前々世② そうと決まれば善は急げとばかりにヘウォンメクは
「じゃ、テジャンとりあえず積もる話もあるからどっかお店入ろうか? お腹空いてない? それと今のご両親に挨拶したいなぁ」
結婚の挨拶かと突っ込みを入れる隙も無く矢継ぎ早に捲し立てるヘウォンメクにカンニムは「あ——…」と歯切れが悪い。
公衆の面前で何時までも抱っこされているのも恥ずかしいらしく「いい加減降ろしてくれ」とヘウォンメクの胸を叩き拘束されていた腕を緩めさせ飛び降りる。そして首が痛くなるくらい長身のヘウォンメクを見上げて口を開く。
「あのな、今食うと夕飯入らなくなるし親は居ないから養護院で暮らしてる」
「えっ? どゆこと?」
再度明らかに困惑しているヘウォンメクにまぁ普通はそういう反応だよなとカンニムは一人納得する。
「生まれてすぐ養護院に預けられたらしい。まぁ育児能力のない親に無理に育てられてネグレクトや虐待されなかったのも不幸中の幸いだし前世の記憶があったからあそこでも上手くやれてる。今のところ何の問題もない」
だから俺の事は心配するなと昔だったら肩を叩く代わりにぶらんと垂れ下がったヘウォンメクの手の甲をハイタッチする感覚で軽く叩いた。
「じゃ、時間通り帰らないと面倒だから」
そう言い残し今度こそ回れ右して出入口に向かって歩き出す。ヘウォンメクは追いかけて来なかった。
転生振りに会ったヘウォンメクは見たところ社会人になって元気にやってそうだし今の俺には何の接点もない。とりあえず奴の無事が確認出来てやっと肩の荷が下りた。もう今度こそ関わることもあるまい。
——————そう思っていたのに。運命だか冥界の思惑か何処までこの因縁は続くんだ…。
翌日には養護院の院長から「カンニムくんあなたを是非引き取りたいって方がいらして破格の献金も頂いて…」
俺が何も言わないのを良い事に大人たちが勝手に自分たちの都合の良いように解釈しあれよあれよとその週末にはドラマでしか見たことない様な豪邸の前に居た。
あぁ、あいつ一応金持ちの二世とやらになったんだなと何の感慨もなく無駄に広い玄関ホールを見上げた。
「てぇ~じゃん!! ようこそ我が家へ!! ごめんね迎えに行けなくて運転手さん任せにしちゃって」
バタバタと玄関に走って来て犬みたいにはしゃいで俺の両手を握ってブンブン上下に振られる。
「俺がテジャンを幸せにするから!!」
俺の人生勝手に決めるな。
「おいお前まず俺に説明しろよ」
「え——と、まぁほら簡単に言うと実家の力使ってあれやそれでテジャン引き取った!! 因みにこの家は亡くなった爺さんの家で俺が貰った! 庭付き良くない? バーベキュー出来るよ♪」
俺の意思は? 犬猫じゃあるまいし愛玩動物だってお試し期間があるんだぞ。俺はそれ以下か?! じとっと睨むと
「……だめ?」
俺に目線を合わせるためかしゃがんで小首を傾げる。そして今にも泣きそうな犬みたいな上目遣いで
「だってテジャン全然子供っぽくないんだもん。まだ八歳なのに目の下に隈くっきりだし。俺テジャンに幸せになって欲しいんだよ」
目の下の隈はただの睡眠不足だしお前の幸せの尺度を俺に押し付けるな等々文句の一つや二つ、いや千ぐらい言ってやりたい所だが…。
「……個室があるのはいいな」
一通り家の中を案内され最後に今日から自分の部屋だと通された部屋のベットによじ登りぼすんと倒れ込む。養護院の固い二段ベッドと違いふかふかのスプリングの効いたベッドに身体を預けると一気に睡魔が襲ってくる。
カンニムが思わず漏らした一言で彼の心境が手に取る様に分かる。あのカンニムが二四時間不特定多数と共同生活などさぞかし苦痛だった事だろう。
「…そうだ」
カンニムがベッドからのそのそ降りてリックの中から学校支給のタブレットを取り出す。
「なぁ学校を転校するならこれ返却しなきゃならんから俺にタブレット買ってくれ。あとこの金俺が自由に使えるようにしてくれ。やっぱり未成年なのと保護者が居ないと身動き出来ん」
差し出されたタブレットには個人投資でやり取りしたであろう履歴が載っていた。ここ二年でそこそこの金額だ。平日ほぼ毎日やっている。まさかあの年齢に合わない目の下の隈はこれのせいなのか。
「えっ? これID誰の?!」
「養護院の頭悪そうな職員」
「これ許可取ってないよね?!」
「だから俺の名義に変えたい」
ヘウォンメクは内心天を仰ぐ。テジャン…アンタこれで今の生活が悪くないなんて言っちゃうの重症だよ。本屋に居たのだって株をチェックしてたんじゃないか。
「分かった。テジャンのIDは新しく作って名義は変更するけどこれは預かります」
「?」
そんな可愛い顔して睨んだって怖くないんだからと目線を微妙に逸らしつつヘウォンメクも引かない。
「そっ、そんな顔してもダメですっ! 今日から俺がテジャンの保護者なんで!! お金の心配も要らないので子供らしくはつらつとして下さい!!」
「俺にはつらつとか言うな……」そんな言葉は俺の辞書にある訳ないとうんざりした顔をするが
「大丈夫!! 俺が幸せにするからっ! ねっ!! なんかさっきから俺テジャンにプロポーズしてない?」
「……うるさい」
もうどうにでもしてくれと自棄になってベッドに沈み込み襲い来る睡魔に抗う事無く身を委ねた。
その日の晩からカンニムは原因不明の高熱に見舞われ次に目を覚ましたのはそれから三日後だった。
そして目覚めたカンニムには前世に纏わる記憶が一切なかった—————。
ある日、目覚めたら病院のベットで自分の預かり知らない内に金持ちの家に引き取られてすわ海外に売り飛ばされるのか腎臓でも取られるのかと怯えていたカンニムだったが
「君は覚えてないかもしれないけど君は俺の命の恩人なんだ。もし君がどうしても俺と暮らすのが無理だと思ったら養護院に戻ることも出来るから俺にチャンスを下さい」
今まで見たことない綺麗な男の人に必死に頭を下げられ幼いカンニムはその場で頷くしかなかった。
差し出された大きな手を恐る恐る掴むと泣き笑いみたいな顔でいい年した大人の男が大粒の涙をボロボロ零して「ありがとうテジャン」と子供みたいに笑った。泣くのか笑うのかどっちかにして欲しいと思ったがこんな大人今まで見たことなかったので
「大将(テジャン)って誰だ?」と言う疑問は喉の奥に引っ込んだ。
「俺が絶対に君を幸せにしてみせるからね!!」
カンニムのまだ小さい手をヘウォンメクの大きな両手が包み込んでまるでプロポーズみたいな台詞を言われた。
やっぱりこの人ヤバい人かもしれない。早まったかもしれないと不安になるカンニム八歳であった。