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    michiru_wr110

    @michiru_wr110

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    michiru_wr110

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    stmy 初出2021.5.
    マリトッツォがテーマのWeb企画に参加した際の清玲作品です。

    #清玲
    qingling
    #stmy男女CP
    stmyMaleAndFemaleCp

    無自覚の向こう側へ伸ばす手(清玲)「世の中にはマトリ式ダイエットというものがありましてね」

     さすがに気が触れたのかと思った。
     付き合いから同棲まで始めてそれなりの月日が経つにも関わらず、俺の恋人はどこまでも愉快で、未だにどこか掴めない。

     厚労省への泊まり込みから数週間ぶりに解放された後の台詞としては、あまりにも突拍子がない。倒れ込むように帰宅し、出来合いの惣菜で済ませた夕食もそこそこにシャワーを使い、何とか気力を振り絞りながら髪を乾かしてベッドに潜り込んできた健気で愛しい恋人の台詞として、果たしてどの点に色気を見出せばよいのか甚だ見当もつかない。相変わらず突拍子もない女だ。
    「なんだその普及率〇.一パーセントにも満たないであろうふざけた名前は」
    「馬鹿にできませんよ! マトリ式ダイエット」
     しかし当の本人はベッドの中で向かい合う俺の両手をぎゅっと握り、至極当然のように真面目なおかしみのある表情で力説し始める。
    「日本にはびこる麻薬汚染を撲滅せんと、職務に身を投じるだけであら不思議」
    「正気を取り戻せ。それはダイエットだなんて生易しいものとは呼べない」
    「あっという間に体重三キロ減☆」
    「…………はあああ」
     無茶苦茶すぎる理屈はどこをどう見聞きしても通用するはずもない。そもそも風呂上がりの癖に、暗がりでもわかるくらいの青白い顔色でカラ元気をまき散らすな。

     重みのある布団の中へ導くように潜り込むと、両手を解きながら玲の身体に腕を回す。申告通り、身体の節々には覚えのない骨っぽさを感じる。ああこれは、上腕二頭筋が細くなっているな。腹部も胸部も弾力が減って心許ないし、背面に至っては肩甲骨の感触がダイレクトに手のひらへと伝わってくる。マトリ式ダイエットなるものが本当に実在するのだとしたら、遠い昔に流行ったかの有名な軍隊式ダイエットよりも明らかにたちが悪い。あれは成人男性でも音を上げるほどハードな運動だが、だからこそ女性は生理中に行ってはいけないメニューだと忠告されていたぞ。
     至極どうでも良いことを思い出しながらも、全くもってどうでも良くない最愛の彼女が直面している苦難を想う。俺は玲を更に搔き抱きながら、再び長く、重い溜息を吐きだした。
     
     

    無自覚の向こう側へ伸ばす手

     
     この頃の玲は、痩せたというよりも〝やつれている〟という表現の方が適切だ。
     大方激務に任せて食を疎かにしていることは想像に難くない。彼女を想う恋人としては今すぐにでもそんな戦場から引きずり出したいところだったが、それは当の本人が拒絶してしまうに違いない。
     どうせ泊まり込みの間は、まともな食事の時間を確保するだなんて夢のまた夢なのだろう。せめて時間が定まらずとも食事を二の次にせず、座りっぱなしの作業が続くなら一時間に一度は立ち上がって屈伸程度に身体を動かした方がよほどましなのだが。

    (これは、早いうちに同棲を提案して良かったかもしれない……)

     何しろ付き合う前は身の回りのことなど後回しにして、たまの休みが取れたタイミングでまとめて家事をこなしていたのだと聞く。時には溜め込んでいた家事だけで休日の貴重な一日が潰えてしまうことすらあるというのだから始末に負えない。二人の時間をより多く過ごしたいという下心も無きにしも非ずだが、それを差し引いたとしてもメリットは大きい。ひとつ屋根の下で助け合いつつ、多忙を極める玲の顔色を直接見られるならばそれ相応の対策も考えられる。
    「でも区切りがつくので、明日の事後処理さえ終われば交代でお休みが取れるんです!」
    「それは不幸中の幸いだな。君の上司へ文句を言う手間が省ける」
    「関さんは悪くないんですって……だから、明日までの……がまん、で……」
     語尾が囁くような息遣いになり、すう、すう、と眠りの世界へと引きずり込まれていく。

