛を渡す「ごめん」

短い言葉と共に半田の目の前に小さな箱が差し出される。
今日は2月14日、バレンタインデー。高校の同級生、ライバル、友達の様な何か、そして最近になって恋人とも呼べる関係になったロナルドからの贈り物に半田は困惑を隠せなかった。貰った事自体では無く、その謝罪の言葉についてだ。
戸惑う半田を前にロナルドは頭を下げたまま辿々しく言葉を続けた。

「あのな……一昨日位まではちゃんと覚えてたんだ、バレンタイン。お前が俺からのチョコ欲しいかは分かんなかったけど……い、一応こいびと？になったんだし、ちゃんとしたの選んで送ってみたいなぁって……でも、退治依頼とか締切とか色々あって……気がついたら、今日で」

箱を握る指が震え、きゅっと力がこもるのが見てとれた。

「デカい店とかにも行ってみたけど……あの雰囲気の中で選ぶの恥ずかしすぎて、近寄れなくて……結局、さっき寄ったコンビニのチョコしか買えなかった」

だから、ごめん。と再び呟かれた謝罪の言葉を聞きながら、半田はゆっくりと差し出された箱を手に取った。落ち着いたクリーム色の包装紙と真っ赤なリボンで綺麗にラッピングされたそれは、確かに最近、コンビニの一番目につく棚に陳列されていた様な気がする。
手の空いたロナルドはゆっくりと顔を上げて半田の反応を待っている。縮こまった背中はそのままなせいで、若干上目遣いになった青い瞳は不安げに揺れていた。
受け取った箱と、そんな恋人の姿を交互に何度か見た後で、半田は「ふはっ」と声を出して笑った。
それを馬鹿にされたと思ったのであろうロナルドは頬を一気に赤く染め、自分が渡した包みに手を伸ばした。

「やっぱ返せ！」

半田はその手をかわしながら、大きな声で言葉を返す。

「はっ！一度人に渡した物を返せとは、見苦しいぞロナルドォ！！」
「うるせえ！また今度別の買って渡すから、だからそれ寄越せ！」
「断る！」
「何でだよ、お前だってそんなの貰うより嬉しいだろ！」
「そんなの呼ばわりとは貴様……店に失礼だろうが！」
「別にヴァミマのチョコに対しての悪口じゃねえよ！一応並んでた中では一番高いやつだし！」

一つのチョコを巡っての成人男性二人の醜い争いは暫く続いたが、半田が懐にしっかりと箱をしまうのを見て諦めたロナルドは肩を落として情けない声を洩らした。

「うぅ……半田が酷い」
「何が酷いだ」
「だって……お前が、先にあんなん渡してくるから……」

そう言いながらロナルドは机の上に置かれた別の包み達に目をやる。
ロナルドの泣き叫ぶ姿も笑う顔も両方見たいと思った半田が用意した、手作りのセロリ型チョコと有名ブランドのトリュフチョコレート。
まず最初に渡したセロリ型のチョコで泣き叫ぶ姿を見る事は出来たが、その後に続けて渡したブランドのチョコを見たロナルドは半田の予想を裏切って顔をくしゃりと歪め、そうして自分のチョコを渡してきたのだ。

「値段とか、手間とか……どう考えてもお前のとは全然釣り合って無いだろ？」

ロナルドの言葉に半田は心の中だけで頷いた。確かに金銭と時間の面だけで考えればそうだろう。だが、そんな事は半田にとって大して重要ではなかった。
ロナルドが、恋人である半田へ送る為に頭を悩ませてバレンタインのチョコを買った。
その事実だけで、思わず笑い声を上げてしまう位に半田は嬉しかったのだ。それをちっとも理解していないであろうロナルドは、再び謝罪の言葉を呟く。

「……ごめん、お前、何にも悪くないのに。勝手に喚いてばっかりで」

自己嫌悪にまみれた言葉に半田はいつもの調子で言葉を返す。

「別に、貴様が煩いのはいつもの事だからな」
「そっか……煩くてごめんな。後、チョコありがとう」
「……」

言い返しもしないロナルドに半田は思わず舌打ちをしそうになるのを堪えた。礼を言いながらの笑みもも弱々しく、無理矢理作ったのが明らかだ。そんなに落ち込む事は無い、貰えるだけで嬉しかったと慰めの言葉でも掛けてやれば少しはましな顔になるかもしれないが、それが出来る程半田はロナルドに対して素直では無かった。その代わりに別の言葉を掛ける。

「……1ヶ月後」
「へ？」
「来月の14日、精々楽しみに待っておいてやろう」

半田の不遜な物言いに、目を瞬かせていたロナルドだったが、その意味を理解し一気に表情を明るくした。

「お、おう！今度こそお前が喜ぶ様なすっごいお返し送るからな！見とけよ半田！」

今度こそも何も今日だけで十分喜んだのだが。そんな事に気付きもしない鈍感なロナルドは意気込み、拳を握りしめて満面の笑顔を半田に向ける。

先程見損ねた顔が漸く見れた事に半田は緩く目を細めた。