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    御旅屋 司企

    @Noatym_11

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    御旅屋 司企

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    けむらべ小話🧹
    他の社員さん達に相談する話②

    愛物の扱い方 中編所変わって、我らがオクタヴィア社の根城にて。

    百々新と共に会社へ戻るなり、2人仲良く並んで真っ直ぐに向かったのは、いくつか紙の山がそびえ立っているひとつのデスク。

    何という恐ろしい眺めだろうか。たった1人、この悪夢のような山の攻略に挑む相棒の姿を想像すると涙を禁じえない。意識せずとも、勝手に口角の上がる感覚もしている気がするのは気の所為だ。

    山の頂上、もとい1番上に置かれた書類を一瞥する。なるほど、確かにこれは新でなければならない業務には見えない。流石に入社して間もない新入社員に任せるようなものではないが、入社から6年は経つ私であれば特に問題はなさそうだ。

    とりあえず適当に、と山の中腹辺りに手を添えて、思い留まった。これは、意外と……いや見た目通りかなり量がある。半分も請け負ってしまった日には、こちらまで残業の道連れにされかねない。何も2人揃って情け容赦ない残酷な山の犠牲になる必要はないだろう。既に両手は、中腹よりも頂上に近い地点まで登っている。

    「まさか、本当に手伝ってくれるとは……」

    目にすることすら億劫なのか、それとも現実逃避の前触れか、わざとらしく紙の山から目を逸らした新が呟いた。まさか、ここまで信用されていないとは。

    「手伝いくらいはする、と言ったでしょう?」

    両腕に力を込め、紙の山を削り取る。手伝うとは言ったが、その度合いは明言していない。全てこちらの匙加減。まぁ、この様子では手伝いの度合いについて突っ込まれることはなさそうか。

    「日頃の行いだよ、行い。この前も、これみよがしに残業煽りして先に帰っただろ」

    「でも、その後差し入れしましたよね」

    「俺が今一番欲しい差し入れは、俺以外の労働力なんだよなぁ」

    「それは差し入れのレベルを超えてますねぇ」

    あれこれ言い合っている間に、新が自身の椅子に腰掛ける。ぐん、と一瞬で引き離される視線。そういえば、この会社に転職したばかりの頃は、新の方が背丈があった気がする、いつの間に見下ろす側になったのか……いやはや、時の流れとは末恐ろしい。

    「もー、何騒いでるの?本っ当、貴方達は仲良しね!」

    言葉とは裏腹に明るい声色。後ろを振り向くと、私より少し低いものの、充分な背丈を持つ男性の姿。男性、うん。

    何故か不評な私のそれとは違い、評判の良い笑みと共にそこに立つのは皐月楓。百々新と同じく、私よりも長くこの会社に勤めている先輩社員のひとりだ。

    それほど騒いだ気はないのだが、業務の邪魔をしたのなら申し訳ない。と、他の社員相手なら詫びるのだろうが、彼の性格であれば煩かろうとなかろうと話しかけてきそうなので気にしないでおこう。

    「楓さん、良いところに。どうやら、良好な仲を築けていると思っていたのは私だけのようでして……今まさに、彼からパワハラを受けているのです……あぁなんと酷い仕打ち」

    「また適当なことを……そもそも、手伝うと言い出したのは君だろ。……あぁ、ごめん楓。置いてけぼりにしてしまって」

    新が椅子を回し、背後に立つ楓さんへと向き直る。突然の方向転換に、椅子がギィとか弱い悲鳴をあげた。そんな無機物の嘆きなどお構いなく、新は簡潔に事の経緯を楓さんに聞かせた。

    「さっき、喰笑から少し相談を受けてね。その礼にって、喰笑の方から仕事手伝おうとしてくれてるだけだよ。言うまでもないと思うけど、断じて俺から押し付けたわけじゃない」

    最後にしっかりと弁明した新に、楓さんはといえば「そんなことわかってるわよ!しーちゃんは仕事のことになると、イヤイヤしながらきっちりしてるんだから」と上機嫌に返す。いつも見ても、彼はいちいち感情表現が大袈裟だ。それとも、あのくらい振り切った方が何かとやりやすいのだろうか。だとしても、しーちゃん呼びを真似た日には暫く面倒なことになるのは目に見えているため、それだけは拒否したいところ。

    そんなことより、ちょうど新の意識も楓さんへと向いていることだ。僅かばかりの紙の束と共にさっさと自分のデスクに戻るとしよう。

    2人から距離を取るべく、片足を擦るように真後ろへ下げる。と同時に、新の椅子がまた回った。今回は楓さんではなく、今まさにこの場から立ち去ろうとしていた私の方へと。殆ど音も気配も立てていなかったはずなのだが、察しがいいのかタイミングがいいのか。私にとっては悪いタイミングだが。