     全く、仕様がない女だな。背中に回していた指先で後頭部を撫でて、それから顔にはらりと落ちた焦げ茶色の髪を優しく払う。青白かった頬が幾分かましな色味に落ち着いたことを確認して、俺も漸く目を閉じた。
     
     
     そして玲は今朝も、慌ただしく捜査企画課へと向かっていく。

    「今日はがんばって定時で帰りますね!」
     行きがけの言葉を完全に信じて良いかに迷う点がどうにも歯がゆいところではあるが、顔色は昨夜よりもいくらか赤みが差していたことにはほっとしている。

     玲に多忙の日々が続くということはイコール、俺も自力ではまともな食事にありつけないことと同義だ。放っておけば俺の弁当まで作り出そうとするので、こちらからは「多忙な時期に無理に三食作ろうとするな」と釘を刺している。料理に関して玲への負担を増やしてしまっているのは心苦しくもあるが(俺が将来的に補っていくべき課題の一つとしたい)、現時点では己の自炊スキル向上を目指すよりも完成度の高い食事に金を出す方がよほど効率的だ。何だったら俺たちの身近には、金を払わずとも満足のいく食事にありつける九条家という選択肢だってある。だが玲のことだから、食事目当てで頻繁に通おうとするのは萎縮してしまうであろうことも想像に難くない。
     せめて玲の料理の支度に伴う負担を軽減しつつ、少しでも満足感のある食事をしてもらいたいのだが……

     * * *

    「マリトッツォ?」
    「はい。本来はイタリアの〝朝食〟としてポピュラーなものだそうです」
     舌を噛みそうな名詞を復唱すると、宮瀬がにこやかに相槌を打った。
     懇意にしている患者の定期検診を終えて九条家に立ち寄ると、ちょうどティータイムの時間と重なっていたらしい。九条には事前に連絡を入れていた為、俺のいつもの定位置にもしっかりと茶請けが準備されていた。
     いつも使う白いデザートプレートには、球体に近いパンが三つ折り重なっている。真っ白なクリーム入りのパンは完全に分断されておらず、途中まで切り込みを入れてあるようだ。端が辛うじてつながっているパンを押し広げるようにたっぷりとクリームが挟まれていて、剝き出しになったクリームの断面はところどころに食用花やハーブで彩りが添えられている。
    「宮瀬が作ったのか?」
    「ええ。パンも中のクリームも、一から手作りしてみました。可愛らしく仕上がったと思いませんか?」
     素直に褒めることは憚られるが、確かに可愛い。飾り付け方に宮瀬らしいセンスのある仕上がりだ。クリームの断面が見える正面から横向きに見えるように皿を回してみれば、一世代前に流行ったレトロゲームのパクパックマンのような出で立ちだった。口元にたっぷりクリームを詰め込まれ、身動きが取れなくなったままフリーズしたように見えなくもないなとも思う。顔と口のように見えだした途端に、今度はハムスターの食事風景が頭を過ぎる。目一杯口に運んで満足げに頬を膨らませる時のそれを彷彿とさせる。可愛い。
     それから突拍子もなく、玲の姿も過ぎる。宮瀬のマリトッツォを見れば玲も子どものようにはしゃぐのだろう。可愛いものを見かけると度々、連想ゲームのように彼女の姿が浮かんでしまうのは悪癖かもしれない。
     ふっと顔を上げれば、すでに着席していた桐嶋と目が合い、口の端にいくつもクリームをつけながら「新堂も早く座れよ!」と快活に笑った。
     今日は学校のあるカナメこそ不在だが、食卓にはいつものように九条と桐嶋が顔を揃えており、それぞれが実に美味そうにマリトッツォを頬張っている。
    「新堂も食べてみると良い。見た目のボリュームに圧倒されるが、控えめな甘さで思いの外くどく感じない」
    「わかったから急かすな」
     九条の言葉を受けて椅子を引き、定位置に落ち着く。傍らの手拭きで軽く手を清めると、横向きにしていたマリトッツォを片手で持ち上げた。
     改めて向き合うと、すさまじい量のクリームだ。俺の手にやっと収まる程度のそれは、まともに口へ運ぼうとすると桐嶋のような姿になること必須である。かといって上下から挟んで潰そうとすれば、たっぷりと挟まれたクリームが四方八方に垂れていく状況にもなり得る。俺は腹を括り、上側のパンと中程のクリームを攻めるようにやさしく齧り付く。案の定口の端についたクリームを親指で拭いながら咀嚼すればバニラの香りが口いっぱいに広がり、後から想定よりも控えめな甘みが追い付いてきた。美味い。
    「悪くないな。紅茶だけではなく、コーヒーにも合いそうだ」
    「ふふ。お口にあったなら何よりです」
     手間暇をかけて作ったであろう宮瀬へねぎらいの視線を向けた後は、ひたすら目の前に集中する。下半分を齧り、口元を拭う。拭った親指のクリームをひと舐めし、バニラの匂いを腹いっぱいに吸い込む。無心で繰り返すといつの間にかパンとクリームとのバランスが丁度良い塩梅になっており、いったん皿に置いて、手を拭う。咀嚼しながら手に取ったアッサムティーを口に運べば、芳醇な香りが口の中を優しく潤すように鼻腔と喉元へ落ちていった。

