前々世①前々世
仕事の合間に立ち寄った本屋でヘウォンメクは週刊誌コーナーで経済誌を立ち読みしている学校帰りと思われる小学生を奇妙な目で見ていた。
まだ低学年と思われるリックを背負った半ズボン姿の児童の手にコミック誌ではなくオッサンが読むような経済誌がなんともミスマッチである。
『随分とませたガキだな』と、ヘウォンメクは横目で観察しつつ目当ての書籍を持ってレジに向かうため少年の脇を通り過ぎようとした。ふと件の少年がこちらに顔を上げバッチリ目が合った。毛先がふわふわした黒髪にくっきり二重から覗く一見ぼんやりしてそうな大きな瞳。
「あ——…まさかテジャン?」
「…あぁ、ヘウォンメクか。大きくなったな」
ヘウォンメクの腰にも届かない背丈の少年が久しぶりに会った子供に親戚もしくは祖父みたいな台詞を懐かしそうな顔をしてヘウォンメクを見上げている。そこには子供特有の幼さなどない。まるで老齢をしたような達観した顔付きをしていた。
「……いやぁ…あんたはずいぶん小っちゃくなっちゃって……」
お互いの台詞が真逆だ。
「仕方ないだろ。俺はちっさい頃のお前を助けてくたばって三回目の転生なんだから」
ムっと眉間に皺を寄せ、つんと唇を尖らせる姿が懐かしい。
「へっ?!」
なんだって!? 衝撃の一言にヘウォンメクが目を見張る。
「なんだ命の恩人の話親から聞いてないのか?」
「え、いや、確か俺がよちよち歩きの頃に車が突っ込んで来て死にそうなった所をその場に居合わせた学生に助けて貰ったって聞いたけど…」
「そうそう、俺がその命の恩人だ」
少年が右手の親指を自身に向けくいっと首を仰け反らせ偉そうな所がまんま小さくしたカンニムだ。見上げているのに見下げられているこの感じ……。
「ついでに車が突っ込んできたんじゃなくてお前が勝手に前も見ずに車道に飛び出して来たんだ」
猫かよ。リードでも付けとけと文句を言われて今更そんな事を言われても困る。
「え——————…マジかよ……」
物心付く前にテジャンと再会して即さよならしてたなんて……。
現実が受け入れられず尚も固まっているヘウォンメクに構わずカンニムが続ける。
「まぁ、だからヘウォンメク、これで(前々世でお前を殺したことは)チャラってことで」
読んでいた週刊誌を素早く元の場所に戻し小さな手を挙げて「達者でな」とそのまま回れ右をしようとする小さな背中をヘウォンメクはほぼ脊椎反射でその肩を掴んで脇の下に手を差し入れ救い上げる様に抱き上げる。
「いやいやいや、いきなりアンタ何言ってんの?」
「……下ろせよ」
猫を抱き上げる要領で脇の下を掴まれたカンニムの手足がだらんと下がる。
目線が同じ高さになり恨めしそうにカンニムがこちらを睨むが可愛いしかない。
しかし既に諦めているのかジタバタ抵抗することなく生気がない。全く子供らしくない。
「てぇ~じゃん~~~~!!」
ヘウォンメクが衝動のまま名を叫び抱きしめて頬擦りするが小さなカンニムは抵抗するだけ無駄だとされるがまま。無抵抗なまな板の上の鯉状態だ。
「テジャンまだこんな小さいのに世の中に疲れ切ったおっさんみたいになっちゃって」
「余計なお世話だ」
決めたっ! 俺はこれから生涯をかけてテジャンを幸せにしてみせるっ!!
「テジャン! 俺、恩返しするからっ!!」
ヘウォンメクが新たな目標に一方的にメラメラと闘志を燃やすが
関わらないでくれるのが一番の恩返しなのにな……。
まぁ、——でも無理なんだろうな。カンニムは虚ろな瞳のまま内心諦めに近い苦笑を漏らす。
「ん? テジャン笑ってる? 何か面白いもん見た?」
「……まぁな」
ヘウォンメクに抱っこされたまま宙に浮いた足がぶらりと揺れた。