    「あーそうだ。喰笑、あの相談は俺より楓の方が合ってるんじゃないか?」

    新のその言葉に、勢いよく楓さんが私を捉えた。何という素早い動き。これがビット清掃という常に生命の危機と隣り合わせな業務の中、長年生き延びている者の実力とやらか。

    「あら、そうなの?どんな内容かわからないけれど、私はいつでも歓迎よ!」

    うぅん、これはダメそうだ。逃げる隙がまるで見当たらない。思わず2人から目線が逸れてしまう。

    何も逃げる必要も理由もないのだが、生憎、内容や相手を問わず、他者に相談をするという行為に苦手意識がある。新に話した時は、彼とは話しやすいこと、自分だけでは解決しなさそうなことという2点が揃っていたから話したまで。元来、自分から相談するということとは縁がない。故に、あまり大事にはしたくない……というのが本音だ。

    だが、見たまえ。まさに興味津々といったこの楓さんの顔を。実際は横線のような糸目のせいでよくわからないのだが、ほら、なんだか前のめりにもなっているではないか。

    何より、それが善意によるものというのがこれまた厄介極まりない。楓さんからの善意を無下にした日には、もう1人の先輩社員にしばかれるかもしれない。主に金の力で。

    まぁ確かに、新から貰った助言だけではまだ足りないことも事実。だからこそ、こうして清掃終わりにわざわざ会社へ戻ってきたのだから。何も、新の抱える書類仕事を手伝うためではない。それはあくまで会社に戻るついでのこと。無償で人助けなど、私らしくない。……うん。

    「相談という程の話ではありませんよ。ただ、冬峰先輩のこ」

    「ヤダもう!こんな所で惚気話!?喰笑ちゃんったら随分放ちゃんに絆されちゃって!でもそうね、そういうことなら私に任せてちょうだい。貴方よりも、放ちゃんとの付き合いは長いのよ?そうねぇ、まずは」

    「楓、ストップストップ。そんなに話すなら一旦場所を変えてくれ。君も手伝ってくれるというなら、話は別だけどさ」

    これは暫く止まらなそうだと諦めの体勢に入っていると、意外にも新が止めにかかった。こういう時は事勿れ主義で放っておきそうなものを……とまで考えたところで、此処が新のデスク周りであることを思い出した。確かに、これでは業務が捗るどころの話ではない。寧ろマイナスだ。

    「あら、ごめんなさいね。つい白熱しちゃって。ほら喰笑ちゃんこっち!」

    「話を終えるという選択肢はないんですね……」

    ――――

    「それで、放ちゃんのことだったわね。何かあったの?」

    新のデスクから離れ、今度は私のデスクへ。私は勿論自分の椅子に、楓さんは近くの空いている椅子を引き摺り、その上に。そこまで深刻な悩みでもなければ、長く話し込む気もなかったのだが……腰掛けたということは、ある程度の時間の浪費は覚悟した方がいいだろうか。

    「寧ろ何も無いといいますか……それで、もう少し接し方を変えた方が良いのかと思いまして。こう、……特殊な関係として?」

    「そこは素直に恋人って言いなさいよ。変なところで照れないの!」

    「別にそんなことは……」

    断じて照れてなどいないが、これまで築いたことのない関係性なのだから、照れていようといまいとその接し方に関心が向くのは自然なことだろう。自然、というものと縁のない道を歩んできた私が言えたことではないが。

    照れるだの照れていないだの、人によってはこの辺りの主観的な論争を無駄に引き伸ばしてくる者もいるが、楓さんはそういうタイプではない。話に乗ってはくるが、引き際は弁えている。と、私は思っている。普段見せている大袈裟な感情表現とは裏腹に、案外他者から自身へ向けられる視線や感情には敏感なのかもしれない。

    これが例えば、そう、やけにガタイのいい後輩社員などであれば、少々面倒なことになったかもしれないが……。

    「え!?喰笑先輩照れてんすか?怖っ……じゃなくて、すこーし固めな笑顔以外の表情とかレアじゃないっすか!ちょっ、こっち向いてくださいよ!」

    「…………」

    噂をすれば影、ではなくこの場合は鴨か。ふっと暗くなる視界。同時に頭上から降り注ぐ笑いの交じった若い男の声。声の主が誰かなど、わざわざ確かめる必要もない。

    「……残念ながら、いつもと変わりませんよ。ところで、鴨ってレアでも食べられるんですかね」

    「それって勿論、鳥の方の鴨のことですよね?物騒な暗喩とかやめてくださいよ~」

    「喩えで済んだらいいですね」

    「うわ、こっわ」

    席からは立たずにその場で見上げれば、その先には先程の言葉とは裏腹に、左右の口角を上げた男性社員。その名は加持葱。変わった名前、などとは私が言えた口では無い。彼は新や楓さんとは異なり、私より後にこのオクタヴィアへ入社した、所謂後輩だ。

    既にその輪郭を垣間見せてきた通り、少々調子に乗りやすい姿も見られるが、何も使えないお荷物などでは決してない。寧ろコミュニケーションの面においては、その言動は存分に役立つことだろう。経験年数にしては実力もある方だと思う。

    のだが、どうにも後輩という存在とどう付き合うべきかがよくわからない。前職では入れ替えが激しかったこともあるが、そもそも勤続年数と年齢が一致したいため、まず誰が先輩で誰が後輩かわからなかった。加えて、こんな経歴では気軽に会話のできる者などいるわけもなく。