    「こいつは味わうことに集中できて良いな。九条や桐嶋の無駄話もいつもより少ない」
    「おい! 九条さんに無駄な話なんかあるわけねえだろうが!」
    「桐嶋。真に受けることはない。あれは近年稀にみるほどの賛辞を送っているだけだ」
    「サンジ? 違いますよ今、三十分経ったじゃないすか」
    「それは時刻の三時だ」
     言いつつも重厚な壁掛け時計が、ぴったり三十分を示す鐘を一度鳴らす。タイミングの良さに鼻で笑いながらも、俺は手つかずだった残りのマリトッツォ二つに目を向けた。
    「……宮瀬」
    「はい、何でしょう」
    「こいつ、残りは持ち帰っても構わないか?」
    「ええ、勿論です。お代わりに出す予定の分もありますし、冷凍保存もできますから。多めに包ませてくださいね」
     楽しそうな鼻歌混じりで宮瀬が奥へと消えていく。ああ、これは目論見がばれている。
     事実、そっと横目に見やった九条までもが実に愉快そうな目でこちらを見ている有様で苦笑を浮かべる他ない。
    「そうだな。これは確かに彼女と味わうべき逸品だ。お前たちの〝朝食〟を彩ってくれるに違いない」
    「おう、玲と食うのか あいつ最近全然顔出してないもんな。宮瀬が作ったもんだからぜってー喜ぶな!」
     どうしてそこで玲が出てくる。おざなりに言い返してはみても単なる茶番にしかならないことは俺自身が一番理解していた。玲もある種、九条家の一員となりつつある。家族を心配することはごく自然なことだろう。

     それはそれとして、宮瀬が用意したマリトッツォとやらは、朝食と呼ぶには少々甘ったるい気もしないでもない。だが、目の前に鎮座しているそれは玲にとっての救世主になるかもしれないと踏んでいる。さすがに毎朝食べると飽きてしまうだろうが、ある程度保存ができるともなれば多忙の身である玲の負担を軽くする手助けにはなるだろう。
     せめて貴重な休日が家事に追われるばかりにならないように。玲と共に過ごす時間を少しでも楽しいと感じられるように。
     
