笑えねえから、もうやるな(そよいと) 七月二十三日・快晴。予想最高気温・三十六度。
うだるような暑さが約束された日の午前六時。じわじわと上がる湿度と不快指数。
そして、貴重なオフの日。
本来ならばこんな日に、無闇やたらと屋外へ出ることですらどうかしているのだ。
(けれど、気になるものは気になる……)
長袖とジーンズ。サンバイザー。首にはアイスネックを装着して、もちろん日焼け止めも忘れずに塗っている。完全防備の姿での草むしりは強制されているわけではないけれど、やはり必要なことだと思った。
仕事にも慣れ、任される業務の増加に伴って慌ただしい日々が続く中で、唐突に気がついたのだ。寮のベランダは荒れているとまではいえないけれど、このままだと草が伸び放題で大変なことになってしまう。相場よりも遥かにお手頃な家賃で住まわせて頂いている以上、最低限の手入れはしておきたい。
それに、草むしりそのものは嫌いではない。地味ながらも黙々と作業をしていれば、意外と時間は過ぎていくものだ。
(そろそろ休憩……いや。ここの区画までは終わらせておきたい)
早朝といえど、日差しはだんだんと強くなっていく頃合いだ。少しずつ顔に熱が集まっているような気がしたけれど、中途半端で放置したくない性分と自分の性質を理解している。
あと少しの間ならば、気づかないふりができるだろう。
自分を納得させて、再び手を動かそうとした時だった。
「おい」
心持ち鈍くなった動作で前方を見やると、早朝ランニング帰りの大きな影に気がついた。
(ああ……新開さんか)
いつもならすっと出てくる挨拶をうまく返せず、ぼうっと新開さんの姿を見つめる。今朝も相変わらず元気そうだ。このあと飲むプロテインは何味だろうか。
至極とりとめのない事柄をつらつらと考えている中で、新開さんはこちらを一瞥するや否や、迷いのない足取りで近づいてくる。
そして新開さんは距離を詰めて、顔を覗き込んで言う。
「弥代。へばんなら冷房つけた室内にしとけ」
その表情の険しさに、一拍遅れて自らの置かれた状態に気がついた。
「……いえ、へばってなど」
「あ?」
口をついた否定と、即座に返される抗議の意を込めた視線。もしかしなくても、いろいろと読まれている。
これまでのいきさつや屋外に出ている理由に加えて、横柄して休憩を先延ばしにしようとしていることまで。何もかも、悟られた気配を感じる。
「そのままでいんなら、問答無用で持ち上げんぞ」
「そ、そんな。お手を煩わせるようなことは」
……いや。やりかねない。新開さんならきっと、やりかねないだろう。
慌てて立ち上がろうとするけれど刹那、くらりと意識を持っていかれそうになってフリーズする。
と同時に大きな手が伸びて。
「ったく、言わんこっちゃねえな」
前方へ傾くのを阻止するように、両肩を掴まれている。
「寄っかかっていいから。取り敢えず縁側に座っとけ」
立てるか? と、続けて頭の上に降ってきた声が思ったよりも近距離で、色々な意味で顔を上げるのがこわい。
いっそのこと意識を手放して、新開さんに持ち上げられた方がよかった。
けれど今は間の悪いことに、都合よく何もかも忘れさせてはくれない。