    こんなことなら、新から命の大切さなどではなく、後輩との付き合い方を学んでおくんだった。そんなこちらの悩みなど露知らずといった様子で、加持は楽しげに口を開いた。

    「で、何話してたんです?俺っちも混ぜてくださいよぉ」

    「勿論いいわよ!今、喰笑ちゃんが照れちゃってるから、私から説明するわね」

    「だから照れてませんが」

    何故か照れているとされてしまったことには不服で仕方ないが、代わりに説明をしてくれることは素直に助かる。この短時間に同じことを三度も説明するのは、少々飽きが来る。決して、照れている、などという戯言とは一切の関係もない。

    楓さんが(少し誇張を混じえながら) 加持に事の経緯を語り、加持は動きの鈍った赤べこのように相槌を返す。そんな2人の姿を眺める私。

    (……これは、一体何の時間なんだ……)

    虚無感に苛まれながら視線を明後日の方向へ向ける。こんなことなら、書類の手伝いなどせずさっさと帰るんだった。手伝わないということはつまり、新にはあの書類の山の犠牲になってもらうことになるが……まぁそれはいつものことだろう。

    「なるほどね、事情はよーくわかりましたよ。と、いうことでー、喰笑先輩!」

    「なんでしょう」

    ぐい、と加持の身体が目の前に迫る。私より背丈は無いはずなのに、その筋肉量のおかげか圧がすごい。これが肉体美というものか。そういった分野には微塵も関心がないので、実際のところは知らないが。

    「やっぱりね、心の距離は身体の距離とイコールだと思うんすよ」

    「それで?」

    「つまり、スキンシップ!」

    「…………っ、はぁーー……」

    「うわ見事なまでのクソデカ溜息。でもでも、一理も百里もあると思いません?2人ともねぇ、距離が遠すぎるんすよ。もっと攻めるところは攻めないと!ね?」

    「ね?と、言われましても」

    何を言い出すかと思えば、在り来りというのか安直というのか。いや、というより色々飛ばしすぎではないのか。確かにスキンシップの重要性がなんちゃらという話も聞くような気もしなくもないが……。
    そういうことは、もっと交流を深めてから行うものだろう。せめて、もう少し具体的な案が欲しい。

    「いいわね!スキンシップ!放ちゃんも喰笑ちゃんも照れ屋さんだもの。ここは一度ガツンと行きなさい!」

    「楓さんまで何を……」

    ガツンとも何も、こちらとしてはそこまでのことは求めていない。ただ、傍で眺めていられるだけで十分恵まれたことだというのに。何処の馬の骨とも知らぬこの身で、これ以上何を望めるというのだろう。私が欲しているのは、何も彼らの言う所謂距離の詰め方のようなものではなく……

    ではなく、何なのだろう。

    (何が、欲しいんだ?)

    何かを望める生ではなかった。僅かに持ち得た物々を最大限利用して、マイナスをゼロまで押し上げるだけで精一杯だった。プラスなど、夢のまた夢。決して届かぬものを望み続けるほど、苦しいことはない。

    そんな私が、今、何かを望んでいる。だが、果たしてそれは何なのかわからない。ぼんやりとして、輪郭が揺らいで、色も形もわからない。それでも何かを望んでいる。それだけは確かだ。

    「ですよねぇ!やっぱりこういうことは男から動いてやらないと!あと喰笑先輩が自分から手を出す姿とか犯罪臭して面白っ……んんっ、興味あるんで」

    「聞こえてますが」

    「え!俺っちなんか言いました!?気のせいじゃないすかね!!」

    「…………」

    彼らの助言を鵜呑みにするのもどうかと思うが、何も無い空っぽな私が無い頭を捻るよりは幾分かマシなのかもしれない。参考、そう、あくまで参考までに。えぇと、最初に新は何と言っていたか。

    「とにかく、まぁ、参考までに受け取っておきます。新が言っていた"普段しないこと"、あと……"スキンシップ"、ですね」

    「そうそう、今こそ次のステップに進む時よ!あ、何か進展したら私にも教えてちょうだいね」

    「その2つを並べるとより……いや何でも。警察のお世話にはなっちゃダメですからねー」

    「加持くんは後でお話しましょうね。裏で」

    何の役に立つのかは全く検討もつかないが、一旦助言を受けるのはこの程度でいいだろう。

    少し背を伸ばし、周囲を見渡す。ピタリと動きの止まった視線の先には、黙々とデスクに向かう小さな背中。かなり堂々と会話をしていたが、有難いことにあの子の耳には届いていないらしい。

    この先どうなるかなど、誰もが知る由もない。肯定的に捉えるならば、あらゆる可能性がある、とでも言えるのだろうか。ともあれ、実際に動かなくては何も変わることはないことは紛れもない事実。

    (まぁ、なるようになれとやらだ)

    椅子を真後ろへ引く。クッション部分から気持ち程度の反発を感じながら立ち上がる。何やら盛り上がっている横の2人を視界から追い出し、一歩。あの子へと足を踏み出した。
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