     
     宮瀬からはそれなりの数のマリトッツォと、なぜかチョコペンやアラザンなどデコレーションを小分けしたものとをセットで受け取った。
    「素敵な〝朝食〟になると良いですね」
     にっこりと胡散臭い笑顔と共にかけられた台詞には妙な既視感を覚えていたが、すぐに思い出す。九条だ。奴もマリトッツォが朝食であることをやけに強調していた。俺の中でのマリトッツォとは少しばかり洒落た菓子パンという認識でもあるのだが、イタリア人の感性は生憎と理解がしがたい。

     九条家を後にした俺は、玲へLIMEを送信した。今夜は迎えに行くから外食にしようという連絡には比較的早い段階で既読が付き、了承する旨が返信された。
     何となくだが、玲にはマリトッツォを予告なく出した方が喜んでくれるような気がしたのだ。夕食にはなけなしのスキルを駆使してカレーを作っても良かったのだが、下手に時間がかかって彼女が手伝いを申し出る未来が見えてしまった。冷蔵が必要な洒落た菓子パンを隠すのなら、翌朝まで冷蔵庫に近づく可能性を少しでも減らすべきだろう。
     俺は帰宅して、翌朝食べる分と冷凍する分を仕分けし、それぞれを目立たない隅に、なるべく潰れないようにしまい込んだ。

     * * *

    「わあ、かわいい!」
     そして細心の注意を払った結果が今朝。挽きたてのコーヒーの匂いが立ち上る中、玲は瞳をきらきらと輝かせながら皿の上のマリトッツォを覗き込んでいた。
    「知っていたのか?」
    「はい。最近ブームになっているみたいですし、気になってはいたんです。でもまだ食べたことはなくって」
    「そうだったのか」
     ならばこっそり準備した甲斐があった。昨夜は休日前ということもあり思いの外無理をさせてしまったが、朝早くからベッドから抜け出してもぐっすりと寝入ってしまっていたことが功を奏し、朝食の準備は容易に進んだ。冷蔵庫のマリトッツォを取り出し、無駄にならないようにと言い聞かせながらも貰った各種装飾で口を大きく開けたリラッゴマのデコレーションを試みて。少々不格好ではあったが一応それらしい仕上がりに及第点を与え、そろそろコーヒーのドリップも終わる頃合いだと考えた矢先に玲が目を覚ましたのだ。挨拶しながらキッチンに顔を出した瞬間、顔を綻ばせた玲を見て、俺は密かに胸を撫で下ろしていた。
    「コーヒーも、ありがとうございます! 私が淹れちゃいますね」
    「ああ、頼む」
     パジャマ姿のままコーヒーメーカーに駆け寄る玲の後ろ姿は、やはり一段とほっそりと頼りなげな様相を呈している。昨夜にも確信したが、やはり急激なやつれ具合を見過ごすわけにはいかないだろう。事あるごとに繰り返すマトリ式ダイエットとやらを恨みつつも、少々カロリーのあるイタリアの朝食が彼女の体形を戻す一助となれば良いのだが。

     そして食卓にコーヒーとマリトッツォを二人分並べて、俺たちは隣り合わせに座る。
    「いただきます」
    「いただきます」
     及第点だったリラッゴマ仕様のマリトッツォへ、玲は嬉しそうに(そして容赦なく)齧り付く。もぐもぐと口を動かしながらこれ以上にないほど表情を緩ませる玲は、やはり昨日の桐嶋のように口の端にクリームをつけていた。
     美味しい。飽きないですね。さすが宮瀬さん。ありとあらゆる称賛の言葉を、ああ、そうだな、あいつも喜ぶ、と律儀に返していく。そうしている間も口元のクリームに気がつく様子もないのは桐嶋と一緒なのに、玲を見ているとどうにも、微笑ましくてならない。
    「清志さん、ちょっと見過ぎじゃないですか……?」
    「……そうだな、すまない」
     くつくつと笑いを漏らしながら、玲の口元を親指で拭う。
    「……っ! ちょ、そういうのは! 早く言ってください」
    「ああ、すまない……っ」
    「また笑う!」
     触れてもなお表情豊かな玲に目を細めながら、ふと考える。
    「……何年たってもこうして、懲りずに口を汚してくれれば、君に触れる口実が増えるな」
    「や、それはちょっと恥ずかしいですけれど」
    「だがよく考えてみれば、俺たちは口実などなくとも、容易に触れ合える関係だったな」
     思ったことをそのまま口にしてみると、玲は呆けたような表情でこちらを見つめ返している。
    「……確かに、そうですね」
     それでも肯定してくれることを良いことに、俺はさらに言葉を続ける。
    「だから、そうだな。これから先も定期的に、こいつを食べ続けることにしよう。君が知るふざけたダイエットを阻止できる上に、君の口元を容赦なく拭うことができる」
    「……新手のプロポーズですね?」
    「馬鹿なことをいう。まあ間違ってはいないだろうが、さすがにもう少しましな内容を考えさせてくれ」
    「…………っあはははは」
     反射で返した言葉に、玲は予期せぬタイミングで爆笑し始めた。
    「清志さん、まさか知らなくて……えっ嘘でしょ……」
    「何の話だ」
    「そっか……そうですよね、宮瀬さんも……ふふっ」
    「何が可笑しい」
     そこからは本格的にツボにはまったらしい玲は、食べかけのマリトッツォを手放して笑い転げている。
     手持ち無沙汰になってしまった俺は、玲の口から拭ったクリームを舐めつつちびりちびりとコーヒーを口にする。これ以上続くようならどうにかして、玲の背中をさすらなくてはいけないかもしれないと、訳がわからないなりに考えながら。けれど俺があらかじめ置いていたウエットティッシュを手に取る直前、状況を脱した玲はようやく呼吸を整え始めた。
    「あ、あのですね……マリトッツォの逸話をですね……」
    「逸話?」
    「逸話、です」

     そして聞かされた内容は、俺の予想の範疇を優に超えていた。

    「マリトッツォは俗にいう『将来の夫』という意味で、ですね……旦那さんになる人が、婚約者にしたい人へ贈ったお菓子だって言われているんです……」
    「…………は」
    「あとは、奥さんが毎朝旦那さんの朝ごはんのために買いに走ったパン、という説も」
    「…………あいつら」
     急速に腑に落ちた。昨日宮瀬と九条が事あるごとに強調した〝朝食〟とは、そういう示唆だったのか。
     腹黒兄弟にまんまと一杯食わされた事実に言葉を失う。今の俺はさぞかし、憮然とした表情を浮かべているに違いない。
    「でも、ありがとうございます」
     こちらに向き合ってはにかむ玲が、取りなすように言う。
    「心配……してくださったんですよね。私のこと」
    「…………心配に、ならないわけがないだろう」
     逸話とやらに踊らされたとしても、玲の負担や健康が気にかかることは紛れもない本心だ。否定できるはずもない。
    「正直、せっかく痩せたならキープしたいですけれども」
    「倒れたくなければ撤回すべきだな」
     俺は先ほど掴み損ねたウエットティッシュで今度こそ手を拭き、そっと玲を引き寄せる。
     腕を回せば相変わらず上腕二頭筋が細くなっているし、腹部も胸部も弾力が減っている。背中も相変わらず肩甲骨が浮くばかりだ。不健康極まりない痩せ方が昨日今日で改善するとは思っていないから、致し方ない。
     腕の中では玲もまた、もぞもぞと手を拭いて俺の背中にそっと手を伸ばしている。痩せようがそうでもなかろうが、彼女は変わらず温かい。腕の中も、背中に添えられた手のひらも。

     この温もりが恋人であっても、婚約者でも。
     泉玲である限り。少々無茶が過ぎても、俺へ一番気を許してくれている限り。
     この温もりはとうに、俺の中では容易く手放せる類のものではなくなっているのだ。
     
     
     窓辺から午前の柔らかな日が差し込む。
     それは二人分の温もりに幸せがまたひとつ、重なり始めた合図なのかもしれない。
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